なの魂(旧版)

「おーう、帰ったぞう」

そう言って銀時が万事屋の玄関を通ったのは、夜もとっぷりふけた頃だった。
あの後ユーノから色々事情を聞き、なのは達を家へ送り、手当てを受けて……気がついたら、こんな時間だったという具合だ。
ちなみに腕の怪我は、ファミリーマートの自動ドアに挟まったといってごまかしておいた。

「銀さんが帰ってきたよ〜っと、イテテ……オーイ、誰か救急箱ー」

「おかえりなさい、銀さ……って、どうしたんですかその怪我!?」

驚く新八。
コンビニまで買い物に行っただけの人間が、こんな怪我して帰ってきたら誰だって驚く。

「うっせーな、ローソンの自動ドアに挟まっただけだ。んなことより救急箱よこせ」

「慌てんぼうネ。そんなんだからジャンプ買ったことも忘れるアルよ」

そう言って神楽は銀時の顔面に今週号のジャンプを投げつける。
上手い具合に背表紙が銀時の目に直撃。
その場で転げまわって悶絶する。

「あだだだだ! テメェ何すんだァァァ! 一応怪我人なんですけど! 銀さん怪我人なんですけど!」

「そっちこそ、僕らに内緒でどこ行ってたんですか」

落ちたジャンプを拾い上げ、銀時を睨みつける新八。
どうやら完全に気付かれていたらしい。
別に内緒にするつもりではなかった。
ただ、そこまで深刻な事態が起こっているわけではないだろうと、タカをくくっていただけだ。
しかし……。

「……わーったわーった。全部話すよ」

今回の件、どうやら一筋縄ではいかなそうだ。
もしかしたら、彼らの力も必要になってくるかもしれない。
銀時は今日起こった事、そしてユーノから聞いた話を全て新八たちに話した。

夕方、傷を負ったフェレットを助けたこと。
そのフェレットがこの世界の住人ではなく異世界――ミッドチルダの住人であり、輸送中の事故でこの世界に散らばってしまった古代遺産
"ジュエルシード"を追っていること。
ついさっき、ジュエルシードの暴走事故に自分となのはが巻き込まれたこと。

