なの魂

 まるで借りてきた猫のように縮こまり正座をして、彼、志村新八は思った。
 何だこの状況? と。

「えーと……その……なんていうか、スンマセンでした」

 釈然としないまま頭を下げ、正面に座る人物達の様子を窺う。

「いえ。こちらこそ非常事態とはいえ冷静さを欠いてしまい、申し訳ありません」

 そう言いペコリと頭を下げるのは、桃色の髪を長いポニーテールに結わえた凛々しい顔立ちの女性。
 先程の激昂した様子とは打って変わり、今の彼女は心底心苦しそうな表情をしている。
 そのあまりの気の沈みように、新八も釣られるように再び頭を下げる。

「い、いえ! こっちこそあんな無茶苦茶な開け方しようとして……」

「いえ、我々がもっと穏便に事を済ませていれば……」

「や、こっちこそ……」

「いえ、こちらこそ……」

「おーい、いつまでやってる気だお前ら」

「その辺にしておけ、シグナム。話が進まん」

 対面する男女の隣から、ため息交じりの声。
 新八の隣では銀時が、シグナムと呼ばれた女性の隣では、先の大男が呆れ顔で正座をしていた。
 延々続くかと思われた謝罪合戦は二人の諌めにより収められ、沈黙と共にどこか剣呑とすら言えるほどの雰囲気が
 辺りの空間に立ちこめる。

「……っていうか、その……失礼ですけど、どちら様でしょうか……?」

 そのあまりの空気の重さに耐え切れなくなり、またかねてから抱いていた疑問を解決するために、
 新八はおずおずと手を挙げ躊躇いがちに問いかける。
 何しろ本が突然光りだしたと思ったら、何の脈絡もなく身体を突き飛ばされ、気が付けば目の前の美女に怒声を浴びせられていたのだ。
 目の前の人物達が一体何者で、何故ここにいるのかなど知りようはずもない。
 新八の言葉に、シグナムはどこか気恥ずかしそうに咳払いを一つ。

「自己紹介が遅れて申し訳ありません。我等、"夜天の主に集いし雲・ヴォルケンリッター"。"剣の騎士"シグナムと申します」

「ヴォルケンリッター、"盾の守護獣"ザフィーラだ」

「ああ、ご丁寧にどうも」

 二人の異邦者の慇懃な態度に、思わず新八も頭を下げる。

「恒道館道場当主、志村新八です。こちら、坂田銀時さんの経営する万事屋でお手伝いやらせていただいてます」

 そう言い右隣に座る銀時の肩を小突き、左隣に座る桂に視線を送り、両者にも自己紹介を行うように促す。
 億劫そうに欠伸をしていた銀時は唐突に話を振られて困惑するも、すぐにまた面倒くさそうな表情に戻り、頭を掻きながら口を開く。

「あー……ご紹介に与りました、坂田銀時でーす。趣味は糖分摂取、特技は目ェ開けたまま寝ることでーす」

「"宇宙の騎士"テックメンカツーラと申す。趣味は五分刈り、特技はマイク破壊だ」

「いや、対抗しなくていいですから」

「お前が破壊すんのはマイクじゃなくてカラオケの採点機だろーが」

 突拍子もない上にかなりズレている桂の自己紹介に、新八と銀時はどこか冷めた表情。
 しかし二人の視線など気にも留めず、何故か桂は突然咳払いをして喉の調子を整えだす。

「せんのかーぜにー」

「もう黙っててください桂さん」

 頭上にクエスチョンマークを浮かべて冷や汗を垂らすシグナムとザフィーラの姿に、どこか居た堪れないものを感じたのだろう。
 普段よりも数段低くなった新八の声は、たったの一言で桂を黙らせるには充分な迫力を秘めていた。
 そんな二人を腕を組んで横目で眺めていた銀時は、ふと思い出したようにシグナムに問いかける。

