なの魂(旧版)

「はぁ……」

どうしたものか。
机の前で頬杖をつき、ため息をつくはやてを見て新八はそう思った。
今朝ここへ来た時から、ずっとこの調子だ。
何か気に障ることでもしてしまったのだろうか? などと思うが、思い当たる節がない。
なら直接聞いてみようか。とも思ってみるが、もし自分が何かやらかしていた場合、非常に立場が悪くなる。
新八は仕方なく、神楽に相談してみることにした。

「……なんか今日のはやてちゃん、微妙に元気無いね…。どうしたんだろ?」

ボソボソと耳打ちする。
そんな新八を、神楽は哀れむような目で見る。

「女心が全然分かってないネ、新八。そんなんだからお前はいつまで経っても新八なんだヨ」

「なんだァァァ! 新八という存在そのものを否定か!? じゃあ一体なんだってんだよチクショー!」

さすがにこの物言いには新八もキレた。
しかし分からないものは分からない。
怒りながらも答えを乞うと、神楽は酢昆布をしゃぶりながら得意げな顔をした。

「女の子が理不尽に憂鬱になる理由なんて、一つしかないネ」

人差し指を立て、意味深にはやてを見つめた後、一言。

「あの日」

「マジで? 大変だ。お赤飯炊かないと」

いそいそと台所へ向かい、割烹着を着ようとする新八。
妙なところで気の利く男である。
だがしかし、彼らの会話をこっそり盗み聞きしていたはやては神楽の意見を真っ向から否定した。

「ちがぁぁぁぁぁう!! なんてこと言うんや神楽ちゃん!!」

顔を真っ赤にして抗議の声を上げるはやて。
しかし神楽はそんなことなど意に介さず、ニヤニヤ笑みを浮かべながらはやての肩を叩く。

「恥ずかしがることないネ。女の子なら必ず通る道ヨ」

「だーかーらー!」

茹蛸のようになりながら腕をブンブン振り回すはやてだが、彼女のそんな仕草が神楽の悪戯心を刺激してしまったようだ。
肩に手を回し、なにやらはやての耳元でボソボソ言い出した。

「……!!?」

何か教育上よろしくないことでも吹き込まれたのだろうか。
直後にはやてが、口からエクトプラズムのようなものを出しながら机に突っ伏してしまった。
神楽は心底楽しそうな表情をしているが、さすがにこれ以上ははやてが可哀相だ。
新八はどうにか話題を変えようと試みる。

「でも、ホントにどうしちゃったの? 具合が悪いんなら、病院に行ったほうが……」

などと言うが、ちゃっかり小豆を鍋に入れてる辺り、お前も神楽と同じ事考えてただろうとツッコみたくなってくる。
だが、はやては何も応えない。
半ば強制的に大人の階段を昇らされたショックで、現世との交信が不通になっているようだ。

「……もしも〜し。入ってますかー?」

コンコンと机を叩いてみる。
しばらくすると、もぞもぞと重たげにはやてが身体を起こした。

「はぁ……世の中には、まだまだ私の知らんことが一杯あるんやな…」

恍惚とした表情で呟くはやて。
一体何を教え込まれたのか、非常に気になるところである。
が、この際それは置いておこう。

「多分、知らなくてもいいことまで知っちゃったと思うけどね……。それより、本当に大丈夫?
 病院、連れて行ってあげようか?」

心配そうに言う新八だが、はやては首を横に振った。

「ん〜…具合悪いわけやないんやけど……。なんかいつもおる人がおらんと、調子狂うなーって…」

そう言って部屋を見回す。
普段はいて、今日はいない人物。
そう、あの白髪の天パ侍だ。

「今日は銀ちゃんこーへんの?」

「ちょっと用事が入っちゃったらしくてね。お昼過ぎにはこっちに来るって言ってたよ」



なの魂 〜第六幕 何でもかんでもツンデレ扱いするな〜



少し時間は戻る。
同日早朝、街を見渡せる小高い丘の上になのはとユーノはいた。
辺りに人がいないのを確認し、バリアジャケットを装着。
レイジングハートを構える。

「それじゃあいくよ、レイジングハート」

『All right. Divine shooter Stand by.』

声と共に、レイジングハートから小さな光の球が発生する。
光球はしばらくゆらゆらと不安定に浮かんだ後、その場に停止した。
前回の敗北後、毎日続けている新魔法の特訓だ。

