夕日も沈みかけ、蝙蝠が空を飛び始めた頃。
何故か顔を青白くした銀時は、覚束ない足取りで八神家の玄関をくぐった。
扉を開く音と足音に反応し、居間の奥からはやてがひょっこりと顔を出す。
「遅い〜! もう晩御飯できとるよー!」
そう言って頬を膨らませる。
その上から同じように新八が顔を出し、怪訝そうな表情で銀時を見た。
「忘れ物取りに行ってただけにしちゃ、随分時間かかったじゃないですか。
どこまで行ってたんですか?」
「あー……アレだ、臨海公園」
生気の篭らない声で答えながら靴を脱ぎ、廊下に足を踏み出す。
「……あれ? そんなとこ寄りましたっけ?」
首を傾げながら、新八は今日の散歩コースを思い出そうとする。
が、新八の思考は神楽の乱入によって中断させられた。
「銀ちゃん。行っとくけど、別に海に行っても失った青春は戻ってこないヨ」
「人前で平然とリバースする思春期の女に言われたくねーよ」
そう悪態をつきながら居間へ入ってくる銀時。
その顔からはいつぞやのように、まるでダメなオッサン的なオーラ。
略して『マダオーラ』が溢れんばかりに吹き出ていた。
「どっちにしろ時間かかりすぎですよ。あそこ、ここからそんなに遠くないでしょ?」
「……まァ、なんだ。帰りにちょいと、運試しってやつをな…」
そう言って新八の質問に対し、銀時は右手で何かを捻るようなジェスチャーをしながら答えた。
それを見て神楽が、呆れたような顔で言い放つ。
「またパチンコアルか」
「あー、なんであそこで止めなかったかな〜、あそこで止めてりゃお前……。
ア〜、勿体ねーことしちまったよ、あそこで止めてりゃ……」
虚空を眺めながら、なおも右手を捻り続ける銀時。
そんな彼の前に、はやてがいそいそと車椅子を漕ぎながらやってきた。
どうやら、いつものお説教モードのようだ。
銀時の眉間に人差し指を向け、悪戯した子供を咎めるようにはやては言う。
「銀ちゃん。賭け事なんかで、楽してお金儲けしよーとしたらあかんで。
悪銭身に付かずって言うやろ?」
「うっせーな。ギャンブルのねー人生なんざ、サビ抜きの寿司みてーなもんだろーが」
サビ抜きどころか、普通に寿司を食ったことすらない男は言う。
あったとしても、せいぜい回転寿司。
しかも卵、デザート、卵、デザートのエンドレスだ。
分かっている。ネタによって値段が変わるわけじゃないというのは分かっている。
だが、貧乏人の性がそうさせるのだ。
貧乏人、ああ貧乏人貧乏人。
色男、金と力は無かりけりというが、この男には美貌も財力も無く、本当に腕っ節しかないのだ。
「……なァ、俺ってホントにジャンプ漫画の主人公なのか?」
突然自己嫌悪に陥り、その場に塞ぎこむ銀時。
見かねたはやてが、銀時の頭をよしよしと撫でた。
「大丈夫や。ジャンプがあかんかったら、マガジンがある」
全然フォローになっていない。
というより、フォローする気が無い。
打ちひしがれる子羊、坂田銀時。
どの辺が子羊かというと、主に髪の毛が。
そんな彼に、神楽が天使の如き囁き声をかける。
「あ、そういえば銀ちゃん。『渡る世間は鬼しかいねェチクショー』録画しといてくれたアルか?」
「ヤベェ、忘れてた。そーいや今日最終回だったな」
急に生気を取り戻し顔を上げる銀時。
神楽は彼の襟首を掴み上げて叫んだ。
「何してるアルかァァァ!!! 早く戻るアル! ピン子が私を呼んでるネ!」
「ピン子ォォォ! 待ってろよピン子ォォォ!!」
騒々しい叫びを上げながら、ドタバタと玄関へ向かう銀時と神楽、そして定春。
「え、ちょ、マジで帰るんですか!?」
新八も慌てて、彼らの後を追う。
その後ろからはやてが「ご、御飯はどうすんの〜!?」とあたふたしながら聞いてきたが、銀時は悪びれる様子も無く
「悪ィな、はやて。明日は朝飯抜いてくるから、今日の分取っといてくれや。