「つーかお前ら、あと二人くらいいなかったっけ?」

「そちらこそ、あと一人……主を合わせれば二人居たと思うのですが……」

 二人揃って辺りをきょろきょろと見回す。
 先程まで銀時の近くにあった神楽とはやての姿は今は無く、またシグナムの傍にも、先程彼女らと共に現れた
 気の強そうな少女とおっとりした女性の姿は見受けられなかった。
 一体何処へいったのだろうかと二人が不審がっていると、不意に部屋の隅から興奮したような少女らの声が上がる。

「わー、凄い凄い!」

「おおお! これも魔法アルか!?」

 四人は、そこに居た。
 こちらへ背を向け並んで座るのは緋色の髪の少女と、金髪の髪の女性。
 目を凝らしてよく見ると、何やら銀色の球体が沢山少女の周りに浮いていた。
 糸か何かを使っている様子もない。おそらく魔法だろう。
 その球体はまるでUFOのように無秩序に少女の周りを飛び回り、向かいに並んで座っていた神楽とはやては、
 揃って目を輝かせてその様子を眺める。

「ふふ〜ん。これだけじゃねーぞ? よく見とけよ〜」

 得意げに鼻を鳴らす少女。
 彼女の言葉と同時に、宙を飛び回っていた鉄球がピタリとその場で停止する。
 一体何が起こるのだろう、と神楽とはやては小首を傾げた。

「……それっ」

 ぱんっ、と少女が手を叩く。
 途端に乱れ飛ぶ光の粒。
 静止した鉄球が破裂し、まるで花火のように色とりどりの光を撒き散らしたのだ。
 ぱっ、と花が咲くように弾けた光は、鮮やかに残照を曳き、そして溶けるように中空に消える。

『ブラボー! おお、ブラボー!』

 湧き上がる喝采。
 幻想的な光景に目を奪われていた神楽とはやては、思い出したように手を叩いて熱烈な声援を少女に送る。
 少女はその薄っぺらな胸を張って得意そうにふんぞり返り、その隣に座る金髪の女性は微笑ましそうに顔を綻ばせる。

「それじゃ、次は私が……」

 パコン、と小気味の良い音が鳴ったのはその時だ。
 それと同時に少女と女性が頭を押さえてうずくまり、恨めしそうに背後に振り返る。

「いってーな! いきなり何すんだよ!」

 赤毛の少女は顔を真っ赤にし激昂する。
 が、しかし。怒りに染められたその表情は次の瞬間には驚愕に変わり、そして冷や汗をかきながら彼女は口を噤む。
 それもそのはずだ。なぜなら、彼女の目の前には、

「お・ま・え・た・ち・は! 一体何をやっているのだ!」

 その豊満な胸の前で腕を組み、鬼のように激しい形相で少女らを見下ろすシグナムの姿があったのだから。
 剣の騎士の鬼気迫る威圧感に、思わず二人は狼狽をあらわにし後ずさり。
 金髪の女性に至っては、瞳を潤ませ泣き出してしまいそうだ。

「だ、だってだって! "魔法使いならそれっぽいことをやって見せてほしい"ってお二人が!」

「別にあたしら失礼なことなんてやってねーですぅ! 主のごめーれーに従ったまでですぅ!」

 気丈、というよりむしろ悪戯を咎められた子供のように少女はそう言い返す。
 しかしその言葉はやはりというかなんというか、真に気丈なレディの前では、何の効果も果たさなかったようだ。

