なの魂

「却下だ」

「却下ですね」

「一昨日きやがれヨ」

 心底呆れたような声が響いたのは、夜もとっぷり更けた頃の事。
 ここ『万事屋銀ちゃん』事務室では、従業員総出の緊急会議が開かれていた。
 議長、銀時は事務デスクの前でどかりと椅子に腰掛け、その隣ではまるで秘書官のように新八が佇む。
 向かい合わせに配置されたソファーの片方には、不機嫌そうに胡坐をかく神楽と、ちょこんと正座をするなのはの姿。
 そして、部屋の中央。
 ソファーの間にでんと配置された机の上には、事件の渦中の人……もといフェレットが、居心地悪そうに鎮座していた。
 名はユーノ・スクライア。
 聞くところによると、どうやら彼はただのフェレットではなく、別世界の住人であるらしい。

「そ、そんなぁ……」

 そんなお騒がせトラベラーは、あくまでも冷たくあしらう態度を取る銀時達にがっくりと項垂れる。
 先程の怪生物の襲撃の後、万事屋へ逃げ帰ってきた銀時となのは、そして彼らを迎えた新八と神楽に対して、
 ユーノが語った事件の顛末はこうだ。
 そもそもの事の発端は、彼とその仲間達が、とある世界の遺跡で発掘した古代遺産"ジュエルシード"に起因する。
 "願いを叶える宝石"として過去の文献にも記されたことのあるその遺産の発掘依頼が、ある日ユーノ達の元へ舞い込んだのだ。
 遺跡発掘を生業とするスクライア一族にとってこのような依頼は日常茶飯事であり、事実発掘作業自体も何の滞りも無く行われた。
 事件が起こったのは、その後だ。
 ジュエルシードを移送していた輸送船団が原因不明の事故を起こし、21のジュエルシード全てがここ地球へばら撒かれてしまったのだ。
 もちろん、ユーノにはなんの落ち度も無い。
 彼が携わっていたのはあくまで発掘であり、輸送に関しては彼の管轄外のことだったのだから。
 だというのに、彼はあろうことか、たった一人でジュエルシードを探し集めに来たのだという。
 彼の生来の性格がそうさせたのか、発掘隊の指揮者という立場が、彼にそのような行動を取らせたのか。それは分からない。
 ただ、彼なりに責任を感じる、思うところがあったのだろう。
 しかし如何せん彼は学者気質であり、お世辞にも荒事に向いた力を持っているとはいえなかった。
 無理をしてその筋の人物から貰い受けた戦闘用デバイスを片手に意気込んでみるも、事故の影響で暴走したジュエルシードの凄まじい力に圧倒され、
 そして肝心のデバイスはあまりにも性能が高すぎたために、彼の腕前では逆にデバイスに振り回される結果となってしまう。
 後はご存知の通り。
 力尽きて倒れていたところをなのは達に拾われ、病院へ連れて行かれ、ジュエルシードの暴走体を封印し、現在に至ると言うわけだ。

「で、でももし万が一あれが暴走すれば、とんでもない被害が出ます! この星が……この世界が危ないんです!
 だから……お願いします……!」

 切望するように瞳を潤ませ、ユーノはなおも食い下がる。
 一体彼は何を必死になって頭を下げているのか。
 端的に言ってしまえば、『なのはの力を貸してほしい』である。
 先に言ったとおり、ユーノは荒事には向いていない。一人で意気込んでみたところで、このざまだ。
 しかし、なのはがいれば。
 たったの一撃でジュエルシードの暴走体を封印せしめた彼女がいれば。
 だが、そう上手く話が進まないのが現実というものである。

「だったらなおさら駄目だよ。銀さんですらこんな有様なのに、なのはちゃんをそんな危険なことに関わらせるなんて、もっての他だ」

「女の子を危ない目に合わせるなんてサイテーネ。テメーでやれヨ」

 絆創膏だらけになった銀時をちらりと見た後、断固とした態度で新八は拒絶の意を示す。
 神楽は隣に座るなのはを大事そうに抱き寄せながらユーノを睨む。
 そして肝心の議長、銀時はというと。

「規模がデカ過ぎてしっくりこねーよ。地球の危機って何? そんなモンよりウチの家計の危機を救ってほしいね俺ァ」

 事務デスクの上に置かれた妙に古めかしい黒電話の受話器を顔と肩で挟み、パチン、パチンと小気味の良い音を鳴らして
 足の爪を切っている真っ最中であった。

「あー、もしもし警察ですか? いやね、なんか不審な天人を見かけたんスけど……」

「わー! わー!」

 顔を青ざめさせ、まるでロケットのように電話に飛び掛ったユーノは己の全体重をかけて電話機のフックを押し込む。
 プツ、と言う音と共に電話の回線が切断され、銀時は悪戯を咎められた子供のような顔をしてユーノを見下ろす。

