なの魂(旧版)

「……八っつぁんよぉ。コイツをどう思う?」

旅館に着いて、仕事内容が書かれた紙を受け取って。
部屋に荷物を置き、屋根の上に登った銀時はそこで初めて仕事の書かれた紙を開く。
そして開口一番に出た言葉がそれであった。

「すごく……広大です」

顔に陰を落としながら新八は呟いた。
今回の仕事内容は、こうだ。
『最近雨漏りが激しいので、破損箇所を発見・修復して欲しい』。
要するに、雨漏りはするがどこから雨が漏れているのか分からないのである。
加えてここは由緒正しき和風の旅館。
つまり瓦張りの屋根なので、わざわざ剥がして確認していかなければならないのだ。
銀時の持っている紙には『大体この辺』と大きな丸が描かれていたが、あまりにもアバウトすぎる。
……というより、どう見ても屋根一枚全部囲まれている。

「あンの野郎ォォォ!! 妙にすんなり話が通ったと思ったらこーいうことかァァァ!!!」

「どーすんですかコレ。一枚一枚剥がして確かめてたら日が暮れますよ」

用紙を粉々に破り捨てる銀時を尻目に、新八は頭を抑えながらため息をついた。
まあ一時間もあれば終わるだろうとタカをくくっていたので、はやてを部屋に待たせっぱなしにしているのだ。
……まあ、どうするもこうするもないか。
そう思い、早速道具を手に瓦を剥がし始めようとする。

――ベキン。

……何かが砕けるような音がした。
恐る恐る音のした方を見ると、神楽が勢いよく屋根に金槌を振り下ろしている真っ最中だった。

「オイオイオイィィィ!!! 何してんの神楽ちゃんんんんん!!!」

大慌てで金槌を持つ手を掴む新八。
しかし神楽は、しれっとこんなことを言ってのける。

「破壊と創造は表裏一体ネ。いっぺん全部ぶっ壊して作り直した方がきっと早いヨ」

「オメーは部屋ではやてと遊んでろォォォ!! 銀さんからのお願い!!」

銀時の悲痛な願いが、青空に響き渡った。



なの魂 〜第七幕 デパートで売ってるカブトの幼虫ってアレさなぎになっちゃったらどうすんの?〜



「……?」

一方こちらは、極々普通の旅行を楽しみにきたなのは達。
旅館に着いて早々、温泉へ向かっている途中だ。
どこかで聞いたことがあるような男の声を聞き、なのはは後ろを振り向いた。
しかし、視線の先にいるのはアリサとすずかのみ。
男の姿などはどこにもなかった。

(なのは。今日はせっかくの旅行なんだから、ちゃんと休まないと駄目だよ)

(あ……う、うん。分かってるよ〜)

彼女の身を案じたユーノが念話で話しかけてくるが、なのはは当たり障りの無い返事をする。
先程聞こえた気がする男の声は、それっきり聞こえてこない。
そうだ。まさか万年グータラ男の彼が、こんなところまで来ているはずがない。
何しろ貧乏だし。

(気のせい……だよね?)

そんなことを思いながら、再び後ろを振り向く。
温泉に入れるということで無駄にハイテンションなアリサを見て、すずかが困ったような笑顔を見せていた。

(ねぇ、ユーノくんは温泉入ったことある?)

そういえば、向こうの世界にも温泉はあるのだろうか?
ふとそんな疑問を抱いたなのはは、ユーノに念話で問いかけてみる。

(え? あー……うん。公衆浴場なら何度か……)

(えへへー。温泉はいいよー)

年相応の笑みを見せながらなのはは言う。
ユーノは顔を赤くして、なのはから顔を背けた。
彼女の笑顔に一瞬見惚れてしまった気恥ずかしさもあるが、それよりも
自分が現在置かれている立場を思い出したからだ。

(……あー……その、なのは。僕やっぱり、士郎さんや恭也さんと同じ男湯の方に…)

