なの魂

 ぶん、と音を立てて目の前を掠めた鞘を、ヴィータは後ろっ跳びに回避して宙へと浮かび上がった。
 渾身の一撃をいなされ、鞘に収めたままの刀を手にした隊士が、焦燥に駆られた表情でヴィータを見上げる。
 間抜け面を晒すその男をせせら笑うように、ヴィータは自身の目の前にピンボールほどの大きさの5つの鉄球を生成した。
 続けざまに、右手に握り締めた戦槌――グラーフアイゼンを振りぬき、全ての鉄球に叩きつける。
 たったの一振りで打ち出された5つの鉄球は、幼い女子の仕業とは思えぬ速度で隊士に向かい飛翔する。
 隊士は身構え、飛来する鉄球を叩き落す。
 1発、2発。
 打ち払うだけで手が痺れ、握り締めた剣の感触が一瞬のうちに霧消する。
 3発。
 最早剣を握る力はその手に残っておらず、唯一の防御手段はあえなく弾き飛ばされた。
 遅れてやってきた鈍痛が、瞬く間に腕を伝って上半身に渡り、身体の自由を奪う。
 4発、5発
 抗う術など残されてはいない。
 どてっ腹に2つの凶弾を受け、衝撃で床を転がりながら隊士は気を失った。
 目標の沈黙を確認すると、ヴィータは流れるように地面へと着地する。
 その背後には、泡を食った表情をする、別の隊士。
 慣性を利用してグラーフアイゼンを振り回し、その隊士を力いっぱい殴り飛ばす。
 展示されていたテレビに叩きつけられ、豪快に画面の破片を撒き散らし、ぐったりとしたまま隊士は動かなくなった。

「ま、ざっとこんなもんよ」

 愛機を肩に担ぎ、ヴィータは己の戦果を満足そうに見やる。
 刹那、彼女の視界が僅かに暗くなり、同時に背後から、細かい破片を踏みにじる音が発せられた。

『Pferde.』

 グラーフアイゼンから発せられる電子音とともに、ヴィータの足元を紅い魔力光が覆う。
 緊急回避の術式を編み、瞬時にその場から退避。
 一足遅れて、彼女が先ほどまでいた空間に、白刃一閃が煌いた。

「ちょこまかと……!」

 苦々しい声とともに天井を見上げたのは、沖田であった。
 彼は振り下ろした刀を構えなおし、忌々しそうに舌打ちをする。
 狂犬のごとき視線の先には、天井から吊り下げられた"非常口"の大型誘導灯の上で、小馬鹿にしたように沖田を見下ろす
 ヴィータの姿が映し出されていた。

「や、やりすぎよヴィータちゃん! っていうか、はしたないわよ! そんな格好でそんな場所!」

 目の前で巻き起こるあまりの惨状に、今の今まで呆然と傍観をしていたシャマルが叫び咎める。
 辺りを見渡してみれば、死屍累々と転がる隊士たちの姿。
 顔からテレビに突っ込んで気を失っている者もいれば、何故か天井に頭を突き刺してぶら下がっている者もいる。
 これを全てヴィータ一人がやらかしたというのだから、末恐ろしい。
 というか、明らかにやりすぎだ。
 ちょっと気を失わせて無力化すればいいものを、ここまで完膚なきまでに叩き潰す必要などないではないか。
 だが、それ以上にシャマルが目くじらを立てているのは、今のヴィータの佇まいだ。
 今の彼女の服装は、黒一色のワンピース。
 それも、かなり丈の短いものだ。
 そして今彼女が立っているのは、天井に近い誘導灯の上。
 つまり、シャマルや沖田が立っている位置だと、スカートのヒラヒラが凄く気になるわけで。
 有体に言ってしまえば、貞淑なレディならば隠すべきところが丸見えなわけで。
 しかしヴィータはそんなことに気付いていないのか、それとも気にかけないほどがさつな性格なのか、
 誘導灯の上で仁王立ちのままシャマルの方へ向き直り、

「やりすぎなもんか! アイツらが売った! アタシが買った! だからアイツらをぶっ倒す! 徹底的にだ!」

「どこかで聞いたようなこと言ってないで、降りてきなさーい!」

 まるで聞く耳を持たない様子で怒鳴りたてる。
 戦闘能力こそ大人顔負けだが、その精神年齢は見た目に違わないようだ。
 彼女にとって近しい人間であるシャマルたちにとっては周知の事実なのだが、それにしてももう少し騎士らしく、
 慎ましくしてくれてもいいのではないか。
 はぁ、とため息をついてシャマルは額を押さえる。
 そんな彼女に便乗するように、憎たらしく口を尖らせた沖田が、天井へ向けて言葉を放った。

「そーだそーだ。さっさと降りてこいチビすけ。パンツ丸見えだぞー」

「っ!?」

 途端、ヴィータの顔が茹でダコのように紅潮した。
 目にも留まらぬ速さで内股になり、短いスカートを押さえ、俯きながらプルプルと小動物のように震えだす。
 一見男勝りとも思える彼女にも、どうやら乙女らしい恥じらいというものがあったようだ。