『あぅっ!』

 再び小気味の良い打撃音。
 シグナムに勢いよく脳天を叩かれ、二人揃って身体をくの字に折り曲げる。

「……御見苦しいところを見せてしまい、誠に申し訳ありません」

 心苦しそうにはやてと神楽に向かって言い、少女と女性の頭を引っつかんで床に額を押し付けながら、
 シグナムもまたペコリと頭を下げるのであった。



なの魂 〜第四幕 毎週見てるテレビ番組に限って最終回だけ見逃す〜



「え、えーと……ヴォルケンリッター"湖の騎士"シャマルです。以後、お見知りおきを」

「……ヴォルケンリッター"鉄槌の騎士"ヴィータ。……ヨロシク」

 金髪の女性は恥ずかしそうに頬に手を添えながら、緋色の髪の少女は機嫌悪そうに膨れっ面でそう名乗る。
 剣の騎士からお叱りを受け、頭に漫画のようなたんこぶを作った二人は行儀良く正座をして銀時達の前に鎮座していた。
 その向かいには同じように行儀よく正座をして並ぶ万事屋の三人と桂、はやての姿。

「もう、ヴィータちゃんってば。もっと愛想良くしないと。さっきシグナムに怒られたの、まだ根に持ってるの?」

 少々困った様子でシャマルはヴィータを見下ろした。
 初対面でこのような無愛想な面を見せてしまっては、相手に良い心象を与えないのは明らかだ。
 だが、ヴィータは相も変わらず膨れっ面のまま、ぷいっとシャマルから顔を背け、

「……もってなんかねーです」

 不満たらたらな様子で返す。
 騎士を名乗るにはあまりにも幼稚な態度。
 愚直なまでに生真面目なシグナムが、これを許すはずも無かった。
 三度目の制裁を加えるべく、音も無く彼女はヴィータの背後に忍び寄り、しかしシグナムの拳骨がヴィータの脳天に落とされるその前に、
 神楽がどこかニヒルな笑みを浮かべ、声色を低くして腕を組んだ。

「"さすらいの賞金稼ぎ(バウンティハンター)"カグーラ・ジャスアントネ。以後、ヨロシク」

「なんなんだよカグーラ・ジャスアントって。なに対抗心バリバリに燃やしてんだよ。なにその中二臭いネーミングセンス」

 呆れた様子で銀時が呟くが、彼の言葉など意に介さず、神楽は何処か物憂げに虚空を見つめる。

「一見するとただのぷりてぃーな女の子だが実は気高き戦闘民族の血を引いている。頭のおだんごにつけてるなんか丸いのは
 その強すぎる力を押さえつけるためのもの。普段は優しい女の子だが戦いでピンチに陥ると第二の人格が覚醒、冷徹な狂戦士となる。
 無二の親友サ・ダハールは実は龍族の末裔。邪悪な魔女との戦いの中、カグーラを庇って巨大な犬の姿に変えられてしまった。
 人差し指の傷はその時つけられた」

「わんっ」

「なんで延々と中二設定語ってんだよ! 何の話だコレ!? つーか人差し指の傷ってソレさっき鎖で挟んだだけだろーが!」

「銀ちゃん、バンソーコー張ってほしいネ」

 もちろん、神楽が言っていることはほぼ出鱈目である。
 騎士だのなんだのと格好の良い二つ名を名乗るシグナム達に、幼い対抗心を燃やしたのだろう。
 だが、苛立った様子で怒鳴る銀時の言葉で、我に返ったように自分の指を見つめ、うっすら内出血したそれを見せて
 神楽は甘えたようにせがむ。
 鬱陶しそうに「唾でもつけとけ」と言い捨てながらも、神楽の手を取って何処か心配そうにそれを撫ぜる銀時。
 素直になれない彼と、どこかしょんぼりした神楽の様子を見やり、ザフィーラはぽつりと呟く。

「龍操術……だと? それにその独特の喋り方……まさか、あの伝説の"トンブロ族"!?」

「なんと!? あの伝説のアームドデバイス"グラッドンゾード"を唯一扱うことができるという、あの!?」

「ずっと昔に滅亡したって聞いてたけど、まさか生き残りがいたなんて……!」

「サ、サインくれサイン! いや、サインください!」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてざわめき出すヴォルケンリッターの面々。
 驚愕に表情を染める者もいれば、羨望の眼差しを神楽に向ける者もいる。
 ヴィータに至っては一体何処から出したのか、色紙片手に目を輝かせる始末だ。

