なの魂(旧版)

「侍の国」
僕らの国がそう呼ばれたのは、今は昔の話。
数十年前、突如異世界から舞い降りた天人(あまんと)の台頭により
侍は衰退の一途をたどった。
かつて侍達が仰ぎ、夢を馳せた青い空には異郷の船が飛び交い
かつて侍達が肩で風を切り歩いた街には、今は異人がふんぞり返り歩く。
それが僕らの世界。
それが僕らの街、江戸である。





江戸は海鳴市、商店街でも有名な喫茶店『翠屋』。
その二階に、彼らは住んでいた。

「銀さ〜ん。家賃の回収に来ましたよ〜。開けてくださ〜い。
 いるのは分かってますよ〜」

何でも屋『万事屋銀ちゃん』の玄関先で、インターホンを鳴らしまくるのはなのは。
朝早くから家賃の回収とは、ご苦労なことである。
しかし、先程から5分ほどずっとインターホンを鳴らしているのだが、住人が出てくる気配が無い。
……どう考えても居留守だ。
そう確信したなのはは、作戦を第二段階へ移行することにする。



万事屋の従業員達は借金取りの間の手から逃れるべく、机の下でじっと息を潜めていた。

「マズいですね…。これじゃ迂闊に外に出れませんよ。
 珍しく仕事が来たっていうのに……」

そう呟いて新八はため息をつく。
せっかく一週間ぶりに仕事が舞い降りてきたというのに、これでは外出できない。
もし一歩でも家から踏み出そうものなら、身包み剥がされてゴミ捨て場にポイだ。
しかし落ち込む新八とは対照的に、すぐ隣で息を潜めていた銀時は極めて冷静にこう言った。

「いいか、絶対動くなよ。気配を殺せ。自然と一体になるんだ。
 お前は宇宙の一部であり、宇宙はお前の一部だ」

その言葉を真に受けた神楽が、突然大声を張り上げる。

「宇宙は私の一部? スゴイや! 小さな悩みなんてフッ飛んじゃうヨ!」

「うるせーよ! 静かにしろや!」

「アンタが一番うるさいよ!」

「いや、お前のツッコミが一番うるさい!」

などと騒ぎ立てる三人。
異変が起きたのは、まさにその時だ。
先程まであれほどうるさく鳴っていたチャイムが、ピタリと止んだのだ。

「? 静かになったな。帰ったか?」

銀時は玄関の方へ目を向ける。
それと同時に、彼らの後ろから幼い少女の声が聞こえてきた。

「なんだか、林間学校みたいでドキドキしますね」

『…………』

完全に失念していた。
この家は高町家の所有物。万事屋はそれを借りているだけに過ぎない。
つまり、合鍵を使ってコッソリ室内へ侵入してきても……なんら不思議は無いのだ。

「うおわァァァァァ!!!!?」

大慌てで机の下から這い出る万事屋。
それを逃がすまいと追いかけるなのは。

「銀さん! 今日こそは家賃払ってもらいますよ!」

「だーかーらー! 無い袖振ってもでねーモンはでねーっての!
 大体お前、学校はどうした!?」

「大丈夫です! あと30分は時間に余裕がありますから!」

「バカヤロー! 朝の30分はスッゲー貴重なんだぞ!? もっと有意義に過ごしやがれ!!」

「なら、素直に家賃払ってくださーい!!」

小学3年の女の子に追い回される、3人の青年と少女。
しかもその原因は、滞納した家賃。
なんとも情けない話である。

「開け、ゴマ!!」

部屋の窓から路地裏へと脱出する銀時達。
しかし、そこには巧妙な罠が仕掛けられていた。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん! そっちに行ったよ!」

「はーい、いらっしゃいませー」

「さて、観念してもらいますよ。銀さん」

高町家の名物兄妹、恭也と美由希による挟み撃ちである。
これはキツい。
その辺のチンピラなら、即座に三枚卸しである。

「う……さすが兄妹。いい連携…」

「絶体絶命って奴か…?」

額に脂汗を浮かべる新八と銀時。
だが、神楽は物怖じせずにこう言ってのけ、そして大声で叫ぶ。

「いやいや、こっちにはまだ切り札があるアルよ。
 定春ゥゥゥゥゥ!!!」

「わぅーん」

間の抜けた鳴き声とともに、空から降ってくる巨大な犬。
神楽の愛犬、定春である。
あまりにも予想外なところから現れた定春に、一瞬怯む高町兄妹。
その一瞬が命取りだった。