(えー、いいじゃないー。一緒に入ろうよー)

そう。
彼は今まさに、『女湯』に連れて行かれようとしているのだ。
ちなみに彼の性別は『オトコ』である。
『お琴』ではない。『男』である。

(いや、その、そーいうわけにも……)

全国のロリコン共が泣いて喜びそうなシチュエーションだが、一応彼にも良心はあったらしい。
なんとか隙を見て男湯の方へ向かおうと試みるが……。

「よーし、ユーノ! アンタはアタシが洗ってあげるからね」

と、アリサにがっしりと首根っこを掴まれてしまった。
もはや脱出不可能。袋のネズミ……もとい、フェレットだ。

(……さよなら僕の貞操…)

荷馬車に乗った子牛のような心境で、ユーノは一人黙祷した。



「なんか冒険してるみたいで、ワクワクしてくるな〜」

定春の上で木漏れ日を浴びながら、はやては言った。
いつまでも部屋に篭っていてもつまらないから、と神楽に森林散策に連れ出されたのだ。
当の神楽はというと、はやての前に座って辺りをキョロキョロ見回している。
少し調子に乗って、奥の方まで来すぎてしまった。
さすがに熊は出ないだろうが、妙な生き物は出るかもしれない。

「気をつけるアル。油断してると、こないだみたいなモンスターとエンカウントするネ」

「う……そ、それはちょっと勘弁願いたいなぁ…」

不安そうな表情をし、神楽の服の裾をぎゅっと握りながら辺りを見回す。
なんというか、非常に挙動不審である。

「ん……?」

突然はやてが動きを止めた。
うっそうと生い茂る木々。
その向こう側を、じっと見つめる。

「ん?」

神楽もそれに倣い、同じ方向を見つめる。
きっかり3秒。
その不審な『モノ』を見つめていた彼女らは、出来る限り自然に目を背けた。
……辺りを重苦しい空気が包み込む。
沈黙に耐え切れなくなったはやてが、遠慮がちに口を開いた。

「……神楽ちゃん、今なんか体中にハチミツ塗りたくってる人おった気が…」

言ったあとで後悔する。
いや、いくらなんでもそれはないだろう。と。
これでは頭の可哀相な子ではないか。
この世界のどこに、こんな森の奥で、フンドシ一丁で、体中にハチミツ塗りたくる人間がいるというのだ?
ああそうか。私、ちょっと疲れてるんやな。
せやから、あんな幻覚を……。

「妖精ネ、妖精。樹液の妖精ヨ。ああして樹液の平和を守ってるネ」

……どうやら幻覚ではなかったらしい。
さも当たり前のように、至極当然のように神楽がそう返してきたのだ。
しかし、そうなるとますます意味が分からなくなる。
さっきの人は一体?

「樹液守ってるって何の意味が……」

そう呟き、ふと視線を横へ向ける。
……そして、即座に目を逸らした。

「…………」

見なきゃよかった。
はやては本気でそう思った。
彼女の視線の先では、割と二枚目な、ちょっと瞳孔開き気味なお兄さんが大木にマヨネーズを塗りたくっていたのだ。
しかも、そのお兄さんの足元には空になったマヨネーズの容器が大量に散乱していた。
……一体どれだけマヨネーズが好きなんだ。

「神楽ちゃん、やっぱ帰ろ。この森怖い」

ほとんど泣きそうな顔で神楽に懇願する。
しかし神楽は先程と同じように、まるでコレが普通とでも言わんばかりの口調でこう言った。

「気にする必要ないネ。今のは妖怪魔妖根衛図(まよねいず)ネ。ああして縄張りにマーキングしてるアルよ」

「……いや、その…明らかに見たことある人やってんけど…」

そう呟いたところで、彼女らのすぐ近くから枯れ枝が折れるような音が聞こえてきた。
誰かがこちらへ向かっているのだ。
身の危険を感じたはやては、すぐにどこかに隠れるように神楽に頼み込む。
神楽は仕方なさそうに、定春を側の大きな茂みへ行くように促した。