「ぶ……ぶっ……!」

 蚊が鳴くように言葉を漏らし、ゆっくりと彼女は沖田の顔を見た。
 眼下に佇む若き剣士は、悪戯を思いついた子供のように小憎たらしい笑みを浮かべてヴィータを見上げていた。
 それが、ヴィータの羞恥心をさらに加速させる。
 これ以上ないくらいに紅に頬を染め、目じりに涙まで湛え、ヴィータは激昂の雄たけびを上げた。

「……ぶっ殺す!! 絶っ対にぶっ殺す!!」

 誘導灯を蹴り、怒りに任せてヴィータは突っ込む。
 踏み込みの衝撃で、誘導灯が床に落下するほどの勢いで、だ。
 見る見るうちにヴィータと沖田、双方の距離が縮まり、ヴィータの間合いまであと僅かというところまでやってくる。
 彼女の腕力の凄まじさは、周囲の隊士たちの光景を見れば一目瞭然。
 おそらく多少なり加減はしていたであろう状態でもあの有様だ。
 怒り心頭の一撃を受けてしまえば、生命の危機に関わるだろうことは想像に難くない。

「あーはいはい悪かったよ。アメ玉やるから許してくれィ」

 にもかかわらず沖田は、およそ回避と呼べる行動の一切をとろうとしなかった。
 面倒くさそうに頭を掻き、ため息をつき、そして今の今まで使おうとしなかった、背中に担いだ長物に手を伸ばし……。

「ただし……」

 長物にかけられていた白い布を、不意にヴィータに向かって投げつけた。
 大きく宙に広がった布は、突っ込んできたヴィータの身体をすっぽりと包み、彼女の視界の一切を遮り、行動の自由すらも妨げる。

「わぷっ!?」

「ただし、ちィとデカいがな」

 猛獣の咆哮を思わせる爆音が、フロア中に轟いた。
 瞬間、凄まじいまでに暴力的な衝撃が、布越しにヴィータの身体を貫いた。
 肺に溜め込まれた空気の全てが、一気に押し出される。
 脳が奥底から揺さぶられ、全ての感覚が刹那にして消し飛ぶ。
 自分の身に何が起こったのかも理解せぬままヴィータは気を失い、蹴飛ばされたボールのように床の上を転げまわった。



なの魂 〜第七幕 事の重大さに気付くのは大体全部終わった後〜



「っ!? ヴィータちゃん!!」

 目の前で起こったことがにわかに信じられず、シャマルは顔面蒼白になって叫んだ。
 がむしゃらに突っ込むヴィータ。目隠しの布を投げつける沖田。
 布に包まれ身動きの取れなくなったヴィータに突きつけられたのは、鈍い銀色の光沢を放つ、無骨な円筒。
 それは銃とは比べ物にならないほどの破壊力を有する質量兵器――ランチャーであった。
 回転弾装式のランチャーから放たれたスタン弾が、至近距離でヴィータの身体にぶつかり、
 その圧倒的な衝撃を以って、彼女の小柄な身体を吹き飛ばしたのだ。
 シャマルの悲鳴を他所に、砲口から煙を漂わせるランチャーを腰溜めに構え、沖田は飄々とした様子で言い放つ。

「人の心配してる場合じゃねーですぜ」

「え……!」

 言うが早いか、沖田は砲口をシャマルへと向けて、問答無用で立て続けにスタン弾を4連射。
 だが、シャマルによって殆ど反射的に張られた魔力防壁のおかげで、そのことごとくが弾かれる。
 沖田は舌打ちをしながらレティクルを覗き、6連弾装の最後の一発をシャマルの顔面に向けて射出した。
 顔は人類共通の急所だ。そんなところに不意に攻撃を放たれれば、人の身体は否応でも防衛行動をとる。
 シャマルは思わず両腕で顔を覆い、眼をつむった。
 スタン弾が防壁に弾かれる音が耳に届き、安堵したようにゆっくりと眼を開ける。
 だがその眼を開ききるより前に、ガシャン、と金属がぶつかる音が二度聞こえてきた。
 防壁を展開したまま、慌ててシャマルは沖田を見やる。
 彼の足元には分厚い円盤が一枚転がり、彼が手にしたランチャーの下部には、
 床に転がるものと全く同じ形の円盤が装着されて……。
 先ほどヴィータに放たれたときとは比べ物にならないくらいの大音響が、砲弾とともに"天井へ向けて"射出された。
 飛翔する弾頭はちょうどシャマルの頭上の天井にぶつかり、"轟音と爆炎を伴って"瓦礫の豪雨を彼女へ向けて降らせた。
 それが、スタン弾などではなく実弾によって巻き起こされた破壊なのだということにシャマルが気付いたのは、
 瓦礫が目の前まで迫った時になってからだった。
 前方に展開していた障壁を全身へ展開しなおし、降り注ぐ脅威の全てを防ぐ。
 本来自分に降り注ぐはずだった瓦礫が、障壁に沿って自分の周りに降り積もり、辺り一帯に濃厚な黒煙が立ち込めた。

『Ein Feind, Es nahert sich!』

 シャマルの両手、人差し指と薬指にはめられた、二対の金色の指輪――デバイス・クラールヴィントが
 敵の接近を警告する。
 同時にシャマルの真正面で、弾けるように火花が咲き、耳の奥を突くような音が鳴り響いた。
 明滅する視界の向こうでは、シャマルが展開した障壁に刀を振り下ろした沖田の姿が、ほとばしる魔力光に照らされていた。
 打ちつけられた刀の峰はスパークを伴い、障壁からの反発力でカタカタと震える。