「へェ、お前空も飛べんの? 器用だねー」

「つ……つらいんですよ! この状態だと一苦労なんですよ、飛ぶのも!」

 険しい表情で息を荒くするユーノの姿は、なるほど、確かに苦しそうだ。
 しかし銀時はそんな彼には微塵も配慮をするつもりは無いらしく、そのか細い首根っこを掴んで電話機から引っぺがし、
 再び警察へ電話をかけようとする。

「……ぎ、銀さん。あの、私……」

 遠慮がちな少女の声が神楽の胸の辺りから聞こえ、そしてその一点に皆の視線が集中する。
 神楽に抱きしめられていたなのはは、胸元で赤い宝石を握り締め、銀時をじっと見つめていた。
 何かを決意したような面持ちで彼女は言葉を紡ごうとするが、それよりも先に銀時が立ちあがる。
 手の中で暴れるユーノをデスクの上へ放り出し、少しばかり困ったようにため息を吐いてなのはの目の前へ。

「……人助けも結構だがよ」

 しゃがみ込み、なのはと視線を水平に合わせ、両の手で彼女の頬にそっと触れた。
 不意に頬に感じた温もりに、なのはは思わず身を竦める。
 小動物のように縮こまった馴染みの少女のその姿が、どこか滑稽だったのだろう。
 物思わしげな表情を僅かに緩め、銀時は苦笑を漏らした。

「あんまり、父ちゃんや母ちゃんに心配させるようなマネすんなよ。今日だって、黙って出てきたんだろ?」

 じっとなのはの瞳を見据えるその顔は、まるで実の娘を心配する親のようで。
 心中を見透かされたなのはは驚きに目を見開き、そしてどこか納得したように顔を俯ける。
 ――ああ、この人には敵わないな。と。

「……いやです」

 それでも。
 なのはは、彼に対して異を唱えた。
 それは純粋な正義感から来たものなのか、それともちょっとした反骨精神から来たものだったのか。
 精神的にもまだまだ幼い少女には、それを冷静に分析する術はない。

「いやなんです。なんとかできる力があるのに、何もしないのは。誰かが助けを呼んでるのに、それを見捨てるのは。
 ……私の大好きな場所が無くなるかもしれないのに、じっとしているなんて、いやなんです……」

 彼女の表情は真剣そのもので。

「だから……ユーノくんのお手伝い、させてほしいんです……!」

「……ダメだっつったら?」

「ダメでも、いきます!」

 絶対折れないぞ、という彼女の意志が、まるで熱気のように伝わってきて。

「父ちゃん母ちゃんに言いつけるぞ?」

「そしたら、こっそりいきます! お父さんにもお母さんにもバレないように!」

 頑なに拒絶するなのはに、思わず銀時はため息を漏らした。
 呆れたような顔をして、コツン、と軽くなのはの額に自分の額をぶつける。

「あうっ」

「……ったく。誰に似たんだろーな、その頑固さは……」

 ポツリと呟き、銀時は改めてなのはの顔を見つめる。
 そこに見えるは、自暴自棄にわがままを撒き散らす子供の瞳、などではなかった。
 幼いなりにも決意を秘めた、愛らしくも頼もしい瞳であった。

「……危なくなる前に、さっさと逃げ帰ってくんだぞ」

「……ふぇ?」

 言葉の意味をにわかには理解できず、なのははきょとんと小首を傾げる。
 目の前には呆れきったような、それでいて人を馬鹿にするような表情の銀時の顔。
 このまま馬鹿扱いをされるのも癪なので、何度もその言葉の意味を反芻する。
 そして、気付く。

「……銀さん、それって……!」

 なのはの言葉には答えず、銀時はどこか悔しそうに顔を背ける。
 それこそが、何よりの肯定の証だった。
 歳に不相応な険しい表情をしていたなのははすぐさま顔を綻ばせ、跳ねるようにユーノの元へ向かう。

「ユーノくんユーノくんっ! やったよ! 私、お手伝いできるよっ!」

 デスクの上に鎮座していたユーノを力一杯に抱きしめ、全身で喜びを表現する。
 一方のユーノは、彼女の未発達な胸に顔面を押し付けられたせいで呼吸困難。
 苦しそうにバタバタと小さな手を振るも、それを歓喜の表現だと勘違いしたなのはは、さらにユーノを抱き寄せる。

「……よかったんですか? 銀さん」

「いいわけねーだろ。いいわけねーがよォ……」

 新八の言葉に、銀時はバツが悪そうに言葉を濁し、頭を掻く。
 本当なら、無理矢理にでも彼女を止めようと思っていた。
 だが、あの眼が。
 決意を秘めた眼が、心の奥に焼け付いていた。
 何かを護りたいという頑なな想いが、その眼を通じて確かに伝わってきた。
 あの少女には、危険な目にあって欲しくはない。
 だが、そのために彼女の想いを殺すことなど、自分には出来そうにも無かった。

「よく言うだろ? ナントカな子には旅をさせろ、って」

「実親どころか義理の親でもない人が何言ってんですか」

 ため息交じりの新八の言葉には耳も傾けず、銀時はただ魔の悪循環によってどんどん衰弱していくユーノの姿、
 そして、本当に嬉しそうに笑みを浮かべるなのはの姿を眺めるだけであった。