そして……なのはに魔導師の資質があったこと。
さらにジュエルシード捜索の協力を、なのはが自らの意思で申し出たことを。

「士郎の旦那達には言うなよ。あまり心配をかけさせるわけにはいかねェ」

「いや、ていうか止めなかったんですか銀さん!?」

まだ九歳の少女には、いささか荷が重すぎやしないか? と抗議の声を上げる新八。
銀時はそんな彼の発言を聞きながら、遠い眼をして窓を眺めた。

「新八よォ……なのはの身の安全と、俺達の借金。どっちが重要だ?」

「脅されたんか? 脅されたんか!?」

銀時は高町家に色々と借りを作っている。
弱みを握るのは容易だろう。
しかし小学三年生に、しかも金銭関係で脅されるとは情けない話である。

「どっちにしろ、アイツは止まらねーよ。
 やるって決めたらテコでも動かねーからなァ、アイツは」

「銀ちゃん銀ちゃん。やっぱ変身する時は真っ裸だったアルか?」

"魔導師"という言葉に興味を示した神楽は、目を輝かせながら聞いてくる。
しかし、その質問はあまりにもあんまりだろう。

「なんですか? お前の中の魔法少女はそんなイメージか?
 公衆の面前で全裸晒す変態なイメージですか?」

「セーラームーンもキューティーハニーもみんな変身する時は脱ぐネ。
 きっとなのはも例に漏れないネ」

「ソイツら魔法使いじゃねーだろ。テメーはおジャ魔女を百回見直せ」

訳の分からない口論を繰り広げる二人。
そんな彼らの後ろで、新八がポツリと呟いた。

「あ、でも銀さんも協力するんなら、そこまで深刻にならなくても大丈夫そうですよね」

するとバツが悪そうに銀時は頭を掻きながら言う。

「……俺ァ今回は蚊帳の外だ。ユーノとかいう奴の話だと、俺じゃそのなんたらシードってのは封印できねーし…
 なにより、魔法も使えねー奴には任せらんねーだとよ」

もちろん、そんな棘のある言い方をされたわけではない。
しかし結局のところ、話の内容は同じだった。
それを聞いて新八は不快感をあらわにする。

「……なんかソレ、ナメられてません? 魔法が使えなくても強い人なんて、世の中にはたくさんいるのに…」

「向こうじゃ魔法が使えねー奴は基本的には無力らしいからな。そう思われても仕方ねーんじゃねーの?
 ……まァ、俺も黙って見てるだけのつもりはねーよ。何かあったらすぐにすっ飛んでいってやるつもりさ。
 オメーらも、どっかでなのは見かけたら力になってやってくれや」

「もちろんですよ!」

「江戸っ子の底力、見せ付けてやるネ」

心強い返事を返す二人。
……このときの彼らには、知る由も無かった。
自分達を取り巻く運命の輪が、大きくねじれ始めていることに…。



なの魂 〜第三幕 どっちが悪者か分からなくなる時がある〜



翌日。
いつものように八神家に向かい、いつものようにはやての家事手伝いをする万事屋。
ただ一つ、いつもと違うことといえば、銀時の怪我を見たはやてが妙に献身的になっていたことだろうか。
『いや、だから世話されてどーすんだよ』とは新八の弁である。
そんなこんなで、今はお昼時だ。

「はぁ〜……極楽極楽ぅ〜…」

そう言って定春の身体にモフモフっと顔を埋めるはやて。
朝昼夕、一日三回こうやって定春とじゃれ合うのが最近のはやての日課なのだ。
犬好きのはやてにとっては筆舌に尽くしがたい至福の時間である。

「定春はええ子やな〜。大人しいし、全然吠えへんし」

真っ白な体毛に包まれた身体を優しく撫でる。
定春は気持ちよさそうに目を細めた。

「そうでもないヨ。定春、結構やんちゃネ。人に噛み付くの大好き。
 きっとはやてのことが好きアルよ。だから大人しいネ」

愛犬の頭を撫ぜながら神楽は言う。
事実、この巨大犬は銀時や新八には容赦なく噛み付くが、自分を拾ってくれた神楽には
全くと言っていいほど噛み付こうとしない。

「そうなん? 定春」

「わん!」

首を傾げながら尋ねると、定春は尻尾を振りながら肯定の意を込めて短く吠えた。

「えへへ〜。嬉しいなぁ」

笑顔を浮かべながら頬擦りする。
犬好きにとっては感極まる状況であろう。

「……なんで僕らには懐いてくれないんですかね、銀さん」

「アレだろ。最近原作で出番無いから、機嫌悪いんだろ」

一方こちらは犬好きどころか、犬に好かれない二人組。
現在は黙々とはやての部屋を掃除中だ。
隣の居間で和気藹々としている神楽たちと比べると、見ていて哀れになってくる。

「……あれ? 銀さん、何ですかねこの本」

棚の整理をしていた新八が一冊の本を手に取って言った。
皮の表紙に金の十字があしらわれた、妙に古めかしい本。
文庫本や少女漫画が並ぶこの棚においてはいささか場違いなこの本は、新八の興味を引くには十分なほど異彩を放っていた。
だが、それ以上に気になることがある。
鎖。
その本は、無骨な鎖によって厳重に封印されていたのだ。

「辞典……にしちゃ妙ですね。本型の小型金庫?」

「こりゃ魔法律書だな。開くと契約した悪魔や魔王を呼び出せる」

「お前はいい加減ジャンプから離れろ」

後ろから覗き込んできた銀時のボケに即座にツッコミを入れる新八。
事ツッコミにおいては、新八の右に並ぶ物はそういないだろう。
何事も無かったかのように本を元の位置に戻す新八。
その時、何かが屋根を叩くような小さな音が聞こえてきた。
不審に思い天井を見、そして窓の外に目をやる。
先程までは快晴そのものだった空が、いつの間にか暗雲に覆われていた。