(ふぅ……ここまではなんとか…。次は……)

「なのは……やっぱりいきなり誘導操作弾は無茶だと思うよ…」

光球の生成に成功し、一安心しているなのはにユーノが声をかけた。
それはそうだろう。
誘導系の魔法は制御が難しく、仮に制御が出来てもそちらへ気を取られやすく、他の動作が疎かになりやすい。
素人が一朝一夕で身につけることが出来るものではないのだ。
しかしなのはは、自信に満ちた顔でこう言い返した。

「大丈夫。成せば為る、だよ! それに私、エースコンバットとか結構得意だから!」

「……何それ?」

聞き慣れない名前を耳にして首を傾げるユーノ。
分かりやすいように翻訳すると、空間把握には自信がある。ということなのだろうか。
某ステージのトンネルくぐりを初見でクリアしただけのことはある。

「…………」

光球の操作に集中するなのは。
すると今まで微動だにしなかった光球が林の方へ飛んでいった。
さらに神経を集中させると、林へ向かった光球は木々の間を縫うように巧みな機動を見せる。
まだ操作が不安定なようで、ぶつかった木の枝から結構な量の木の葉が舞い落ちるが、
それでもユーノを感嘆させるには充分な制御技術だった。

(……凄い。この短期間で、もう人並みに操作できるようになってる…!)

初めてあの砲撃魔法を見たときから薄々感じていたことだが、今この時になってそれを確信することが出来た。
才能があるなんてものじゃない。この子は、間違いなく天才だ。

(……もしかして僕、とんでもない人の才能を目覚めさせちゃったんじゃ…)

何を今さら。と言いたくなる様な考えを巡らせるユーノ。
しかし天才とはいっても人の子。
弘法も筆の誤りである。

「……へくちっ!」

なのはが突然くしゃみをした。
おかげで集中力が途切れてしまったのか、若干安定し始めてきた光球がブルブルと震えだし、あらぬ方向へ飛んで行ってしまった。
コントロールを失った光球は、近くの木にぶつかり小さな爆発を起こす。

「あ」

「あ゛」

素っ頓狂な声を上げるユーノとなのは。
それもそのはず。
今ぶつかった木のすぐ側に、人影が見えたのだから。

「……朝から情熱的な挨拶だなオイ。そんなに俺が嫌いか?」

危うく顔面爆破されそうになったその人物は、冷や汗をたらしながらなのはへ歩み寄ってくる。

「ごごご、ゴメンなさいゴメンなさい!」

ぺこぺことその人物――銀時に頭を下げるなのは。
銀時は特に気にした様子もなく、無言でなのはの隣までやってくる。

「……神楽から聞いたぞ。散々な目に会ったらしーな」

「…………」

途端に気まずい雰囲気になる。
先日の事件も、秘密の特訓も、彼には全て筒抜けらしい。
しばし押し黙っていると、銀時はそばのベンチに腰かけぶっきらぼうに話し始めた。

「で、負けたのが悔しくて新必殺技の練習ってか。勤勉だねぇ。
 俺も『卍解!』とか『ヒテンミツルギスターイル!』とか使えるようになった方がいいんかね」

冗談交じりにそんなことを言ってくる。
……確かに、負けたことが悔しくないと言えば、それは嘘になる。
だが、それ以上に……。

「……みんなに、心配かけちゃったから…。私がもっと上手く魔法を使えたら、きっと心配かけずに済んだんだろうなって…」

誰にも心配をかけたくない。
誰にも迷惑をかけたくない。
でも、困っている人がいたら手を差し伸べてあげたい。
理想論だというのは分かっている。
だが、先日のあれは……。
心配をかけてしまった。
迷惑をかけてしまった。
挙句、最初から最後まで助けられっぱなしだった。
胸に秘めた想いを、何一つ遂げることが出来なかった。
そのことが、一番悔しかった。

