なの魂(旧版)

次元空間に、一つの構造物が存在した。
時の庭園。
歪な十字をした岩のようなその構造体は、ある魔導師が所有する移動庭園だ。

「……たったの五つ。これは、あまりにも酷いわね……」

庭園の中心。玉座のような椅子が置かれた、だだっ広い間に彼女――プレシア・テスタロッサはいた。
彼女は冷ややかに呟き、目の前の少女を見た。

「……はい。ごめんなさい……母さん……」

弱々しくそう呟いたのはフェイトだった。
今の彼女の姿は、あまりにも凄惨だった。
両の腕を鎖でつながれ、宙に浮かべられた彼女の魔導衣はズタズタに裂かれ、身体中には無数の真新しい傷が作られていた。

「……いい、フェイト?
 貴女は私の娘……大魔導師プレシア・テスタロッサの一人娘……。
 不可能な事などあっては駄目……。
 どんな事でも……そう、どんな事でも成し遂げなければならない……」

冷徹な目でフェイトを見据え、彼女の前まで歩み寄る。
フェイトは虚ろな目で、どうにか顔を上げた。
目の前に映し出された母親の姿からは、優しさの欠片も感じ取れなかった。

「こんなに待たせておいて、上がってきた成果がこれだけでは、母さんは貴女を笑顔で迎えるわけにはいかないわ……。
 わかるわよね、フェイト……」

「…………はい、わかります」

どうにか声を絞り出し、小さく返事をする。
プレシアは表情一つ変えなかった。

「だからよ、だから……覚えて欲しいの。
 もう二度と、母さんを失望させないように……」

プレシアの手にした杖が形を変えた。
毒蛇を思わせる、獰猛な鞭だった。
フェイトは怯えた目でそれを見、目を固く瞑った。
鞭の叩きつけられる音、そして少女の悲痛な悲鳴が庭園内に響いた。
何度も、何度も。
玉座の間に入らず、外でフェイトの帰りを待っていたアルフは耳を塞いだ。

「……何だよ、一体何なんだよ……あんまりじゃないか、あの女……!」

プレシアのフェイトに対する仕打ちは、今に始まったことではない。
だが、しかし……。

「今回のはあんまりだッ! 一体何なんだ!?
 あのロストロギアは、ジュエルシードはそんなに大切なもんなのか!?」

やり場のない怒りを覚え、身体を震わせる。
あの女には、何を言っても無駄だ。
力ずくで止めるにしても、あの女と自分の間には、圧倒的な力量差がある。
今はただ、耐えるしかないのだ。

「ロストロギアは、母さんの夢を叶える為にどうしても必要なの……!」

幾度目かになる乾いた音が響いた後、プレシアは怒気を込めてそう言った。

「…………はい、母さん」

「特にアレは……ジュエルシードの純度は、他の物より遥かに優れている。
 貴女は優しい子だから、ためらってしまう事もあるかもしれないけど……。
 邪魔するモノがあるなら、潰しなさい……!」

プレシアがそう告げたと同時に、フェイトを吊るし上げていた鎖が音もなく消えた。
フェイトはそのまま抗うこともなく床に落ち、力無くその場に倒れ伏す。

「どんな事をしても……! 貴女にはその力があるのだから……。
 ……行って来てくれるわね? 私の娘……かわいいフェイト……」

「…………はい。行って来ます、母さん」

あれだけの事をされたにもかかわらず、フェイトの心が曇ることはなかった。
自分を必要としてくれている。
自分のことを、頼りにしてくれている。
ただそのことだけが嬉しくあった。

「しばらく眠るわ。次は必ず、母さんを喜ばせて頂戴……」

そう言い残し、プレシアは部屋の奥へと消えていった。
振り向き、フェイトの姿を見るような素振りは微塵も見せなかった。



覚束ない足取りで部屋から出てきたフェイトを見つけ、アルフは彼女に駆け寄った。
今にも倒れそうなフェイトの身体を、そっと支える。

「フェイト、ごめんよ……大丈夫?」

「なんでアルフが謝るの……? 平気だよ、全然……」

そう言って笑顔を作るフェイト。
彼女の健気さに、アルフは胸を痛める。

「……! だってさぁ!まさか、こんな事になるなんて……。
 ちゃんと言われた物を手に入れてきたのに……あんな酷い事をされるなんて思わなかったし……!
 知ってたら絶対に止めたのに……!」

「……酷い事じゃないよ。母さんは、私の為を想ってって……」

「想ってるもんか、そんな事! あんなのただの八つ当たりだ!!」

フェイトの言葉を遮り、声を大にするアルフ。
だがフェイトは首を横に振り、言葉を続けた。

「……違うよ。だって、親子だもの。
 ジュエルシードは、きっと母さんにとってすごく大事なものなんだ……。
 ずっと不幸で……悲しんできた母さんだから……私、何とかして喜ばせてあげたいの」