「……あ、雨降ってきたアル」

「大変や、早く洗濯物取り込まんと!」

「私も手伝うアルよ」

はやてを車椅子に乗せ、そのまま一緒にテラスへ出る神楽。
外へと通じる窓に手をかけようとした、その時だった。

「……ん?」

鳴り響くパトカーのサイレン。
それも一台や二台ではない。
さらに、そのパトカーの編隊はどうやらこちらへ近づいてきているらしい。

「なんだァ? なんか事件か?」

挙句の果てには爆発音まで聞こえてきた。
――爆発音?
妙なデジャブを感じた銀時は頭を押さえる。

「オイオイ、これってまさか……」



飛び交うロケット弾。
弾ける手榴弾。
静穏な住宅街は戦場へと変貌していた。

「……しつこい連中だ。貴様らのチャンバラ遊びに付き合っている暇は無い」

そう言ってパトカーの追跡を振り払おうとする長髪の男は桂小太郎。
"攘夷戦争"――異世界と地球、さらには時空管理局をも巻き込んだ戦争を生き残った"狂乱の貴公子"の異名を持つ侍だ。
そんな彼がなぜパトカーに追われているのかというと……。

「うるっせァァァ!! 神妙にしやがれテロリストがァ!」

バズーカ片手にそう叫ぶのは土方。
そう、桂は大絶賛指名手配中のテロリスト――"攘夷志士"なのだ。
地球から天人――つまり、異世界の人間を排除せんとする、現政府にとっては忌むべき敵。
桂は現在は穏健派で通っているが、そんなことは政府や真選組にとってはどうでもよかった。
戦後ようやく安定しかけてきたこの世界を乱す存在は、穏健派だろうと過激派だろうと関係ない。全て敵なのだ。

(……そういえば、もう一人が見当たらんな。どこに行った…?)

ふと違和感を感じる桂。
もう一人の、小生意気な侍――沖田といったか――が見当たらない。
そのことを疑問に思ったその瞬間だった。

「おっと、こっから先は通行止めですぜィ」

「何っ!?」

桂の前方30メートル程のところに、バズーカを構えた沖田が躍り出たのだ。
突然の奇襲に泡を食った表情をする桂。
その隙を沖田は見逃さない。

「死ねェェェェェ!! カーツラぁぁぁぁぁ!!!」

物騒な発言と共に放たれたバズーカ弾は桂へ向かって一直線に飛ぶ。
着弾、爆発。
巨大な爆音と共に発生した黒煙が辺りを包み込む。
だが……。

「……チッ。逃げられたか」

突然の大雨によって掻き消される黒煙。
そこには、うざったらしい長髪の侍の姿は無かった。



「……俺としたことが、不覚を取ったか…」

息も絶え絶えになりながら、桂は少し離れた民家の敷地内に身を隠した。
何とか足へのダメージは避けたが、左上半身をやられた。
頭と腕からとめどなく血が溢れ出る
この雨のおかげで、血痕を辿っての追跡は不可能になるだろうが、どの道この出血ではそう長くは持たないだろう。

「これで俺も万事休すか……」

絶望感に浸りながらも、一歩を踏み出す。
ここで諦めて死を迎えるよりは、最期の最期まで足掻いてやろう。
そう決意し、また一歩足を踏み出す。
……物音が聞こえた。
とっさに腰の刀に手をかけ、音のした方を見やる。

