なの魂(旧版)

日が沈み、満月が夜空の頂上に輝いた頃。
普段よりも早く床に就いていたなのはは、モゾモゾと布団の中から顔を出し辺りを見回した。
両脇ではアリサとすずかが、スヤスヤと寝息を立てながら眠っている。

(……ユーノ君、起きてる?)

アリサにがっしりと抱きかかえられているユーノに念話を飛ばしてみる。
少しの間をおいた後、微妙に眠そうな声が返ってきた。

(ん……うん)

(昼間の人、こないだの子の関係者かな)

温泉帰りに出会った、あの女性のことを思い出す。
自分が魔導師だということを知っているのは、万事屋の三人を除けば先日の金髪の少女のみ。
だが、あの女性はとても銀時達の知り合いには見えなかった。

(たぶんね)

ユーノも同じことを考えていたらしく、相槌を打つ。

(また、こないだみたいな事になっちゃうのかな)

消沈した様子で話すなのは。
ユーノはしばらく黙考し、遠慮がちに話し始める。

(……なのは、あのね。あれから僕考えたんだけど、やっぱりここからは僕が……)

そこまで言った、その時だ。
突然なのはから怒気のこもった声が聞こえた。

(ストップ! そこから先言ったら……怒るよ!
 『ここからは僕が一人でやるよ、これ以上なのはを巻き込めないから』とか言うつもりだったでしょ?)

(……うん)

図星を指され、ただ黙るしかないユーノ。
――最初は、ただの手伝いのつもりだった。
でも、今はもう違う。
なのははそのまま、ゆっくりと言葉を続ける。

(私が、自分でやりたいと思ってやってる事だから。……私を置いて一人でやりたいなんて言ったら、怒るよ)

(……うん)

しばし静寂が訪れる。
木々のざわめく音と、虫の音だけが静かに響く。
……異変に気付いたのは、その時だ。

(…………!)

妙な耳鳴りと同時に、締め付けるような圧迫感に駆られた。
これまでも幾度か経験してきた、あの感覚。
なのはは両脇の二人がよく眠っていることを確認し、音を忍ばせ布団から這い出た。



なの魂 〜第八幕 目標は高いに越したことはないが高過ぎると途中で挫折する〜



「へくちっ!」

「はやて、大丈夫アルか?」

突然大きなくしゃみをするはやて。
さすがにこの寒空の下、上着も着ずに月見をするのは無理があったか。
新八が上着を持ってこようとすると、銀時がすっと立ち上がり言った。

「そろそろ戻るか。明日は朝一番にはここ出るからな」

寝坊した奴は置いていくぞ。と付け足し、ふとはやてに目をやる。

「……っ」

はやては胸に手を当て、身を縮こまらせていた。
寒いから?
いや、それにしては様子がおかしい。
彼女の顔から、僅かに不安げな表情が読み取れたからだ。

「? どした?」

不審に思い尋ねる銀時。
はやては困惑した様子で答えた。

「あ……うん。今、なんか急に胸騒ぎが…」

その時だ。
一瞬、辺りが眩い光に包まれた。
驚き、四人は光が発せられたと思わしき方向を見る。
――森の奥。
そこから一筋の光柱が立ち上り……そして消えた。
後に残されたのは、静寂だけだった。