「っ! クラールヴィント!」

 シャマルは捕縛魔法の術式を編む。
 束縛のための光の輪を形成すべく、魔力の粒子が沖田の周囲へ凝集する。
 だが、それよりも速く。
 刀を障壁に押し付けたまま、沖田は腰に下げた短刀を引き抜き、その切っ先を障壁へ向けた。
 逆手に持たれた短刀は、殴りぬけるように障壁に叩きつけられ、火花を散らす。
 瞬間。
 シャマルを覆っていた障壁が、音を立てて砕け消えた。
 障壁破壊用の特殊短刀による一撃。
 実にあっけなく、それこそ窓ガラスを叩き割ったかのように脆く、シャマルを守る最後の砦は消え去った。

「うそ……っ!?」

 呆気に取られ、シャマルは眼をぱちくりさせる。
 思考が乱れ、後一歩というところまで生成されていた捕縛魔法が、溶けるように掻き消えた。
 その隙を、沖田は逃さない。
 短刀を投げ捨て、空いた片手でシャマルの肩口を掴み、力一杯に引き寄せる。
 息をすればお互いの顔にかかるくらいの距離にまで二人の体は近付き、そしてぶつかった。
 慌てて身体を引き離そうと沖田の胸を押し、シャマルは足を半歩下がらせる。
 その足が何かにつまずいたかと思えば、次の瞬間、彼女の身体は宙を舞っていた。
 目の前の景色がぐるぐると回り、背中から脳を揺さぶるような衝撃を受けると共に、
 星が瞬くように視界全体がチカチカと明滅する。

「うっし、大人しくしててくれよ。頼むから」

 ひんやりとした感触が首筋を走った。
 思わず閉じてしまった眼をゆっくりと開く。
 おぼろげになった視界が徐々に鮮明になり、ようやく自分が"投げられた"のだと理解したシャマルの目に、
 何かを彼女の首元に押し付ける沖田の姿が映し出された。
 確認するまでもない。首に当てられているのは、彼がずっと手にしていた、あの剣だろう。

「あ、あの……」

 恐る恐るシャマルが口を開いた。
 魔導師を取り押さえたという事実に安堵の表情を見せていた沖田は、すぐさま表情を険しくして、
 油断ならぬ目つきでシャマルを睨む。
 ごくりと唾を飲み込む音が不気味に響き、ピリピリと肌を刺すような緊張感が走る。

「い……いったい、何者なのですか? あなたたち……」

「……は?」

 立ち込めていた剣呑な雰囲気が、音を立てて崩れ去った。
 沖田は思わず素っ頓狂にその表情を崩し、珍獣でも見つけたかのように、まじまじとシャマルの顔を見つめた。
 つまり、なんだ。彼女たちは、自分達が何者なのかも知らずに、ずっと抵抗を続けて逃げ惑っていたというのか。
 毒気を抜かれた様子で上着の内ポケットをまさぐり、沖田はため息をつきながら一冊の手帳を取り出した。
 無論、刀はシャマルの首に押し当てたまま、だ。

「武装警察真選組。一番隊隊長、沖田総悟でィ」

「……え」

 途端、シャマルの目が点になった。
 興奮状態にあったせいで紅潮していた頬は一気に青ざめ、その大きな瞳は、急に焦点が合わなくなったかのように泳ぎだす。

「け……けけ、警察の方ですかぁ!? どどど、どうしましょ、私たちったら、あんなこと……!」

 そのシャマルの慌てぶりといったら。
 首元に凶器があてがわれているというのに、そんなこと知ったことかと言わんばかりにパタパタと腕を振り、首を振る。
 沖田が慌てて刀を離さなければ、危うく静脈から大噴水が吹き上がるところであった。
 今度こそ沖田は盛大にため息をつき、呆れ果てた様子で刀を鞘に収めた。

「あー、一番隊より本部。一番隊より本部。こっちはケリついたぜィ。他ンとこはどーなってる?」

 右の耳に装着した、小型の骨伝導式のイヤホンマイクを使って捜査本部の魔導師と連絡を取る。
 ほんの少しの間を置いた後、どこか気だるげな男の声が、イヤホンの奥から返ってきた。

『あー、こちら本部。お疲れさんです。他ンとこですが……土方さんは未だに交戦中。
 他の隊はガチムチのオッサンをバックヤードの食堂まで追い込むのに成功したっぽいです』

「そりゃめでてェな。ついでに土方さんも二階級特進してくれりゃァいいんだが」

『っていうか、マジでヤバいですよ? 爆発まで残り5分ほどですし……とりあえず俺たちも現場出ます。
 なんかあったら連絡ください』

「了解」

 交信を終了させ、沖田は腕を組んで考える。
 残り時間、たったの5分。
 ここに倒れる隊士たちと、ついでにお騒がせ魔導師たちを連れて店を脱出するには、どうあっても時間が無さ過ぎる。
 さりとて、何もせずにむざむざ死を待つつもりも無い。
 となれば、なんとかして爆弾の排除をするほかないだろう。
 沖田は面倒くさそうに頭を掻きながら、未だにおたおたと慌てふためくシャマルを見下ろした。