「だって……でもさぁ!」

アルフは、なおも言いすがる。
フェイトはそっと彼女の頬に手を添え、説き伏せた。

「アルフ、お願い……大丈夫だよ、きっと。
 ジュエルシードを手に入れて帰って来たら、きっと母さんも笑ってくれる。
 昔みたいに優しい母さんに戻ってくれて、アルフにもきっと、優しくしてくれるよ……。
 だから行こう……今度はきっと、失敗しないように」

どこまでも優しい目。
疑うことを知らない目。
健気で儚い彼女の姿を見て、アルフは何も言えなかった。



なの魂 〜第十三幕 最後にモノを言うのは顔〜



早朝、八神家宅のテラスの方から空気を斬り裂くような鋭い音が聞こえてきた。
簡素なシャツにジーンズという服装の女性――シグナムが、黙々と竹刀の素振りをしていたのだ。
騎士たるもの、日頃の鍛錬は欠かせない。
己の主がどこの馬の骨とも知れぬ輩に狙われているとあれば、なおのことだ。
何百回目かになる素振りを終えた時、玄関先の方から彼女に声がかけられた。

「オゥオゥ。朝っぱらから勤勉だねぇ、シグナム"姐さん"」

「おはよーございますヨー、姐御」

銀時と神楽、そして定春だ。
はやてとの契約通り、律儀に毎日ここへ通うつもりらしい。
シグナムは深々と頭を下げ挨拶し……万事屋メンバーが一人足りないことに気付く。

「おはようございます。銀時殿、神楽殿。
 ……新八殿の姿が見当たらないようですが……」

そう。眼鏡をかけた、あの地味な青年だ。
辺りを見回してみるが、彼の姿は影も形も見当たらなかった。
剣術道場の跡取りと聞いていたので、一度手合わせをしてみたいと考えていたのだが今日は来ていないらしい。
シグナムの問いかけに、神楽が呆れたような顔をしながら答えた。

「新八なら寺門通のライブに行ってるネ。オタクはこーいう時だけ行動力が大幅に上昇するアル」

「……?」

聞き慣れない言葉の羅列に、頭上にクエスチョンマークを浮かべるシグナム。
銀時は困ったように頭を掻きながら説明した。

「その……なんだ、演奏会みてーなもんだよ。
 あいつがファンの歌手が、今日演奏会開くんだよ。
 なんか予約席取り損ねたらしくてな。早く行かねーといい席が取れねーんだと」

「なるほど……。新八殿がご贔屓にしている方の歌でしたら、ぜひ一度拝聴してみたいですね」

まさかその歌手の歌が、一時期放送禁止歌に指定されていたとは知らないシグナムは、なんの悪気も無くそう言ってのけた。
銀時と神楽は互いに顔を見合わせ、そして目の前でブンブンと手を振る。

「……ヤメた方がいいと思うネ」

「……江戸の文化を思いっきり誤解されそうだしな」

二人の不可解な行動に、頭上のクエスチョンマークを増やすシグナム。
しかし彼女の興味は、すぐに別の物へと移っていった。

「ところで銀時殿。一つ、折り入って頼みたいことがあるのですが……」

「あ?」

目を輝かせながらそう言うシグナム。
銀時はそんな彼女を見て、何故か知り合いのいけ好かないマヨラー侍を思い出し、疎ましそうな顔をした。
常に高みを目指す、武士(もののふ)の目。
こういう目をする輩は、大抵自分と同類の人間を見つけると、喧嘩だ勝負だとうるさく迫ってくる。
そしてシグナムの口から出た言葉は、やはり銀時の予想通りの言葉だった。

「是非とも、私と手合わせを……」

「ヤダ、コワイ、イタイ、メンドクサイ」

「……何故片言?」

即答して玄関をくぐろうとする銀時。
そんな彼をジト目で睨み、しつこく勝負の申し出を試みるシグナムなのであった。

この後、勝負を断りきるまで三十分近くの時間を有したこと。
それまでの間、銀時は玄関をくぐることが出来なかったこと。
さらには「玄関先で痴話喧嘩をするな!」と二人揃って見当違いな説教をはやてから貰ったということをここに記しておく。



『期待の新鋭アイドルTAMA。猫耳がキュート』

彼、高屋八兵衛――通称タカチンが手にした芸能雑誌には、その文字と共に
猫耳の生えた黒髪ショートカットの少女の写真が掲載されていた。
ガタコン、ガタコンと揺れる電車の中で、彼は心底忌々しそうな表情をした。

「コイツアレだよ。こないだデビュー曲がお通ちゃんの曲おさえてエドコン八位に入ってたな。胸クソワリー。
 何がいいんだよ。こんな娘、耳とったらその辺にいそうじゃねーか」