「何アルか? 今の」

「花火……じゃないですよね」

呆然と光が立ち上った方を見る神楽と新八、そしてはやて。
だが銀時だけは、訝しげにその方角を見ていた。

「……新八、神楽、はやて。悪ぃが先に部屋に戻っててくれ」

そう呟き、さっさと屋根を降りようとする銀時。
腰の木刀に手を掛け、満月を掲げたその後ろ姿からは、いつもの無気力さは微塵も感じなかった。

「どうやら、仕事が一つ増えちまったらしい」



「しかしすごいねぇ、こりゃ。これがロストロギアのパワーってやつ?」

森の奥の小さな川に掛けられた端。
その手すりに腰掛け、アルフは言う。
眼下の川からは、眩く巨大な光が放たれていた。

「随分不完全で、不安定な状態だけどね」

すぐ側でフェイトが言った。
すでにバリアジャケットを装備しており、いつでも行動を起こせる状態だ。

「あんたのお母さんは、なんであんなもの欲しがるんだろうね?」

「……さあ。わからないけど、理由は関係ないよ。母さんが欲しがってるんだから、手に入れないと」

そう。
あの人が……母さんが喜んでくれるのなら、私は何だってする。
……その為に、人を傷つけることになったとしても…。

「封印するよ、アルフ。サポートして」



「……遅かったか…!」

なのは達が駆けつけたその時には、すでにジュエルシードの封印は完了していた。
またしても後れを取ってしまった。
その事に歯噛みするユーノ。

「…………」

「あーらあらあら。子供はいい子でって言わなかったっけか?」

長い金色の髪と漆黒の魔導衣を風になびかせ、フェイトがゆっくりとこちらを向き
彼女の傍らにいたアルフは、ニヤリと笑ってそう言った。

「それを…ジュエルシードを、どうする気だ!?」

叫ぶユーノ。
しかしアルフは彼を一瞥した後、鼻で笑ってこう答える。

「さぁねぇ。答える理由が見当たらないよ。それにさぁ、アタシ親切に言ったよね?
 いい子でいないとガブッといくよって!」

直後、彼女の周りを淡い緋色の光が包み込んだ。
始めこそ人の形をしていた光。
それは徐々に形を変え、やがて獰猛な獣を思わせるシルエットへ変わる。

「フェイト、先に帰ってて。すぐ追いつくからさ!」

声と共に緋色の光が弾けた。
その中から姿を現したのは、大型の狼へと姿を変貌させたアルフだった。
言うが早いか、彼女はなのはに向かって飛び掛った。
だがユーノが防御魔法を展開することで、その強襲は失敗に終わる。

「なのは! あの子をお願い!」

「させるとでも……思ってるの!?」

障壁を叩き割ろうと試みるアルフ。
しかし、思った以上に強固なその障壁に、彼女は内心で舌打ちをした。
そしてこの直後、彼女は相手の力量を過小評価していたことに後悔する。

「させてみせるさ!」

ユーノの足元に展開される魔方陣。
それを見てアルフは大きく目を見開く。
見覚えのある紋様。
これは……。

「移動魔法……まずッ!?」

とっさに離れようとするが、既に遅かった。
ユーノとアルフは淡い緑色の光に包まれ、次の瞬間にはその場から姿を消していた。

「強制転移魔法……いい使い魔を持っている」

魔力光の残照を見、フェイトは呟く。

「……ユーノ君は、使い魔ってやつじゃないよ。私の、大切な友達」

なのはは一歩前へ踏み出し、そう言う。
その後、二人は動こうとしなかった。
川のせせらぎだけが、静かに響き渡る。
しばらくの沈黙の後、最初に口を開いたのはフェイトだった。

「……で、どうするの?」

「……話し合いで何とかできるって事、ない?」

なのはの問いに、フェイトは首を横に振る。
その表情からは、どこか憂いのようなものが感じられた。

「私は、ジュエルシードを集めなければならない。そして、あなたも同じ目的なら……
 私達はジュエルシードを賭けて戦う敵同士って事になる」

バルディッシュをなのはへ向ける。
明確な敵意を持った行動。
いつ攻撃が行われてもおかしくない。
そういう状況だ。

「だから! そういう事を簡単に決め付けない為に、話し合いって必要なんだと思う!」

だがしかし、なのはは臆することなく叫ぶ。
誰にも心配をかけない。
そして、誰にも迷惑をかけない。
そう決めた。
それは何も、自分の知人達に限ったことではない。
目の前にいる、同い年くらいの少女。
もし彼女に大怪我でもさせてしまったら、きっと彼女の家族は心配するだろう。
彼女自身にも、迷惑をかけてしまうことになる。
それは絶対に避けたかった。
そして何よりも……彼女が、あんなに悲しそうな目をしている理由。
それが知りたかった。
しかし……。