神楽達が身を隠した茂みのすぐ先。
そこには、黒いスーツっぽいものを着た男達がいた。

「おーい、そっちはどうでィ?」

そう言って森の奥にいる仲間――監察方の山崎に声をかけたのは沖田だ。
沖田に呼ばれた山崎は、小走りで彼の元へとやってくる。

「駄目です。全然見つかりません……っていうか沖田隊長。その格好は…」

そう言ってカブトムシでも見るかのような目で沖田を見る山崎。
というか、カブトムシである。
沖田がカブトムシの着ぐるみを着ているのだ。

「見たら分かるだろィ」

「いや、分かりませんって」

至極真面目に答える沖田なのだが、真選組最後の良心である山崎には全く理解不能であった。
いや、だって。
着ぐるみだよ?
カブトムシの。
そんなことを考えていると、沖田が「やれやれでさァ」と呟いた後、得意げに説明を行い始めた。

「仲間のフリして奴らに接触する作戦でィ。これで瑠璃丸もあっという間に確保でさァ」

「そんなバカみてーな作戦に引っかかるのはお前くらいだ」

突然山崎の後ろから声が聞こえてくる。
先程まで大木にマヨネーズを塗り続けていた、瞳孔開き気味の兄ちゃん――土方だ。
土方は沖田を一瞥した後、内ポケットから煙草を取り出す。
そんな土方を蔑むような目で見ながら沖田は言い返す。

「土方さん。マヨネーズでカブトムシ取ろうとするのはバカじゃないんですか?」

その言葉を聞き、土方は腰の刀に手をかけた。
沖田もいつの間にか用意したバズーカを肩に担ぐ。
まさに一触即発。
その折、二人の間に割って入るように大きな声が聞こえてきた。

「トシ。お前まだマヨネーズで取ろうとしてたのか。無理だといっただろう。ハニー大作戦で行こう」

フンドシ一丁、全身ハチミツまみれの近藤がやってきたのだ。
……いや、近藤だけではない。
彼の後ろにいる10人近い隊士達もまた、近藤と同じような格好をしていた。

「……オイみんな。別に局長の言ったことでも嫌なことは嫌と言っていいんだぞ」

呆れ顔で隊士達に声をかける土方。
だが隊士の一人が、少し困惑した様子でこう返した。

「いや、でもハニー大作戦なんで」

「いやだからなんで身体に塗るんだよ」

頭を抱える土方。
バカだ。コイツらバカだ。
そんなことを思いながら煙草に火をつけ、呟く。

「……大体、こんなだだっ広い森の中で虫一匹探すなんざ無茶だぜ」

煙草をくゆらせながら言う土方に、近藤は腕を組みながら返す。

「無茶でもやるしかあるまい。瑠璃丸は価値にすれば国宝級のカブトムシ……一刻も早く見つけ、将軍様の元へ返さねば」

そう、今回の真選組の任務はテロリストの撲滅でもなく、麻薬密輸の摘発でもなく
将軍の愛玩ペット――カブトムシの瑠璃丸の捜索なのだ。
特殊部隊が何やってんの。とか言われそうだが、普段から便利屋扱いされているので仕方ない。

