なの魂(旧版)

前回までのあらすじ。
電車で酔っ払いにからまれている猫耳娘を助けた新八さんは
なんやかんやで娘とデートすることになったのでした。

「……あの、いいですか? こんな感じで」

大きめのサングラスをかけ、週刊少年マガジンを手にしたシャマルが不安げに言った。
今、彼女らは駅の近くの大きな喫茶店にいる。
新八と件の女性がこの店に立ち寄ったので、その動向を見守るためだ。
四人は屋外のテラスに並べられた、大量のテーブルの一番奥……新八達が座っている席から、最も離れたテーブルに座していた。
同じようにサングラスをかけた銀時が、手にしたジャンプを読みながら言う。

「なんやかんやってなんだよ。もっとちゃんと説明しろ。
 俺達が尾行してる状況も含めて」

あの、その……。
こういうことするのは初めてなので、よく分からないのでした。

冷や汗を垂らしながらシャマルがナレーションを行う。
銀時は頭を押さえながらため息をついた。

「分からないのでしたってそんな無責任なあらすじ、聞いたことねーよ。
 しゃーねェ、ここは俺が手本を見せてやる」

チョコレートパフェが美味かったのでした。

「それお前個人のことだろ。
 お前らさぁ、最後に『でした』ってつければ何でもいいって思ってるだろ」

呆れ顔で呟くヴィータ。
やたら尖ったサングラスをかけている彼女は、なんというか近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
そんな彼女に構うことなく、シャマルはナレーションを続行する。

確かに、あのパフェは美味しかったのでした。

「ちょっと黙ってるネ、シャマ姉。私がやるヨ」

スキーゴーグルのように、真ん中の部分までグラスになったサングラスをかけた神楽が、自信満々にそう言い放った。

『侍の国』
私達の国がそう呼ばれたのは、今は昔の……。

「オイ、戻りすぎだ! 何話分のあらすじ!?」

順を追って説明していくのでした。

お前はもう黙ってろなのでした。

いえ、銀時さんこそ黙っていてくださいなのでした。

テメーらまとめて黙ってろなのでした。



なの魂 〜第十四幕 だから男がリードしないとダメだって〜



などと四人が漫才を繰り広げている間、新八が何をしていたかというと……。

「新八さん? そこ目です、新八さん」

熱々のお茶を顔面に垂れ流していた。

「あつぁばァァ!!」

椅子から転げ落ちそうになる新八。
熱いと言うか、痛い。
見ているこっちも痛い。

「ああ大変! すいません、何か拭くものを!」

と猫耳の女性は側にいた店員に頼む。
拭くものより救急車を呼ぶべきだと思うのだが、そこはツッコんではいけないのだろう。

「大丈夫ですか? どうしたんです? ヤケドとかしてませんか?」

店員からおしぼりを受け取り、新八の袴にかかったお茶を丁寧にふき取る女性。

「ああ、ゴメン。大丈夫」

そう言って新八は彼女を見下ろす。
彼女が急に顔を上げ、目が合ってしまった。
新八は咄嗟に目を逸らす。

(くっそォォォ! きたないぞ、猫耳!
 なんでこんなカワイイ娘にこんなカワイイものがついてるんだ! 兵器だよ、コレはある意味)

恐るべし、猫耳。
さすが全世界共通の萌えパーツである。
萌えは世界を救うとはよく言ったものだ。
そこまで考えたところで、何故か満面の笑みでサムズアップを見せるザフィーラを思い浮かべてしまい、新八はげんなりした。

(……いや、こっちも違う意味で兵器だけど)

盾の守護獣は、彼らの中では完全にネタキャラとして確立されてしまったようだ。
まだ何もしてないのに。

(軍曹ォォ! 今なら猫耳に走ったお前に気持ちが僕にも分かるぞ)

新八は目尻に涙を溜め、自ら処刑した幹部の男を思い出す。

(猫耳はスゴイ! 猫耳万歳!
 僕はバカヤローだ。なんにもわかっちゃいなかった。
 殴られなきゃいけなかったのは僕の方だったんだ、軍曹。
 とんだ卑怯者だよ、僕は。ホントは、こんな所でこんな事する資格なんて僕にはないのに……)