「……話し合うだけじゃ、言葉だけじゃ、きっと何も変わらない…………伝わらない!!」

「でも、だからって!!」

悠長な会話を続けることが出来たのは、そこまでだった。
眼前からフェイトの姿が消えた。
数瞬遅れて、背後から機械の稼動音が聞こえてきた。

「……賭けて。それぞれのジュエルシードを、一つずつ……!」

振り向くとそこには、大鎌を構えたフェイトが立っていた。

「…!」

とっさに距離を取ろうとする。
だが身体が動くより先に、なのはの前後左右に黄色の光球が発生した。
身の危険を感じ、即座に直上へ飛び上がる。
それと同時に、4つの光球から同時に光弾が発射された。
同時多角攻撃。
まさかこんなことまで出来るとは。
ぞっとするなのはだが、ここであることに気付いた。
――三角錐型に配置すれば、逃げ場は無かったんじゃないのか?

(……まさか!?)

ど素人でも気付くことに、実戦経験者が気付かないはずがない。
頭上を空けていたのは、回避方向を限定させるため。
だとすれば、次の攻撃は……。
なのはは頭上に防御魔法を展開した。
予想通り、光の刃がなのはの脳天めがけて振り下ろされてくる。
だがそれは桃色の障壁に阻まれ、火花と魔力の粒子を散らす。
フェイトは驚いた。
まさか不意打ちを読まれた上、あまつさえそれを止められるとは。
……どうやら、前回と同じ感覚で戦うわけにはいかないらしい。

(……なんとか、話だけでも聞いてもらわなきゃ…!)

斬撃ごとフェイトを弾き飛ばし、なのはは考える。
しかしこちらがいくら訴えかけても、聞く耳を持ってくれそうな雰囲気ではない。
となると……相手の要求の呑んだ上で、こちらの要求も通すのが得策だろう。

「ジュエルシードを賭けた勝負……私が勝ったら、話を聞いてもらえる?」

自分より実力が上の相手を傷付けずに勝つ。
そんな都合のいいことが出来るわけがない。
だが、今はそれ以外に方法がない。
ここに来てようやく、なのははレイジングハートをフェイトへ向けた。

「……わかった。でも…」

バルディッシュを射撃形態へ移行させ、フェイトは言う。

「私も、負けるつもりはない」

同時に、彼女の足元に魔方陣が展開された。
そして彼女の左手に、小さな光球が生成される。
――接近戦は圧倒的に不利。
そして誘導操作弾のディバインシューターは未だ未完成。
となると、やはりここは砲撃しかあるまい。

「Shooting Mode Set up」

声とともにレイジングハートの先端が音叉状に変化し、魔力の収束を開始する。
野球のボールほどのサイズの光球が生成され、急速に膨張を始める。
しかし、最初に砲撃を行使したのはフェイトの方だった。

「サンダー……スマッシャー!」

生成した光球を宙に浮かべ、バルディッシュを振りかざす。
光球は電撃を纏った巨大な光柱となり、なのはに襲い掛かる。
遅れて、なのはも砲撃を行使した。
フェイトのそれよりも巨大な光柱は空中でぶつかり合い、激しい閃光が起こる。
だが……。

(……押し負けてる!?)

僅かではあるが、なのはの砲撃が競り負けていた。
黄色の光が、こちらの砲撃を圧し潰すように徐々に迫ってくる。
だが、このまま引き下がるわけにはいかない。
さらに砲撃に魔力を注ぎ込む。
桃色の光柱はさらに大きく膨れ上がった。
勢いを増した砲撃はフェイトの砲撃を巻き込み、一気に彼女の眼前まで迫る。

(予想以上の火力……でも!)

一瞬遅れて、フェイトのいた空間が爆発を起こした。
爆風にあおられ、バランスを崩しそうになるなのは。
カス当たりか、それとも直撃か。
気を失っていないだろうか。怪我はないだろうか。
様々な考えが頭を過ぎる中、彼女の目に映ったのは、大鎌を構え爆煙の中からこちらへ突っ込んでくるフェイトの姿だった。

(……取った!)

横薙ぎに振るわれるバルディッシュ。
なんとか防御しようとするなのはだが……。

(ッ! 間に合わない……やられる!?)

