なの魂(旧版)

満月の夜。
月明かりに照らし出されたビルの屋上に彼女――フェイト・テスタロッサは居た。

「……ようやく一つ回収。きっと、残りもこの付近にある」

漆黒のバリアジャケットに身を包んだ彼女は、愛機バルディッシュを見つめ、呟く。

「古代遺産ロストロギア……。形態は蒼い宝石、一般呼称はジュエルシード」

(それにしても……随分厄介な世界に来ちゃったね)

そう念話を飛ばしてくるのは、彼女の使い魔アルフ。
しかし、その姿は見えない。
どこかで別行動を取っているようだ。

(第97管理外世界……管理局にはいわくつきの"魔窟"か)

憂鬱そうな声が聞こえてくる。
無理もない。
世間とはほとんど没交渉だった彼女達も、あの事件のことは知っているのだから。

時空管理局。
約150年前に成立し、次元世界から質量兵器の根絶とロストロギアの規制を働きかけてきた組織。
また、次元世界における司法機関の機能をも持つ組織だ。
8年程前、そこで事件が起きた。
全次元世界から質量兵器を排除すべし――行き過ぎた正義を掲げた、一部の過激派が管理外世界への武力干渉を開始したのだ。
時空管理局本局はこの事件を最重要懸案とし、鎮圧部隊を編成。対処に当たった。
……が、如何せん対応が遅すぎた。
過激派の中でも最も強大な部隊が、現在の第97管理外世界――地球へと到達してしまったのだ。
そして――悪い時には、悪いことが重なるものである。
間の悪いことに、その頃地球は未知の世界――魔法と質量兵器を有する、管理局から見れば極めて危険度の高い世界から侵攻を受けていたのだ。
そんなところに出自不明かつ、極めて高レベルな技術を有した大部隊が突然現れれば……どうなるかは、想像がつく。
未知の世界はその大部隊と、遅れてやって来た本局の鎮圧部隊を敵性と判断。先制攻撃を開始した。
前方からは謎の勢力の攻撃。後方からは本局部隊の追撃。
通常では有り得ないこの状況に、過激派の将校達は正気を失っていた。
あろうことか、地球侵攻を継続したのだ。
この行動に驚いたのは、他でもない時空管理局本局だ。
このままでは魔法技術の流出どころか、時空管理局という組織そのものの本質を疑われてしまう。
本局部隊は『過激派部隊の鎮圧』という名目の元、武力干渉をせざるを得なくなり……四つ巴の戦いが始まった。

結果、地球は未知の世界に制圧され、過激派は完全に壊滅。本局の鎮圧部隊もその戦力の3分の2を失い、
地球と未知の世界――現在は第107管理外世界と呼ばれている――と、時空管理局との間に大きなしこりを残してしまった。
――日本では"攘夷戦争"、管理局では"一年戦争"と呼ばれる事件だ。

(時空管理局だけじゃなく、この世界の治安維持部隊にも気をつけないとね)

そんな背景があるため、ミッドチルダ――管理局発祥の地出身である二人は、
出来る限り身分を隠して行動しなければならないのだ。

「大丈夫……。きっと、すぐに済むから」

そう言って夜空を見上げるフェイト。
先程までは美しく輝いていた満月には、僅かに暗雲がかかり始めていた。
――嫌な夜空だ。
彼女はそう思った。

「何が済むって?」

「……!」

突然彼女の背後に、刃が突きつけられた。
この世界の、この国で使われる刀剣といえば一つしかない。
――日本刀。
武士の魂とも呼ばれるこの刀剣はただ斬る事のみに特化し、
中でも名刀と呼ばれる物は、あらゆる魔力障壁を紙切れの如く斬り裂くと言われている。
その特性を知っていたフェイトは、その場から身動ぎもせず佇む。
下手に動けば、殺られる可能性があるからだ。