消沈した面持ちで視線を落とす新八。
そんな彼に、袴を拭き終わり自分の席に戻った女性が声をかけた。

「あの、新八さん。昨日は本当にありがとうございました。
 私、まさか来てくれると思ってなかったからスゴク嬉しいです」

そう言い、目の前のコーヒーカップに手を伸ばす。
カップをゆっくりと持ち上げ、口元へ持っていき……。

「一度ちゃんと会ってお礼をと……お礼っていうか、ホントはあの……あなたに」

「そこ、目ですよ」

新八と同じように、顔面に思いっきりコーヒーをぶっかけた。

「え? ……いや! 私ったら何やってるのかしら!」

慌ててカップを戻し、自分の顔をハンカチで拭き始める。
一通り綺麗になったところで、彼女は恥ずかしそうに新八を見た。

「おかしいなァ。なんだか私、ドキドキしてるみたい。……てへっ」

紅潮した愛嬌のある顔を新八に見せ、小さくペロッと舌を出し自分の頭を小突く。
恋愛経験値ゼロの男ならば確実に落ちるであろう、可愛らしい仕草だった。

直後、彼女らの遥か後方から何かが砕け散るような音が聞こえてきたのだが、彼女らは全く気にしなかった。



「……あの、ちょっと何してんの君達?」

銀時は呟いた。
無理もない。
いきなり目の前で、おしとやかそうなお姉さんが無表情でマガジンを真っ二つに引き裂いたり、
色気の足りない少女二人が素手でテーブルを粉砕している有様を見れば、誰だってそう言いたくなる。
……まあすぐに治まるだろう。
そう思い直し、銀時は手元のジャンプに視線を落とした。
彼は気付いていなかった。
本当の地獄が、すぐ目前まで迫っているということに。



(やめろォォ! やめてくれェェ! そんなカワイイ仕草をするのはァァ!!
 どツボ突いてきやがる! 整体師並の正確さでどツボ突いてきやがる!)

経験値ゼロの新八は、やはり撃墜されていた。
頬を染めて目の前の女性に見とれる。
女性はやはり、恥ずかしそうに新八を見ながら控えめに言った。

「あの……それで、ちょっと場所を変えてもよろしいでしょうか?
 ここだと騒がしいし、人目が多いと少し恥ずかしいですし……」

「え? ……ああ、まァ、いいですよ」

別段断る理由も無かったので、新八はあっさりと了承する。
女性は嬉しそうに、安堵の息を漏らした。

「よかったぁ……ありがとうございます」

そして頬を染めながら、ポツリと呟く。

「私、あの……憧れの人と二人きりになるのが夢だったんです。
 ……あっ、言っちゃった〜」

俯き、新八から顔を背ける女性。
これまたどツボを突いた仕草である。
新八の心は揺れに揺れ動いていた。

この仕草のおかげで、どこかの誰かさん達のスイッチが入ってしまったのだが、彼らには知る由も無かった。



「何コレ! 何ですかこの気持ち! 物凄くイライラするんですけど、あの娘!
 どうしたらいいんですか!? 私はどうしたらいいんですか銀時さん!!」

「なんか黒いのがァァァ!! 胸ン中にダークマター的なものがァァァ!!」

「とってェェ!! この黒いやつとってェェェ!!」

キレた。
とうとう女性陣がキレた。
シャマルが叫び、ヴィータが吼え、神楽の雄たけびが轟く。
ちなみに、彼女らの怒りの矛先は全て銀時に向けられていた。

「あだだだだだ!!!!」

怒れる戦乙女達の仮借ない連打を受け、銀時は悲痛な声を上げる。
一体俺が何をした!?
理不尽な感情を抱くも、そのあまりの気迫に銀時は彼女らに抗うことが出来なかった。