じゃ、そーいうことで」
と言って、大急ぎで玄関から出て行ってしまった。
玄関の扉が閉まる音。
そして少しの間の後聞こえてくる、バイクのエンジン音。
少女一人が住むには大きすぎる家に一人残されたはやては、ポツリと呟いた。
「……録画くらいやったら、うちでも出来てんけどなぁ…」
なの魂 〜第十幕 一を知って十を学べ〜
遠見市、とあるマンションの一室。
「ん〜♪ こっちの世界の食事も、まあなかなか悪くないよねぇ」
そう言って、どこぞのチャイナ娘のように晩御飯にがっつくのはアルフ。
至福の笑顔を浮かべる彼女の手にあるのは、缶詰のドッグフードだ。
いくらベースがイヌ科の動物だからといって、それはないだろう。と言いたくなるが、
まあ大概の使い魔はこんなものである。
早くも三つ目の缶詰を平らげたアルフは、まだ食い足りないのか箱入りのドッグフードにも手を出す。
そして封を切ろうとして……手を止めた。
しばし黙考。
なにやら難しい顔をし、う〜んと唸りだす。
一頻り唸った後、一人で納得したようにうんうんと頷き、晩御飯の入った箱を手に立ち上がった。
そして足を忍ばせて隣の部屋へ。
「……」
その部屋は、彼女の主の寝室。
ベッドの上に横たわるフェイトの側の棚には、殆ど手のつけられていない晩御飯が置かれていた。
「あー、また食べてなーい。駄目だよ、食べなきゃ」
ベッドに腰掛け、アルフは言う。
フェイトは眠そうに目を擦りながら、むくりと起き上がった。
「少しだけど食べたよ。大丈夫……」
そう言った彼女の背中には、痛々しい傷跡があった。
刀傷でも、魔法によって受けた傷でもない。
何かで打たれたようなその無数の傷は、重なり合って奇怪な模様を作り上げていた。
それを見て、アルフは思わず顔をしかめる。
「……そろそろ行こうか。次のジュエルシードも、大まかな位置特定は済んでるし。
あんまり、母さんを待たせたくないし……」
健気に、そう言ってみせるフェイト。
しかしアルフはあまり乗り気ではないようで、声を小さくしながら言う。
「……フェイトはアタシのご主人様で、アタシはフェイトの使い魔だから、行こうって言われれば行くけどさぁ……」
「それ、食べ終わってからでいいから」
ベッドの側に置かれた、箱入りのドッグフードを指差す。
アルフはバツが悪そうに、そそくさとそれを隠した。
「そ、そうじゃないよ! アタシはフェイトが心配なの。
広域探査の魔法はかなりの体力使うのに、フェイトってばろくに食べないし休まないし……。
その傷も、まだ治りきってないんだよ!」
「平気だよ……私、強いから」
主の身を案じるあまり、つい語気を強くしてしまうアルフ。
しかしフェイトはそんな彼女を優しく撫で、そっと微笑む。
だがその笑顔は、とても辛そうで、悲しそうで……。
「……フェイト」
「さあ、行こう。母さんが待ってるから……」
「……あー、タイムアウトかぁ。そろそろ帰らないと」
流れるカーライトと窓から漏れる光で彩られた夜の町を歩きながら、なのはは腕時計を見る。
夕方、家に帰った後からずっとジュエルシードを探索していたのだが、それらしいものが見つからないまま
門限の時間となってしまった。
肩を落としながらため息をつくなのは。
彼女の肩の動きに合わせて、そこに乗っていたユーノが上下に揺れる。
「大丈夫だよ。僕がもう少し残って探していくから」
なのはの頬にそっと手を触れながら、ユーノは言った。
「うん……ユーノ君一人で平気?」
「平気。だから晩御飯ちゃんと取って置いてね」
「うん」
ぴょんと肩から飛び降り、なのはの方へ向き直って小さな手を振る。
「それじゃ、行ってくるね」
通行人に踏まれないように気をつけながら、ユーノは町の喧騒へと溶け込んでいった。
なのははしばらくの間手を振っていたが、ユーノの姿が見えなくなったのを確認すると、すぐさま踵を返し