「なァオイ。さっきアンタが連れてた連中、全員アンタの知り合いか?」

「ふぇ……? は、はい、そうですけど……」

 沖田の言葉で我に返り、憔悴しきった様子でシャマルは俯く。
 何しろ国家権力相手に大立ち回りを繰り広げてしまったのだ。
 シグナムやザフィーラにいたっては、現在進行形かもしれない。
 こんな予期せぬ最悪の状況で、平静を保っていろというのは酷である。

「あ、あの、やっぱり私たち、逮捕とかされちゃうんですか……?」

「……そうさな……」

 何とかして全員で逃げる算段を立てつつ、シャマルはおっかなびっくり沖田に問いかける。
 顎に手を置き、値踏みするようにシャマルの顔をまじまじと、沖田はシャマルの顔を見つめた。

「……ねーちゃん、人助けしてみる気はねェかい?」



「あー、テステス。お前は完全に包囲されている。無駄な抵抗はしないで、早く出て来ーい」

「っていうか、時間無いんで。ホント時間無いんでお願いします」

 部屋の外から聞こえてくる、焦燥を孕んだ男たちの声に、ザフィーラは思わず舌打ちを漏らす。
 追っ手を撒くために逃げ込んだ部屋が、まさか行き止まりだとは思わなかったからだ。
 転送魔法を試みてみたが、どうやら妨害をされているらしく、上手く発動しない。
 仕方なく、部屋にあったテーブルやら椅子やらを入り口の前に積み重ねてバリケードとしているが、
 突破されるのも時間の問題だろう。

「ん……う〜ん……」

 不意に眠そうな少女の声が、ザフィーラの肩口の辺りから聞こえてきた。
 今の今まで彼に背負われ、ずっと気を失っていたはやてが目を覚ましたのだ。

「お目覚めになられましたか、主」

「……んぅ、ザフィーラ? ここは……」

 寝ぼけ眼でキョロキョロと辺りを見回し、停止しきっていた脳を活性化させてゆく。
 周囲に広がるのは待ったく見に覚えの無い場所。
 点在する飲料の自販機に、食券の販売機と……流し台?
 ここはどこかの食堂だろうか。
 ふと目に留まった壁面には、「接客五大用語」と大きく書かれた張り紙。
 そして外から聞こえてくる、雑多な男たちの怒鳴り声。

「……ああぁぁぁぁぁ!!」

 唐突に耳元で甲高い悲鳴を上げられ、思わずザフィーラは顔をしかめて身を縮こまらせる。

「い、如何なされましたか主!?」

「いかもタコもないー! みんなして何してくれてるんや! あの人らはなぁ……!」

 シグナムたちが警備員に、そして真選組に働いた数々の狼藉。
 目の前で巻き起こった情景を鮮明に思い出し、はやては声を荒げてザフィーラに抗議を申し立てる。
 聞き覚えのある声がザフィーラの脳内に響いてきたのは、まさにその時だった。

(ザフィーラ、今すぐそこから出てきて!)

 それは誰であろう、湖の騎士・シャマルの声であった。
 焦燥をはらんだ彼女の言葉にザフィーラは首をかしげ、勘ぐるように問い返す。

(シャマルか? 今何処に居る?)

(いいから早く! 主が持ってる荷物に、爆弾が入ってるのよ!)

(……は?)

 思わず気の抜けた返事を返す。
 突拍子も無く爆弾が云々と言われても、まるで現実味が無い。

(……爆弾だと? 何を馬鹿なことを……)

 半信半疑で、はやてが手にしていた紙袋を預かり、その中身を検める。
 途端、ザフィーラが眉根をひそめて袋の中に手を入れ、いぶかしげに、あるものを取り出した。
 外周に沿って12の数字が描かれた円盤と、その裏側に取り付けられた長方形の半透明の箱。
 箱の中身に目を凝らしてみれば、様々な導体を載せた電子基盤が、鮮やかな光を走らせていた。
 どこか物々しい雰囲気が漂ってくるその物体をはやての目の前に出し、ザフィーラは問いかける。

「……主、これは一体何なのでしょうか?」

「……爆弾……っぽいね。見た感じ」

 円盤に据え付けられた3本の針が、カチ、カチ、と規則正しく鼓動を刻む音だけが、部屋の中に空しく木霊した。



「どーすんですか隊長!? もう残り1分ちょいしかないですよコレ! 絶対間に合いませんって!」

 硬く閉ざされた食堂の入り口を前に、一人の隊士が焦燥感もあらわに隊長に指示を乞う。
 何しろ、後一分もすれば目の前の部屋が大爆発を起こすのだ。
 冷静でいろというほうが無茶である。

「……爆弾さえ奪取できれば、まだ勝機はある。砲撃用意! 扉をぶち抜いて、強行突入だ!」

 せっつく隊士の言葉に応えるように隊長が怒鳴る。
 扉を囲むように待機していた隊士たちは、肩に担いだバズーカ砲を一斉に扉の方へ向けた。
 轟、と。
 大気を震わす爆発音とともに、食堂の扉が吹き飛んだ。
 そのあまりにも強烈な衝撃波に、"数人の隊士たち"は、あおられるように腰から地面に転ぶ。