「そ、そんな大げさな。じゃあ……行きましょうか」

どもりながら、新八は席から立ち上がった。
女性は嬉しそうな顔をし、うっすらと目に涙を浮かべた。

「あ……はいっ! ……よかった、勇気出して……。
 アレ? なんでだろ、前がかすんで見えないや」



「「「一生何も見えなくしてやろーかァァァ!!!」」」

銀時は泣きそうになっていた。割と本気で。
シャマルに関節技をかけられ、ヴィータにボディブローをしこたま叩き込まれ、挙句神楽には首の骨を折られそうになる。
これで泣くなという方が無理だ。

「だから何で俺!? 直接いけって!!!」

銀時は苦しそうな顔をし、うっすらと目に涙を浮かべた。
もうやめて! 銀さんのライフはとっくにゼロよ!



「あの、手を繋いでもいいですか?」

「えっ!? あ……じゃ……ハイ」

控えめに手を繋ぎ、席を離れる新八達。
その後ろでは阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されていたのだが、新八はそんなことに気付くほどの余裕は持ち合わせていなかった。



大江戸警察署、取調室にて。

「なんだこりゃ?」

目の前の机の上に拳銃を置かれ、彼――警察庁長官、松平片栗虎は眉をひそめた。
机の向かいに立った土方が、ジト目で松平を見ながら言う。

「奥さんが、痴漢の旦那なんていらねーってよ。
 あの人は切腹なんて臆病で出来ないだろうから、潔くそれで頭をブチ抜けとのことだ」

それを聞き、松平は不敵な笑みを浮かべた。
用意されたパイプ椅子に座ったまま、ふてぶてしく両足を組み机の上に乗せる。

「あの女もわかってねーな。俺は微かな物音にさえ飛び上がってしまうくらい臆病な男だ。
 痴漢をする度胸なんて、あるはずもねーよ」

無駄に渋い声でそう言い放つ松平。
土方の隣に立っていた沖田は、無言で机の上の拳銃を手に取り、その銃口を松平の眉間に向けた。

「見苦しいぜとっつァん。汚名を着たままおめおめ生きてく位なら、武士らしく潔く死にな」

「オメーみてーな奴が、なんかあったらスグ練炭自殺とかしちゃうんだよ。
 生きるって事はそんなカッコイイもんじゃねーんだ。ホントにカッコイイってのは恥かいても泥すすっても生きてく奴のことだ」

直後、取調室から銃声が響いた。
銃口から硝煙が立ち昇り、ゆらゆらと不気味に蠢いていた。
松平は身体を大きく反らした状態のまま、ピクリとも動かなかった。
辺りを重苦しい空気が包み込む。

「……普通撃つか?」

沈黙を破ったのは土方だった。
眉一つ動かさずそう言い、土方は煙草を灰皿に押し付ける。
沖田は顔を手で覆い、身体を小刻みに震わせた。

「これ以上……とっつァんのあんな姿、見てられなかったんでィ」

消え入りそうな声で言い、土方の両肩に手を乗せる。
沖田は顔を伏せ嗚咽を漏らし、後悔の念に駆られるかのように呟いた。

「土方さん……ぐすっ。
 人間って奴ァ、どうしてこう……」

「…………」

その時になって、土方は違和感を感じた。
右手が重い。
不審に思い、眼前まで手を上げてみる。
何故かその手には、先程沖田がぶっ放した拳銃が握られていた。

「……普通撃つか?」

土方の隣で、沖田が冷や汗を垂らしながらそう呟いた。

「何勝手に俺が撃ったカンジに編集してんだァ!? 何その汗!? スゲームカつくんだけど!!」

「みんなァァァ来てくれェェェ!!! 土方さんが! 土方さんが乱心して……。
 俺もうどうしていいかわからねーよう!」

「ちがうちがう! ちがうからねェェェ!! 俺じゃないからねコレは! てめっ、いい加減にしろよ!」

沖田の胸倉を掴み、首筋に刀を突きつける土方。
この状況、部外者からすれば、松平を抹殺した土方が口封じに沖田を殺そうとしているようにしか見えない。
いや、沖田を殺そうとしているのは割と本気なので、誤解とも言い切れないのだが。