「うおーい! あちらさん何か壮絶な勘違いしてますよ!?」

 このままあらぬ勘違いをされては、後々面倒なことになるやもしれない。
 慌てて新八が否定しようとするも、空気の読めない人物が一人。

「なんと……! まさかリーダーの正体があの伝説の廃ゲーマー、ブロン――」

「おーい、いい加減黙んねーとバラバラに引き裂くぞ?」

 桂の意味不明な発言のおかげで、またも剣呑となる部屋の雰囲気。
 なんとかそれを取り繕おうと、はやてはわたわたと手を振って懸命に自身の存在をアピールする。

「ケ、ケンカはあかんよー! え、えっと……わ、私、八神はやていいます! よろしくな〜」

 努めて愛想良く、今出来る最高級の笑顔ではやては自己紹介をする。
 するとどうだろうか。
 今の今までザワザワとざわめきたっていた四人が、一斉に口を噤み一様にはやての前に跪いたのだ。

「お目にかかれて光栄です、主」

 慇懃にこうべを垂れるシグナムに続き、他の三人も同様にはやてに向けて頭を下げる。
 その光景の異様なことといったら。
 近寄りがたい威圧感のようなものを感じ、はやては僅かに顔を引き攣らせる。

「え、え〜っと……その、なんなんかな? その"主"っていうのは……?」

 引き攣らせた顔を無理矢理笑顔に戻し、恐る恐るはやては問いかける。
 先程から主、主と何やら大袈裟な呼ばれ方をしていたが、自分はそんな呼ばれ方をされるほど立派な人間ではない。
 ただの、8歳の小娘だ。
 だというのに、騎士と名乗る目の前の女性達は、自分のことをまるで付き従うべき君主のように扱うのだ。
 疑問に思うなというのが無理である。

「あの……っていうか、自己紹介してもらってなんですけど……そもそも、アナタ達何者なんですか?
 ヴォル……なんでしたっけ? そういう名前の種族なんですか?」

 同じような疑問を抱いたのだろう。新八もまた、彼女らへ向けて問いかける。
 だがシグナム達から即座に返答がくることはなく、代わりに返ってきたのは目をまん丸にした四人の間抜け面だった。
 まるで想定外の事態だったのだろう。
 シグナム達は互いに顔を見合わせ、困惑した様子で何やら小声で話し合いを始めてしまった。
 首を傾げるはやてが見守る中、密談を終えたシグナムはあの皮の表紙の謎の本を手に、大仰に咳払いをした。

「……お尋ねしたいのですが、主はこれを"闇の書"だと知った上で、封印を解こうとしたのではないのですか?」

「闇の書?」

 眉根をひそめ、顔から頭から目一杯にクエスチョンマークを吹き出させてはやては問い返す。
 再び顔を見合わせ、心底困ったように難しそうな表情をするヴォルケンリッターの面々。
 何か気に障ることでも言ってしまったのだろうかとはやてが不安になっていると、彼女の背後から不意に声が上がる。

「闇の書……ああ、あの」

「知ってるんですか? 桂さん」

 意外にも、それは誰あろう桂小太郎の声であった。
 新八の問いかけに桂は頷き、どこか得意そうに豪語する。

「うむ。騎士が持つと光と闇が備わり最強に見えるというアレだろう?」

「暗黒が持つと逆に頭がおかしくなって死ぬネ」

「お前らいつまでそのネタ引っ張る気だ」

「おかしいのはテメーらの頭だろうが」

 どう聞いても何かの漫画かゲームの設定である。
 何度目になるか分からない喧騒がまたしても巻き起こり、銀時も新八も、そして神楽も桂も互いを罵りあう口喧嘩を始めてしまう。
 さすがのはやても呆れてしまったのか、彼らを止めようともせず、ただただため息をつくばかり。