なの魂 〜第三幕 どっちが悪者か分からなくなる時がある〜



「ぎ〜んさ〜ん! 今日こそ家賃払ってもらいますよ〜!」

 翌日の早朝。
 休日の閑静な商店街に、少女の声が響く。
 頭の上にフェレットを乗せて、ドンドンと引き戸の玄関を叩くなのはは、どこかうんざりした様子でため息をつく。
 階下から忙しない足音が聞こえてきたのは、まさにその時。
 振り返り、柵の上から街路を見下ろせば、なのはに背を向け一目散に逃走を図る影が4つ。
 巨大な犬、チャイナドレスの少女、地味な青年、銀髪の男。

「ああっ! ま、また逃げた〜!」

 これで一体何度目だろうか。
 柵から身を乗り出し、なのはは悔しそうに呻く。

「……えーっと……あの人達を捕まえればいいんだよね? なのは」

 頭上から聞こえてきたのは、そんな控えめな声。
 器用に二本足で立ち上がったユーノが、逃げ去る銀時達を見やりながら呟く。
 なのはは僅かに逡巡してから小さく頷く。

「えと……う、うん。そうだけど」

「分かった。それじゃあ……」

 小さな小さな魔導師は、その短い両前足を銀時達へ向けて。

「……えいっ」

 彼の足元、つまりなのはの頭上に、まるで天使の輪のように魔法陣が浮かんだかと思うと、
 遠くから唐突に男達の情けない喚き声が聞こえてきた。
 何事かと思い、声のした方へ目を向ける。
 魔法の枷で四肢の動きを封じられ、芋虫のように道端に転がる逃亡者達の姿が視界の奥に映し出されていた。



「……まあ、そんなこんなで……」

 床に座り込み、深く項垂れた銀時はそう言って自分の財布を逆さにして振って見せた。
 中から転がり落ちてきたのは数枚の硬貨。
 紙幣など落ちてこようはずも無い。

「……世間様じゃ就職氷河期なんて言うがよォ。こっちはもう財布が氷河期だよ。
 なんかもうストレスで頭の温暖化まで始まっちゃいそうなんですけど」
 
「あ、あはは……結構キョーレツな子なんやね。なのはちゃんとユーノくん……」

 伏せの状態で寝そべる定春の頭の上に、覆いかぶさるように位置したはやては乾いた笑いを漏らしてため息をつく。
 来訪してからずっとブルーな銀時の様子が気にかかり、興味本位で何があったのかを聞いてみた結果がこの現状だ。
 噂の"なのはちゃん"の話のみならず、魔法の話や異世界からの来訪者の話まで聞けたのは思わぬ収穫であり、
 はやての知的好奇心を満たすには充分な世間話だったのだが……。

「でも、そもそもの原因は銀ちゃんが借金抱え込んだせいやろ? 反省せなアカンよ?」

 それにしてもこの男、本当に駄目人間過ぎる。
 銀時の先行きにそこはかとなく不安を感じ、親切心からはやては諭す。
 が、大の大人が8歳の少女の説得に傾ける耳など持つはずも無く。
 「うるせーよ」と鬱陶しそうに銀時は顔を俯けたまま手をヒラヒラと振る。
 先程まで呆れ顔だったはやての表情が変わる。
 それは彼のだらけきった態度に対する怒りではなく、どこか物憂げな、心配するような表情だった。

「……この怪我、もしかしてその時の……?」

 不意に手に触れた暖かい感触に、ようやく銀時は顔を上げた。
 はやてに掴まれた左手。
 五指を除き、手のひら全てを包帯でぐるぐる巻きにされたその様相を見て、銀時は顔を曇らせる。

「あー、いや、コイツは……」

 まさか昨日のバケモノ騒動のことまで話すわけにはいかない。
 話したところで「そんなバケモノがこの家の近くにもいるかも」と無駄に不安を募らせるだけであるし、
 なによりなのはに硬く口止めをされている。
 おいそれと他人に話すわけにはいかないのだ。
 よって。

「ローソンの自動ドアに挟まれた」

 このような月並みな誤魔化しをするしかないわけで。
 しかし自動ドアに挟まれた程度でここまで大怪我をするはずが無いというのは明々白々。
 普通なら疑われてしかるべきなのだが、どうやらはやては空気が読める子のようだ。

「ふーん……」

 あるいは、銀時の言葉などろくに耳に入っていなかったのかもしれない。
 気の抜けた声を漏らし、銀時の手のひらを撫でるように触れる。
 触診するかのようなその手つきはこそばゆくて、だが不思議と嫌な感じはしなかった。

「魔法、かぁ……私も魔法使えたら、こんな怪我もすぐ治せるんかなぁ……」

 ポツリと呟き、両の手で銀時の大きな手を握り締め、はやては祈るように目を瞑る。

「……治れ、治れ、治れ〜……」

 呪文のように紡がれる言葉。
 だがそんなことをしても、本当に怪我が治るはずもなく。

「……何やってるアルか? はやて」

 よしよし、と定春の顎を撫でていた神楽が、不思議そうにその様相を見て尋ねる。
 不意に声を掛けられたはやては、少しばかり恥ずかしそうに顔を赤らめ、頬を掻きながら答える。