「そろそろ尻尾を出す頃だろうと思ってたぜ、魔導師様よォ」

「魔法使う時は結界張れって、かーちゃんに教わらなかったのかィ?」

まだ若い、二人の男の声。
真っ直ぐ前を見据えたまま、フェイトは呟く。

「……あなた達は…」

「真選組だ。……器物損壊容疑、及び危険魔法無断行使の現行犯でテメェを逮捕する」



「で、逃げられちまったのか。お前らしくないな、トシ」

翌日の真選組屯所。
局長の近藤勲は、そう言って豪快に笑い飛ばした。

「……まさか使い魔までいるたァ思わなかったんだよ」

そう言って不機嫌そうに煙草に火をつける土方の脇腹を、沖田が小突いた。

「言い訳は見苦しいぜィ、土方さん。素直に失敗を認めたらどうでィ」

「テメーが俺に向かってバズーカ撃つから逃がしたんだろーが!」

叫び、沖田の胸倉を締め上げる土方。
沖田は「やれやれでさァ」と呟きながら呆れたような表情をする。

「ったく……。何にしろ、あのガキは早急にとっ捕まえたほうがいいぜ、近藤さん。
 魔力だけじゃねぇ。知識も技量も、正規の軍人並にありやがる。放っておくのは危険だ」

「そうは言うがな、トシ」

土方から手渡された資料を広げる近藤。
先日現場付近から検出された魔力値、交戦時に行使された魔法の詳細。
そして……件の魔導師の写真。

「……相手はまだ年端も行かない少女。あまり手荒な真似はしてくれるなよ」

「やれやれ……近藤さんは人が良すぎらァ」

頭を振る沖田。
しかし近藤は、至極真面目にこう言い返す。

「悪を挫き、か弱き者を護るのが武士の本懐だ。確かにこの子は罪を犯してはいるが、まだ少女だ。
 出来る限り穏便に事を済まそうとするのは、当然だろ?」

「……まあ、アンタがそう言うなら出来る限りのことはするが…」

そうは言うものの、土方の表情はほんの少しだけ不機嫌そうだった。
――手加減しろ? 冗談じゃねー。あんな楽しめそうな喧嘩相手は久しぶりだったぜ。
内心ではそう思うが、彼は決して近藤の言うことに逆らうつもりは無かった。
学も無い、金も無い、剣しか能の無い自分達を拾ってくれた近藤に逆らうなど、彼にはとても考えられなかった。

「しかし……"ロストロギア"か…」

怪訝そうに近藤は呟く。
接触直前に、彼女が呟いていたという言葉だ。

「近藤さん、なにか心当たりでもあるんですかィ?」

「いや、初めて聞く言葉だ。ロストユニバースなら知っているんだが」

なんでそんな物を知っているのかは分からないが、まあそのことは置いておこう。
そんな二人を一瞥しながら、土方は訝しげに煙草をくゆらせた。

「……直訳すると"失われた技術"…。面倒なことにならなきゃいいんだがな……」



なの魂 〜第四幕 説明はなるべく簡潔に〜



場所は変わって、なのはの自室。

「はぁ……」

と大きなため息をついて、なのはは机に突っ伏した。
ここ最近のハードワークで、かなり疲れが溜まっているようだ。

(あれから二週間で、ようやく五つ……魔導師としては、なんとか様になってきたと思うんだけど…)

「……どうしたの? なのは…」

なのはのすぐ側まで来て、心配そうにユーノは言う。

「あ……ううん、ちょっとね…。なんか魔導師って、想像してたのとは全然違うなぁって思って……」

そう言って、今まで自分が行使した魔法を思い出す。
1.飛行。うん、これはまあ基本だ。
2.封印。これも魔法少女としては基本だろう。
3.砲撃。……砲撃?
そう、砲撃である。
自身の魔力をレイジングハートに収束させて、一気に撃ち出す必殺技。
名付けてディバインバスター。
ついこの前、なんとなく出来そう。というなんとも曖昧な自信で使ってみた技なのだが、
初使用時、なのはの脳裏にはこんな言葉がよぎったという。

どう見てもビームランチャーです。本当にありがとうございました。

「魔法少女って言うより、魔砲少女だよ……」

「あ、あはは……あの長距離砲撃を見たときは、僕も驚いたけどね…」

冷や汗をたらしながら空笑いをするユーノ。
実際問題、あの砲撃は本当に常識外れだった。
魔導師になりたての新人が撃てる様な代物ではない。
しかし、ユーノが冷や汗をたらしている理由は、それだけではなかった。

(それにしても……)

厄介なことになった。と改めて思う。

(無我夢中で追ってて気が付かなかったけど、まさかここが97管理外世界だなんて……)

この世界、前述のような背景があるためミッド人にとっては敵陣真っ只中のような物である。
なのはのような一般市民はそれほど気にしていないのだが、警察や政府に見つかると面倒なことになる。
さらに自分が追っているのはジュエルシード……"ロストロギア"なのだ。
下手をすれば、107管理外世界と管理局の対外関係の悪化を招く可能性もある。