「手帳がよう……どこにも見当たらねーんだ」

机の向かいから、無駄に渋い声が聞こえてきた。
二人は声のする方に視線を向ける。

「痴漢騒ぎがあった日から、警察手帳が財布ごとドロンよ。……どう思う?」

弾丸で髪の毛を削り取られ、逆モヒカンになった松平が二人に問いかけた。



(……これはもうどこからどう見てもデートだ。
 手ェ繋いでるし……心臓ドキドキいってるし……)

その言葉通り、新八の心臓は未だかつて無いほどに拍動していた。
コレもう放っといたら、北斗の拳のザコみたいに爆発すんじゃないの?
そんな事を考え……ふと視線を上げる。

(……アレ? いつの間にかちょっとなんか変な通りに入り込んでない?)

気が付けば彼らは、両脇をビルの挟まれた、細長い路地に入り込んでいた。
視線を上げると、いかがわしそうな文字の羅列が刻まれた看板、看板、また看板。
俗に言うラブホ街と言う奴である。

(嫌だな、そーいう事企んでると思われるじゃないか)

実はちょっとだけ考えていたのだが、まあそんなモン口に出せるはずが無い。
新八は眉をひくつかせる。

「あ……あの、エロメスちゃん。この通りあんまり面白いものないから……もうちょっとあっちの通り行かない?
 大通りの方……」

通りの向こうを指差し、新八は言った。
というか、そんな名前だったのかこの女性。

「新八さん、私ちょっとはしゃぎすぎで疲れちゃったみたい。
 ……どこかで休憩しませんか?」

しかしこのエロメスさん、新八の話など全く聞いていない様子である。
上気した頬に手を当て、恥ずかしそうに一つの看板を指差した。

「……あのホテルなんか、安くていいんじゃないかな?」

時が止まった……ような気がした。
もう一度言うが、ここはラブホ街である。
ビジネス街などではない。
そんな場所で、ホテルと言えば……まあ、お察しの通りだ。
クリスマスやバレンタイン辺りに繁盛しそうな、あのホテルである。

(マジでェェェェェェェェェェ!!!!
 ウソッ!? え? 何? イキナリそーいうカンジ!?
 だってまだ会って全然……え? そーいうカンジなの!?
 玄関開けたら二分で「あはん♪」!?)

新八は焦った。
そりゃもう焦った。
鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔をし、そして目を血走らせる。
誰だってこんな状況に置かれれば混乱するだろう。
筆者もテンパる自信がある。

(最近の若者は乱れているとは聞いていたけど、戦国乱世並みの乱れ方じゃないか!
 無理だ!! 僕には出来ない! そりゃあ、こんなカワイイ娘とそうなれたらアレだけども!
 僕はまだ少年だし、ここは全年齢板だ! そんなマネしてみろ、確実にスレで村八分になる! 今までやってきた苦労もパーだ!)

いや、苦労した。
十三話も書くのは本当に苦労した。
それが一瞬で水の泡となるのである。たまったものではない。
新八は真剣な面持ちで……ラブホの入り口に立った。



「……とか何とか言って、結局入ってるじゃねーか」

ビル群の間から銀時がひょっこり顔を出す。
絆創膏だらけになったその顔は、見ていて痛々しい。
そんな彼に連なるように、シャマル、神楽、ヴィータも順々にビルの影から顔を出す。
その姿は、さながらトーテムポールのようだった。

「不潔ヨ! 男はみんな狼アル!」

虫ケラでも見るかのような目で言う神楽。
そんな彼女の上で、シャマルは不思議そうに問う。

「ところで銀時さん。ここって、一体何をするところなんでしょうか?」

「ナニをするところだよ。まァあれだ、ベッドの上で男と女がチョメチョメ……」

さすがに年頃の娘がいるので、危ないところは伏せて答える。
シャマルは顔を真っ赤にし、両の手を頬に当てながら上擦った声で呟いた。

「まぁ……! と……ということは新八さんもこの中で、出したり入れたりな淫らな行為を……!」

「オィィィィィ! 俺ですら伏せてんのに何でお前がモロ出しなんだよ!」

思わずツッコむ銀時。
いくらなんでも、出したり入れたりは無いだろう。
一方のシャマルはというと、銀時達から少し離れ、頬に手を当てながらクネクネと身悶えしていた。
今の彼女の脳内を色で表すとしたら、間違いなくショッキングピンクであろう。