「銀ちゃん、新八、早く乗るヨロシ!」

「よっしゃ、行くぜ定春! 逃げ切れたら、夕飯はいつもの倍だ!」

「わん!」

3人を乗せた定春は、全速力で商店街を駆け出す。
乗用車よりも速く走れるこの非常識な犬に、人間が追いつけるわけも無かった。

「逃げられちゃいましたね……」

「まったく……いい加減彼には、責任感という物を学んでもらいたいね」

『翠屋』の店先では高町夫妻――士郎と桃子が、呆れ顔で銀時達を見送っていた。



「ところで銀ちゃん。今日の仕事って、何アルか?」

定春の上で目一杯風を感じていた神楽が聞くと、銀時は手帳を取り出しながらこう返した。

「今日っつーか、長期の仕事だな。ガキのお守りしてくれってよ」

ちなみにその"ガキ"は、足に原因不明の病気を患っていて、しかも一人暮らしをしているらしい。
早い話、ホームヘルパーのような仕事。とのことだ。
わざわざ万事屋を雇ったのは、経費削減のためかそれとも単に人手が足りなかっただけなのか。
真相は依頼者のみぞ知る。

「依頼主は……確か、海鳴大学病院の石田先生でしたよね?
 ……どういう関係ですか? 銀さん」

「あァ? 糖尿の検査で、何度か世話になった程度の仲だよ」

「……なんかイヤな仲ですね。
 それより、どうしましょ? 約束の時間まで、まだ暇がありますけど……」

そう言って新八は腕時計を見る。
確かに、まだ一時間ほど余裕があるようだったが……。

「でも、今家に帰ったらなのは達に捕まるアル」

「……しゃーねぇ。ちっと早いが、挨拶にでも行くか」

「わん!」

小さく一吠えし、跳ねるように駆け出す定春。
目指すは、海鳴市中丘町だ。



目的地へ到着。
さっさと挨拶を済ませるべく、玄関先へ向かう。

「どーもー。万事屋でーす」

そう言って銀時はインターホンを鳴らす。
……出てこない。
10秒経過。再びインターホンを鳴らす。

「……出てこねーな」

「まだ寝てるんじゃないですか?」

やはりくるのが早すぎたか?
そう思っていると、神楽が突然不機嫌になり、大声を張り上げだした。

「冗談じゃないネ! こっちは朝から借金取りに追われてたのによぉ!
 なんか腹立つアル! 銀ちゃん、叩き起こしてやるネ!」

理不尽な文句をブチ撒ける神楽。
何故か銀時も、ノリノリで呼応する。

「オラァァァァァ!!! 16連射だボケェェェェェ!!!」

目にも留まらぬ速さでインターホンを連打する銀時。
もうインターホンだかサイレンだか、よく分からない音がご近所に響き渡る。

「何やってんのちょっとォォォォォ!!!?
 せっかく来た仕事パーにする気ですかアンタら!?」

大慌てで銀時を止めにかかる新八。
すると突然、玄関の方から間延びした少女の声が聞こえてきた。

『は、はーい! ちょっと待ったって…ふわぁ!?』

ドンガラガッシャン

壮絶なクラッシュ音。
辺りに気まずい空気が漂う。
『アレ? もしかして俺、なんかマズいことしちゃった?』と銀時が思っていると、
玄関から再び先程の少女の声がした。

『あいたた……あ、あの! 申し訳ないんやけど、郵便受けの中に家の鍵入ってるから、
 それ使って玄関開けてもらえませんかぁ〜!?』

さっきとはうって変わって、何故か泣きそうな声である。
不審に思いつつも、銀時は少女の言うとおり郵便受けから鍵を取り出し
玄関の扉をゆっくりと開ける。
……目の前には誰もいない。

「あ…先生の言ってはった、万事屋さんですね〜。
 あの、会ってすぐこんなこと言うのもなんやけど……ちょっと、起こしてもらえへんやろか?」

目線を下に向ける。
横倒しになった車椅子と少女――八神はやてがそこにいた。



なの魂 〜プロローグ 出会いこそ人生〜