「な、なぁシグナム……こいつら、たまに何言ってるか分かんなくてこえーんだけど……」

「ああ……私も少し眩暈がしてきたところだ」

 どこか怯えた様子でシグナムの腕を引くヴィータ。
 額を押さえてため息をつき、剣の騎士はほとほと困り果てたように視線を泳がせる。
 誰かこの状況を打破できる者はいないのか? と。
 視界に入るのは、目を合わせないように顔を背けるシャマルとザフィーラの姿。
 どうやらこの二人、完全に助けるつもりはないらしい。
 気持ちは分からんでもないが、少しくらい手を貸してくれても良いのではないか、と理不尽な思いを燻ぶらせながら、
 諦めたようにシグナムは咳払いをする。

「わ、分かりました。では改めて御説明をさせていただきますので、何卒御静聴願います」



「よーするに……」

 シグナム達の懇切丁寧な解説をひとしきり聞くも、その未成熟な頭脳では事の全てを理解し切れなかったのだろう。
 闇の書と呼ばれる辞典ほどの大きさの本を大事そうに抱え、はやては眉根をひそめていぶかしむ様に尋ねる。

「この闇の書は持っとったら何でも願い叶えられる凄い本で、シグナムらはこの本と私を悪い人らから守る為に生まれてきたってこと?」

「概ねそういうところです。闇の書が完成すれば、主は大いなる力を得ることが出来る……。
 それこそ、世界一つの命運を左右すら出来得る力を、その身に宿すことが出来るのです」

「マジアルか! この本一つで世界征服も出来るアルか!? 勇者相手に「せかいのはんぶんをおまえにやろう」とか言えるアルか!?」

 どこか感慨深げに語るシグナムの言葉に、真っ先に目の色を変えたのは神楽だった。
 はやてに抱きしめられる闇の書を爛々と輝かせた瞳で見つめ、今にも飛び掛りそうに身を乗り出させる。
 だが、どこぞの魔王のような願望を抱く神楽とは裏腹に、はやてはうっとりとしたように虚空を眺めて、

「なんでも願い叶うんやったら、毎日タダで焼き肉食べ放題行ってみたいなぁ……」

 現時点において最も魔王に近い人物が、こんな庶民的な願いを望むとはなんとも皮肉なものである。
 口の端からよだれをたらし、慌ててそれを恥ずかしそうに拭うはやての姿を見ながら銀時はポツリと呟く。

「……最近流行ってんのかねェ、そーいうの……」

「はい?」

「ああいや、こっちの話だ」

 そういえばなのは達が追っている宝石――ジュエルシードとやらも、"どんな願いでも叶える"という謳い文句だったなと思い出し、
 しかしわざわざ彼女らに説明してやる義理も無いだろうと考え、銀時は会話を逸らす。

「で、コイツらどーすんだ?」

「うん?」

 唐突に話を振られ、はやては不思議そうに首を傾げる。
 が、シグナム達を顎で指す銀時の姿を見て、すぐに彼の言の意味を把握したようだ。
 要するに、彼女らの処遇について彼は問うているのだ。
 魔の法が世に溢れるこの世界においても、"何でも願いが叶う"などという眉唾な話はやはり受け入れ難く、その信憑性には
 大きな疑問が付きまとう。
 そんな夢物語を平然とのたまう目の前の四人。一通り会話を交わしてみたところ、悪い人間というわけではなさそうだったが、
 常識人から見れば正気を疑わざるを得ない。
 ましてや彼女らは魔導師。ある意味生体兵器とも呼べる存在なのだ。
 もし仮に。
 彼女らの言が全て妄想で、彼女ら自身が騎士を自称するただの気の触れた人間であった場合。
 いたいけな少女の傍に、そんな人物も四人も置いておくのは危険極まりない。
 銀時としては問題の種になりそうなことは極力排除しておきたいのだが、所詮彼は雇われの従者。
 その立場を自覚し、判断は家主に任せようというわけだ。