「瑠璃丸は陽の下で見れば、黄金色に輝く生きた宝石のような出で立ちをしているらしいが……パッと見では見分けがつかんらしい」

「要するに、日没までが勝負ってことか……」

煙を吐きながら土方は呟く。
既に正午を過ぎて、結構な時間が経っている。
残された時間は少ないようだ。

「土方さん。やっぱここは『なりきりウォーズエピソードV』でいきやしょーや」

「いや、『マヨネーズ決死行』で行こう」

「いや、『傷だらけのハニー湯煙殺人事件』で行こう」

無駄に凝った作戦名を提案する三人。
そのまま彼らは、森の奥へと行ってしまった。



「カブト狩りじゃァァァァァ!!!」

目に欲望という名の炎を宿しながら、神楽はそう叫んだ。

「あ、あの神楽ちゃん、何を……」

そのあまりの気迫に圧倒されるはやて。
無理もない。
何故なら神楽は、金と食い物に貪欲だから。

「アイツらより先にロリ丸捕まえてやるネ! よく分かんないけど、将軍絡みならそれなりの分け前が期待できるネ!」

「神楽ちゃん、ロリ丸やのーて瑠璃丸な。ロリやったら私らのことになってまう」

脂汗をかきながら訂正するはやて。
すると突然神楽がなりを潜め、困ったような顔でこちらを向いてきた。

「ところではやて。カブトムシってどうやって捕るアルか?」

――知らんのに張り切っとったんかい。
そうツッコミたくなるが我慢する。
というのも、自分もあまり虫の捕り方などは知らないからだ。

「う〜ん、私もよー知らんけど……こういうデッカイ木を揺さぶったら、落ちてくることがあるって話は聞いたことあるなぁ」

「マジアルか。ちょっと試してみるネ」

はやてがすぐ側の大木を指差すと、神楽は嬉々として定春から降り、その大木の前へ立った。
そしてバッターボックスに立った野球選手のように番傘を構え……。

「カーブト……折りじゃァァァァァ!!!」

「どんだけェェェェェ!!?」

へし折った。
もう一度言う。
『揺さぶった』のではない。『へし折った』のだ。
あまりにもあんまりな神楽の行動に、はやては驚愕の声を上げる。
いや、強いとは聞いていたが。
まさか一撃でこの巨木をへし折るとは。
まるで未知の生命体でも見るかのような目で神楽を見るはやて。

「おーいポリ丸やーい」

木の枝を掻き分けてカブトムシを探す神楽。
といっても、これだけ派手なことをやらかせばカブトムシも逃げ出すだろう。

「……神楽ちゃん、ポリ丸やのーて瑠璃丸な」

そう訂正した矢先、神楽が妙な物を発見した。

「ん……?」

黒い……布?
いや、違う。これは服だ。
巨木から広がる枝の間から、黒い服と白い肌が見え隠れしていたのだ。
誰か木の上に乗っていたのだろうか?
気になった神楽は、その謎の人物へ顔を近づけた。

「いたた……」

長い金髪の髪を持った少女がいた。
ゴシック系の黒い服に身を包んだ少女は、何が起こったのか分からない、と言いたげな表情で痛そうに腰に手を当てている。
そしてふと顔を上げ……。

「あ」

「あ゛」

神楽と目が合った。
二人は時間が止まったかのような錯覚に陥る。
マズい。非常にマズい。
金髪の少女――フェイトの心の警鐘が激しく音を立てた。

「……え? 何々? ホンマもんの妖精さん?」

いまいち状況が掴めないはやてが、後ろから覗き込みながら声をかけてくる。
それを合図に、神楽はフェイトに飛び掛った。

「てンめェェェ!! ここで会ったが百年目アル! 覚悟しろコラァァァ!!!」

「ま、まだ一週間も経ってません!」

立ち上がり踵を返すフェイト。
前回本気で死にそうな目に会ったのが、結構トラウマになっているらしい。
そんな彼女を、神楽は番傘を構え容赦なく追いかける。

「カブト割りじゃァァァァァ!!!」

土下座させるんじゃなかったのか? という天の声が聞こえた気がしたが、そんなもん知ったことか。
二人は凄まじい勢いで森の奥へ消え、残されたはやては呆然と定春の上に座り込んでいた。