「全くさ。猫耳なんて邪道だよね。でももしお通ちゃんにも猫耳があったら、
 もっと尋常ではない人気を博していたにあい違いないよ〜」

そんな彼の隣で、極太フレームの黒縁眼鏡……俗に言うオタク眼鏡をかけた、そばかすだらけの男が言った。
素肌に「寺門通親衛隊」と刺繍された法被を羽織り、袴を穿いたその男は
――というか、タカチン含む彼の周辺にいる人物はみんなそんな服装なのだが――仲間内で軍曹と呼ばれていた。

「何言ってんだ軍曹。お通ちゃんは猫耳なんかなくても今のままがベストでカワイイだろーが」

イライラしながらタカチンは言った。
しかし軍曹はチッチッチと顔の前で指を振り、語り始める。

「タカチン〜。猫耳が萌えの対象であることは揺るがざる事実だよ。すなわちそれを認めるところから話は始まるわけであって。
 お通ちゃんはカワイイし歌唱力もバツグンだ。しかし今の時代それだけではやっていけないのもまた、揺るがざる事実な訳だよ」

はっきり言って鬱陶しい。
しかも喋り方が憎たらしい。
遂にタカチンはブチ切れ、軍曹の襟を掴んだ。

「っていうか、事実揺るがされてんのはオメーなんじゃねーの?
 この前、コイツの写真集買ってんの見たぞオイ」

「そっ、それはたまたま……」

そこまで言った時だ。
突然軍曹の鼻の穴に二本の指が突っ込まれ、彼の身体が宙に浮いた。
あまりの激痛に彼は叫び声を上げる。

「隊長ォォォ!!」

どよめく親衛隊員達。
彼らの目の前には、「寺門通親衛隊隊長」との刺繍が施された法被を着た、眼鏡の青年……鬼神と化した志村新八の姿があった。

「軍曹ォォ! 寺門通親衛隊隊規十四条を言ってみろォ!」

凄まじい気迫で軍曹を持ち上げる新八。
今にも「ヒートエンドォォォ!!」とか叫びそうなポーズで、大の大人一人を片手で軽々しく持ち上げる彼の姿は……
なんというか、鬼そのものだった。
今の彼ならシグナムにも勝てそうな気がする。貫禄で。

「いだだだだだ! たっ……隊員はお通ちゃん以外のアイドルを決して崇拝することなかれ!
 であります!」

苦しそうに叫ぶ軍曹。
というか、実際苦しい。
鼻がもげそうだ。
しかし一度キレた新八はそう簡単には止まらない。

「その通ーりだ!! 軍曹ォ、貴様は親衛隊幹部でありながらこれを破ったァァ!!
 よって鼻フックデストロイヤーの刑に処す!」

軍曹の断末魔の叫びが電車内に響き渡った。
ムゴい。
これはあまりにもムゴ過ぎる。

「いやねー。最近の若者は一体何考えてんのかしら」

彼らの斜め前の席に座っていたオバさんはそう呟いた。
まあ、車内でこんなバカ騒ぎを起こしては当然の結果である

「ちょっ、止めてください!」

オバさんの向かいの席から女性の声が聞こえた。
見てみると、バンダナをつけた青い髪の女性が、スーツにサングラスといった、どう見てもマフィアっぽいオジさんに
絡まれている真っ最中だった。

「なんだよ〜オイ。一杯つきあってくれよネーちゃん。
 オジさんを一人にしないでくれよう。オジさんはただ、グチを聞いて欲しいだけなの」

「いやねー、今度は酔っ払いよ。これだから最近の大人は……」

「世も末だわ」

心底うんざりした様子でオバさん達は口々にぼやきだす。
しかし、部外者がぼやいたところで酔っ払いの猛攻が止まる訳も無く。
オジさんは女性の肩に手を回し、泣きそうな声で勝手にグチり始めてしまった。

「オジさん、またメンドーな仕事押し付けられちゃってよう。もう胃に穴が開きそうなんだよ、ヤベーんだよ。
 それというのもさァ、次元震だか次元大介だか知らねーけどよう……」

「止めて寄らないで臭い!」

そう叫んで逃げ腰になる女性。
いや、まあ飲酒しているので臭いのは当然なわけなのだが、この一言はオジさんのハートを深く深く傷付けてしまった。

「あっ、お前臭いはないんじゃないのォォ!?」

女性の両肩を掴むオジさん。
完全にタダの変質者である。
女性も遂には泣きそうになりながら助けを求めはじめてしまった。

「誰か……誰か助け……!」

その時だ。
何か丸っこい、生々しい香りのする物体がオジさん目掛けてすっ飛んできた。
プロのピッチャーが投げた剛速球並のスピードで。
その物体はオジさんに直撃し、床に転がり落ちた。
オジさんは不意に飛んできた肉塊の強襲を受け昏倒する。
驚き、目を見開く女性。
彼女の横から、怒気のこもった青年の声が聞こえてきた。