「ウゼーよこの女! マジでウザいんですけど! なんでコイツだけ修学旅行のノリなんだよ!」

どうやら銀時は妄想逞しい女性は好みではないようである。
心底疎ましそうな表情でシャマルを見る。
しばらくすると彼女はハッと我に帰り、恥ずかしそうに口元に手を置いた。

「……すみません。殿方と手を繋いだことすら無いもので……」

「言うか? 大の男にコブラツイストかけた奴が言うセリフか? ソレ」

この女、意外と耳年増である。
しかしだからといって、別世界にトリップするほどの妄想をしていい理由にはならない。
銀時は面倒くさそうに頭を掻いた。

「まァいい。とにかく行くぞ」

そう言ってシャマルの襟首を掴み、ズルズルと引き摺ってビルの間から出て行く銀時。
その姿はなんとなく、悪戯した子猫を摘み上げる飼い主を連想させた。

「え? あ、あの銀時さん?」

突然の事に困惑するシャマル。
なんとなく嫌な予感が彼女の脳裏を過ぎる。
そしてその予想は、見事に的中することとなった。

「俺一人で行ったら怪しまれるだろーが。お前も来い」

そう言う銀時が向かう先は……先程新八達が入っていったラブホ。
いや、まあ分かる。
さすがに神楽やヴィータを連れて行くのは、倫理的に問題があるのは分かる。
外見年齢が銀時とほぼ同じな、シャマルが連れて行かれるのは至極当然だろう。
が、しかし……。
シャマルが理解していたのは「ラブホに、強制連行」という二つの事実だけであった。
当初の目的をすっ飛ばし、何故かこの二つだけを脳にインプットしてしまったらしい。

「え、えェェェェェ!!? ち、ちょっと待ってください! あの、私達まだそういう関係でもないですし!」

再び脳内をピンクに染め、通常の三倍の速度でジタバタするシャマル。
が、まあ歴戦の侍を振り払うことが出来るはずも無く。
少しずつ確実に彼女はヘヴンズゲートへと近づいていった。
そしてそのことにより、シャマルの妄想はさらに加速する。

「安心しろ。未来永劫そういう関係にはならねーから」

彼女の脳内がピンクからモザイクに切り替わってきた辺りで、銀時が冷ややかに声をかけた。
だがしかし、彼の言葉はシャマルの耳に届く前に、どこかに次元跳躍してしまったらしい。

「ヴィ、ヴィータちゃん助けてー!」

涙ぐみながら鉄槌の騎士に訴えかける湖の騎士。
鉄槌は至極真面目に、こう応えた。

「初めての時は女が上になったほうが痛くないって聞いたぞー」

「お前ら国へ帰れェェェェェ!!! お願い! 三百円あげるから!」

かなり本気で銀時はそう叫んだ。



(……って言ってる間にどこォォォここォォォ!!)

ラブホです。
気が付けば新八は、ベッドの上で正座をしていた。
辺りを見回すまでも無く、彼は今の状況を把握する。

(ヤバイ! マズイ! イカンぞ! なんとかしないと、コレは……)

そんな彼の前に。

バスタオル一枚を纏った天使が現れた。

「あの、次どうぞ。私……布団で待ってますから。……永遠に」



(アク禁なんて知るかァァァァァ!!!)

鬼のような形相でシャワーを浴びながら彼は思った。
いや、実際にされたら困るのだが、彼にとってはそんなことはもうどうでも良かったのだ。

(ここまできたら引き下がれるかァ! 据え膳食わぬは男の恥というではないか!
 全年齢板がなんだ! 多分なんか「こっから先はR指定だ」的なノリでごまかしてくれるはずだ!
 大丈夫だ! 絶対大丈夫だ!!)