「シャマルゥゥゥ! どこにいるぅぅぅ!!」

 耳も尻尾も逆立たせ、決死の表情で扉を突き破ってきたザフィーラは、紙袋を手に叫びながら周囲を見渡した。
 視界に入るのは黒、黒、黒。
 自分たちをずっと追っていた、黒服の男達ばかり。
 男たちはザフィーラの姿を見るや、慌ててその場を跳び退き道を空ける
 その道の終端では、黒のワンピースを着た金髪の女性が、青ざめた顔でザフィーラへ向けて大声を上げていた。

「こっちよザフィーラ! 早く投げて!」

 言われるがまま、ザフィーラは大きく振りかぶり、手にした紙袋を力一杯に投げた。
 宙を舞った紙袋はそのままシャマルの頭上を飛び越え、彼女の背後に佇んでいた魔導師の手の中に落着した。

「うっし、確保完了。上の様子はどうだ? 軍曹」

「既に閉鎖完了してます。飛行機も自動車も、鳥一匹すら飛んでませんよ、少尉」

「よし、とにかく急ぐぞ」

 爆発まで、残り10秒。
 二人の魔導師は達筆な字で術式が書かれた札を取り出し、詠唱を開始する。
 呪詛のような不気味な文様が描かれた魔法陣が二人の足元から展開され、妖花を思わす薄紫の光が彼らの周囲を包んだ。



 もはや元がどのような場所だったか分からないくらいに荒れ果てたフードコートで、土方たちは
 未だに苛烈な勝負を繰り広げていた。
 愛剣を真ん中から叩き折られ、要のカートリッジシステムまで損傷させられたシグナムは、徒手空拳のまま
 土方から距離をとる。
 逃がすまいと土方は床を蹴り、刀を手にしてシグナムに肉薄する。
 しかしその握られた刀も、レヴァンテインを破壊した際に中ほどから圧し折れ、刀本来の機能を果たすことは
 出来そうにもない。
 右手から横薙ぎに放たれた刀の峰はシグナムの鼻先を掠め、馬の尾のように跳ねる彼女の長い髪の数本を揺らす。
 舌打ちを漏らし、土方は振り切った腕の軌道を修正させ、上段からの攻撃を狙う。
 峰を下へ向け、両の手で柄を握り締め、渾身の力を込めて振り下ろした刀は、シグナムが突き出した右の手のひらにぶつかり。
 ギィン、と。
 僅かに残っていた刀身が、音を立てて弾けとんだ。
 驚愕に染まる土方の表情を認め、シグナムは勝ち誇ったかのように口の端を吊り上げた。

「剣しか能が無いとでも思ったか。たわけが」

 短距離の簡易的な射撃魔法。
 詠唱すら必要としない威嚇用の魔法だが、しかし激しい戦闘でとうに耐久限界を超えていた刀にとどめを刺すには
 充分な威力を持っていた。
 同時に、彼女の右の手が焔に包まれる。
 地獄の業火を想像させる深紅。
 反射的に身体を捩じらせた土方の頬を、紅蓮を纏った拳が掠める。
 肉を焦がす音と匂い。それと同時に、顔面の皮膚をいっぺんに剥がされたような激痛が土方の顔に走った。
 顔の半分を焼かれ、苦悶の表情を浮かべながらも土方はシグナムを睨みつける。
 気絶してもおかしくないほどの痛みを、常識離れの精神力でねじ伏せ、柄を握る手に力を込める。
 刃は無くとも、鈍器としては扱える。この至近距離で鳩尾に柄頭でも叩き込んでやれば、気を失わせることぐらいは出来るはずだ。
 最後の気力を込め、土方は腕を振りかぶる。

 凄まじいまでの轟音とともに、壮絶な振動が、何の前触れも無く彼らに襲い掛かった。



「う〜ん……どうやらハズレみたいだねぇ」

 デパートの屋上、浄化槽の上に佇んでいたその女性は、残念そうに肩を落とした。
 腰までかかった美しい蜜柑色の髪。はちきれんばかりの豊満なバストに、それを隠そうともしないラフな服装。
 極めつけは、従順な愛玩犬を思わせる、愛らしい獣耳と尻尾。
 道行く男たちが見れば思わずため息を吐きそうなプロポーションの持ち主は、すぐ傍で浄化槽に腰掛ける少女に、
 申し訳なさそうに頭を下げた。

「ゴメンね、フェイト。なんか結構な騒ぎになってるし、魔導師が戦闘してたみたいだから、
 てっきりジュエルシード絡みだと……」

 少女はふるふると首を横に振る。
 二つ括りにされた長い金色の髪が優しく揺れ、紅いその瞳が気遣うように女性を見上げる。

「こんなこともあるよ。気にしないで、アルフ」

 しかし女性は自分の不手際に納得がいかない様子で、耳も尻尾も垂れ下げてしょんぼりとした表情で
 俯くだけだ。
 そんな彼女に見かねたのか、少女はすっ、とその場から立ち上がり、女性の顔を覗き込もうとして……。