「う〜ん、そやなぁ……」

 とはやては人差し指で下唇を押さえ、まるで値踏みするかのようにシグナム達をまじまじと見つめる。
 刺すような視線にどこか居た堪れなさを感じ、シグナム達は身動ぎしながら冷や汗を垂らす。

「何でも願い叶えるってゆーても、タダで叶えてくれるわけやないんやろ?」

 ニコニコと笑みを浮かべながらはやては言う。
 タダより高いものは無い、という考えから浮かんだ疑問なのだが、その問いかけはまさしく的を射ていた。
 神妙な面持ちでシグナムは頷き、そして答える。

「はい。闇の書の力を得るためには、まず闇の書を完成させなくてはなりません。そして闇の書を完成させるためには、
 リンカーコアの蒐集が必要となります」

「リンカーコア?」

「はい。魔法を使う者なら誰しもが持つ、魔力の源のようなものです」

「そのリンカーコアっていうのは、取られてしもたらどうなるん?」

 およそ8歳の子供とは思えぬ真摯な眼差しではやては問いかける。
 今まで多くの主に仕え、同じような質問も何度も受けてきた。
 だからこそシグナムは何のためらいも無くその言葉を紡いだ。

「蒐集行為は対象者の肉体、リンカーコア双方に多大な負荷を与えます。運が悪ければ二度と魔法が使えない身体になるか、
 最悪の場合、死に至ります」

 だからこそ、彼女は。

「……そっか……」

 はやてが見せた悲しそうなその表情に、怪訝そうに眉根をひそめた。
 今まで数多くの主に仕え、何度も同じ回答を返してきた。
 だが、彼女のように悲愁を孕んだ表情を見せた者は、誰一人としていなかったからだ。
 ふっ、と。
 はやてが小さく微笑み、ぽん、と胸の前で手を合わせたのはその時だ。

「とりあえず、みんなの普段着買いに行こっか?」

 先程の悲哀を湛えた表情とは打って変わり、心から楽しそうな顔をするはやてのその提案に、
 思わずシグナム達はぽかんと口を開ける。
 だってそうだ。自分達の処遇の話をしていたはずなのに、何故突然買い物の話になるのだ?

「あの、主。一体何を……」

「私は……」

 困惑し問いかけるシグナムの言葉を、はやては静かに遮る。

「私は、自分の身勝手で他の誰かに迷惑かけるなんて、絶対にあかんと思ってる。
 他の誰かを傷付けへんと力を得られへんっていうんやったら、私はそんな力はいらんよ」

 その言葉には、さすがのシグナムも面食らった表情をする。
 自身のために他者を犠牲に伸し上がる。
 歴代の主達は程度の違いこそあれ、皆そのような思想の元に自分達に蒐集を命じてきた。
 他者を想い、それ故に力を手にすることを拒む者など、今の今まで出会った事など無かったのだ。
 全くの予想外の主の言葉に動揺を隠せない彼女の心中を知ってか知らずか、今まで黙ってはやてらの会話に耳を傾けていた銀時が
 不意にはやてに問いかける。

「いいのか。焼き肉食い放題のチャンスだぞ」

「ん。それはそのうち銀ちゃんに連れてってもらうとして……」

「待てコラ」

「あはは。……まあともかく、主の私がいらんって言うてんねんから、な?」

 諭すようにはやては言うが、しかしシグナムはどこか納得いかない様子で難しそうな顔をする。
 自分達は主を護る為、そして闇の書を完成させるために生まれてきた存在だ。
 その片方でも「必要ない」と切り捨てられてしまっては、まるで存在そのものを否定されてしまったかのような気分になる。
 もちろん、目の前の少女はそのような意図で先の発言をしたわけではないというのは分かっている。
 分かってはいるが、しかし。