あまりにも無責任な思考を巡らせ、覚悟を決める新八。
その表情はまるで、戦場に赴く戦士のようであった。

(男、志村新八!! 本物の男になります!!)



「銀時さんっ! 私あのベッドが回る部屋がいいですっ!」

多数のモニターの一角に映し出された部屋を指差し、シャマルはそう言った。

「ノリノリじゃねーかァァァァァ!! もうウゼーよダリーよメンドクセーよコイツ!
 だいたい何でそんな高い部屋!? お前が回りゃ済むことだろーが!」

ほとほと呆れた様子で捲くし立てる銀時。
しかし別にシャマルはノリノリというわけではなく、むしろヤケクソ気味だったりする。
生まれたてのバンビのようにガクガク震えている足と、ガチガチに固まったその表情を見ていただければ理解できるだろう。

「あの、道具とかもサービスしてますよ。ろうそくとかムチとか」

受付のお兄さんが、空気を読まずにそんなことを言ってきた。

「あー、いや、それより……」

新八のことを聞き出そうと、銀時が口を開く。
しかし銀時が言葉を言い切る前に、シャマルが横から会話に割って入ってきた。

「あ、大丈夫です。自前の縄がありますので」

と、待機状態のデバイスをかざす。
……縄?

「お前もう黙ってろ! 話がややこしくなる!」

シャマルを一喝し、銀時は受付に向き直る。

「それより、このホテルに眼鏡と猫耳の若いカップル来ませんでした?」

「悪いけど、そういうのは喋っちゃいけないことになってるからねェ。
 それよりさァ、アレ……なんとかしてくんない?」

そう言ってお兄さんは、二人の後ろを指差す。
入り口の方でチャイナドレスの少女と、赤白のパーカーにデニム生地のミニスカートを見に纏った女の子が
隠れるようにこちらを覗き込んでいた。

「おたくらでしょ? アレ連れてきたの。ウチ子供は入れられないからね、困るんだけど」

「だから大人って嫌い! 不潔よ! 淫よ! インモラルよ!」

「そうだそうだ! いんもらるだぞ!」

二人の少女は口々に喚く。
ミニスカの方は、明らかに言葉の意味を理解していない様子だったが。

「パパなんて大嫌い!」

「パパスなんて大嫌いだ!」

「「どういう設定?」」

訳の分からないことを口走る夜兎の少女と鉄槌の騎士を見、銀時とシャマルは辟易する。
その時だ。
銀時は突然、背後に人の気配を感じた。
振り向き、そちらのほうを見やる。

「ん? ……アレ?」

どこかで見たような女性が、入り口の方へ向かっていくのが見えた。



「……あれ? エロメスちゃん? アレ? どこいったんだろう?」

待っているはずの女性の姿が見当たらず、新八は辺りを見回した。
ふと視線を落とす。

「ん? なんだァ? このカード」

ベッドの上に、黒猫の柄がプリントされたカードが一枚置かれていた。



「なんだァこのカードォォ!!」

黒猫の柄がプリントされたカードを見て、土方と沖田は爆笑した。

「笑い事じゃねーんだよォ! こっちはそいつのせいで痴漢に仕立て上げられちまったんだぞ!」

そんな彼らを、松平は一喝する。
土方と沖田は顔を見合わせ、揃って肩を竦めた。

「居酒屋で一人で飲んでたら女に声かけられてよう。コイツがまた聞き上手で、俺のグチも進んでな。
 すっかり意気投合して。いい店知ってるっつーからついていったらよう。電車で急に騒ぎ出して。
 気が付いたら痴漢になってて、警察手帳と財布がなくなっててかわりにそのカードが」

そう言って松平は、沖田が手にしたカードを指差した。
カードの裏面……黒猫がプリントされていない方の面には、こう書き記されていた。

――あなたのハートと財布はいただいたわ。 怪盗キャッツイアー

「いや、ホントやられたよいい年こいて。でも言っとくけどアレだよ。ハートは盗まれて無いから俺は。
 ハートは三十年前にもう母ちゃんに盗まれてるからオジさんは」



『あああああああああ!!』

二人の侍の怒鳴り声が、江戸の空に響き渡った。



「待ちやがれコノヤロォォォ!!」

そう叫びラブホ街を全力疾走する銀時の先には、件の猫耳の女性。
ふん捕まえて事情を聞きだそうと思ったのだが、これがまたすばしっこいのなんの。
シャマルのバインドを軽々と避け、逃げおおせるその姿はまさに猫そのものだった。