『…………』

気まずい沈黙。
視線の先には、洗濯物を手にした車椅子の少女がいた。

「…………。
 コンニチワ、サンタクロースダヨ」

先程のシリアスな雰囲気とはうって変わって、素っ頓狂かつカタコトなセリフで場をごまかそうとする桂。
そんな彼を見た少女――はやては、大慌てでこう叫んだ。

「ぎ……銀ちゃん大変や! 慌てんぼうのサンタクロースがテラスに!」

「どんだけ慌てんぼうなんだよ。まだ半月以上あるぞ」

家の奥から聞こえてきたのは、聞き慣れた盟友の声。
そして窓の横からひょっこり顔を出したのは……。

「……こんなところで何やってるアルか、ヅラ」

「ヅラじゃない……桂…だ…」

そう言ってその場に倒れこむ桂。
薄れ行く意識の中、彼はこう思った。

――あ、今日古紙の日じゃん。



「……なるほど、日雇いの従者か。相変わらず節操の無い奴らだな」

銀時達がここにいる理由を聞き、若干間違った解釈をして納得する桂。
居間に担ぎ込まれ、手当てを受けた彼が目を覚ましたのは、あれから二時間ほどたった頃だった。
頭と腕を包帯でぐるぐる巻きにされたその姿は、見ていて痛々しい。

「つーか、なんでオメーがこんなとこにいんだよヅラ」

「ヅラじゃない桂だ。アレだ、日課のジョギングをだな」

「どんなジョギングですか。頭から血出てましたよ」

「アレだ。昨晩少し飲みすぎてな」

「酒にそんな効果あったら誰も飲まねーよ!!」

などと、常人には若干理解しがたい問答を繰り広げる銀時、新八と桂。
万事屋と桂が顔をあわせると、いつもこんな感じである。
そんな彼らを不思議そうに見比べていたはやては、思っていたことを口に出す。

「……銀ちゃんの友達なん?」

「友達じゃねーよこんな奴。むしろ友達になりたくねーよ」

即答で否定する銀時。
しかし今までの流れを見るに、彼らが知り合い同士であることは明白だ。
はやては少しだけ怒って銀時を咎める。

「もー、友達にそんな口利いたらアカンよ?」

「だから友達じゃねーって」

銀時はしつこく否定するが、もはや馬耳東風である。
はやては桂の方へ向き直り、ぺこりと頭を下げる。

「はじめまして、八神はやてっていいます。銀ちゃんがいつもお世話になってます」

「なんでだよ、なんで俺お前の子供みたいになってんの?」

異議を唱える銀時。
確かに彼は、子供というには大きすぎる。
どちらかというと『まるでダメなお兄ちゃん』略してマダオと言った方がいいだろう。

「俺は桂。好物はそばだ」

「オイ、なんで好物言った。そばか? そば出せってか?」

飄々とした態度で食い物を要求する桂の胸倉を締め上げる銀時。
怪我人相手になんて事を。という意見が飛んできそうだが、問題は無い。
これは彼らにとってはスキンシップのような物だからだ。

「ちょっと待っててなー。確かインスタントのそばが……」

お人好しなはやては要求通りそばの用意をしようとするが、神楽がそれを止める。

「いいヨはやて、そんなの出さなくても。こんな奴、そば粉喉に詰めさせて窒息させてやればいいネ」

「やってみるがいい。鼻からそばにして出してやる。アレだぞ? ものッすごいコシのある麺だぞ?」

「いらねーよそんなもん! つーかなんですかその特技!? それだけで食っていけるよ! ある意味革命起こせるよ!」

「マジでか。日本の夜明けは近いな」

「オイ、誰か救急車呼んで来い。革命的な馬鹿がいるぞ」

鬱陶しそうに呟く銀時。
すると彼の言葉に応えるように、外からサイレンが聞こえてきた。
まさか本当に呼んだのか?
……いや、これは救急車ではない。パトカーだ。
恐らく、姿をくらませた桂を探しているのだろう。

「……チッ。ひどい天気だ」

呟く桂。
これでは迂闊に外へ出ることが出来ない。
暫く考え込んだ後、桂ははやての方へ目をやる。

「八神殿。すまないが、暫く雨宿りさせてもらえないだろうか」

「? それはええけど……。どっちにしても、その怪我やったらしばらく動かれへんのとちゃうの?」

と、桂の体をまじまじと見ながら言う。
確かに常人なら暫くは絶対安静だが、彼は常人ではない。
既にタップを踊れるくらいの体力は戻っている。
しかしそんなことは知らないはやては……あろうことか、こんな事を言い出した。