「心配かけたくねーなら、さっさとこんなことやめちまえばいーじゃねーか」

不意に銀時がそんなことを言い出すが、なのはは声を荒げてそれを否定する。

「それはダメです!」

そうだ。
途中で投げ出すことなんて出来ない。
目の前で誰かが困っているのに、それを見捨てることなんて出来ない。
それに……。

「『侍は果たせない約束はしない』。そう教えてくれたのは、銀さんでしょう?」

じっと銀時の目を見据える。
決意に満ちた目。
信念の宿った目。
そんな彼女の姿が、銀時には昔の自分自身と重なって見えた。

――大切なものがあった。
――護りたいものがあった。
――救いたいものがあった。
――だが、戦いの果てに自分が得たものは……。

「……変なトコで意地張って、大怪我しても知らねーぞ俺ァ」

そうとだけ言い残し、銀時はその場から立ち去る。
なのはは何も言わずに、彼を見送った。
…その後姿からは、哀愁のような物を感じずにはいられなかった。



銀時がはやての家にやってきたのは、いいともが終わってしばらく経った頃だった。

「おーう。銀さんがやって来たよーっと」

と玄関をくぐり、居間へやってくる。

「…………」

しかし、誰一人として銀時に返事を返す者はいなかった。
定春は呑気に昼寝。
新八は茶をすすりながらテレビ観賞。
神楽ははやての本棚から借りてきた単行本を読みふけっている。
そしてはやては……銀時を一瞥した後、なぜかムスッとした表情をし、目を背けてしまった。

「あ、あれ? 何この雰囲気。小学校の時、めっちゃハイテンションで登校してきたら
 時間間違えてて朝礼中だったときの雰囲気に似てるんですけど」

「なげーよ!」

「銀ちゃん全然乙女心が分かってないね。そんなんだから天パなんだヨ」

「ンだとコラァァァ!! テメーに天パの苦しみが分かるかァァァ!!!」

蔑む様な目で銀時を見る神楽。
最大のコンプレックスに触れられてキレる銀時。
頼む、天パには触れないでやってくれ。

「ふーんだ。遅刻してくるような悪い子は、無視や無視!」

そんな彼らの様子を横目で窺っていたはやては、銀時に聞こえるようにわざと大きな声で独り言を言う。
どうやら徹底抗戦の構えのようだ。
一体何が彼女をここまでひねくれさせてしまったのか。
しかし銀時は悪びれる様子もなく、したり顔ではやてを見る。

「そーかそーか。折角いい話持ってきてやったのに、無視されてるんじゃァしょーがねーなァ」

そう言って机の上に何かを放り投げる。
長方形の、カラフルな紙だ。

「あ、これって……」

「……海鳴温泉のパンフネ」

「昨日電話があってな。なんか屋根の補修してほしーんだとよ。で、報酬代わりにタダで一泊させてくれるとさ」

タダ、という言葉に思わず身を乗り出す神楽。
興奮した様子で一気にまくし立てる。

「マジアルか銀ちゃん!? 三食温泉付きアルか!?」

「はっはっは。とーぜんだよ神楽くぅ〜ん。これからは俺のことを銀様と呼びたまへ」

腰に手を当て、得意げに威張り散らす銀時。
なんという大人気の無さ。
間違いなくこの男の頭の中は中学2年生。

「…………」

視線に気付き、横へ目をやると恨めしそうにはやてがこちらを見ていた。
銀時は口に手を当て、嫌味ったらしく笑う。

「おやおや、どーしちゃったのかな〜はやてちゃ〜ん。俺のことは無視するんじゃなかったの〜?」

「はやては家で留守番してるネ。良い子にしてたら、お土産に耳掻きくらいは買ってきてやるヨ」

なぜか便乗してくる神楽。
それに対し銀時は「いや耳掻きはあまりにもあんまりだろう。せめて木刀辺りにしてやれ」と返す。
神楽は「木刀なんて生産性の欠片も無いネ。あんなモン買うの、修学旅行で悪ノリした中学生くらいアル」と返した。

「……う…うぅ〜…」

そんな二人の様子を見て、はやては小さく唸り声を上げた。
無理も無い。
朝からいじられっぱなしでストレスが溜まっていたところに、この仕打ちだ。
いじけたくもなる。

「ぎ、銀ちゃんなんか大っ嫌いやー!」

目尻に涙を溜めながらそう叫び、そっぽを向いてしまった。
すっかり機嫌を損ねてしまったお姫様の姿を見て、新八は困ったような表情をする。

「あらら、怒らせちゃった」

「新八さんも何か言ったってや! あんなまるでダメな大人、初めて見たわ!」

両手で机を叩きながら言うはやて。
といっても、所詮は9歳の少女の腕力。
それほど派手な音はせず、ぱんぱんと可愛らしい音が響くだけだった。
それにしても、彼女がここまで怒るのはかなり珍しい。
さすがにやり過ぎだな。
そう思った新八は、どうどう、とはやてをなだめながら呟いた。