「ま、それは置いといて」

 そこまで思考を巡らせたところで不意に聞こえる声。
 俯き考え込んでいた顔を上げれば、はにかんだ笑顔を向けてくる主の顔。

「主になった以上、みんなの衣食住の面倒は、きっちり見ーへんとな」

 ぽかんと口を開けるシグナム達を尻目に、はやては嬉しそうに笑みを零して銀時の服の袖を引っ張るのであった。

「とりあえず買い物や! みんなの服とか、色々買わんと!」



 気が付けば降りしきっていた雨は止み、時刻は既に夕刻と相成っていた。
 はやての家から程離れたデパートの前の路地は、学校帰りの学生や夕食の支度に奔走する主婦達でごった返している。

「人が一杯やなぁ……セールでもやってるんやろか?」

 その人ごみを遠巻きに眺め、はやてはぽつりと呟く。
 車椅子にその身を委ねる彼女の傍には、ヴォルケンリッターの面々と万事屋の三人組に定春。

「桂さんも一緒に来ればよかったのになぁ……」

「よくねーよ。アイツがいたらロクでもない騒動が起こるに決まってらァ」

 残念そうに肩を落とすはやての言葉通り、先程まで一緒にいたはずの桂の姿は何処にも見当たらない。
 曰く、急な用事を思い出したらしく、家を出るときに彼とは別れてきたのだ。
 もっとも、彼の素性と性格をよく知る銀時としては、ついてこられるとむしろ困るのであるが。

「そんじゃまァこれ以上混む前に、さっさと済ませるか」

 ともあれ、こうしてデパートまでやってきたのだからこれ以上買い物客が増える前に用事を済ませたいところである。
 さっさと店の中へ入ろうと、はやての車椅子を牽くシャマルに声をかけようと振り向き。

「……どした? 何か妙なモンでも見つけたか?」

 キョロキョロと不思議そうに辺りを見回すヴォルケンリッターの面々に、銀時は眉根をひそめた。
 黒一色に染められた一枚服というただでさえ目立ちやすい出で立ちであるのに、挙動不審な行動を取って
 これ以上目立つような真似は極力控えてもらいたいものである。

「いえ、その……変わった世界だなぁ、と思いまして」

「生活用品などの技術水準はかなり高いようですが……その、家屋や建造物の外装が、なんと言うか……」

「統一性が無いな……外見は度外視で、手当たり次第に技術をつぎ込んだような……」

 頬を僅かに朱に染め、恥ずかしそうに苦笑するシャマルに同意するようにシグナムとザフィーラは頷き、
 物珍しげに辺りの風景を見渡す。
 そういえば彼女らはこの世界に関しての知識は殆ど有していなかったな、と思い至り、銀時は面倒くさそうに頭を掻く。

「あー……まあ、色々あってな」

「色々……ですか?」

「ちょっと前までは車も走ってなかったし、デパートなんぞも無かった。電気すら通ってなかったんだよ、この国は」

 銀時のその言葉に、シグナム達はただ呆気に取られるばかり。
 一通り見渡してみたところ、この世界では通常の工学技術だけでなく、魔法技術も使われているようだ。
 しかし、彼の弁によればこの世界の生活水準は、ほんの少し前までは非常に低い……電気すら通っていなかったとなると、
 シグナム達から見ればもはや原始人レベルと言っても差支えが無いような状況だったということだ。
 つまり……。

「……たったの数年で、これほどまでに技術水準が上がったというのですか……?」

「今から……何年前だったか。天人(あまんと)といってな。異世界に住まう者達が、突如として地球に侵攻を開始したのだ」

「なんと……!」

「当然、この地に住まう人々が地球を明け渡すことを良しとするはずも無い。天人追討のために我々は決起したのだが……」

「しかし、この町の様相を見る限りでは……」

「ああ……残念なことに、この星は連中の手に落ちてしまった。こと日本に至っては、開戦当初に圧倒的な力を見せ付けられたせいで、
 まともに戦おうという意志さえ希薄でな。圧倒的不利を悟った幕府は独断で天人達と不平等な条約を締結。
 幕府の中枢を天人に握られてしまったというわけだ」