「えへへ……もしかしたら、魔法使えるかな〜って」

「使えるわけねーだろ、スッタコ」

「むぁ!? ひ、ひどい〜! そんなハッキリ言わんでもええのに〜!」

 見も蓋も無い銀時の言い草に、はやては頬を膨らませ、掴んでいた手をペシペシと叩いて猛抗議を始めた。
 痛い痛いと銀時が訴えるも、そんなことなどお構い無しに叩き続ける。
 やがて、手を叩く音に混じって妙な音がポツリポツリ。
 雨が屋根を叩く音だった。

「あー……そういえば、今日は昼前から降るかもしれないって天気予報で言ってたっけ。
 洗濯物取り込まないと」

 二階の掃除を終えた新八が、掃除機をしまいながら窓の外を見やる。
 先程までは快晴そのものであった青空が、いつの間にか暗雲に覆われていた。

「あ、私もお手伝いする〜!」

「ありがと。それじゃ、はやてちゃんには洗濯物を家の中に運ぶ仕事をお願いしよっかな?」

 先程まで窓の外のように曇り切った表情だったのに、あっという間に満面の笑みに。
 本当、忙しい子供だ。
 コロコロと変わるはやての表情に微笑ましいものを感じながら、彼女を車椅子に乗せるために、新八はその小さな身体を抱き上げる。
 落ちないように、きゅっ、と服を掴むはやての体温が伝わり、それが妙に心地良い。

「ゴメンな。いっつも面倒なことばっかやらせて……」

「あはは、大丈夫だよ。いつも家でやってるから馴れてるし、これが僕らの仕事だからね」

 雨の音に紛れて爆音が聞こえてきたのはその時だ。
 もちろん、聞き間違えなどではない。
 飛行機のエンジン音だとか、車が電信柱にぶつかった音だとか、そんなものでは決して無い。
 それは紛れも無く火薬の爆ぜる音。
 アクション映画などでよく耳にする、あの爆音であった。
 続けて聞こえてくるのは、けたたましいパトカーのサイレンの音。
 それも一台や二台ではなく、結構な数の編隊のようだ。
 この平和な町に似つかわしくない喧騒の連続に、部屋にいた四人は一斉に首を傾げ……。

「……なんやろ?」

「なんだろうね? とにかく、洗濯物洗濯物っと」

 しかし別段気にすることも無く、各人思い思いの一時を過ごすのであった。



 飛び交うロケット弾。
 弾ける手榴弾。
 はやての家から程離れた住宅街の路地は、もはや戦場と化していた。

「……しつこい連中だ。貴様らのチャンバラ遊びに付き合っている暇は無い」

 背後から迫り来るパトカーの群れを振り払うべく、その男は入り組んだ路地を縦横無尽に、道なき道をも渡り、
 懸命に逃走劇を続けていた。
 昔ながらの藍染の着物。真っ白な無地の羽織。鬱陶しいまでの長髪に、優男と形容できそうな顔立ち。
 名は桂小太郎。
 攘夷戦争と呼ばれる、地球人と天人――異世界の人間との戦争を生き残り、今なお革命家としての活動を続ける
 "狂乱の貴公子"の異名を持つ男だ。

「うるっせァァァ!! 神妙にしやがれテロリストがァ!」

 その革命家様の背後には、バズーカ片手にパトカーの上で怒鳴り散らす土方の姿。
 革命家、と聞くと大層な人物に思えるが、早い話がテロリストと同義である。
 そんな彼を武装警察真選組が見逃すわけが無い。
 とはいえ、居住区で重火器をぶっ放すのは明らかにやりすぎである。
 何時だったか、沖田が魔導師の暴挙の残照を目の当たりにして「イカレてるとしか思えない」と漏らしていたが、
 ぶっちゃけた話、彼らも人のことは言えない。
 というか、被害者こそ出してはいないが、ここまで派手に居住区を破壊してしまってはどちらが悪者か分かったものではない。
 そんなある意味自由奔放な彼らのことを、人は畏怖と敬意を込めてこう呼ぶ。
 "チンピラ警察24時"と。

(……そういえば、もう一人が見当たらんな。どこに行った……?)