バランスを崩し、体勢を立て直している最中の強襲。
加えて消耗の激しい砲撃魔法を行使したことで、防御に回せるほどの魔力がほとんど残っていなかった。
目前に迫る魔力の刃。
もはや抗う術はない。
硬く目を瞑ったなのはの脳裏に、走馬灯のようなものがよぎっていった。
大好きな家族達の笑顔。
小学1年来の友人達の姿。
そして……。

そういえば彼に出会ったときも、今日のような満月の夜だった。



あれはいつ頃だっただろうか。
確か大怪我を負った父が順調に回復し始め、リハビリに励んでいた頃。
物心ついて、少し経った頃だっただろうか。
その日は、家族揃って祖父の墓参りに行くことになっていた。
父のいる病院の近くということもあり、リハビリも兼ねてのものだ。
だが母の仕事の都合もあり、出発は夜となってしまった。
今思えば、たださえ足元がおぼつかない父を視界の悪い夜に外出させてよかったのかと思うが、
道中は車の通りが少なく、また、家族もすぐ側にいた。
さらには本人たっての希望ということもあり、医者のほうが折れたというのが真実だった。

月明かりに照らし出された墓場は、どこか不気味だった。
幼かった自分は不安さに耐え切れず、側にいた姉に抱きついた。
このまま、何事も起こりませんように。
そう願っている最中、母は墓前に供え物を置き手を合わせていた。
そして立ち上がろうとした、まさにその時だった。

「オーイ、ねーちゃん」

墓石が口を利いた。
……いや、墓石の裏に人がいたのだ。
墓石から僅かにはみ出たその男の身体は、夜中にもかかわらず、月明かりのおかげではっきりと見ることが出来た。
まず服装。
どこにでもあるような茶色の着物だったが、袖はほつれ、所々に小さな穴が開くほどボロボロになっていた。
僅かに見え隠れした肌には、何かで斬り付けられたような傷跡。
そしてぼさぼさの白髪には土埃と……血の跡。
何も知らなければ、彼のことを幽霊だと思い込んで泣き喚いていたかもしれない。
だが、自分は知っていた。
この国……いや、この世界では大きな戦争が続いており…そして自分が生まれてしばらく経った頃に、それが終結したことを。
彼はきっと、その時の落ち武者なのだろう。
戦争初期で降伏を申し出た日本では、戦闘らしい戦闘もほとんど起きなかったという。
その為自分は、戦争というモノを生に感じることが出来なかった。
だが、目の前の彼の姿を見れば……幼いながらも、戦いというものの凄惨さを、僅かばかり推し量ることが出来たような気がした。
彼は言葉を続けた。

「それまんじゅうか? 食べていい? 腹へって死にそうなんだ」

まるで生気のない声。
なんとも図々しい要求だったが、母は普段の調子でこう言った。

「……これは私のお父様に供えた物です。お父様に聞いて下さい」

母がそう言ったのを聞き、男は何も言わずに墓前に供えられたまんじゅうを取った。
そしてそのまま、墓石の裏に戻ってしまう。
その様子を、父はなにも言わずに見続けていた。
しばらくの間、まんじゅうを咀嚼する音が辺りに小さく響いた。

「……なんと言っていましたか。私のお父様」

彼が咀嚼を終えるのを待ち、母は聞いた。
彼は答えた。

「死人が口利くかよ。……だから、一方的に約束してきてやった」

そこで言葉を区切る。
僅かな沈黙の後、彼は言葉を続けた。

「この恩は忘れねぇ。……こんな時代だ。こっから先、アンタの家族にも何が起こるか分かったもんじゃねぇ。
 だが……槍が降ろうと、隕石が降ろうと……」

――アンタの大事なモン。……俺がまとめて護ってやる。



予想していた肌を裂くような痛みは、いつまで経っても襲い掛かってこなかった。
恐る恐る目を開ける。

「オウオウ、随分物騒な得物持ってんじゃねーか嬢ちゃん。ヒーローごっこか何かか?」

白。
眼前には、一面の白が広がっていた。
いや、違う。これは……。

「あ……」

なのはは思わず息を漏らした。
……目の前には、『彼』がいた。
白い着物と銀色の髪を風になびかせ、愛刀で死神の鎌を受け止めていた。
驚くフェイトを木刀で地面に叩き落し、自分も同じく地面に着地する。