「待てって……言ってんだろーがァァァ!!」

業を煮やした銀時が、木刀をブーメランのように投げつけた。
しかし猫耳の女性は大きく跳躍し、それすらもあっさりと避けた。
看板の上に降り立ち、女性は高笑いをする。

「キャハハハハハ! 何あなた達、あの子の家族ですかァ!?
 バカヅラさげて何? あの子が心配でついてきたのォ?」

眼下で呆然と立ち尽くす男女を見下ろし、女性は声高々にそう言った。
その歯に衣着せぬ言い方に、シャマルは思わずムッとする。

「心配いらないわ。私はなんにもしちゃいない。弟さんの貞操も無事だしィ。
 私が欲しいのは愛だけ。そう、私は愛を盗む怪盗キャッツイアー」

懐から財布を取り出し、女性は言葉を続ける。

「この世で最も美しいもの、それは愛。お金にも宝石にも私は興味がないの。
 でも愛は目に見えない。ゆえに愛を奪った証に私は男の財布を拝借させてもらうの」

「訳の分からないことを……。要するにただの物盗りじゃないですか!」

シャマルが怒鳴るが、女性はまるで小馬鹿にしたように鼻で笑って彼女を見下ろす。

「あなた達の弟、傑作だったわ。今時あんな純情な子いたのね。
 コロリと騙されちゃって、可笑しいったらないわ。
 なんだかこっちまで初恋の頃みたいにドキドキしちゃって……これがあるからやめられないのよね」

思わず身を乗り出すシャマル。
銀時はそれを手で制止し、女性を見据える。
呆れたように肩を竦め、ため息を付きながら銀時は言った。

「オイオイ、ブリッコキャラはもうやめたのかい? 俺、アレ結構好きだったんだけどね」

女性はくすりと笑った。

「男ってホントバカよね。表層でしか物事を判断できない奴ばかりでさァ。
 あっ、ホンネ言っちゃった。私ったらドジ。てへっ」

ペロッと舌を出し、自分の頭を小突く。
最初は可愛く見えたそれも、今では相手を馬鹿にした小憎たらしい仕草にしか見えなかった。

「ブリブリブリブリうるっせーんだヨォォォ!!」

「うるせーんだよォォォ!!」

突然怒鳴り声が聞こえてきた。
女性は驚き、声のした方を見やる。
すぐ側のビルの屋上。
そこに彼女達はいた。

「ウンコでもたれてんのかァァァてめェはァァァ!!!」

番傘を担ぎ、神楽は猛々しく叫んだ。

「たれて……あ、いや、それはちょっと……」

鉄槌を担ぎ、ヴィータは神楽に倣おうとし……途中で言葉を止めた。
まあ当然といえば当然なのだが、さすがにウンコはNGらしい。
二人は跳躍し、女性目掛けてビルから飛び降りた。

「てへっ、なんて真顔で言える女にロクな女はいねーんだヨ」

「てへっ♪」

ペロッと舌を出し、自分の頭を小突くヴィータ。
案外可愛らしかったが、その印象は直後の彼女らの行動により、一気に掻き消される。

「「うおらァァァァァ!!!」」

危険を察知した女性は、咄嗟に看板から飛び降りた。
直後、二人の少女の得物が看板に振り下ろされる。
轟音と共に看板が奇妙な形に変形し、その場から崩れ落ちた。
飛び降りた女性は、予想外の出来事に目を見開く。
眼前に迫る巨大な鉄塊。
逃げようにも、この距離ではもう間に合わない。
女性は硬く目を瞑った。
直後、金属がひしゃげる様な凄まじい音と共に、辺りが砂煙に包まれた。