 車一台すらまともに通れない細い道へと踏み込み、そこで桂は違和感に気付く。
 自分を追っていたあのパトカーには土方の他にももう一人、小生意気な侍――沖田といったか――が乗っていたはずだ。
 それが先程背後の確認を行った際には姿が見えなかった。
 もしや、罠だろうか?
 そう感付くも、時既に遅し。

「おっと、こっから先は通行止めですぜィ」

「何っ!?」

 桂の前方、丁度路地の終わりを塞ぐように、バズーカを担いだ沖田が現れたのだ。

「死ねェェェェェ!! カーツラぁぁぁぁぁ!!!」

 開口一番、問答無用で沖田はバズーカをぶっ放す。
 灰色の煙の尾を曳き、吐き出された榴弾は一直線に桂の元へ。
 緋色の閃光とおどろおどろしい黒煙、そして壮絶な爆音が細い路地を埋め尽くす。
 だが……。

「……チッ。逃げられたか」

 突然の大雨によって掻き消される黒煙。
 そこには、うざったらしい長髪の男の姿は無かった。



「……俺としたことが、不覚を取ったか……」

 息も絶え絶えになりながら、桂は少し離れた民家の敷地内、植え込みの中に身を隠した。
 どうにか直撃こそ免れたものの、しかし全くの無傷というわけにもいかなかったようだ。
 その頭から、腕から、止め処なく血が溢れ出る。
 この雨のおかげで血痕を辿っての追跡は不可能になるだろうが、どの道この出血ではそう長くは持たないだろう。

「これで俺も万事休すか……」

 絶望感に浸りながらも、一歩を踏み出す。
 ここで諦めて死を迎えるよりは、最期の最期まで足掻いてやろう。
 そういう心積もりで、彼は植え込みの中から歩み出る。

『…………』

 気まずい沈黙。凍りつく空気。
 視線の先には、両手一杯に洗濯物を抱えた車椅子の少女がいた。

「…………コンニチワ、サンタクロースダヨ」

 先程のシリアスな雰囲気とはうって変わって、素っ頓狂かつカタコトなセリフが桂の口から飛び出る。
 焼け焦げた着物に、血だらけの全身。
 見るからに怪しい風体のその男の姿を見て、少女――はやては、大慌てで叫んだ。

「ぎ……銀ちゃん大変や! 慌てんぼうのサンタクロースがお外に!」

「……何やってんですか、桂さん?」

 不意に隣からかけられた、聞きなれた声。
 言うことを聞かない身体に鞭を打ち、なんとか声のした方へ顔を向ける。

「桂じゃない……ヅラ……だ……」

 「あ、間違えた」。
 そう続くはずだったその言葉は、しかし桂が気を失い倒れ伏したことにより、紡がれることなく雨の中へ消えていった。



「……なるほど、日雇いの従者か。相変わらず節操の無い奴らだな」

 銀時達がここにいる理由を聞き、若干間違った解釈をして納得する桂。
 居間に担ぎ込まれ、手当てを受けた彼が目を覚ましたのは、先の逃走劇から程なく経った頃だった。
 頭と腕を包帯でぐるぐる巻きにされたその姿は、見ていて痛々しい。

「つーか、なんでオメーがこんなとこにいんだよヅラ」

「ヅラじゃない桂だ。アレだ、日課のジョギングをだな」

「どんなジョギングですか。頭から血出てましたよ」

「アレだ。昨晩少し飲みすぎてな」

「酒にそんな効果あったら誰も飲まねーよ!!」

 常人にはどこか理解しがたい問答を続ける万事屋と招かれざる客。
 彼らを不思議そうに見比べていたはやては、その様子から浮かんだ疑問を素直にぶつける。

「……銀ちゃんの友達なん?」

「友達じゃねーよこんな奴。むしろ友達になりたくねーよ」

 間髪いれずに銀時は否定する。
 が、今までの流れを見るに、彼らが知り合い同士であることは明白だ。
 おまけにこれだけ親しげに話していると言うことは、それなりの仲は取り持っているということに他ならない。
 はやては口を尖らせて銀時に人差し指を向ける。

「もー、友達にそんな口利いたらアカンよ?」

「だから友達じゃねーって」

 銀時はしつこく否定するが、もはやはやてにとっては馬耳東風である。
 彼女は桂の方へ向き直り、ぺこりと丁寧に頭を下げた。

「はじめまして、八神はやてっていいます。銀ちゃんがいつもお世話になってます」

「なんでだよ、なんで俺お前の子供みたいになってんの?」

「俺は桂。好物はそばだ」

「オイ、なんで好物言った。そばか? そば出せってか?」

 飄々とした態度で遠回しに食い物の要求をする桂の胸倉を銀時は締め上げる。
 怪我人相手になんて事を、とはやてに咎められるも、しかし銀時はその手を緩めようとしない。
 はやてはどこか諦めたようにため息をつき、くるりと方向転換をして台所へ向かう。

「ちょっと待っててなー。確かインスタントのおそばが……」

「いいヨはやて、そんなの出さなくても。こんな奴、そば粉喉に詰めさせて窒息させてやればいいネ」

「やってみるがいい。鼻からそばにして出してやる。アレだぞ? ものッすごいコシのある麺だぞ?」

「いらねーよそんなもん! つーかなんですかその特技!? それだけで食っていけるよ! ある意味革命起こせるよ!」

「マジでか。日本の夜明けは近いな」

「オイ、誰か救急車呼んで来い。革命的な馬鹿がいるぞ」

 そう銀時が鬱陶しそうに呟くのと同時、彼の言葉に応えるかのように、家の外からサイレンの音が聞こえてきた。
 ただし、それは救急車のものではなく、紛れもなくパトカーのものであった。
 おそらく、姿を眩ませた桂を探しているのだろう。