『Attention. Please note the sky. 』

 突如、少女の胸元から男性の合成音ようなものが聞こえた。
 不思議そうに少女が視線を下げれば、彼女が首からかけた金色の三角形のアクセサリーが、
 何かに怯えるように明滅していた。
 『上空に注意』?
 一体何に気をつけろというのだろうか。
 言われるままに少女は空を見上げ、女性もまた釣られるように視線を上へ向ける。

「……え……?」

 清々しいくらいの蒼穹が、少女の目の前で一瞬にして獄炎に染まった。
 大地すらも揺るがす圧倒的な爆音。
 隔絶した威力を持つ衝撃波が地面に向けて襲い掛かり、立ち並ぶビルや家屋の上にそびえ立つアンテナを揺らし、軋ませる。
 道行く人々は一斉にその足を止め、何事かと上空を仰ぎ見て、雑多な喧騒を生み出す。

「あ……あわ……」

 衝撃に晒された少女はその場にへたり込み、震えながら深紅に染まる大空に釘付けになる。
 一体何が起こったのか、彼女には知る由も無い。
 まさか「通常の解体処理が間に合わないので、被害が及ばないであろう上空まで転送魔法で強制投棄した」などという
 警察のご都合など、彼女には想像できるはずも無かった。

「こんなこともある……のかなぁ……?」

「……な、ない……と、思う……」

 身体全体で熱風を受けながら、二人は冷や汗を流して、思う。
 『地球って怖いところなんだなぁ』と。



「……ぅ……一体、何が……?」

 真っ白になった意識の再起動に成功したシグナムは、ひとまず自身が置かれている状況を整理することにした。
 確か自分は、主を狙う賊と戦っていて、敵の首領と思わしき人間と一騎打ちになり、愛剣を壊され、
 徒手空拳での殴り合いになったところで、得体の知れない衝撃に襲われ……。

「……っ! そうだ、敵……!」

 衝撃で床に転がった身体を起こそうと、シグナムは背筋に力を込める。
 先の男がいつ襲い掛かってくるやも知れぬ状況で、このまま床に転がっているのはどう考えても得策ではない。
 しかし。

「……ん?」

 妙に身体が重い。
 上半身を起こそうとしても、胸から下が起き上がらない。
 まさか、瓦礫かなにかに身体を挟まれてしまったか?
 慌ててシグナムは視線を胸元へ降ろし、そして目の前に広がる光景に、思わず"頬を朱に染めた"。

「…………」

 目の前では。
 顔を焼かれ、脳を揺さぶられ、昏睡状態に陥った土方が。
 シグナムの胸に顔を埋めて。

「……こ……こ……」

 わなわなと震えるシグナムの顔が、見る見るうちに真っ赤に染め上げられてゆく。
 言うなれば、それは茹でダコ。
 言うなれば、それは熟したリンゴ。
 言うなれば、それはまるでサクランボ。
 "炎"を比喩に使うには、あまりにも可愛らしい赤色であった。

「……この、痴れ者がァァァァァ!!!」

 ビターン! と景気のいい平手打ちが、土方の顔面にクリーンヒット。
 火傷の部分を力一杯にはたかれ、痙攣を起こしながら彼は悲鳴を上げる。
 もはや言葉にすらなっていないその金切り声は、まるで断末魔のように悲痛で、残酷であったとか。



「まったく……一般人に被害が出なかったから良かったものの……」

 クリップボードに挟んだ書類をパラパラとめくり、山崎は呆れ果てたようにため息をついた。
 真選組屯所のとある一室、部屋の中央に無造作に置かれた机の前に立ち、向かいに座る少女を見下ろす。
 パイプ椅子に座って俯いたまま、身動ぎ一つしない彼女の姿がどこか痛々しい。

「……ごめんなさい……」

「はぁ……まぁとりあえず……ほら、書類。使い魔呼ぶときは、ちゃんと役所に届け出ないとダメだよ?」

 ぽそぽそと呟き、少女――八神はやては、差し出されたボードを、申し訳なさそうに受け取った。
 ボールペンを握り、彼女は必要事項に黙々と記入を行う。
 そんなはやての姿を、部屋の隅から遠巻きに眺める人物の影があった。
 真選組の幹部である近藤、土方に沖田と、彼らに連れられてきたヴォルケンリッターの面々だ。

「い、いやー、あの歳で使い魔を4人も! こりゃ将来有望だなァトシ! な、なはは……!」

「むしろ末恐ろしいよ。……ったく、なんで俺がこんな目に……」

「で、ですから我々は使い魔などではないと……!」

「黙ってろスッタコ」

「うぐ……」

 剣呑な空気を取り繕うように近藤が愛想笑いを浮かべるが、土方は冷たくそれをあしらう。
 包帯で顔を丸ごとぐるぐる巻きにされ、シャマルからの治癒魔法を受けていた土方は、心底面白くなさそうに煙草を咥え、
 すぐ傍に佇むシグナムを横目で睨みつけた。
 使い魔扱いをされて憤慨していたシグナムは、ばつが悪そうにその口をつぐみ、しかし咳払いをしてすぐさま反論をする。