「そのようなことがあったのですか……」

「ああ。天人の技術が流入したおかげで、結果として人々の暮らしは確かに豊かになった。
 だが、それと引き換えに人々は大切なものを失った。そう、古き良き世代を守ろうというその心……すなわち侍魂を!
 このままではいけない。このままでは、この日本という国は腐りきってしまう。だからこそ、我々侍が立ち上がらねばならんのだ!
 というわけで諸君。我らとともに攘夷活動をする気は……」

「なんでお前が説明してんだぁぁぁ!!!」

 怒鳴り声と共に銀時の鉄拳が男の顔面に炸裂した。
 いつの間にかシグナムの隣に佇んでいた長髪の男は、鼻血を噴きながらもんどりうってアスファルトの上に転がる。

「あ、桂さん。いてはったんですか?」

「つーか何でここにいんだよ! 用事出来たんじゃねーのかよ!」

「いやなに、主食の"んまい棒"が切れていたのを思い出してな」

 顔を綻ばせるはやては捨て置き、仰向けに倒れた桂の襟元を乱暴に掴み上げ、銀時は彼の身体を盛大に揺さぶる。
 あまりにも自然に会話に入ってきたので気付かなかったが、もしこのまま何事も無かったかのようにデパートに入っていたら、
 危うく指名手配犯と一緒に買い物を嗜むところであった。
 しかし桂は全く悪びれる様子も無く、まるでこの場に居るのが当然のように振舞う。
 通行人の生暖かい視線が集中する中、銀時達の喧騒は、周囲の雑多な騒音に負けないくらいに夕焼け空に響き渡っていた。



「ヤバいですぜ土方さん。このままじゃ間に合わねーや」

「わーってるよンなこと! とにかく急げ総悟!」

 幾枚もの襖に挟まれた長い廊下。
 その真ん中を爆走する黒服の男が二人。
 土方十四郎と沖田総悟だ。
 先の桂小太郎追跡任務から帰還した二人は、屯所の敷地内へ足を踏み入れるや、脇目も振らずに猛然と疾走を始めたのだ。
 履いていた靴を放り捨てるように脱ぎ、すれ違う隊士達にぶつかりそうになりながら、しかし二人はその足を止めない。
 何事かと同僚達に奇異な目を向けられるが、そんなことすらも気にせずに二人は廊下を走り続ける。
 ドタドタと床を踏み鳴らす音が暫し続いた後、二人はようやく目的の場所へと到達する。
 襖を開け、勢いよく滑り込んだその場所は小さな客間。
 丸いちゃぶ台に座布団、そして小型のテレビが一台置いてあるだけの簡素な客間だ。
 畳の上を滑るように移動し、沖田は正座をしてテレビの前へ。
 土方は息を切らしながらテレビの上に置いてあったリモコンを手に取る。

「いやー、間に合いやしたね。ダブルオーの最終回」

「録画忘れてたんだよなー。危ねェ危ねェ」

 人心地付いた様子で安堵した表情を浮かべ、土方はリモコンのスイッチを押す。
 プツッ、と何かが途切れるような音。
 同時にテレビの画面に光が灯り、時間と共にそれが像を成していく。
 耳に入ってくる音楽が、番組のオープニングが丁度始まった頃だということを告げる。
 ドタドタと忙しない足音が、この部屋へ向けて響いてきたのはその時だ。

「トシィィィ! 大変だトシィィィ!!」

 突如として乱暴に開け放たれた襖の方へ目を向ける。
 真選組の一員であることを示す黒い服。
 土方よりも一回りほど高い背丈。
 どこか粗暴な印象を与える逆立った髪。

「緊急事態だ! すぐに隊士達を集めてくれ!!」

 血相を変えて叫ぶその男は、紛れも無く真選組局長・近藤勲その人であった。