自宅への帰路を急いだ。
(アリサちゃんとすずかちゃん、そろそろお稽古が終わって帰る頃かな……)
帰り道でふとそう思い、携帯電話を取り出す。
映し出されたのは、いつも通りの待ち受け画面。
着信履歴も新着メールも、何も来てはいなかった。
「……大体この辺りだと思うんだけど、大まかな位置しかわからないんだ」
「はあ、確かにこれだけゴミゴミしてると探すのにも一苦労だねぇ」
なのは達から少し離れたビルの屋上。
そこへ降り立ったフェイトとアルフは、眼下を見る。
立ち並ぶビルの合間に網目のように張り巡らされた道には、帰宅途中のサラリーマンや学生が敷き詰められていた。
「ちょっと乱暴だけど、周辺に魔力流を撃ち込んで強制発動させるよ……!」
そう言い、フェイトはバルディッシュを構える。
このような場所でジュエルシードを発動させれば、周辺へ被害が出ることは目に見えているのだが……。
自分と同じロストロギアの探索者が現れた以上、そうも言っていられない。
おまけにその取り巻きが、常軌を逸した戦闘力を持っているとなればなおさらだ。
発見される前に、早急にこちらで確保しなければならない。
「あー待った!」
今まさに魔力を撃ち込もうとしたその矢先、アルフがそれを止めにかかった。
「それアタシがやる」
「大丈夫? 結構、疲れるよ」
手にした愛機を降ろし、不安そうに尋ねるフェイト。
「ふふん、このアタシを一体誰の使い魔だと?」
しかしアルフは、得意げに笑みを浮かべながら言った。
しばしフェイトは黙考する。
あの少女――確か、なのはって呼ばれてたっけ――に見つかる可能性、真選組に駆けつけられる可能性も考えると、
速攻でケリをつけたい。
だが魔力流を撃ち込んだ直後の疲弊した自分では、恐らく多少なり時間がかかってしまうだろう。
となると、ここはやはりアルフに任せたほうが得策かもしれない。
「……うん、じゃあお願い」
「そんじゃあッ!」
アルフの周りの空気が、渦を巻くように乱れた。
直後、彼女の足元に巨大な魔方陣が展開され、巨大な光の帯が上空へ撃ち出された。
辺りへ降り注がれる、強大な魔力。
それに呼応するかのように、夜空がどす黒い雲に包まれ、雷鳴が響きだした。
突然の悪天候に、人々は空を仰ぎ――極々一部の通行人は、僅かながら魔力を感じ辺りを見回す。
同じようにユーノも異変を感じ、空を見上げた。
遠くにそびえるビルの屋上。
そこから立ち上る光の帯を見、ユーノは顔色を変えた。
「こんな町中で強制発動!?」
何も知らない一般人を巻き込むわけにはいかない。
人目のつかない建物同士の隙間に入り込み、ユーノは急ぎ広域結界を発動させた。
「……なんや急に天気悪ぅなってきたなぁ…」
自室から窓の外を仰ぎ、はやては呟いた。
そういえば洗濯物は……と考えるが、そういえば銀時が帰ってくる直前に、新八達が取り込んでくれていた。
なら取り込んだ洗濯物をたたみに……と思ったが、それも彼らがやってくれていた。
「…………」
ふと、後ろを振り返る。
リビングのテーブルの上には、手付かずの晩御飯が置かれていた。
もしかしたら食べに帰ってくるかも……と思っていたが、どうやら当てが外れてしまったらしい。
ポツポツと、雨が降り始めてきた。
屋根に落ちた雨は哀しい音を鳴らし、周囲の音を打ち消す。
まるでこの家だけが辺りから隔離されたかのような、この世界には自分一人しかいないような錯覚を覚える。
自分一人……。
自分の感情がこの上なく沈み込んでいたことに気付き、はやては少し驚く。
ようやく世の中の理を理解し始めた頃、自分の両親はこの世を去った。
それ以来、ずっと自分は一人でこの家に暮らしてきた。
確かに、寂しいと思ったことはあった。
だが、それでも。
ここまで本当に「寂しい」と思ったことは、今まであっただろうか?