「猫耳だァ? 獣耳だァ?
 んなモンうちにも一匹いるけどなァ、あんなん全然可愛くねーよ。
 完全に獣人だぞ」

誰のことかは言うまい。
だが、あえて一つだけ言おう。
可愛い以前に、アイツはオスだ。
肉塊、もとい軍曹をオジさんに投げ飛ばした新八は、車内の中心で荒々しく叫んだ。

「猫耳なんてクソくらえじゃああ! 何が萌えだァ!?
 猫耳なんて燃えちまえばいいんだ!!」

迷惑極まりない主張である。
今後出てくるであろう使い魔二匹など、完全にアウトだ。
下手をすればアルフも危ない。

「あの……」

そんな荒ぶる新八に、先の女性が声をかけてきた。
完全に吹っ切れてる新八は、当然の如く女性に怒声を浴びせる。

「なんだァ!? 今取り込み中だァ!!」

「あの、助けていただいてありがとうございます。
 勇気のある方なんですね。……男らしくて、素敵でした」

そう言って女性はバンダナを取り、新八に素顔を晒した。
くりっとした愛らしい目。
綺麗な青い髪。
そして……。

……生えていた。
真っ白い、二つの、小さな猫耳が。

(……猫耳なんて)

新八は言葉を失った。

(猫耳なんて……)

周りの親衛隊員達も同じく、言葉を失った。

(猫耳なんて萌えちまぇぇぇ!!)

そして彼らの心は一つとなった。



(……なァ。新八、一体どうしたんだ?)

夕食の時間。
七人で小さなテーブルを無理やり囲みつつ、ヴィータがシグナム達に念話を送った。
ちなみに何故七人かというと、ザフィーラは狼の姿で定春と食事を摂っているためである。
何故彼が狼の姿になっているのか。
理由は簡単である。はやてが犬好きだから。

(分からん。帰ってきてから、ずっとあの調子だ)

(何かあったのかしら……?)

心配そうに新八を見るヴィータ、シグナム、シャマル。
視線の先では、新八が虚ろな目で眼鏡に御飯を押し付けていた。

「新八。そこ目アル。目は口ほどにものを言うって言うけど、そこ口じゃないヨ」

神楽が忠告するが、新八は箸を止めようとしない。
そんな彼に気分を悪くしたのか、はやてが眉をひくつかせながら静かに言った。

「え〜っと……何? それは私の料理なんか食えるかっちゅー、無言の抵抗?」

この威圧感は、なかなか筆舌に尽くしがたい物がある。
思わず身を竦める守護騎士達。
ああ、幼くてもやっぱり主なんだな。と改めて確認。
新八はようやく、ハッとしたような様子で箸を止めた。

「あ、いや、違うよ。ゴメン、ボーッとしてて」

「オイ勘弁しろよ新八。唯一のツッコミ役のオメーがしっかりしてねーと、ボケが飽和してこの世界崩壊すんぞ」

銀時が手にした箸で新八を指し言う。
はやてが「そんな行儀の悪いことしたらあかんよー!」と怒っているが、そんなものは馬耳東風だ。

「すいません」

「すいませんじゃねーよ。今のもツッコむ所だろ。
 『お前の発言が世界を崩壊させるわ!』とかさァ」

いつもと調子の違う助手に戸惑う銀時。
新八は箸を置き、申し訳なさそうに頭を掻いた。

「すいません。じゃ、今からやります」

大きく息を吸い、出来る限り大声でツッコむ。

「お前の発言が……!」

「誰がお前じゃァァァ!!」

銀時の手から生卵が投げられた。
卵かけ御飯に使われる予定だったそれは新八の顔面にぶち当たり、盛大に割れる。

「……すいません」

顔面卵まみれになりながら、新八は声のトーンを落としそう言った。

「……オイオイ、マジでどうしちまったんだ?」

さすがにコレはおかしいぞ、と思った銀時が問いかける。
新八は黙ったままだった。



「……は?」

食事後に新八を問い詰め、そしてようやく彼の口から事の成り行きを聞いて、最初に出た言葉がそれだった。
素っ頓狂な顔をして新八を見つめる銀時と神楽。
新八は恥ずかしそうに俯きながら途切れ途切れに言った。

「いや、ですからその……助けたお礼にって、食事に誘われて……」

今朝の痴漢騒ぎのことである。
あの後女性に、ちゃんとしたお礼がしたいので是非とも明日もう一度会いたいと言われ、
そしてその場の空気に流されて承諾してしまったのだ。
悩める子羊、志村新八。
そんな彼の姿を見、はやては自分の頬に人差し指を当てながらポツリと呟いた。

「……それって、デートなんとちゃうん?」

場の空気が凍りついた。
硬直する新八。
その姿を見て、嘲笑うかのような表情を見せる銀時と神楽。
頭上に疑問符を浮かべる守護騎士達とはやて。
そしてきっかり三秒後。
新八はこの上ないくらいの驚愕の表情で叫んだ。