「よかったら、怪我が治るまでうちに泊まっていったらどう?」

「待て待て待て待てェェェェェ!!!」

凄まじい形相ではやての肩を掴む銀時。
こんなお人好しは今まで見た事が無い。と言いたげだ。

「落ち着けはやてェェェェェ! 考え直せ! コイツ手配犯だからね!
 こんな奴家に置いたらどうなるかわかったもんじゃねーぞ!」

必死の説得を試みる銀時。
しかしここで空気の読めない桂が一言。

「む…そうか。なら、その厚意に甘えさせてもらおう」

「お前はもっと自分の立場を考えろォォォ!!!」

再び桂の胸倉を締め上げる銀時。
忙しい人である。
そんな二人を見たはやては、満面の笑みを浮かべながらこう言う。

「んー……でも、銀ちゃんの友達なんやろ? それやったら大丈夫や。
 それに、こんなおもろい人が悪い人なわけないやん」

銀時は思わず黙りこくる。
本当に、この娘は。
ともかく、これで分かったことが一つだけある。
彼女の説得は不可能だ。
こうなったら力ずくでも桂を追い出すしかない。

「……オイ、お前ちょっとこっち来い」

胸倉を掴みながら、銀時は桂をはやての部屋へと引きずっていった。



「お前ホント勘弁しろよ。俺らだけならともかく、はやてまで立場悪くなったらどーする気だよ」

桂を壁のほうへ叩きつけ、思いっきり睨みつける銀時。
珍しく本気で怒っているようだ。
しかし桂は銀時の放つ殺気を意に介さず、言葉を返す。

「何を言うか。人の厚意を無駄にする者は、一生後悔すると昔からよく言うだろう」

「どこのエースパイロットですかお前は!?」

脱力しつつも声を荒げる銀時。
いつもこうだ。
この男と話をすると、いつも自分のペースを乱される。
だが、銀時が危惧していたほど事態は深刻ではなかったらしい。

「……安心しろ。真選組の包囲が薄くなるまでの間だけだ。お前達に迷惑はかけん」

そう言って銀時の手を振り払い、桂は部屋から出ようとする。
元々長居をするつもりは無かったようだ。
先程の会話は、その場のノリだったのだろう。

「……だから居るだけで迷惑だっつーの」

憎まれ口を叩く銀時。
その時、部屋の片隅から何かが落ちるような音が聞こえた。
――思えばこの時、彼らがこの音に気付かなければ。
未来は変わっていたのかもしれない。

「……ん?」

桂は不審な音がした方へ向かい、音の主を拾い上げる。
何かの弾みで、棚から落ちたのだろう。
それは先程新八が興味を示した、古い本だった。
銀時が冗談で言った魔法律書、というのもあながち間違いではなさそうな……そんな不思議な雰囲気の本だ。
もちろん先程と同じく鎖で厳重に封印されているため、中を検めることは出来ない。
桂は興味深げにその本の表面を見つめ、そして一言。

「随分くたびれたタウンページだな」

「オイはやて、霊柩車呼んでくれ。コイツもうダメだ。頭が手遅れだわ」

名前を呼ばれたはやては、何事かと自分の部屋へやってくる。

「あ、その本……」

「八神殿の物か?」

本を持ち上げ、はやてによく見えるように表紙を向ける。

「うん。私が物心ついた頃から、いつの間にかあってんけど……なんや綺麗な本やし、そのまま飾っとこーかなって思って」

「ふむ……」

興味深げにはやての話を聞く桂。
といっても、彼が人の話を聞く時はいつもこんな感じなのだが。
聞く時は真面目。話す時も真面目。
そして真面目に馬鹿をする。
それが桂小太郎という男だ。