「……わ、我々の勘違いで、多大な迷惑をかけたことについては謝罪します。
 ですが! だからといって、あのような狼藉は……!」

 頬を薄紅に染め、途中まで言ったところでシグナムは、自分の胸を腕で隠すように縮こまり、土方からそっと目を逸らした。
 不可抗力とはいえ、異性に、いきなり顔面を胸に埋められてはたまったものではない。
 いくら気丈な騎士を振舞っていようと、やはり彼女も"女"なのであった。

「だからわざとじゃねーって……!」

「土方さん」

 声を荒げて反論しようとする土方に、肩越しから声がかけられる。
 振り向いてみれば、そこにはジト目で彼を見つめる沖田の姿があった。

「局中法度第31条、『みだりに婦女子に触れること無かれ。武士たる者いかなる時も紳士であるべし。この禁犯せし者切腹』」

「…………」

「切腹」

「だから違うっつってんだろーがァァァ!!!」

 頭から湯気でも出そうな迫力で憤怒した土方は、腰に差した刀を引き抜き、本気で斬りかからん勢いで沖田に迫る。
 繰り出される斬撃をひらりひらりとかわし、やれやれとかぶりを振って、沖田は近くに居たヴィータの身体を抱き上げた。
 彼女の小さな鼻に乗せられたガーゼから、ツンとした消毒液の匂いが漂い、思わず沖田は顔をしかめる。

「ってオイコラ! 人を盾代わりにすんじゃねーよ!」

「で、どーすんですかィ? 土方さん」

「何がだ。つーか、まずそいつを降ろせ!」

 バタバタと手足を暴れさせてヴィータは抵抗するが、しかし沖田の拘束から逃れるには至らなかったようだ。
 なおも腕の中で暴れ続ける彼女に嘆息をつき、周囲を見回して沖田は目を細める。

「コイツらの処遇ですよ。器物損壊に公務執行妨害。ああ、土方さんに関しては殺人未遂ですかね。
 ……チッ」

「ちょっと待て、なんで舌打ちした? 死ねってか? 死ねばよかったってか!?」

 ひとしきり沖田に怒声をぶち撒けた後、土方もまた周囲を見回し、シグナムたちの様子をうかがった。
 居心地悪そうに俯き、目をそむける彼女達の姿は、どこか居た堪れない。
 何しろ自分たちの主人のために取った行動が全て裏目に出て、無駄な罪を被ってしまったのだ。
 当人達からすれば、穴があったら入りたい心境だろう。
 土方は心底呆れた様子でくしゃり、と髪を掻いてため息をついた。

「……使い魔の罪は、主人の監督責任だ。本来なら嬢ちゃんに罪を被ってもらうことになるが……」

 つい、と肩越しにはやての姿を見やる。
 土方の視線に気付いたはやては、萎縮して怯えるように目を泳がせ、
 今にも泣き出しそうになりながら、ペコペコと頭を下げる。
 健気でか弱い少女の姿にすっかり気勢を削がれてしまった土方は、再びため息をついて、はやてから目を逸らす。

「……まァ、あの歳のガキにそれは酷ってモンだろ。とりあえず親御さん呼んで厳重注意をだな……」

「そりゃ無理ですよ土方さん」

 土方の言葉を遮り、山崎が彼の前に歩み出て、クリップボードを差し出してきた。
 ボードに挟まれた書類に一通り目を通し、土方はいぶかしげに眉根をひそめる。
 お世辞にも上手とは言えない、歳相応の少女の字体で書かれた、数々の記入事項。
 その中の"保護者"という項目が、不自然に空白になっていたのだ。
 書き漏らしがあったことを咎めようと、土方はボードを山崎に付き返す。
 しかし、山崎はそれを受け取らず、首を横に振って肩をすくめた。

「ご両親、既に他界しているそうです」

 途端、土方たちの周りの空気が凍りついた。
 突き出した手を引っ込め、わざとらしく咳払いをし、土方はくるりと身体の向きを変える。
 この居た堪れない雰囲気から逃れようと、部屋の入り口のドアノブに手をかけ、回し、そして鍵をかけていたことに気付き、
 居心地悪そうにドアの鍵を外す。
 だが彼の逃走を逃すまいと、沖田が彼の背後まで駆け寄り、ヒソヒソと声をかけた。

「どーすんですかィ土方さん。コレ完全に地雷踏みやしたぜ」

「るせェ。俺だって他意があったわけじゃねーよ!」

「そうか……親がいない寂しさを紛らわすために使い魔を……グスッ」

 自分には何の罪も無いと言い張る土方に、しかし沖田は「この人でなし」と言いたげな視線を
 黙々と土方に送り続ける。
 その背後では、はやての境遇に同情を禁じえなかったのか、近藤がハンカチでみっともなく鼻をすすっていた。

「……あ、あの……」

 そんな彼らに対し、おずおずとはやては手を上げる。
 なにやら自分のことで盛り上がっているようだが、正直なところ、あまり両親に関する話はしてほしくなかったのだ。
 彼女の心象を察したのか、入り口付近で騒ぎ立てる真選組の三人は口をつぐみ、申し訳なさそうにはやての方へ視線を向けた。