「はは……。ホント素直じゃないな、銀さんは」

「……え…?」

不意に聞こえた言葉に、はやては首を傾げる。
素直じゃない、とはどういうことだろうか。
そう思っていると、新八が笑いながらこう答えた。

「銀さんがお金にならない仕事引き受けるわけないでしょ?
 タダで泊めてもらうために、わざわざ直談判までしに行ってたんだよ」

「えと……それって……」

様々な思案が頭の中を巡る。
金にならない?
直談判?
一体何のことなのだろうか。
疑問に思うはやてだったが、次の新八の一言でようやく合点がいった。

「まぁ、一ヶ月記念ってトコかな。
 ……あ、僕が言ったってこと、銀さんに言わないでよ。一応秘密ってことになってるんだから」

内緒だよ、と顔の前で人差し指を立てる新八。
……つまり、そういうことなのだ。
今朝、彼の姿が見当たらなかったのは、旅館まで行って泊めてもらう交渉をしていたから。
今こうして彼が意地悪なことをしているのは、ただ単に彼がシャイなだけだから。
本当は、自分のことを喜ばせようとしての行動だったのだ。

「…………」

だというのに。
何も知らない自分は、勢いに任せてあんなことを言ってしまった。
いや、まああんなに意地の悪いことをされて、怒らない人間の方が少ないとは思うが。
だがそれでも、ほんの少しだけ胸に灯った罪悪感は拭えそうに無かった。

「あの……銀ちゃん」

いそいそと車椅子を動かし、銀時のすぐ側まで行く。

「あ?」

「……ゴメン」

ぶっきらぼうに返事をする銀時に対し、はやては蚊の鳴くような声でそう言った。
するとそれを聞いた銀時は、いやーな笑顔をして一言。

「おやおや、現金な子だねー」

「やっぱり温泉の誘惑には勝てないアルね」

「……銀ちゃんのアホー!」

はやてはそう叫んで、側にあったクッションを銀時に投げつけた。



「……あの…銀さん」

そして一泊二日の温泉旅行当日。
銀時の愛車にまたがっていた新八が、突然言った。

「なんだ、新八」

「周りの視線が痛いです」

そう言って後ろに目をやる。
郊外の山道を走る、原付に乗った二人組。
そしてそのすぐ後ろについて走る巨大犬と、それに乗った二人の少女。
どう見ても場違いである。
凄まじい違和感である。

「痛いってお前、俺達以外に殆ど車通ってねーじゃねーか」

「いや、だからこそ逆に視線をストレートに感じるんですけど」

そう、確かにこの山道に入ってから、殆ど車とはすれ違っていない。
だからこそ、たまにすれ違う車のドライバーが、まるで天然記念物でも見たかのような顔をしてくるのがとても気になった。
刺すような視線で、新八の身体は既に蜂の巣だ。

「やっぱ移動手段に原チャリと定春使うのはマズいですって。
 なんか凄いアンバランスですよ。レンタカーぐらい使いましょうよ」

ため息をつきながらそんなことを言うが、銀時は呆れた様子で言い返す。

「オイオイ、何言ってんだよ。アニメのオープニングでハイウェイ走ってたじゃねーか」

第一、車借りる金なんてねーよ。と付け足す。
だが新八は納得できなかったようだ。

「あれはオープニングだから映えるんですよ! 温泉旅行でこの図はねーよ!!」

大声で叫ぶ新八。
相変わらず騒がしい男衆である。
そんな彼らとは対照的に、定春に乗った女衆の場は平和そのものだった。

「温泉温泉〜♪ 神楽ちゃん、一緒に入ろうな〜♪」

先日とはうって変わって、非常にご機嫌なはやて。
なんやかんや言って、やはり旅行が楽しみだったようだ。
心地よい風を感じつつ、4人と1匹は一路、温泉旅館を目指して山道を登っていった。

この日、偶然にも高町家とその友人達も同じ旅館へ旅行に行っていたのだが、
彼らには知る由も無かった。