なの魂(旧版)

うっそうと生い茂る木々。
その中を、木の葉を揺らしながら小柄な少女が縦横無尽に跳ね回る。
その姿、野を駆け回る兎の如く。



なの魂 〜第五幕 無口=優しいなんて方程式が成り立つと思ってんじゃねーぞ〜



狼が口から光弾を四連射した。
――一発目は回避方向を限定させるための囮。
研ぎ澄まされた勘でそれを察知した神楽は番傘を広げ、光弾へ突っ込む。
一発目が傘に命中。
しかし、傷を付けるには至らない。
番傘に偽装されたこの攻防一体の兵器を破壊するには、いささか火力が足らなかったようだ。
神楽は腰を落とし、一気に距離を詰める。
二射目以降の光弾は予想通り、神楽のすぐ脇を掠めた。
傘を折りたたみ、すれ違い様に振り下ろす。
その一撃は地を割り、辺りは濃密な土煙で覆われた。
しかし、肝心の敵には当たらなかったようだ。
背後から殺気。
直感で右へ横っ飛びに回避する。
数瞬遅れて、先程まで神楽がいた場所に無数の光弾が叩き込まれた。

(コイツ……ただのエイリアンじゃないネ。速さもパワーも段違いアルよ)

最強の傭兵部族と言われる"夜兎"。
その末裔である神楽は、本能的にこの敵に対して危機感を抱いていた。
今まで戦ってきたどの生物とも違う。
上手く説明は出来ないが、直感的にそう感じたのだ。
――まずは敵の足を殺す必要がある。
そう判断した神楽は一旦距離を取り、傘の先端を敵へ向ける。
先端に小さな光球が生み出されたのを確認し、神楽はトリガーを引いた。
直後、番傘からマシンガンの如く魔力弾が放たれる。

――一般的には知られていないが、夜兎族にも魔力の源、リンカーコアが存在する。
しかし彼女らは、内包する魔力を魔法へと昇華させる術を持たなかった。
……いや、身体の構造上、持つことが出来なかった。
そこで生み出されたのがこの番傘――魔力投射機だ。
直射射撃・収束砲撃魔法の行使を完全に機械に肩代わりさせると言う、管理局から見ればかなりグレーゾーンな火器だ。
殺傷・非殺傷の設定と魔力投射の機能のみというシンプルな構造だが、その分破格の対弾性を持ち
その特性上、トリガーから発射までのラグの少なさはストレージデバイスすらも上回る。

無数の魔力弾が狼に襲い掛かった。
巨大な光と白煙に包まれる。
しかし、その白煙の中から赤色の光弾が飛んできた。
神楽はそれを、さながら戦隊物のヒーローのように、器用にバク転で回避。
一回、二回。
三回転したところで大きく跳躍。
後方にあった巨木を足場にさらに高く跳躍し、弾丸の雨を降らせる。
だが、ここで跳んだのは恐らく失敗だった。
狼は紙一重のところで弾丸を回避し、光弾を放つべくこちらへ首をもたげる。
前述の通り、夜兎族は魔法を行使することが出来ない。
つまり、空中では身動きが取れないのだ。
とっさに防御体勢を取ったその瞬間。
狼のすぐ横から、巨大な白い塊が飛び出した。
その塊は覆いかぶさるように狼の首根っこに噛み付き、その動きを完全に封じる。

「定春、よくやったアル! あとでビーフジャーキーあげるネ!」

狼の真正面へ着地した神楽は、目の前へ砲身を向ける。
およそ1.5秒のタイムラグの後、傘の先端にバレーボールほどの大きさの光球が現れ、収束砲撃を行使した。
直撃の寸前に定春は射線から退避。
光の奔流は狼を飲み込み、辺りの木々を薙ぎ倒す。

「……やったアルか?」

巻き起こった土煙の先に、注意深く目を凝らす。
しかし……。
相手はまだ倒れていなかった。
未だ原形を留めこちらを睨んでいる。
……いや。
留めていたわけではなかった。

(再生? 今の一撃で、確かに完全に消し飛んだハズ……一体どうなってるアルか)

フルチャージではなかったとはいえ、この距離で、しかも殺傷設定の砲撃を受けたにも関わらず目の前に立ち塞がる敵に
神楽は疑念を抱く。

(まさかコイツが、銀ちゃんの言ってたジュエルシードって奴アルか?)