「えっと……お父さんお母さんはおらんけど、いっつもお世話してくれる人やったら……」

 遠慮がちなはやての言葉に、三人は顔を見合わせて首を傾げるのであった。



「で、どーすんですか」

 すっかり日も落ち、ガラガラになった翠屋で、新八はそう尋ねた。
 憔悴しきった様子で窓際の席に腰掛ける彼の向かいには、疲れた様子でスプーンに載せたパフェを口へ運ぶ銀時の姿があった。

「どーするって、何が」

「何がって、はやてちゃんですよ。あの様子じゃ絶対真選組に捕まってますよ」

 鬱陶しそうな物言いをする銀時に新八は立腹するが、しかし銀時は半ば諦めたようにひらひらと手を振るだけだ。

「どーするもこーするもねェよ。どーしようもねーだろ、あんなん。なるようにしかならねェよ」

「なるようにって……」

 もはやはやてを助ける気など微塵も感じられない銀時の姿に、新八はがっくりと肩を落とした。
 項垂れる新八の姿を見やりながら、銀時は空になったグラスにスプーンを投げ入れる。

「銀さん銀さん、パフェ、美味しかったですか?」

 小気味の良い音とともに聞こえてくる、嬉しそうな少女の声。
 ん? と首を傾げてみれば、テーブルの端からひょっこり顔を出し、目を輝かせて銀時を見つめるなのはの姿があった。
 二つ括りになった彼女の髪が、何故だかピョコピョコと揺れて、まるで子犬のような印象を与える。
 まあそれなりに、と無難な返答を銀時が返すと、なのはは嬉しそうに、それでいて少しだけ恥ずかしそうに頬を染めた。

「えへへ……そのパフェ、私が作ったんですよ〜」

「ああ……妙にわざとらしい味付けだと思ったらそういうことか」

「わ、わざとらしいってなんですか〜!」

 手のひらを返すような酷評に、打って変わって不機嫌になり、なのはは頬を膨らませる。
 「頑張って作ったのに〜!」と腕をパタパタ振って抗議するなのはだが、残念ながら努力賞は期待出来なさそうだ。
 銀時がなのはの膨れっ面に人差し指を突きつける。
 ぷすっ、と間抜けな音とともに、尖らせたなのはの口から空気が漏れた。
 いいように弄くられて羞恥心もそこそこになったなのはは、顔を真っ赤にしてプルプルと震える。

「40点。とりあえず甘かったら銀さん大満足〜、なんて思ってたら大きな間違いだぞ」

 評論家気取りで口の端を吊り上げ、得意そうな顔で銀時は立ち上がる。
 パフェの代金をテーブルに置き、さあ帰ろうかというその時。
 窓の外から聞き覚えのある、男の怒声が響いてきた。

「万事屋ァァァァァ!!!」

 それと同時に、銀時のすぐ傍のガラスが盛大に吹き飛んだ。
 咄嗟に腕で顔を庇い、銀時はガラスの雨を全身で受け止める。
 一体何が起こったというのか。
 腕の隙間から様子を窺おうとする銀時だが、状況を確認する間もなく、彼の胸倉が乱暴に掴み上げられた。

「まさかたァ思ってたが、やっぱりテメェら絡みかコラァァァ!!」

 鼻につくヤニの匂いと、消毒液の香り。
 その二つが入り混じり、嘔吐感にも似た感覚を銀時は覚える。
 彼の目の前には、顔の半分をガーゼで覆い、怒り心頭になった真選組副長、土方十四郎の姿があった。

「意味わかんねーよ! いきなりやってきてなんじゃそりゃ!? 状況を説明しろ状況を!」

「とぼけんじゃねぇ! 保護者だろーがテメェ! 責任取りやがれ!」

「はぁ!?」

 突拍子も無く保護者だの責任だの言われても、何がなんだか分かるはずも無い。
 素っ頓狂な声を銀時は上げ、しかしその態度が気に入らなかったのだろう。土方は声を荒げて銀時の首を締め上げ、
 そして窓の外を力強く指差した。
 首にかけられた手を振り払い、銀時は目を細めて、土方が指差したほうを見やる。

「あぅ……ごめんな、銀ちゃん……」

 商店街の街頭に照らし出される路地の上。
 横並びになって申し訳なさそうに頭を下げるはやてと守護騎士たちの姿が、哀愁を漂わせ照らし出されていた。
 その様相を見て、銀時は全てを理解する。
 ああ、保護者って俺のこと。

「斬れ! 今すぐ腹斬って詫びやがれェェェェェ!!」

「うるっせーんだよニコ中! テメーらの職務怠慢が原因だろーが! 銀さんは一切責任は取りません!」

「怠慢以前にあんなん想定外過ぎるわァァァ!!」

「こっちだって想定外だったわボケェェェ!!」

 二人の壮絶な罵りあいは留まるところを知らず、あまりの大音量に周辺の住人が、何事かと家から飛び出してくる始末。
 新八になのは、そして土方と共に来た真選組の隊士たちが仲裁を試みるも、脳天まで沸騰した二人は、
 そんなことなど知ったことかと言わんばかりに小学生レベルの口喧嘩をおっぱじめるのであった。

「……暴れるのは勝手だけど、ちゃんと修理費払ってくれよー」

 店の奥からひょっこりと顔を出した士郎の呟きは、誰の耳にも届くことなく喫茶店の喧騒の中へと消えていった。