「……デ、デートォ!? え、ウソ、ちょ……えェェェェ!!?」

見ていて痛々しいくらいの狼狽っぷり。
銀時と神楽は、それを見て必死に笑いを堪えている。
一方の守護騎士達はというと、互いに顔を寄せ合ってヒソヒソ話をしていた。

「……なるほど。剣術の方はともかく、色恋沙汰に関してはズブの素人という事か」

「あー、確かにモテなさーな顔してるもんなァ」

「もしかして魔導師目指してるんじゃないかしら?
 ほら、三十路まで貞操守ると魔法使いになれるっていう……」

言いたい放題である。
会って一日しか経っていないというのに、これはヒドい。
もう彼女らの中では、新八はそういうキャラとして確立されてしまったらしい。

「容赦ねーなお前ら!
 つーかその迷信そっちの世界にもあんの!?」

ようやくいつもの調子でツッコむ新八。
だが彼はすぐに彼女らに背を向け、必死な形相で脳をフル稼働させた。

(どうしよう! デートなんてしたことないから何をしていいか……。
 いや待て! その前に本当にコレ、デートなのか!?
 いや待て! デートと仮定したとして、僕はそれに行っていいのか? 寺門通親衛隊隊長の僕が……。
 いや待て! アイドルなんて追っかけたところで所詮、高嶺の花。今目の前に転がるチャンスをみすみす逃すつもりか!
 いや待て! その前に本当にコレ、デートなのか!?
 いや待て! コレは断じて浮気ではない! コレは調査だ!
 軍曹がやられたという猫耳という奴の恐ろしさを身をもって体感し、今後二度とあのような悲劇が起きぬよう調査する必要がある!
 そう! コレは調査!
 だが残念ながら僕の恋愛経験値はゼロ! 猫耳を体感する前に撃ち落される恐れがある。
 テキストが必要だ! いや、別に好かれたいとかそーゆんじゃなくて調査だからコレは!
 誰か経験豊富な人にテキストを伝授してもらわねば……)

その思考時間、僅か三秒。
テキストに起こすと結構な量だが、新八にとっては一瞬であった。
新八は不安げに万事屋メンバーを見る。
彼らはニヤニヤと小憎たらしい笑みを新八に向けていた。

(しかし……銀さんはただれた恋愛しかしたことなさそうだし……。
 神楽ちゃんにいたっては、ただの大食い娘!
 うちの姉上もキャバクラで働いてるくせに、こと恋愛に関してはズブの素人……。
 結婚するまで貞操を守るとか言ってるが、結婚自体無理だろう)

そう考え、今度は守護騎士達に視線を向ける。
が、期待はしていない。
何しろ出自が出自だし。

(あの四人は論外だし……。一番まともそうなのがはやてちゃんって、どーいうことだよ!)

思わず苦悩の表情を浮かべる新八。
やはりここは、恥を忍んで目の前の幼女に助けを請うしかないのか?
しかし、ここで新八はあることに気付いた。

(いや、駄目だ。そもそもはやてちゃんは外との繋がりがあまり無い。
 彼氏どころか、下手したら男友達すらいなさそーだ)

その考えはズバリ的中していた。
そもそもそういう人物がいたとしたら、自分達はどこかで会っているはずだ。
何しろ一ヶ月以上一緒にいたのだから。
ここで新八は考えを改めた。
そうだ、目の前のことばかりに囚われてはいけない。
新八は銀時が世話になっている喫茶店の経営者達を思い浮かべた。
だが……。

(士郎さん達は……駄目だ!
 テキストどうこう以前に、完全にスペック負けしてる! 参考にならん!)

悲しいかな、向こうはかなりのハイスペック集団である。
地味でツッコミ以外取り得の無い自分が相談に行っても、己の惨めさを思い知るだけだ。

(他は……アレ?
 僕の周り、相談できそーな奴一人もいねェェェェェ!!)

とうとう新八は頭を抱えて悶絶してしまった。
このまま対策を取ることも無く、当日を迎えてしまうことになるのか?
……いや。
一つだけ、この場を打開するアイディアが思い浮かんだ。

(こうなったら……近くのバカより遠くの一般人だ!)