純粋な魔導師にしか倒せないという、厄介極まりない敵。
偽りの魔法しか使えない自分では、どうすることも出来ないのだろうか。
敵の損傷具合を見、先程と同じ火力の砲撃を叩き込めば何とかなるかもしれないと思ったが、
あいにくリチャージに15秒ほどかかる。
その間に完全に再生されてしまうだろう。
かといって最大出力の物を撃ち込もうとしても、相手は確実に警戒してくるだろう。
撃破のチャンスは最早無しか。

そう思われた時だ

「ディバイン…!」

「フォトンランサー…」

上空から二つの声が聞こえてきた。
一つは知らない、もう一つは普段から聞き慣れた少女の声だ。

「バスター!」
「ファイア!」

掛け声と共に黄色の魔力弾と桃色の魔力砲撃が狼に襲い掛かった。
そのあまりの眩しさに、神楽は思わず目を瞑る。
二つの光は轟音と共に辺りを包み込み……今度こそ、あの狼を完全に消滅させた。
ゆっくりと目を開け、空を見上げる。
見知った少女の姿が、そこにあった。

「なのは!」

「神楽ちゃん、大丈夫!?」

ふわふわと神楽の目の前に着陸するなのは。
余剰魔力で生成された光の羽が舞い上がる。

「あたぼうヨ! 私を誰だと思ってるネ!
 ……それにしても、本当に魔導師になっちゃったアルな」

「にゃはは……まだ見習いだけどね…。ところで……そっちの人は…?」

と、もう一人の魔導師――フェイトへ目を向ける。

「知らないネ。なのはの知り合いじゃないアルか?」

そう聞き返されるが、自分もあの女の子のことは見たことが無い。
黒い魔導衣に身を包んだ少女は、側の大木の枝へ着陸しなのはを見下ろす。

「同系の魔導師……ロストロギアの探索者か」

僅かな驚きと関心。
魔導師がいると予想はしていたが、まさか自分と歳も変わらなさそうな女の子とは。

「……間違いない、僕と同じ世界の住人。そしてこの子、ジュエルシードの正体を…」

なのはの肩に乗っていたユーノは彼女の足元へ降り立ち、呟く。
恐れていたことが起こってしまったか……。
距離を取るために近くの茂みの中へ身を隠す。
さすがに、今のこの姿で正面から戦うのは無謀すぎる。
支援に徹した方が得策だろう。

「……ロストロギア、ジュエルシード…申し訳ないけど、頂いていきます」

そう言い放ち、フェイトは手にした戦斧型の杖――バルディッシュをなのはに向ける。
直後、バルディッシュの先端が展開し、光の刃が生成された。
そのシルエットは、死神の鎌を髣髴とさせる。
腰溜めにバルディッシュを構え、なのはへと突撃する。

「!」

『Evasion. Flier fin.』

横薙ぎに一閃。
しかし危険を察知したレイジングハートが独自判断で飛行魔法を行使。
ギリギリで回避に成功する。
即座に次の行動に移ろうとするフェイト。
しかし……。

「…ッ」

一瞬目の前が暗くなる。
その理由が、後方に誰かが立ったからだということに気付いたその時には、
既にフェイトは返す刃で攻撃を受け止めていた。

「……テメェ、誰の許可得て私の舎弟に手ェ出してんだコラ」

完全に目が据わった神楽が、振り下ろした番傘に力を込めた。
ミシミシと金属の引き千切れそうな音が聞こえ、重力が何倍にもなったかのような感覚を覚える。

(……重い…ッ!)

目の前の少女を見る。
自分より4、5ほど年上だろうか。
それにしては小柄な体格。
一体この身体のどこにこんな力が……?
正面からの打ち合いは不利と判断し、フェイトはバルディッシュを支える手の力を抜いた。
斬り結ばれた支点をずらし、攻撃を受け流す。

『Blitz Action.』

電子音声と共にフェイトの姿が消えた。
肩透かしを食らった神楽はバランスを崩し、前のめりになる。
直後、真後ろから先程と同じ声色の音声が聞こえてくる。

『Arc Saber.』

振り向いた時には、既に眼前に圧縮された魔力光刃が迫っていた。
とっさに傘を開いて防御。
光刃は傘に深く食い込み、爆発を起こす。
ただの斬撃だと思っていた神楽は爆風に抗うことが出来ず、巨木に身体を叩きつけられた。
大鎌を構え、フェイトは爆煙の中へ突っ込む。

「神楽ちゃん!」

だかしかし、それは追撃のための行動ではなかった。
煙の中から、フェイトが高速でなのはに向かって飛び上がってきた。
目標を絞らせないための目くらまし。
本命はこちらだったのだ。