(……気付かれる前に、早く回収しないと…)



「良くもなく、悪くもなく……といったところね」

再び場面は切り替わる。
こちらは海鳴大学病院の一室。
今日ははやての定期健診の日。
カルテを持った石田医師に、銀時と新八がはやての診察結果を聞いているところだ。

「よーするに、進展無しってことか」

「ま、まあまあ。病状が悪化してないだけ、良かったじゃないですか」

つまらなさそうに言う銀時をなだめる新八。
彼らの会話を聞いて石田医師は少しだけ悲しそうに目を細める。
が、すぐに普段どおりの調子で会話を続けた。

「そういえば、はやてちゃんのところで働くようになって、もうすぐ一ヶ月なのよね。
 ……はやてちゃんのこと、どう思う?」

自分の担当の子がどう思われているか……。
これは銀時達を雇った張本人として非常に気になるところである。
もしあまり良い印象が無いようなら、他の人に頼んだほうがいいかもしれない。
しかし、その心配は杞憂に終わることとなる。

「ありゃ良い子だよ。俺達みてーな得体のしれねー連中も、すぐに受け入れてくれた。優しい子だ」

「ただ、ちょっと優しすぎるところが……なんか、ウチの父上の二の徹踏みそうで不安ですね…」

底無しのお人好しで、友人に借金を抱え込まされ挙句病死した自分の父親を思い出し、新八は呟く。

「ありゃ将来対人関係で損するタイプだな」

うんうん、と頷く銀時。
この様子だと、どうやら好印象らしい。
ほっとした表情を見せる石田医師。

「ところで、前々から気になってたんですけど……なんでわざわざ自腹で僕らを雇ったんですか?
 こういうのって、普通はやてちゃん本人か、病院から出るものだと思うんですけど…」

ふと感じた疑問を口に出す新八。
石田医師は一瞬だけ考え込むように押し黙り……

「……お詫び…かな?」

まるで昔のことを思い出すかのように言葉を紡ぐ。

「……あの頃は、自分の力を過信しすぎている節があってね…。
 はやてちゃんの主治医になった時も『大丈夫、すぐ良くなるよ』なんて大見得切っちゃって。
 ……実際には、事態は深刻な段階まで進んでいたの。今まで色々な治療法を試したけど、全部ダメで……。
 それなら、少しでもはやてちゃんの負担を減らしてあげようって思って…」

「でも正規のヘルパーさん雇うにはお金が無いから、僕らにしたと」

「う……あ、あまり金銭的な話はしないようにね、新八くん」

痛いところを突かれて顔を引きつらせる。
一応知人から銀時の人となりは聞いていたのだが、やはり万事屋などという胡散臭い所に頼むのは、
金銭的な都合があったとはいえ若干抵抗があったらしい。

「……偽善よね。こんなことしても、あの子の足は治らないのに…」

そこで言葉を区切り、俯く。

「……諦めてねーんだろ」

「…え?」

不意に聞こえてくる声に、顔を上げる。
銀時が真っ直ぐこちらを見据えながら話しかけてきた。

「まだ諦めてねーんだろ。はやての足のこと」

その言葉に、小さく、しかし力強く頷く。

「ならいいじゃねーか。偽善と言いたい奴には言わせときゃいい。少なくとも俺達は、誰かのために一生懸命になってる奴を
 貶すつもりはねーよ。……それに、主治医のテメーがそんな様子じゃ、治るモンも治らねーぞ」

ぶっきらぼうにそう言い放つ銀時。
本当に、どこまでも不器用な男である。

「……そうね。…ありがとう」

「それじゃ、湿っぽい話はこの辺までにしましょ。
 石田先生、今日はありがとうございました。」

「ええ。はやてちゃんに、お大事にって伝えておいてね」



一階の待合室までやってきた銀時達は、そこで異変に気付いた。
先にここへ来るようにと言っておいた、神楽とはやての姿が見当たらないのだ。
不審に思い辺りを見回すと、何故か病院の入り口付近に小さな人だかりが出来ていた。
嫌な予感を感じながら覗き込んでみると、何か白い巨大な物を背負った神楽とはやての姿が。
そしてその二人に、若年の看護士が困ったような顔を見せていた。