もう一度、テーブルの方を見る。
自分の分を平らげ、なお他人のおかずにまで手を出そうとする神楽。
それを必死に食い止める新八。
その隙に新八の皿からおかずを奪い取る銀時。
そんな彼らを見て、笑っている自分。
そんな幻が見えた気がした。
一ヶ月前に降って沸いた非日常。
それはいつの間にか、自分にとってかけがえのない日常に変わっていた。
はやては、ふっと自嘲する。
(……あかんなぁ。寝る時はいっつも一人やのに、一緒に御飯食べられへんかったくらいで落ち込んどったら、
銀ちゃんらがおらんようになってもうたら生きていかれへんな)
いそいそと部屋に戻り、本棚から料理の本を取り出す。
「……うん、そやな。残り物なんかより、ちゃんとしたもん作ってあげた方が銀ちゃんらも喜ぶやろうしな」
笑顔で本を抱えながら、ベッドの上に横たわる。
「よっし! 明日の朝御飯は、ちょっと豪勢にしたろっと」
側の電気スタンドに灯を点し、パラパラとページをめくった。
目ぼしい料理が載ったページの角を折り曲げていく。
その彼女の背後。
一際異彩を放ち、本棚に飾られていた革表紙の本が、小さく音を立てた。
今以上の非日常。
そして、仮初の幸せが生まれようとしていた。
道を行く人々は消え、先程までの喧騒が嘘のように町は静まり返っていた。
ユーノの張った広域結界のおかげで、周辺の空間が外界から隔離されたためだ。
そしてその中心。
立ち上る光の中心になのははいた。
バリアジャケットを装着し、手にはレイジングハート。
フェイトがジュエルシードの封印処置を施そうとしている場へ急行し、
そしてたった今、封印を終えたところだったのだ。
宙に浮かぶジュエルシードの前に立ち、もう一人の探索者がいるであろう方向を、なのはは見据えた。
(アリサちゃんやすずかちゃんとも、初めて会った時は友達じゃなかった。
話を出来なかったから。分かり合えなかったから。
アリサちゃんを怒らせちゃったのも、私が本当の気持ちを……思っていることを言えなかったから)
「やった……! なのは、早く確保を!」
だがしかし、なのはが回収を行うその前に、上空から声が聞こえてきた。
「そうはさせるかい!」
驚き、空を見やる。
はるか高空から、大型の狼がこちらへと襲い掛かってきていた。
ユーノがすぐさま、なのはの周囲に防御魔法を展開させる。
狼……いや、アルフの一撃はその障壁によって阻まれ、彼女はその反動で弾き飛ばされる。
しかし防御に定評のあるユーノの障壁も、今の一撃には耐え切れなかったようだ。
半球状の防御魔法に亀裂が入り、そして音を立てて崩れた。
降り注ぐ雨粒と砕け散る障壁の破片に、街灯の光が乱反射する。
その光に包まれるかのように、彼女――フェイト・テスタロッサは存在した。
街灯の上に立ち、真っ直ぐになのはを見据える彼女。
なのはも同じように、真っ直ぐにフェイトを見上げる。
目の前に立つ、黒衣の魔導師。
彼女の目は、やはりあの時と同じ……哀しい目をしていた。
(目的がある同士だから、ぶつかり合うのは仕方ないのかもしれない)
なのはは一歩、前へ踏み出す。
「こないだは、自己紹介できなかったけど……私、なのは! 高町なのは……!」
だが、フェイトは応える代わりにバルディッシュをこちらへ向けた。
話す舌など持たない、ということだろうか。
しかしなのはは、レイジングハートを構えようともせず、じっとフェイトの目を見続けた。
(だけど、知りたいんだ。どうして、そんなに哀しい目をしてるのか……)
天使のダンス。とでも形容するべきだろうか。
江戸の中央に建つ次元間転送施設"ターミナル"を背景に空中戦を繰り広げる二人の魔導師の姿は、まさしく幻想的だった。
ほとばしる黄色の魔力光。
乱れ飛ぶ魔力の羽。
……いつまで経っても、桃色の魔力光が灯ることはなかった。
相手が一切攻撃を行ってこないことに疑問を感じるフェイト。
何かの罠か?
いや、それすらも行う素振りは見せなかった。
不審に思い、一旦相手との距離を取る。
白い魔導師が、ビルの屋上へと降り立った。
バルディッシュを向け、射撃体勢を取る。
相手は動こうとしなかった。
「……話し合うだけじゃ、言葉だけじゃ何も変わらないって言ってたけど……。
だけど、話さないと……言葉にしないと伝わらないこともきっとあるよ!」
声が聞こえた。
眼下の白い魔導師が、そう叫んだのだ。
時間稼ぎのつもりだろうか。
バルディッシュの先端に、魔力を収束させる。
今射撃を行い、相手を打ちのめすのは簡単だ。
だがしかし……。
「ぶつかり合ったり……競い合う事になるのは、それは仕方ないのかもしれないけど!
だけど、何も分からないままぶつかり合うのは……私、嫌だ!