「……行ってもうた…」

一体何だったんだ?
そう思っていると、ブーンという羽音とともに、何かが定春の頭の上に降りてきた。

「……ん?」

視線を落とす。
……カブトムシだ。
いや、ただのカブトムシではない。
パッと見は普通だが、木漏れ日に当たった甲殻が美しい黄金色に輝いていた。

「……これって、もしかして…」

先程の真選組の会話を思い出す。
国宝級のカブトムシ。
将軍。
日没までが勝負。

「……定春、さっきの人らのとこに連れてってもらえへんかな?」

しばし黙考した後、はやてはカブトムシを引き渡すべく真選組の所へ向かったのであった。



精神リンク、というのものがある。
使い魔とその主は潜在的に精神が繋がっており、特に使い魔は主人の気分・感情を機敏に察知することが出来るのだ。
そしてそれは、アルフも例外ではなかった。

(……な、何? 今の悪寒……)

普段の狼型ではなく、人型となっていた彼女は突然襲い掛かってきた寒気に身を震わせる。
原因はもちろんフェイトがトラウマに出会ってしまったからなのだが、精神リンクだけではそこまで詳しい状況は分からない。
とりあえずマズい。何かマズい。
断片的に分かるのは、そんなことだけだ。
とりあえず念話でも飛ばしてみようかと思ったが、まあうちのご主人様なら大丈夫だろう。と思い直す。
いや、ひとっ風呂浴びたかったから。とかそんな疚しい理由ではなく。

「温泉、気持ちよかったねー」

「ねぇねぇ、この後卓球しない?」

「んー。アタシは、ちょっとお土産が見たいかなー」

前方から声が聞こえてきた。
フェイトと同じくらいの年頃の、三人の女の子。

(……あの子は…)

その三人組の、真ん中に立っていた女の子を注視する。
見たことはない。
しかし、フェイトから話は聞いていた。
フェレットのような生き物を連れた、同い年くらいの魔導師。
……挨拶だけでもしておくか。
そう思い立ち、彼女は少女――なのはの前へ歩み寄った。

「は〜い! おちびちゃん達!」

「……?」

突然知らない女の人に声をかけられ、きょとんとするなのは達。
しかしアルフはそんなことはお構いなしに、なのはの顔を覗き込む。

「ふんふんふん……君かね。ウチの子をアレしてくれちゃってるのは」

「え、え……?」

「あんま賢そうでも強そうでもないし……ただのガキンチョに見えるんだけどな」

困惑するなのはに、好き放題に捲くし立てる。
さすがに友人がここまで言われて、黙っているわけにはいかない。
アリサが二人の間に割って入った。

「……なのは、お知り合い?」

「う、ううん……」

なのはは怯えた様子で首を横に振る。
アリサはアルフを睨みつけ、語気を強めながら言う。

「この子、貴女を知らないそうですが! どちらさまですか!?」

「…………」

だが、アルフはアリサのことを歯牙にもかけない様子で一瞥した。
そしてもう一度、なのはを値踏みするような目で見る。
……ま、ここで面倒事起こしても仕様もないか。

「ごめんごめん! 人違いだったかなー? 知ってる子によく似てたからさー」

悪びれた様子もなく、笑いながら両手をひらひらさせる。
アリサはそんな飄々とした態度にご立腹の様子だったが、なのははほっとしたように胸を撫で下ろした。

「あ……なんだ。そうだったんですか」

「あははは! 可愛いフェレットだねぇ〜」

笑いながらなのはの肩に乗っていたユーノの頭を撫でる。
良かった。悪い人じゃないみたい。
なのはがそう思ったその時、突然彼女とユーノの頭の中に声が響き渡った。

(……今のところは、挨拶だけね)

(……!)

(な……ッ!?)