「……チッ。ひどい天気だ」

 雨が降りしきる外の景色を見やり、桂は呟く。
 迂闊に外へ出てしまえば、先程の二の舞だ。

「八神殿。すまないが、暫く雨宿りさせてもらえないだろうか」

「? それはええけど……。どっちにしても、その怪我やったらしばらく動かれへんのとちゃうの?」

 神妙な面持ちをする桂の姿をまじまじと見つめ、はやては問いかける。
 出血こそ止まってはいるものの、しかし包帯だらけになったその姿は見ていて痛々しく、とてもじゃないが
 まともに動くことが出来るとは到底思えなかった。
 だからこそはやては、桂の素性を知っている者ならば決して口にしないであろう言葉を軽々しく発するのであった。

「よかったら、怪我が治るまでうちに泊まっていったらどう?」

「待て待て待て待てェェェェェ!!!」

 はやての両肩をがしっと掴み、銀時は凄まじい形相で彼女に詰め寄る。

「落ち着けはやてェェェェェ! 考え直せ! コイツ手配犯だからね! こんな奴家に置いたらどうなるかわかったもんじゃねーぞ!」

 先にも紹介したとおり、桂の本職は革命家と言う名のテロリスト。
 しかも全国に指名手配される極悪犯――と、世間一般にはそう認識されている。
 そんな人間を匿って、もし万一警察にバレでもしたらどうなるかは火を見るより明らかだ。
 が。

「む、そうか。なら、その厚意に甘えさせてもらおう」

「お前はもっと自分の立場を考えろォォォ!!!」

 さも当然のようにはやての提案を受け入れようとする桂。
 自分の立場が分かっていないのか、それとも分かっていて言っているのか。
 どちらにせよ常識知らずだ。
 何を考えているのかさっぱり分からないダメ侍の胸倉を締め上げ、銀時は怒鳴り散らす。
 そんな姦しいことこの上ない大人二人の姿を見やり、はやてはどこか微笑ましげに顔を綻ばせた。

「んー……でも、銀ちゃんの友達なんやろ? それやったら大丈夫や。それに、こんなおもろい人が悪い人なわけないやん」

 それは、人を疑うことを知らない無垢な笑顔。
 一体どう教育すれば、ここまで純で素直な――悪く言えば、能天気な子供に育つのだろうか。
 銀時は辟易しながら頭を押さえる。

「……オイ、お前ちょっとこっち来い」

 ここまではっきりと家主に「大丈夫だ」と言われてしまっては、もはや説得をするのは不可能だろう。
 となれば、残る手段は一つ。
 騒動の火種となりうる人物を、この場から追い出すことだ。
 そう判断するが早いか、銀時は桂の胸倉を掴んだまま、彼をはやての部屋へと引きずって行くのであった。



「お前ホント勘弁しろよ。俺らだけならともかく、はやてまで立場悪くなったらどーする気だよ」

 部屋に入り、ドアを閉めるや否や、有無を言わさず銀時は桂の身体をベッドの向かいにある本棚へと叩きつけた。
 険のあるその物言い、そして放たれる威圧感から、彼が珍しく本気で怒っているということが察せられる。
 だが、銀時が危惧していたほど事態は深刻ではなかったらしい。

「安心しろ。真選組の包囲が薄くなるまでの間だけだ。お前達に迷惑はかけん」

 胸倉を掴む手を払いのけ、桂は部屋から出ようとする。
 どうやら元々長居をするつもりは無かったようだ。
 先程の会話は彼なりのお茶目といったところだろうか。
 なんにせよ、時と場所は選んでほしいものである。

「……だから居るだけで迷惑だっつーの」

 拍子抜けした様子で銀時は憎まれ口を叩きため息をつく。
 家のインターホンの音が鳴り響いたのは、その時だ。

「……ん?」

 こんなに雨が降りしきる中で来客とは。
 部屋のドアを開けて居間の様子を覗くと、壁にかけられた小型のモニターを使って客の応対をするはやての姿が目に入った。
 モニターの向こうに見えるのは、どこかで見たような黒服の男。

『すいやせん。警察のモンですが、ちょいとお時間よろしいですかィ?』

「あ、はーい。少々お待ちをー」

 途端、まるでおもちゃ箱をひっくり返したかのような騒音がはやての背後から響き渡る。
 避難訓練でもしているのだろうか?
 不思議そうに振り向き、目の前に広がる光景を見てまず初めにはやてはそう思った。
 居間に置かれたテーブルの下に、そろって隠れる新八と神楽に定春。
 はやての部屋の中、ベッドの下に潜り込む銀時と、本棚から崩れ落ちた大量の本の中に身を隠す桂。

「スマンはやて。ヅラのことも俺達のことも黙っててくれ」

 一体何をしているのかと問う前に、銀時がベッドの下から顔を覗かせ、人差し指を立てる。
 それに同調するように神楽と新八もテーブルの下から這い出し懇願するように顔の前で手を合わせた。