「ッ!?」

とっさにレイジングハートをかざし、何とか斬撃を受け止める。
しかし、ただでさえ運動音痴ななのはが、まともな白兵戦を出来るわけが無い。
完全に動きを押さえつけられる。

「何で……何で急にこんな…!」

自慢ではないが…というか、自慢にならないが、自分は今まで極々普通の小学三年生として暮らしてきた。
名も知らぬ少女に突然襲撃を受ける謂れは無い。
冷や汗をたらしながら、なのはは問いかける。

「……答えても、多分意味が無い」

しかしフェイトは冷たく突っ撥ねるように言い放つ。
そして言い終えるや否やバルディッシュを大きく振り、なのはの身体を弾き飛ばした。
同時にバルディッシュを射撃形態へ可変させる。
相手の行動が予測できない。
それ以前に自分は、相手の攻撃を回避しきれるほどの反射神経も勘も持ち合わせていない。
次に来るであろう攻撃に備え、なのはは防御姿勢をとる。
バルディッシュの先端に光が収束されていく。
そして……。

「……ごめんね」

「……え…」

不意に聞こえた、蚊の鳴くような声。
そして、それに気を取られたその一瞬が命取りだった。
直後、バルディッシュから光弾が放たれた。
完全に意識が別の方向に向いていたため、防御魔法の展開が遅れる。
危険を察知したレイジングハートがサポートを行うが、光弾を防ぎれる程の障壁を展開させるには至らなかった。

――何故あの子は、あんなことを言ったんだろう……。
――何故あの子は、あんなに悲しそうな目をしたのだろう……。
強烈な閃光と爆発は、そんな疑問ごとなのはの意識をさらっていった。

「なのはーーーっ!!」

叫ぶユーノ。
意識を失ったまま落下を続けるなのはの元へ駆ける。
なんとか軟着陸させようと魔法の行使を試みるが……。

(……ダメだ! この距離じゃ…!!)

不運なことに、完全に射程距離外だった。
元の姿だったなら、何とか間に合ったかもしれない。
そう思うと、今の自分の身体が恨めしく思えてくる。
後もう少しで、なのはの身体が地面に叩きつけられてしまう。
まさにその時だった。

「わんっ!」

「え、ええ!?」

ユーノのすぐ側を巨大な白い犬――定春が、凄まじい駆け抜けていった。
一直線になのはの下へ潜り込み、背中で受け止める。
体毛がクッションの働きをしたおかげで、なんとかダメージも最小限で済んだようだ。
定春はのしのし歩きながら、ユーノの側へやってくる。

「くぅーん…」

「あ……ありがとう…」

あまりの大きさに思わず萎縮するユーノだったが、どうやら敵意はないらしい。
ひとまず恩人、いや恩犬に礼を言う。
そしてなのはを撃墜した張本人……フェイトの方を見遣る。
黒衣の魔導師は、既に儀式を終えていた。

「ロストロギア、ジュエルシード。シリアルXIV……封印」

『Yes Sir.』

先程なのは達が消滅させた狼がいた場所。
そこへ降り立ったフェイトがバルディッシュをかざすと、蒼い宝石――ジュエルシードが浮かび上がり
バルディッシュに吸い込まれるようにして消えた。

「…………」

暫し愛機を見つめた後、先程撃墜した少女の方を見る。
名も知らぬ少女は、大きな犬の上で気を失っているようだ。
――少し、やりすぎたかな…。
と、反省する。
ロストロギアを追っている以上、相手は相当の手練だと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
まず動きに無駄が多い。
魔力も、量こそ規格外だがあまりにも不安定だ。
これなら、まださっきのオリエンタルな服装の女の子の方が……。
そう思ったところで気付く。
あの少女の姿が見当たらない。
嫌な予感がし、後ろを振り向く。

「うがあぁぁぁぁぁ!!!!!」

「!!?」

予感は的中した。
先程の少女が凄まじい形相で、砂煙を巻き上げながらこちらへ突っ込んできたのだ。
――魔法……使ってないよね?
少しばかり驚きの表情を見せるフェイト。
煙が巻き上がるほどの速度で、普通の人が走れるものなのか?
否。普通は走れない。
彼女は普通ではないのだ。

「テんメェ生きて帰れると思ってンじゃねーぞコラァァァ!!!」

完全に殺る気モードの神楽は、情け容赦ない一撃を繰り出す。
しかし渾身の力を込めた一撃は、空しく空を切る。
さっきと同じだ。
高速移動で神楽の後ろに回りこんだフェイトは、ほんの少しだけ安心する。
――よかった。力はあるけど、頭のほうは単純みたい。
バルディッシュを構え、大きく振りかぶる。
だが……。
――感覚だけで動く馬鹿は、時に有能な智略家を惑わす。

「ッ!」

空を切った番傘。
その先端が、突然こちらを向いた。
反射的に防御魔法を展開するフェイト。
直後、番傘から光弾が吐き出された。
この至近距離では回避もままならない。
当然直撃を受けるのだが、ここでフェイトは異変に気付いた。
眼前の障壁に亀裂が入り始めたのだ。

(……損傷が早過ぎる!?)