二人は驚いた表情で目の前の女性を見た。
女性は笑っていた。
今までのような友好的な笑みではなく、何かを企んでいる様な笑顔。

(忠告しとくね。子供はいい子にして、お家で遊んでなさいね。おイタが過ぎるとガブッといくわよ…)

「あ……」

忠告終了。
後はどうなっても知らないぞーっと。

「さーて、もうひとっ風呂いってこよーっと」

そんな独り言を残しながらその場を後にするアルフ。
後ろから先程自分達の間に割って入ってきた女の子の喚き声が聞こえてきたが、
アルフはそれを軽く受け流し、温泉へと向かった。



「チッ……逃げ足だけは速いアルな」

茂みを掻き分け、舌打ちをしながら神楽はそう呟いた。
獲物を逃して大変ご立腹な様子である。

「あ、神楽ちゃんー!」

声が聞こえた。
顔を上げると、視界の奥から定春に乗ったはやてがこちらへ向かってくるのが見えた。
まるでサンタクロースが持っていそうな巨大な袋を抱え、嬉しそうな笑みをこぼしている。

「……? どうしたアルか、はやて。その袋」

定春の上に横座りに乗りながら神楽は聞く。
するとはやては、待ってましたと言わんばかりに袋を開けながら喋りだす。

「えへへ〜。神楽ちゃんがおらん間に、カブトムシ見つけてな〜。
 さっきの人らに渡してあげたら、お礼にって貰ってん」

袋の中には色とりどりのお菓子が詰められていた。
あのチンピラ警察共にしては、中々気の利いたことをする。
だが神楽は、まるでクラスでただ一人赤点を取った学生を見るかのような目ではやてを見、ため息をついた。

「……バカアルな〜、はやて。そーいうときはゲンナマを要求するのが一番賢いネ」

そう言って右手の親指と人差し指で円を作ってみせる。
はやてはそれを見て乾いた笑いを出す。
そして人差し指を唇に押し当てながらポツリと呟いた。

「んー……でも、私はお金のためにやったわけやないし…」

それを聞いて神楽は、いきなり声を荒げてはやてを諭しだす。

「そんな奇麗事ばっかりじゃ世の中渡っていけないネ! 最後にモノを言うのは金アル!」

「そ、そーいうもんなん?」

その迫力に押され、思わず後ずさりしそうになるはやて。
神楽はうんうんと首を縦に振った後、感慨深げにこう言った。

「そーいうもんヨ。よかったネ、コレでまた一つ大人になれたアルよ」

「……なりたくないなぁ、大人…」

はぁ、とため息をつきながらそんなことを呟くはやてなのであった。



(あ〜、もしもしフェイト? こちらアルフ)

呑気に温泉に浸かりながら念話を飛ばすアルフ。
程なくして、フェイトからの応答が返ってくる。

(な……何……?)

念話なのに、何故か息切れしたような声が返ってくる。

(……どしたの? エラい疲れてるみたいだけど…)

(ち…ちょっと、ね……そっちこそ、どうしたの?)

不審に思うアルフだったが、上手い具合に話をはぐらかされてしまった。
まあいいか。先にこっちの用件を済ませよう。

(ちょっと見てきたよ、例の白い子)

(そう……どうだった?)

僅かに興味の篭った声で聞き返される。
少しだけもったいぶる様な素振りをし、アルフは答えた。

(ん〜……まあ、どってこたないねぇ。フェイトの敵じゃないよ)

(……そう。こっちも少し進展。次のジュエルシードの位置が、大分特定できたみたい。
 今夜には捕獲できると思う)

ほんの少し、熱の篭った声。
逸る気持ちを抑えているのだろう。
その言葉を聞いて、アルフは急にテンションを上げる。

(う〜ん! ナイスだよ、フェイト! さすがあたしのご主人様!)

しかしフェイトは、そんな彼女とは対照的に殆ど声の調子を変えずに話す。

(……うん。ありがとう、アルフ。夜にまた落ち合おう)

(は〜い)

そう言って交信を終了させる。
さて、それじゃあ夜までくつろがせてもらうとしますか。
そう思いながら、再び温泉を満喫するアルフなのであった。

余談だが、長湯しすぎて上気せかけたのはここだけの話である。



「……終わった…」

屋根の上で大の字になりながら新八は呟いた。
隣では同じように銀時が大の字になって寝転がっていた
視界に広がる大空は、既に真っ赤に染まっている。
昼前から始めた屋根の修理は、今この時をもってようやく終了した。