「あのチンピラ警察共に関わると、ロクな目に合わないネ」

「ただでさえ桂さんっていう爆弾抱えてるし、これ以上ゴタゴタになりたくないからね……」

 うんざりした様子で、万事屋三人組は揃って深い深いため息をつく。
 犯罪を犯しているわけでもない三人が、何故にここまで真選組を嫌悪するのかは分からない。
 が、ここまで露骨に嫌がっているのだ。わざわざ相手方に教えてやるのも忍びない。

「分かった。銀ちゃんらのことも秘密にしとくなー」

 にっこりと微笑み、はやては玄関へと向かった。



「お待たせしましたー」

 平静を装って玄関を開けると、門の向こう側には黒尽くめの男達がぎっしり。
 その威圧感溢れる情景に「うわ、やっぱり居留守使っとけばよかったかな……」などと今更思ってみるが、
 応対してしまった以上後には引けない。
 いそいそと短いアプローチを通り抜け、門を開くと亜麻色の髪の青年が一枚の紙を懐から差し出した。

「真選組でィ。ちょいと捜査に協力してもらいてェんだが……お嬢ちゃん、この男見なかったかィ?」

 なんの変哲もない長方形の紙。
 その表面には、鬱陶しいまでに髪を伸ばした男の顔写真と、"この顔にピンときたら110番!"という文字。
 紛れも無く桂の手配書である。
 それを見せ付けられたはやてはほんの少しだけ考える素振りを見せて、しかしすぐに首を横に振った。

「……う〜ん……ちょっと見覚えないなぁ。こんな髪の長い男の人やったら、見かけたら覚えてそうなもんやけど……」

「……だそうですぜ、土方さん。どうしやすかィ」

 手配書を懐に収め、沖田は振り向き上司からの指示を仰ぐ。
 視線の先では土方が雨の中、どうにか煙草に火をつけようと奮戦していた。
 沖田の視線に気付いた土方はライターを胸ポケットに収め、機嫌悪そうに言う。

「チッ……逃げ足だけは速ェ野郎だ……撤収だ。これ以上ここにいても、何も得られねェよ」

 ぶっきらぼうに土方が手を振るや、彼の周りにいた仲間達は気勢を削がれたように肩を落とし、
 各々が乗ってきたパトカーの元へと向かう。

「時間取らせて悪かったな、嬢ちゃん」

「あ、いえ。お仕事頑張ってくださいね〜」

 嘘をついたことに罪悪感を感じつつも、疲れた様子の隊士達の背中をはやては手を振って見送った。



「バッチリ、追い払ってきたよー」

 居間の扉を開けてそう報告するも、しかしはやての視界には銀時達の姿はなかった。
 一体何処へいったのだろうかと辺りを見回すと、なにやら自分の部屋から声が聞こえてくる。
 小首を傾げて車椅子を動かし、窺うように部屋の中を見渡す。

「……みんな、何やってるん?」

 本棚の前、崩れ落ちて大量に積み重なった本の山の前に座り込み、何やら話事をしている銀時達がそこに居た。
 不審に思いはやてが問いかけると、いの一番に反応した神楽が、待っていましたといわんばかりに手にした本を胸の前に掲げる。

「ヅラが変な本見つけたネ。これ、はやてのアルか?」

「ヅラじゃない桂だ。随分くたびれた本だが、八神殿の物か?」

 それは、皮の表紙に金の十字があしらわれた、妙に古めかしい本。
 文庫本や少女漫画によって形成された山の中において一際異彩を放つそれは、本としてもまた異質なものであった。
 普通の本であるならば、まずもって付いていないであろう物が付いているのだ。
 それは鎖。
 無骨な鎖によって十字に縛られ、不気味でありながらどこか神秘的な雰囲気すらも醸し出すその本を見つめてはやては首を傾げ、
 そして思い出したかのように胸の前でポンと手を打つ。

「あー、うん。私が物心ついた頃からあったんやけど……なんや綺麗な本やし、そのまま飾っとこーかなって思って」

「コレ、開けてもいいアルか? はやて」

 突拍子もなく神楽が目を輝かせながら尋ねてくるが、はやては残念そうに首を横に振る。

「んー……私も開けてみたいなーって思っとってんけど、鍵も付いてへんみたいやし……」

「大丈夫ネ。これくらい、私の手にかかれば……」

 自信たっぷりに神楽は両手を本の鎖にかけ、そして渾身の力を腕に込める。
 最強の傭兵部族と呼ばれる"夜兎族"。
 その血を引く神楽の腕力は、人間のそれとは比にならないほど強大である。
 彼女の手にかかれば、この本のような簡素な鎖ならばいとも簡単に引き千切れるはずだ。
 だが……。