思い立ったが吉日。
新八は脇目も振らず部屋を出て行った。

「あ、ちょっと新八さん!」

シャマルが声をかけるが時既に遅し。
新八は既に玄関をくぐり、薄暗くなった道を走り出していた。

「やれやれ、思春期のオトコのコってのは難しいねェ」

そう言って銀時は肩をすくめる。
しかしその隣では、はやてが真剣な面持ちで何かを考えていた。

「う〜ん……なんや心配になってきたなぁ……」

彼女なりに、新八のことを気に掛けているようだ。
幼女に色恋沙汰で心配されるとは、なんとも情けない話である。

「あ、そや!」

はやての脳裏で、豆電球に灯が点った映像が流れた……気がした。
ポン、と胸の前で手を打ち、笑顔で銀時達の方を向く。
銀時は思わず狼狽する。
この顔は間違いない。面倒な事を押し付けてくる時の、はやて特有の笑顔だ。

「みんなに一つお願いしたいことがあるんやけど、ええかな?」

銀時の考えは、寸分違わず当たっていた。



『1.電車侍:
 電車で痴漢から女の子を助けたらお礼がしたいから会いたいと言われました。
 これはデートなんですか? そしてデートとはいかようなものですか?』

新八は緊張した面持ちで、某巨大掲示板にそう書き込んだ。
ここは駅前のネット喫茶。
機械は少し苦手だが、近くの知人に相談できない以上致し方あるまい。
それにネット上でなら色々な人の意見が聞けるだろうし、なにより恋愛の話なんて、
冷静に考えれば顔見知りには照れくさくてできそうにない。
しばらく待ってブラウザの更新ボタンを押すと、意外にもすぐに返答が返ってきていた。

(あ、さっそく書き込みが。
 スゴイな。ホントに見てくれてる人がいるんだ)

インターネットなどの使用経験がほぼゼロに等しかった新八は、感心しながら書き込まれた内容を読む。

『2.フルーツポンチ侍:
 電車侍、ここは恋愛を語る女々しき場ではない。
 侍達が己の信念を叫ぶ場なり。板違いだ。即刻立ち去れ。』

(うわっ、スゴイ怒ってるよ! フルーツポンチ侍なのに!)

予想外の事態に新八はうろたえる。
だが、こんなことでめげる彼ではない。
助けを請うため、さらに書き込みを返す。

『3.電車侍:
 スイマセン、フルーツポンチ侍さん。僕、こういうのホントに得意じゃなくて。
 でも本当に悩んでるんです。力になってくれませんか、フルーツポンチ侍さん。』

送信。
しばらくしてまた更新ボタンを押す。
返ってきた書き込みは、こうだった。

『4.フルーツポンチ侍:
 「フルーツポンチ侍」じゃない。
 桂だ。』

(ハンドルネームの意味ねェェェェェ!!
 つーか思いっきり知ってる人だし! 何やってんだよあの人、こんな掲示板で!
 遊んでる暇あるならはやてちゃん護りに来いやァァ! つーかフルーツポンチ侍ってなんだよ!!)

『5.フルーツポンチ侍:
 切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ
 切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ
 切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ
 切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ
 切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ』

画面一杯に映し出される「切腹しろ」の嵐。
さすがにこれには新八も怒りをあらわにする。

(うおおおお!! スゲー敵意むき出しだよフルーツポンチ侍!
 なんて嫌な野郎だ、モニター突き抜けて殴りに行きたい!)

冗談抜きにモニターの拳を叩きつけそうになる新八。
だが彼もいい年の男だ。
イカンイカン、冷静になれと自分を落ち着かせる。
改めて画面を見てみると、また新しい書き込みが一つ増えていた。

『6.まるで堕天使なお侍:
 ちょっといい加減にしなさいよ。ここは侍であれば何でも語っていい自由な掲示板よ。
 ちなみに私は剣術小町と呼ばれている美人な女剣士です。』

(あっ、新しい人だ。
 女の人……この人なら聞いてくれるかも)

多少の安堵感を覚えつつ、新八は書き込みを行う。

『7.電車侍:
 まるで堕天使なお侍さん。僕は彼女いない歴十六年のまるでダメな男です。
 女の子とのつき合い方が分かりません。どうすればいいですか。
 女性の意見を伺いたいです。』

『8.まるで堕天使なお侍:
 うふん、カワイイ坊やね。いいわ、お姉さんが手取り足取り教えてあげる。
 どう? オフで会わない?』



「……何をしているのだ、クアットロ」

「いっ、いや、何も……!」

突然背後からトーレに声をかけられ身を竦めるクアットロ。
彼女らの後ろから「いいか。あれが仕事の出来ない女の例だ。ああいう風にはなるなよ」「了解」などと言った会話も聞こえてきたが、
この際それは聞かなかったことにしておこう。



(うわっ……なんだよ、この人なんか気持ち悪いな)

ジト目でモニターを見る新八。
さすがに彼でも、あからさまな釣りには引っかからないらしい。

『9.フルーツチンポ侍:
 待ち合わせ場所はどこにしますか?』

「食いついたよフルーツポンチ侍ィィィ!」

思わず声を大にしてツッコむ。
周りの客達が何事かとこちらを見てくるが、そんなもん知ったことか。
これはもはや性分なのだ。
今さらどうすることもできん。

『10.まるで堕天使なお侍:
 ウソじゃボケェェェ!!
 お前は一生エロサイトでも見てろ!』

『11.フルーツチンポ侍:
 切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ
 切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ
 切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ
 切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ
 切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ切腹しろ』

(ここは侍が信念を語る場じゃないのかよ! 何してんのこの人達……アレ?)