「……俺にヒーロー役やらせてくれよ」

フェイトに向け、ゆっくりと木刀の切っ先を突き出す銀時。
その面構えはまさしく、戦士のそれだった。

「仲間!? この……ッ!」

すぐ側の茂みから、大型の狼が躍り出た。
先程強制転移させられたアルフだ。
ユーノの足止めを掻い潜り、どうにか戻ってきたところで銀時の姿を認めたらしい。
彼女は渾身の力を込め、銀時に飛びかかろうとする。
だが……。

「させるかァァァァァ!!!」

「!?」

アルフが飛び出したのとは逆方向の茂みから、一人の青年が飛び出した。
平々凡々な顔と服装。
特徴といえば、掛けている眼鏡くらいだ。
青年――いや、新八はアルフ目掛けて思いっきり木刀を振り下ろす。
だが、その打撃は防御魔法によって受け止められてしまう。

「燃えろォォォォォ! 俺の中の何かァァァァァ!!!」

叫び、振り下ろした腕に力を込める。
障壁は僅かに……本当に僅かにだが変形し、アルフと新八は反発力によってお互いに弾き飛ばされた。

「オイオイ、先の戻ってろって言っただろ」

「何言ってんですか! 銀さんばっかりに良い格好はさせませんよ!」

呆れたような声を出し、新八に背を預ける銀時。
新八も同じように銀時と背を合わせ、アルフを見据える。

「……で、何よこの修羅場。痴情のもつれか? ガキのくせにませてるねぇ」

「ち、違います!! というか、何でこんなところに!?」

ポツリと呟く銀時。
なのははそれを全力で否定し、そして質問を投げかける。

「ただの偶然だ」

そうとだけ言い、銀時は木刀を構えた。

「……ッ! 待ってください、銀さん!」

慌てた様子でなのはは叫び、地面に降り立った。
銀時達が見守る中、なのははフェイトの元へ歩み寄り、レイジングハートをかざす。
少しの間の後、レイジングハートから光が弾け、そこから蒼い宝石のような物が浮かび上がった。

「……どういうつもり…?」

訝しむようにフェイトは聞く。

「約束……だから。お互いのジュエルシードを賭けた勝負。
 銀さんが来てくれてなかったら……私、あのままやられてた」

「…………」

罠かもしれない。
一瞬そう思ったが、なのはの真摯な表情を見てその考えはどこかへと飛んでいってしまった。
無言のままバルディッシュをかざす。
宙に浮いていたジュエルシードは、溶けるようにバルディッシュへと取り込まれていった。

「……出来るなら、もう私達の前に現れないで。もし次があったら……本当に、全力であなたを倒す」

そう言い残し、フェイトはその場から飛び去る。
アルフもその後を追い、深い闇の中へ吸い込まれるように去っていった。

「やれやれ。昨今のガキは物騒でいけねぇな」

「なのはちゃん、怪我ない?」

臨戦態勢を解いた銀時が頭を掻きながらそう呟き、新八は心配そうになのはの顔を覗き込んだ。

「…………」

「……なのはちゃん?」

なのはは俯いたまま、じっと押し黙っていた。
……また、完膚無きまでに負けてしまった。
……また、助けられてしまった。
誰にも迷惑をかけない。
誰にも心配をかけない。
そう決意したばかりだというのに。

魔法の力を手に入れても、簡単にヒーローなんかになれるわけがないんだ。
私は……ただの、平凡な、小学3年生なんだ…。

「……ううん、なんでもないです。……あの、銀さん…助かりました。ありがとうございます…」

最後の方は、ほとんど蚊の鳴くような声で言いながらなのははその場から走り出した。

「あ、ちょっとなのはちゃん!?」

すぐにその後を追おうとする新八だが、視界の悪さも手伝って、あっという間になのはを見失ってしまった。
彼女が走り去っていった先。
全てを飲み込むかのような闇を見据え、銀時は呟いた。

「……ったく。ガキのクセに色々抱え込みすぎなんだよ…」