「あ、あの、お嬢ちゃん……病院内はペットの連れ込みは禁止で…」

「違うヨ。人形だヨ」

「人形はこんなにハァハァいわないよ」

「違うヨ。加湿器ヨ。ね、はやて」

「わ、私に話振られても〜……」

「何してんのお前らァァァ!!?」

神楽が背負っていた物は人形でも加湿器でもなく……
留守番として家においてきたはずの定春であった。



看護士に詫びを入れ、帰路に着く四人と一匹。

「いつの間にか入り口の前にいたアル。そのまま放っておくのも可哀相だから、中に入れただけヨ」

そう言って定春に乗りながら頭を撫でる神楽。
定春は申し訳なさそうな顔をしながら、はやての方を見た。

「きっと、はやてちゃんのことが心配で見に来てくれたんだね」

「ありがとうな、定春。でも、他の人に迷惑かけたらあかんよ?」

はやてがそう言うと、定春は尻尾を振りながら「わん」と一吠え。
どうやら「分かった」と言っているらしい。
そんな彼女らの様子を見て銀時は言う。

「本物のご主人様より懐かれてるじゃねーか。なんだったら、お前ん家で引き取るか?
 というか、むしろそうしてくれると助かる」

助かる、というのは主に金銭的な面でだ。
一日でドッグフードを5袋たいらげるような犬を飼うのは、非常にお財布に優しくない。
そして飼い主の方も銀時の家に居候している上、定春に負けず劣らずの大食い。
坂田家の家計が常に火の車な理由はここにあったのだ。
しかしそんな銀時の提案を、神楽はかたくなに拒絶する。

「それはダメアル。私と銀ちゃんと新八と定春。四人揃って万事屋ネ。一人でも欠けちゃダメヨ。
 銀ちゃん左手、定春右足、私白血球、新八ダメガネネ」

「オィィィィィ!! 僕だけ明らかにパーツじゃないんだけど!? なんだよダメガネって!!」

「そもそも全然完成してねーじゃねーか。なんだよ白血球って。一生身体揃わねーよ」

あいも変わらず訳の分からない会話。
そんな彼らの光景も、はやての目には微笑ましく映ったらしい。
クスクスと小さく笑う。

その時、突然妙な電子音が響き渡った。
何事かと思っていると、銀時が懐から携帯電話を取り出した。
さすがにこのご時世に携帯を持っていないのはマズいと思ったらしく、思い切って購入した物だ。
ちなみに購入後、彼はこう漏らしたという。

『え? 一円携帯って、電話料金は一円じゃねーの?』

無知とは恐ろしい物である。
――閑話休題。
銀時は慣れない手つきで携帯の通話ボタンを押す。

「はいはい、万事屋でーす。……なんだ、じーさんか。
 ……え、何? 直った? 分かった。すぐ行く」

そうとだけ言って即座に電話を切る。
通話にはまごつくくせに、切るのだけは妙に速い。
そんなに電話料金が惜しいか。

「……どーしたんですか? 銀さん」

「源外のじーさんからだ。最近原チャリの調子が悪ぃから、見てもらってたんだよ。
 ちょっくら受け取りにいってくるわ」

携帯をしまいながら来た道を引き返す銀時。
彼の後姿を見て、神楽は手を振りながら声をかける。

「寄り道しないでまっすぐ帰ってくるのヨー」

「それじゃ、僕らは先に帰ってよーか」

そう言って新八は、はやての車椅子をゆっくりと押し始めた。



野生の勘が働いた、と言うのだろうか。
以前銀時達がユーノを拾った林道。
その前を通りがかったところで、突然定春が動きを止めた。

「……どうしたネ? 定春」

不審に思い神楽が声をかける。
しかし定春は、じっと林道の奥を見詰める。

突然、定春が駆け出した。
まるで弾丸のように一直線に林道の奥へと突き進んでいく。

「わわ! 止まるネ、定春!」

「ち、ちょっと神楽ちゃん、定春!?」

振り落とされまいと必死に定春につかまる神楽。
そして彼女らを追うため、新八もはやてと折りたたんだ車椅子を抱きかかえて林道の奥へと入り込んでいくのだった。



「ぜぇ……はぁ……な、なんなんだよ一体…」

1,2分ほど走り続けたところで、ようやく定春が動きを止めた。
さすがに子供を抱えながらこれだけの時間全力疾走するのはキツかったらしい。
息も絶え絶えになりながら、恨めしそうに新八は定春を見た。