呆れながらモニターを見ていた新八が、あることに気付きハッと目を見開いた。

(よく見たらフルーツポンチ侍じゃないぞ……フルーツチンポ侍ィィィ!?)



「局長、大変です。松平のとっつァんが痴漢の疑いで捕まりました」

「今仕事中だ! 後にしろォォォ!!」

山崎の報告を華麗に受け流し、近藤はノートパソコンのキーボードをひたむきに叩き続けた。



『12.フルーツポンチ侍:
 貴様ァァァ! 何者だ!?
 俺とほぼ違わぬ名を語るとは不届き者めェ!』

『13.フルーツチンポ侍:
 まぎらわしいんだよ、すぐに改名しろ!
 フルーツチンポは俺のもんだ!!』

『14.フルーツポンチ侍:
 切腹しろ切腹しろ
 切腹しろ切腹しろ
 切腹しろ切腹しろ』

『15.フルーツチンポ侍:
 >>14が切腹』

『16.フルーツポンチ侍:
 >>15こそ切腹』

(オイぃぃぃぃぃ! スゲー不毛な争いしてるよ!!)

ネット上で繰り広げられる苛烈なポンチ争いに新八は辟易した。

(……ああ、やっぱりダメだ。こんな他人に無関心な冷たい時代に、
 僕の小さい悩みなんて聞いてくれる人、いるわけないよな)

半ば諦めた様子で、ばたっと机の上に突っ伏す。

(……つくづく自分が嫌になるよ。なんでも人に聞かないと動くことが出来ないマニュアル人間なんだ、僕は。
 僕みたいな奴に、恋愛なんてする資格はないん……)

そこまで考え、ふと視線を上げた。
モニターには、新たな書き込みが表示されていた。

『17.銀色の侍:』

(……!!)

ハッとし、画面を食い入るように見つめる。

『電車侍、お前は何にそんなに臆する?
 何がそんなに恐い?』

(まさか……)

『デートで失敗するのが恐いか?
 フラれるのが恐いか?
 傷つくのがそんなに恐いかコノヤロー。』

心当たりのあるハンドルネーム。
見知った口調。
新八は辺りを見回した。

(銀さっ……なんで……こんな、なんで……知ってるんだよ。
 まさか……ここにいるのか?)

だが、銀時の姿は見当たらない。
新八は、改めて画面を目にする。

『人間が恐れるものは二つある。
 それは死と恥だ。』

画面には、そう表示されていた。

『死を乗り越えようなんてのはバカがやることだ。
 だが恥を乗り越えようとする奴を俺は笑わねー。俺はそういうバカが好きだ。
 思いっきりぶつかってこい、電車侍。
 恥をかいてこい、電車侍。
 恥をかいた分だけ、お前はきっと強くなるぞ。
 ……行け! 電車侍!』

新八の中で、何かが吹っ切れた。
そうだ、恥を恐れていちゃ何も出来ない。
恥を恐れ逃げ回り、そのせいで大切な"今"を取り逃したらどうする!
新八は立ち上がった。
席を立ち会計へと向かう彼の背は、まさしく漢の背中だった。

『18.銀色の侍:
 ちなみにこの書き込みを見た人は、三日以内に
 『喫茶翠屋、現在全品三割引セール中』
 という書き込みを一万件書き込まないと、四日後の夜十二時に死にます。
 これは本当です。
 実際、僕の友達はこれを見た四日後に十七分割されて江戸城の堀に沈められました。』



「「「……どんな宣伝んんんんんん!!!?」」」

「あ、やっぱり駄目だったかな?」

どうみても荒らしにしか見えない書き込みをする店主の後ろで、高町三兄妹は声を大にしてツッコんだ。
意外とシュールコメディにも対応できる人物達である。
危うし新八。



「「マジでかァァァァァ!!」」

一方、モニターの向こうでは桂と近藤が悲痛な叫びを上げていた。
意気消沈した様子で、二人はキーボードを叩く。

『19.フルーツチンポ侍:
 ……あの……フルーツポンチ侍さん見てますか……。
 もし見てたら……あの、協力して五千件ずつ分け合いませんか?』

『20.フルーツポンチ侍:
 御意。色々打ち合わせも必要だろうから、一度実際会いましょう。
 明日の午前十一時に家康像の前で待っています。』

『21.フルーツチンポ侍:
 分かりました。じゃあ僕は左手にフルーツポンチを持っていくんで、
 フルーツポンチ侍さんは右手にフルーツポンチを持って立っていて下さい』



翌日。

「コォー……」

駅前広場の家康像前に新八はいた。
寺門通親衛隊隊服を身に纏い、木刀を身体の真正面の地面に突き立てるその姿は、明らかに回りから浮いていた。
そんな彼から少しばかり離れた植え込みの影。
そこに四つの人影があった。