ピンポン、と突然家のチャイムが鳴った。
モニター付きのインターホンの前へ行き、客の応対をするはやて。

「すいやせん。警察のモンですが、ちょいとお時間よろしいですかィ?」

「あ、はーい。少々お待ちをー」

警察。
察するに、桂のことを聞きにきたのだろう。
――とりあえず適当にごまかして追い払おう。
そう思って後ろを向く。

「……何やってるん? 銀ちゃんら」

何故か桂だけではなく、銀時達もテーブルの下やソファーの後ろへ身を隠していた。

「スマンはやて。俺達がいることも奴らには言わんでくれ」

「あのチンピラ警察共に関わると、ロクな目に合わないネ」

「ただでさえ桂さんっていう爆弾抱えてますし、これ以上ゴタゴタになりたくないですからね……」

うんざりとした表情をする三人。
この三人、どうやら真選組とは切っても切り離せない腐れ縁があるようだ。

「分かった。銀ちゃんらのことも秘密にしとくなー」

そう言ってはやては、意気揚々と玄関へと向かった。



「お待たせしましたー」

そう言って玄関を開けると、目の前には黒尽くめの男達がぎっしり。
『うわ、やっぱり居留守使っとけばよかったかな……』などと思うが、今さらもう遅い。
そんなことを考えているうちに、一番先頭にいた男――沖田がこちらへ歩み寄ってきた。

「真選組でィ。ちょいと捜査に協力してもらいてェんだが……お嬢ちゃん、この男見なかったかィ?」

そう言って懐から出したのは、"この顔にピンときたら110番!"と書かれた手配書。
紛れも無い、桂の手配書である。
それを見せ付けられたはやては、困ったような顔をして答える。

「……う〜ん…。ちょっと見覚えないなぁ。
 こんな髪の長い男の人やったら、見かけたら覚えてそうなもんやけど……」

「……だそうですぜ、土方さん。どうしやすかィ」

手配書を懐に収め、沖田は後ろを振り向く。
視線の先では土方が雨の中、どうにか煙草に火をつけようと奮戦していた。
沖田の視線に気付いた土方はライターを胸ポケットに収め、機嫌悪そうに言う。

「チッ……逃げ足だけは速ェ野郎だ…。撤収だ。これ以上ここにいても、何も得られねェよ。
 …時間取らせて悪かったな、嬢ちゃん」

「あ、いえ。お仕事頑張ってくださいね〜」

ちょっとだけ罪悪感を感じながらも、はやては大きく手を振って真選組の隊士達を見送った。



「バッチリ、追い払ってきたよー」

してやったり、と言いたげな顔で居間へ戻ってきたはやて。
先程まではうるさく聞こえていたパトカーのサイレンも、今では全く聞こえない。
胸を撫で下ろす銀時達。

「……そうか。なら、長居は無用だな」

窓から外の様子を窺っていた桂は、そう言ってそのままテラスへ出ようとする。

「へ? もう行ってしまうん?」

「ああ、急用を思い出したのでな。では、サラバだ」

言うが早いか、桂はさっさと外へ出てしまう。
雨の中、傘もささずにだ。
制止する暇も無かったはやては、口をあんぐり開けて彼が先程まで居た場所を見つめる。

「……忙しい人やなぁ」

「八神殿」

「は、はい!?」

不意に聞こえた声に萎縮するはやて。
見ると、窓のすぐ横から桂が顔を覗かせていた。

「この恩は忘れん。いずれ必ず返す。……それが言いたかっただけだ。では、サラバ」

そう言ってすぐ顔を引っ込める。
どうやら今度こそ、本当に行ってしまったようだ。

「もう一生俺らの目の前に現れんでくれ。それが一番の恩返しだよ」

「……ホンマにおもろい人やなぁ」

ハエでも追い払うかのような冷たい態度を取る銀時。
それとは対照的に、はやては微笑みながら窓の外をずっと見つめていた。