「急にどうしたネ、定春。可愛いメス犬でも見つけたアルか?」

などと聞いてみるが、メス犬どころか動物すら見当たらない。
定春は鼻をひくつかせながら辺りを見回す。
そして充分に辺りの警戒を行った後、突然低い唸り声を上げながら茂みの奥を見据えた。

『?』

三人も同時に、茂みの奥を見る。

「エ……エイリアン!?」

新八は思わず上擦った声を上げた。
視線の先には定春並の巨体を持ち、全身を黒い毛で覆われ、赤い爪を持った四足歩行する動物……
犬や狼に近いが、それ以上に獰猛そうなフォルムをした動物がいたのだ。

「と、とにかく逃げ……」

そう言って背を向けようとする新八。
しかし……。

『ぐふっ』

珍妙な声と共に、神楽とはやてが死んだように動かなくなった。

「ってオィィィィィ!! 二人してなにしてんのォォォ!?
 イカンイカン! 死んだフリはいかんよ! そもそもコレ熊じゃねーし!!」

などといつもの調子でツッコミを入れてしまったのがいけなかったのだろう。
黒い狼が驚異的なスピードでこちらに襲い掛かってきたのだ。

「どわぁぁぁぁぁ!!!」

寸でのところで攻撃を回避する定春と新八。
とっさに手を離した車椅子が、原型が分からなくなるほどにバラバラになる。

「あー! 私の車椅子が!」

「言ってる場合かァァァァァ!!!」

はやてを小脇に抱えて絶叫する新八。
命あっての物種である。
黒い狼はそんな彼らをターゲットに選定したようだ。
不気味に瞳を光らせながら、低い唸り声を上げている。

「新八! はやて連れて先に帰ってるヨロシ」

定春から飛び降り、狼の前に対峙する神楽。
右手には愛用の番傘を携え、独特の構えを取る。

「か、神楽ちゃん!?」

「心配いらないネ、はやて。"海鳴の女王"神楽にお任せアルよ」

そう言って笑ってみせる神楽。
彼女の強さを知っている新八は、言われるとおりにその場を離れようとする。
背を向け、走り出す直前。
彼は神楽に向かってこう叫んだ。

「神楽ちゃん……あとで酢昆布おごるよ!」

「今は酢昆布よりオロナミンCな気分ネ!」



「……ッ!」

身体全体を締め付けられるような圧迫感。
それと同時に奇妙な胸騒ぎを感じ、なのはは飛び起きた。
隣にいたユーノも同じ感覚を味わったらしく、直立不動で窓の外を見つめている。

「なのはっ!」

「う、うん。今のって……!」

「ジュエルシードだ……急ごう!」

レイジングハートを手に、なのは達は部屋から飛び出した。



同時刻。
海鳴大学病院屋上。

「大型の魔力反応……でも、二つも…?」

広域探査魔法を行使していたフェイトは疑念の声を上げる。
一つはおそらく、お目当ての物だろう。
だがもう一つは?
反応の大きさから考えて、推測される結論は二つ。
現地の魔法生物か、魔導師。そのどちらかだ。
魔法生物だった場合は――まあ、障害にならない限りは放っておいても大丈夫だろう。
だが、もし魔導師――自分と同じロストロギアの探索者だった場合は……。

(……また、人と戦わなきゃいけないのかな…)

先日自分に刃を向けた二人の侍を思い出し、憂鬱そうな顔をするフェイト。
そんな彼女の思考をさえぎるように、すぐ側のアルフから念話が飛んでくる。

(二つ……じゃないね。かなり微弱だけど三つ。一番小さいのは、現場から離れていってるみたいだけど……
 この反応は、間違いないね)

「ジュエルシード……」

呟き、バリアジャケットを身に纏う。
そうだ。今の最重要課題はジュエルシードの収集。
迷っている暇は無い。
そう自分に言い聞かせ、飛び立とうとする。
……が、ほんの一瞬だけ考え込む。
そしてアルフの方へ振り向き一言。

「……アルフ。結界の方、お願いね」

「? どうしたのさ、急に」

主人の唐突な願いに、首を傾げるアルフ。
フェイトは自嘲気味に笑いながらこう言った。

「……もう、あのお兄さん達に怒られるのはゴメンだからね」