私がジュエルシードを集めるのは、それがユーノ君の探し物だから。
ジュエルシードを見つけたのはユーノ君で、ユーノ君はそれを元通りに集めなおさないといけないから、私はそのお手伝いで……」
その少女の声と表情は、あまりにも真剣で、力強くて。
その言葉には、自分の心に訴えかけてくる、強い意志があって。
だからフェイトは、射撃を行うのを思わず躊躇った。
「だけど、お手伝いをするようになったのは偶然だったけど、今は自分の意思でジュエルシードを集めてる!
私の大好きなこの町に、危険が降りかかったら嫌だから……」
少女は一旦言葉を区切り、そして力一杯叫んだ。
「私の、大事な人達に……危険が降りかかったら嫌だからっ!
これが、私の理由!!」
大事な人のために。
フェイトは、はっとする。
この子も、自分と同じだ。
自分と同じように、自分の大事な人のために戦っている。
そのことに気付き、構えていたバルディッシュを降ろす。
……もしかしたら、この子なら……。
「私は……」
「フェイト! 答えなくていいッ!!」
地上でユーノと戦闘を行っていたアルフが叫んだ。
突然の介入に驚き、なのはは声のしたほうを見る。
――フェイト……それが、この子の名前……。
「優しくしてくれる人達の所で……護ってくれる人達の所で、
ぬくぬく甘ったれて暮らしてるようなガキンチョになんか何も教えてなくて……!!」
「……そうだよ!」
なのはが叫び返した。
そのあまりの気迫に、アルフは思わず口をつぐむ。
「私、ずっと護られてた! いつも優しいお父さん、意地っ張りだけど私のことを一番想ってくれてる親友、
普段は何考えてるか分かんないけど、いざという時には誰よりも頼りになるお侍さん!
みんな、私のことを護ってくれてた。……でも、気付けなかった!
私が、弱かったから。私が、本当の気持ちを伝えることが出来なかったから!」
俯きながら、そう叫ぶ。
本当の、自分の気持ち。
フェイトは考える。
……自分は本当に、心から母のためを想ってジュエルシードの探索を続けている。
だが何故だろうか。
この少女と対峙するたびに、自分の心の中に黒い靄がかかっていくのが分かる。
……いや、かかっているわけではない。
元から抱えていた靄が、少しずつ、溢れ出して来ているのだ。
「…………」
フェイトは黙り、じっとなのはの話を聞く。
「フェイトちゃん!」
なのはは叫んだ。
目の前の少女の名を、力一杯に。
「私、あなたのことを放っておけない!
あの頃の私と……自分が、誰にも見てもらえてないと思ってた頃の私と、同じ目をしているあなたを……放っておけない!」
「戯言をぬかしてんじゃないよ! アンタに、フェイトの何が分かるっていうんだい!」
アルフが叫ぶ。
どこの馬の骨とも知れない奴に、自分の主の事が分かるはずがない。
分かっているかのような口を利かれるのは、気分がいいものではない。
だがなのはは、アルフが予想していたのとは全く真逆の答えを口にした。
「……分からないよ。だから、知りたいんだ!」
強い意志の宿った目で、フェイトの目をじっと見つめるなのは。
――お前は、お前のやりたいようにやればいい。
あの時の彼の言葉が、胸に響く。
私のやりたいことは……。
「あなたのこと、もっと知りたい! それが……私が今、一番やりたいこと!」
丁度その頃。
「はァ〜、まいったねどーも。まさか木刀忘れてきちまうとはなァ」
両隣に新八と神楽を従え、銀時ははやての家の玄関先に立っていた。
そんな彼を、新八は白い目で見る。
「主人公がトレードマーク忘れちゃ洒落にならないですよ。
つーか、なんで僕らまで駆り出されてるんですか?」
「察してやるネ、新八。銀ちゃんこう見えても怖がりアルよ。
夜中に一人でトイレにも行けないアル」
口元を押さえ、プフッと吹き出す神楽。
今日放送された『渡る世間は鬼しかいねぇチクショー』の最終回。
その内容が「登場人物全員が車椅子の少女の霊に祟り殺される」という、なんともピンポイントな内容だったのだ。
おまけにその容姿が、目の前の家の主そっくりだったというのだから、たまったものではない。
銀時は冷や汗を浮かべながら声を震わせる。
「バカッ、おめ、怖いとかそういうんじゃないよ、言っとくけど。
むしろお前らが怖いんじゃないかと思ってついてきてやってんだよ。ありがたく思え」
「僕別に怖くないんで、いいっすわ」
「早く帰って定春の御飯作ってあげないといけないアル」
回れ右をしてその場を立ち去ろうとする二人。
二人の無情な後姿を見て、銀時は泣きそうな声を上げる。
いい大人なのに。
「待ってェェェ! 神楽ちゃぁぁぁん! 新八くぅぅぅん! ご免なさァァァい!