確かに自分は防御魔法は得意ではないが、いくらなんでもこれはおかしい。
その時だ。
バルディッシュが信じがたい――いや、むしろ信じたくない警告を発した。

――殺傷設定の魔力射撃を感知。即時退避を推奨。

自分の顔から血の気が引いたのが分かった。
魔力射撃? なら、この人もやはり魔導師なのか…?
いや、そちらではない。
……殺傷設定。
まさか本当にこの人は、自分を殺すつもりなのか?
先程撃墜した少女のことを思い出す。
あの子は……この人にとっては、それほどまでに大切な存在だったのか?
凄まじい罪悪感に囚われるが、今は生き残ることが先決だ。
すぐさま上空へ飛び上がり、射撃体勢を取る。
本当ならこのまま逃げたかったのだが、放っておくと地の果てまで追ってこられそうだ。
手荒だが、ダメージを与えて気絶させるしかない。

『Photon Lancer.』

フェイトの周りの空間に、四つのフォトンスフィアが生成される。
高速直射弾の四連発……相手の力を考えると、これでも気絶させられるかどうか微妙なところだ。
しかし、相手を必要以上に傷付けたくは無い。

「フォトンランサー、ファイ…」

今まさに射撃を行おうとした、その瞬間だ。
突如、生成した四つのスフィアがほぼ同時に爆発を起こした。

「な…ッ!?」

驚きに目を見開くフェイト。
辺りが煙に包まれる直前、地上からこちらを見据え、傘を向ける少女の姿が彼女の目に映った。

(発射直前にスフィアを……!?)

この魔法のことを知っていたのか。
はたまた、単純に戦い慣れしているのか。
恐らく後者だろう。
……だとすればこの戦い、長期戦になれば不利になる。
空戦が出来る以上、こちらの有利は動かないのはずなのだが……この少女の場合、それすらも覆しそうな気がする。
時間が長引けば長引くほど、打開策を考える余裕を与えてしまうことになるのだ。
早急に退散するのが得策。
そういう結論に至ったフェイトは、アルフへ念話を送る。

(アルフ、転送のサポートお願いできる?)

しかし、返ってきたのはひどく焦ったような相棒の声だった。

(ゴメン! 今それどころじゃ……ああもう! なんでバインドすら避けられんのよ!)

向こうも何かと交戦中なのだろうか?
だとすれば、早急に援護に向かわなければいけない。
今は丁度いい具合に、煙が目くらましになっている。
すぐさまその場から離れようと身を翻すフェイト。
だが……。

「ほァちゃァァァァァ!!!!」

上空から妙な雄叫びが聞こえてきた。
……上!?
驚き、声のしたほうを見上げる。
神楽が傘を大きく掲げながら、こちらへ向かって一直線に落下してきていた。

「くっ…!」

寸でのところで一撃を受け止める。
だが、回避ではなく防御を選択したのは間違いだった。
今までのような打撃ではなく刺突……つまり、先端を突き刺すような一撃を加えてきたのだ。
そしてそれを受け止めたということは……もちろん、砲口はこちらを向くこととなる。
番傘の先端に、急速に光が収束されていく。

「…アバヨ」

明確な殺意の篭った声。
……撃たれる!
そう思ったその瞬間だった。

(フェイト! そこから離れて!)

「おーい、危ないですぜ」

突如聞こえてくるアルフの念話。
そして、昨日聞いた男の声。
同時に、フェイトのすぐ側で巨大な爆発が起こった。
不意に襲いかかってきた衝撃に吹き飛ばされる神楽とフェイト。
フェイトはどうにか体勢を立て直したが、飛行が行えない神楽はそのまま地面に落下した。
何とか受身を取って立ち上がり、声の聞こえた方向を睨む。