「結局一日中屋根の修理してただけじゃねーかチクショー。
 こーなったら残りの時間は限界まで満喫してやらァ! もう身体中の皮がズルッズルになるまで温泉に浸かり続けて…」

叫びながら身体を起こす銀時。
だが、目の前の光景を見て彼は言葉を失った。
しばらくの間、呆然とその光景を見続ける。

「銀ちゃーん!」

屋根の下から声がした。
身を乗り出し見下ろしてみると、なにやら巨大な袋を持ったはやてと神楽、そして定春がこちらを見上げているのが見えた。

「今帰ったよ〜」

元気一杯に手を振りながら言うはやて。
その横では神楽が酢昆布をしゃぶりながら、何故か口を尖らせていた。

「はやてのせいで、今月もまた家賃滞納アル」

「あぅ」

先程のカブトムシの件をまだ引きずっているらしい。
本当にがめつい女である。
というか、家賃滞納の主な原因は自分自身にあるということを、いい加減自覚してもらいたいものである。

「いいトコに帰ってきたな。お前らもちょっとこっち来い」

銀時は彼女らに、屋根の上へ来るように促した。



「うわぁ……!」

目の前の光景を目の当たりにし、はやては詠嘆の声を上げた。
小高くそびえる山と山。
その間から、夕日が淡く優しい光を放っていた。
まるで世界を包み込むかのような、柔らかな光。

「絶景アルなー」

「映画のワンシーンみたいですね……」

神楽と新八も、思い思いの観想を口にする。

「……綺麗やなぁ…」

ありふれた言葉。
だが、他に思い浮かぶ言葉は何も見当たらなかった。
きっとどんな美辞麗句も、この夕日の前では霞んでしまうだろう。

「なかなかオツなもんだろ。こーいうのも」

同じ風景を見ながら銀時は言う。
いつも無気力で、子供のようなことばかりする彼。
夕日を浴びた彼の横顔は、いつもより、ほんの少しだけ、『大人の男』の顔に見えた。

「……今日はありがとうな、銀ちゃん」

「…………」

微笑みながらそんな言葉をかける。
銀時は微動だにせずに夕日を眺めていた。

「……もしかして、照れてる?」

先日のお返しと言わんばかりに含み笑いをしながらそんなことを言うと、銀時が何も言わずに頭に手を乗せてきた。
……ほんのちょっとだけ、胸の鼓動が高鳴ったような気がした。
顔が赤いのは、きっと夕日のせいだ。

……と、桃色妄想を爆裂させているはやてには悪いのだが、この男にそんなデリカシーなどあるはずもなく。
銀時は乗せた手で、そのままはやての髪の毛をわっしゃわっしゃと掻き乱した。

「あぅ〜!」

急に現実に引き戻されて、はやては情けない声を上げる。
さらば幻想。こんにちわ現実。

「新八ィ! 酒持って来い、あとオロナミンC! このまま月見と洒落込むぞ!」

「ちょっとちょっと、僕使いっぱしりですか?」

前を見ながら大声を上げる銀時を見て、新八は笑いながら腰を上げた。
しかしここで空気の読めない神楽が、新八の台詞を鵜呑みにした発言をしてしまう。

「オメーはそれしか取り得ねーんだから、さっさと持ってくるヨロシ」

「んだとコラァァァ!! ツッコミもあるぞォォォォォ!!」

怒声を上げて臨戦態勢をとる。
一触即発、剣抜弩張、空知英秋。いや、これは原作者だ。
とにかく、そんな状態である。
背中から聞こえてくる騒ぎ声に、ようやく銀時は後ろを振り向いた。

「こーゆー一日の終わりに飲む酒が一番美味いんだよ。いいから早く持って来い」

夕日のせいか、それとも別の理由か。
彼の顔は、ほんの少しだけ赤みがかっているように見えた。