もうそこでドラえもんの歌、歌ってくれてるだけでいいから!」
叫びながら二人の後を追う銀時。
その時だ。
「……え?」
突然、彼らの周りが明るくなった。
ほんの僅かな時間だったが、紫がかった光が彼らを包み込み、目の前に大きな人型の影を映し出した。
銀時達は後ろを振り向く。
それとほぼ同時にその光は鳴りを潜め、辺りには暗闇が戻ってくる。
後に残ったのは、降り注ぐ雨の音。
だが、辺りが完全に闇に包まれる直前。
紫の光が、はやての部屋の窓に吸い込まれるようにして消えていったのを、確かに銀時達は見た。
「中で花火大会でもしてるアルか?」
首を傾げる神楽。
いや、それはないでしょ。とツッコむ新八の隣で、銀時は険しい表情をした。
花火ではない。電灯でもない。
銀時はそう確信していた。
何故なら、あの光には……明らかに不自然な"紋様"のようなものが浮かび上がっていたからだ。
「……新八、少し借りるぞ!」
「あ、ちょっと銀さん!?」
新八から木刀を引っ手繰った銀時は、手にした傘を放り投げて玄関を蹴破った。
「……起動したか」
はやての家から程なく離れた民家の屋根。
そこで双眼鏡を覗きながら、桂は呟いた。
……結局、銀時達に事態を伝える前にこの時を迎えてしまったか。
双眼鏡を懐へしまい、屋根から飛び降りる。
「奴らが素直に耳を傾けてくれるかどうかは分からんが……行くしかないな」
"騎士"達が起動したとなれば、多少は事態も好転するだろうが……それも、その場凌ぎに過ぎない。
根本的な脅威を取り除かない限り、あの少女には安息は訪れないのだ。
恩人の顔、そしてかつての仲間の顔が脳裏を過ぎる。
(高杉……お前は何を望む。力の果てに、一体何を求める?)
海鳴市郊外の埠頭。
そこに停泊している一隻の大型船に彼らはいた。
「……思っていたよりも早かったじゃねーか」
ほんの僅かな、蝋燭程度の明かりに灯された船内の一室。
額に巻かれた包帯で左目を隠し、女物を思わせる派手な着物を身に纏った男が、キセルを咥えながら呟いた。
その隣では、白衣を着た男が不気味な薄笑いを浮かべている。
「恐らく、この娘の存在が影響しているのだろう」
白衣の男がそう言うと、目の前の虚空に映像が映し出された。
そこに映るのは、小柄なチャイナドレスの少女。
「彼女から無意識のうちに発せられる大量の魔力によって、リンカーコアの成長が促され……結果、闇の書の覚醒を早めた。
そんなところだろう」
映像が切り替わり、一軒の民家が映し出される。
それに重なって、薄い紫色の画像が映し出された。
サーモグラフィに似たそれは、民家の周辺だけを濃い紫色に染め上げる。
観測地点の魔力濃度が表示されているのだ。
「しかしこれだけの魔力を完全に隠匿するたァ……大層な能力じゃねーか、"4番目"とやらも」
「稼動して間もないので、少々問題もあるがね」
包帯の男が漏らした感嘆の声を聞き、白衣の男は苦笑する。
「問題といやァ……"5番目"は、まだ塞ぎこんでるのか」
5番目――銀髪の、小柄な少女を思い出し包帯の男は言った。
「もう一人の父親とも呼べる存在が、"不幸な事故"で死んだのだ。落ち込みもするさ」
底冷えするような含み笑いを見せる白衣の男。
包帯の男はキセルをくゆらせ、彼に疑念の目を向ける。
「エラくナイーブな兵器じゃねぇか。使い物になるのか」
「フン……僕の作品を、あまり甘く見ないで貰いたいね」
白衣を翻し、男は背を向ける。
「……どこへ行く」
「"拾い物"の様子を見に行くだけさ」
そうとだけ言い残し、白衣の男は闇の中へ消えていった。
その後姿を見送る包帯の男。
白衣が完全に見えなくなったのを確認し、男は呟く。
「……"僕の作品"ねぇ」
キセルに残った灰を落としながら、男はくぐもった笑いをあげた。
(人の褌借りて作ったクセに、よく言いやがる)