「オイオイ、戦争にでも行くつもりですかアイツは?」

呆れ顔で銀時は呟いた。
まったく、何でこんなことになってしまったのか。
昨日の事を思い返す。
あの後、新八を心配したはやてに尾行を頼まれ、神楽、ヴィータ、シャマルを連れて彼の動向を見守ることになってしまったのだ。
我ながらお人好しである。

「……一人だけ出てるオーラが違いますね……」

頬に手を当て、シャマルは乾いた笑いを漏らす。
その隣ではヴィータがつまらなさそうな顔で口を尖らせていた。
どうやらじっとしているのが苦手らしい。

「なぁ、そのデートの相手っていつになったら来るんだよ?」

いい加減飽きてきた様子でヴィータがぼやく。
その時、神楽が新八のいる方を指差して呟いた。

「もしかして、あれじゃないアルか?」

他の三人も新八の方を見る。
新八の目の前には、嬉しそうに彼に話しかける、丈の短い着物を着た猫耳の女性がいた。

「うおっ、マジで猫耳だよ。スゲーなオイ」

「あーあ、ザフィーラもあれくらい愛嬌があったらなぁ……」

口数も少なく無愛想な盾の守護獣を思い浮かべ、ヴィータは言う。
彼女の呟きに対し、シャマルは何気なしにこんなことを言った。

「あら。じゃあ、今度メイド服でも着せてみる?」

「「「絶対にやめろ」」」

シャマルの末恐ろしい発言に、三人は口を揃えて全力否定する。
なんて事を言うんだこの女は。
八神家から大量殺戮兵器を生み出すつもりか?
そうこうしているうちに、新八は件の女性と歩き出してしまった。
それに気付き、銀時達は大慌てで彼の後を追った。
スニーキングミッションの開始である。



「……あのォ……フルーツポンチ侍さん?」

「え? ……フルーツチンポ侍さん?」

新八達が広場から姿を消した頃。
家康像の裏に二人の男がいた。
鬱陶しいくらいのロン毛の男と、なんかゴリラっぽい男。
右手にフルーツポンチの入ったガラスのボウルを持った二人の男は、両人とも大き目の笠を被り、その顔はよく見えない。

「なんだァ、隣にいたんじゃないですかァ」

「いや、左手って言ってたのに右手にフルーツポンチ持ってたから」

ロン毛の方の男が手にしたフルーツポンチを掲げ言う。
ゴリラっぽい男はバツが悪そうにフルーツポンチを左手に持ち替えながら言った。

「ああ、スイマセン。見た側の気持ちで考えてました」

「いや、電脳空間では失礼致した。私がフルーツポンチ侍です」

そう言い、ロン毛の男は笠を取った。

「しかしエラい事になりましたな。三日で一万件もどうさばきましょう。
 あっ、私がフルーツチン……」

ゴリラっぽい男もそれに倣って笠を取り……二人の男は絶句した。
手にしたフルーツポンチが地面に落ち、ガラスの割れる音が空しく響く。

『あああああああああ!!!!』

男達の叫びが青空に木霊した。
奇跡的なバカ二人の邂逅である。



その頃の八神家。

「……猫耳かぁ……」

リビングにて、真剣な面持ちで定春と何かを話している……ように見えるザフィーラを見、はやては呟いた。
何気なしに自分の周りの人物が猫耳を装着した姿を思い浮かべてみる。
……あ、結構面白いかも。
などと考えていると、突然リビングの扉が開け放たれた。

「主、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか」

そう言って中に入ってきたのはシグナムだった。
はやては彼女の方に向き直り、小首を傾げる。

「ん? どないしたん? シグナム」

「実は、我々の騎士甲冑のことでお話しが……」

「騎士甲冑?」

きょとんとした表情でシグナムを見る。
甲冑というと、テレビや漫画でよく見るあのゴツい鎧のことだろうか。
シグナムは肯定の意を込め、そのまま話を続けた。

「ええ。我々は武器は持っていますが、甲冑は主に賜らなければなりません。
 自分の魔力で作成いたしますので、その形状のイメージをお願いしたいのです」

はやては難しそうな顔をする。

「そっかぁ……そやけど、私はみんなを戦わせたりするつもりはないから……」

額に握り拳を作り、しばし黙考。
そして何かを思いついたらしく、顔を上げてシグナムに問いかける。

「そや、服でええかな? 騎士らしい、カッコええ服!」

「ええ、構いません」

承諾を得たはやては、途端に上機嫌になる。

「ほんなら、みんなが帰ってきたら資料探しに行こーな。
 頑張って、カッコええの作らななぁ」

純粋で、心底嬉しそうな笑顔。
無垢な主の姿に、シグナムはしばらくの間見とれていた。