「テメェェェ! いきなり何するアルかァァァ!!!」

「チッ、外したか」

視線の先では、バズーカを肩に担いだ沖田が心底残念そうな顔をしていた。

「何してんのお前ェェェ!? なんで実弾なんだよ! 何のために捕縛用の弾持ってきたと思ってんのォォォ!!?」

叫ぶ土方。
しかし沖田は極めて真面目にこう言い放った。

「いや、良い機会だからチャイナごと抹殺してやろーかと思いまして」

「お前ホントに近藤さんの話聞いてた!?」

そんな二人を尻目に、フェイトは一目散にその場から離れる。
どうやって結界を看破してきたのか。
そもそも何故自分をここまで執拗に追ってくるのか。
疑問は尽きないが、ともかく今は自分の身の安全が最優先だ。
幸いアルフも、今は安全なところまで退避しているらしい。
離れる前に、もう一度だけあの白い魔導師を見る。
未だに目が覚めていないらしく、その身体は全く動かない。
心の中で謝り続けながら、フェイトは空の彼方へと飛び去って行った。

「クソッ……追うぞ、総悟」

「合点承知でさァ」

その後を追う真選組の二人。
一人残された神楽はようやく冷静になって辺りを見回す。

「……そうだ、なのは。無事アルか、なのは!?」

その声に応える様に、茂みの奥からなのはとユーノを乗せた定春が、辺りを警戒しながら現れた。

「大丈夫……気絶してるだけみたいだよ」

ユーノは言う。
まるで眠っているかのような顔で気を失っているなのは。
その姿を見て、再び神楽の怒りに火が灯る。

「……あンのクソガキャァァァァ!! 今度会ったら八つ裂きにしてやるネ!」

激昂する神楽。
今の彼女なら、本気でやりかねない。
その折、すぐ側から弱弱しい声が聞こえてきた。

「……っ…。ダメ…だよ。そんな乱暴なこと言っちゃ……」

ようやく目を覚ましたなのはが、身体を起こしながらそう言ったのだ。
辺りを見回し、先程自分を撃った魔導師がいないことに気付くと、申し訳なさそうにユーノに話しかける。

「ごめんね、ユーノくん……ジュエルシード…持っていかれちゃったみたいだね……」

「そんな……謝ること無いよ! なのはが無事だったんだから、それが何よりだよ!」

その言葉を聞き、なのはは押し黙る。
心配をかけてしまった。
ユーノだけでなく、神楽にも。そしてきっと、定春も。
いくら謝っても、謝り足りない。
そんな気分だ。

「あの子……」

ふと、あの魔導師のことを思い返す。
圧倒的な力の差。
華麗な体捌き。
自分とは、次元の違う存在。
だが……。

「きっと、私と同い年くらい……。綺麗な髪と、綺麗な瞳で……。
 でも、なんだか悲しそうで……」

不思議と、あの魔導師自身からは恐怖を感じなかった。
それどころか、あの少女の目からは優しさのようなものすら感じられ……
同時に、何か哀愁のようなものも感じられた。

(……ごめんね)

最後に聞いた、あの言葉。
そしてあの時の少女の表情を、なのはは忘れることが出来そうに無かった。

「……ジュエルシード集めをしてると、あの子とまた、ぶつかっちゃうのかな…」

出来ることなら、争いたくない。
自分達を襲ってきたのにも、きっと何か理由があるはず。
……だから、まずはその理由を知りたい。
そう考えていると、神楽がバツが悪そうにこちらへと近寄ってきた。
彼女にも、何か思うところがあったのだろう。
頬を掻きながらこう言ってきた。

「……分かったアル。八つ裂きはやめるネ。その代わり、ふん捕まえてなのはの前で土下座させてやるヨ」

「だ、だからそういうのはいいってばー!」

そう訴えるなのはだが、神楽は馬耳東風といった感じで番傘を広げた。
傘の玉留の辺りにある突起物。
射撃モードの切り替えを行うそのスイッチは、『非殺傷』の位置に合わせられていた。



「少し、邪魔が入ったけど……大丈夫だったね」

どうにか真選組の追跡を振り切りこちらの世界での住居に戻ってきたフェイトは、相棒の頭を撫ぜながらそう呟いた。

「ジュエルシード……いくつかは、あの子が持ってるのかな……」

ついさっき対峙した、あの魔導師のことを思い出す。
自分と同い年ぐらいで。
魔法に関しては、全然素人で。
見ていて、危なっかしくて。
……自分のことを、大切に想ってくれている人がいて…。
いつの間にか、自分の心理状態が顔に出ていたらしい。
アルフが心配そうにこちらの顔を覗き込んできた。
フェイトは笑顔を作りながら言う。

「大丈夫だよ、迷わないから」

机の上に立てかけられた写真立て。
それを手に取り、フェイトは呟いた。

「待ってて、母さん。すぐに、帰ります……」