「ふんごごごご!!!」

「……ちょっと神楽ちゃん。そんなに乱暴にしたら、本が傷んじゃうよ」

 夜兎の剛力を以ってしても、その鎖が千切れることはなかった。
 顔を真っ赤にして唸り声を上げる神楽だが、肝心の鎖はミシミシと軋むような音を上げるだけに終わる。

「うがあああ! 何アルかコレ! ただの鎖のくせに無駄に硬いアル!」

「神楽でも無理とはねェ……超合金Zでも使ってんのか、コレ?」

「落ち着けリーダー。こんな時のためのとっておきがある」

 抱いていた自信をあっさりと砕かれて不機嫌の極みに達した神楽を宥め、桂は袖の下を弄る。

「じゃじゃーん。桂小太郎の逃走七つ道具ー」

 耳障りな裏声と共に取り出されたのは、人の顔ほどもある巨大なニッパーのようなものであった。

「特注の巨大金切り鋏だ。超合金Zだろうとガンダリウム合金だろうと、問答無用で切り刻む代物だ」

「……っていうか、どうやって袖の下にしまってたんですかソレ?」

「捕縛魔法もぶった切れる優れものだぞ?」

「いや、聞いてねーし」

 どこか冷めた表情をする新八に、なおもその鋏の素晴らしさを語ろうとする桂だが、それより先に銀時が
 桂の手から巨大鋏を奪い取る。

「ま、ご開帳は持ち主にやらせたほうがいいだろ」

「へ? ふぇ?」

「はやてはやてっ、早くぶった切るネ!」

 銀時が鋏の持ち手をはやてに握らせ、神楽は鋏の刃を本と鎖の間に滑り込ませる。
 着々と目の前で進められる開帳式の準備に、しかしはやてはどこか難しそうな顔をして銀時を見上げる。

「で、でも……ホンマにええんかなぁ? こんな無理矢理な開け方して……」

「本ってのは読むためのモンだろーが。棚の隅っこで埃被ってたらゴミと変わらねーよ」

「ん……う〜ん……」

 あくまで開けることを薦めてくる銀時に対し、はやては俯いて考え込む。
 確かに自分もこの本の中身は気になる。
 しかし、だからといってこのようなゴリ押し的な開け方をしてもいいのだろうか?
 もう少しスマートな開け方というものがあるのではないだろうか?
 そう考え、意見を仰ぐために他の三人に視線を送る。

「きっと宝の地図とか書いてるネ! これで私達お金持ちアルよキャホゥ!」

「いくらなんでもそれはないでしょ。でもまあ確かに気になるよね、この本」

「宝の地図……まさか、一繋ぎの財宝"ワンパーク"の……!」

「いや、だからないってば」

 どうやら他の三人も、今この場で開けることに肯定的なようだ。
 とてもではないが、開帳を先送りに出来る雰囲気ではなさそうである。

「……よ、よっしゃ! ほな、開けるよ〜!」

 もはや思考の余地無しと判断したのだろう。
 諦めたようにため息をつき、はやては握り手を掴む両の腕に力を込める。
 握り手が内側へ引き寄せられるにつれて刃先が閉じ、見る見るうちにその刃と鎖の距離が縮まる。
 周りの四人が固唾を飲んで見守る中、ついに刃が鎖に触れた。
 その、瞬間だった。

「……ふぇ!?」

 唐突に、目の前が真っ白になった。
 それが本から放たれた眩い閃光なのだということを理解するのにそう時間はかからず、はやては咄嗟に
 持ち手を離して両手で顔を覆う。
 それと同時に聞こえてくる、銀時達のくぐもった声と何かが壁にぶつかる音。

「この……狼藉者がぁ! 主を誑かし闇の書を傷付けようとするとは不届き千万!」

 明らかに激昂した女性の声。
 声色から察するに、おそらく新八と同い年ぐらいか、それより上ぐらいであろう。

「……その、なんだ。物事には手順というものがある。あまり乱暴なことをされてはこちらも困るのでな」

 次に聞こえてきたのは男の声。
 僅かに険は篭っているものの、先の女性と比べれば随分と冷静な喋り方だ。
 力強く、それでいて落ち着いた印象のあるその声の主は、きっと銀時と同い年くらいであろう。

「シ、シャマル! 闇の書、闇の書は!?」

「え、ええと……! あぁ、良かった。無事みたいよ」

 続けて聞こえてきたのは慌てふためく少女の声と、おっとりとした女性の安堵する声であった。
 性別も印象も違う四つの声。
 それら全てに共通するのは、どれもはやての知らない声だということだ。
 目蓋越しに光に当てられてチカチカする目を擦り、はやてはゆっくりと、恐る恐るその眼を開ける。

「主、御怪我はありませんか!?」

 長い桃色の髪をポニーテールに結わえ、心配そうにこちらを見る凛々しい顔立ちの女性。
 緋色の髪を三つ網の二つ括りにした、はやてと同い年くらいの気の強そうな少女。
 金の髪をショートボブに切った、おっとりとした印象の女性。
 そして頭から犬のような耳を、腰の辺りから同じく犬の尻尾のようなものを生やした筋骨隆々な褐色の大男。
 女性陣はたった一枚のワンピースを。大男はランニングシャツとチノ・パンツのようなボトムスを。
 一様に真っ黒な衣装で身を固めた四人の見知らぬ男女を視界の中に認め、はやてはポツリと呟くのであった。

「……どちらさん?」