いつまで経っても、痛みは襲ってこなかった。
もしかして、苦痛を感じる間もなく自分は死んでしまったのではないだろうか。
女性はうっすらと目を開けた。
砂煙で見え隠れする向こう側。
そこには、どこかで見たような法被を着た男性が立っていた。

「新八ィ!」

銀時が叫んだ。
そう、新八だ。
いつの間にやってきたのかは知らないが、あろうことか彼は自分を騙した女性を、身を挺して助けたのだ。
新八は頭上で支えていた看板を、重たげに横に退かす。

「みんな、もうやめてよ!」

彼は叫び、自分の後ろで怯える女性を横目で見やった。

「……恋愛はホレた方が負けって言うだろ。もういいよ、僕別にエロメスさんのこと恨んでないし。
 ……むしろ感謝してる位なんだ」

そう言って彼は女性の方へ身体を向けた。
その顔に怒りなどは一切無く、ただ優しく、全てを包み込むかのような微笑みがあった。

「短かったけど、ホントに彼女が出来たみたいな楽しい時間が過ごせて……。
 だから、一つ言わせてください」

優しい口調で、彼は女性に歩み寄る。
目を閉じ、深呼吸を一度。
そして……。

「ウソじゃあああボケェェェェェ!!!」

……叫び、斬り抜けた。
あまりの剣圧に、木刀の周りの砂煙が渦を巻く。
一撃必倒。
そんな言葉が相応しい、鋭い一撃だった。
新八の渾身の打撃を受け、女性は昏倒した。
彼の勇姿を見、シャマルは笑顔で賞賛の拍手を送る。
神楽とヴィータは目を輝かせ「カッコいい……!」と呟く。
銀時だけは、顔を引きつらせながら乾いた笑いをあげていた。

新八の恋愛経験値が5上がった!
シャマルの新八に対する好感度が2上がった!
ヴィータの新八に対する好感度が2上がった!
神楽の新八に対する好感度が0に戻った!
銀時の新八に対する恐怖心が3上がった!



「あ、みんなおかえり〜!」

家に戻ってきた一行を玄関で出迎えてくれたのは、満面の笑みを浮かべたはやてだった。
何の前触れも無く上機嫌になっている主の姿を見て、ヴィータとシャマルは首を傾げる。
一方、万事屋一同はなんとなく嫌な予感を感じ、若干逃げ腰になる。

「ほらシグナム! みんなにも見せてあげへんと〜」

居間の方へ向かってそんなことを言うはやて。
しばらく待っていると、シグナムがおずおずと居間の入り口から顔を覗かせた。
それを見て絶句する一同。
シグナムは、かあっと顔を赤くし、無言で銀時達から目を逸らした。

……シグナムの頭には、ザフィーラのような獣耳がちょこんと乗っかっていた。

「ホンマは騎士甲冑に付けてあげたかったんやけどな〜。シグナムが本気で嫌がっとったから……」

と、残念そうにはやては呟く。
そんな彼女の手には、シグナムがつけているのと同型のヘアバンドが五つ。

「あ。心配せぇへんでも、みんなの分もあるよ〜♪」

そう言って嬉しそうに、手にしたヘアバンドを掲げる。
銀時達は顔を見合わせ……一斉にはやてに背中を向けた。

「……あ、ヤベェ。急に用事を思い出したような気がする」

「ヤバ、姉上にハーゲンダッツ買って来るように言われてたんだっけ」

「そういえば定春のご飯買ってなかったネ」

「シ、シャマル! アタシ達も神楽と一緒に!」

「そ、そうね! お買い物に行きましょうか!」

蜘蛛の子を散らすように外へ飛び出す五人。
そんな彼らを不思議そうな顔で見送った後、はやては微笑みながら呟いた。

「……みんな恥ずかしがり屋さんやなぁ」

「あの……主。そろそろ外してもよろしいでしょうか……?」

はやての後ろから、シグナムが控えめに言ってきた。
彼女の心境を反映してか、頭に付けた獣耳はしょんぼりと垂れ下がっていた。

「えー。結構似合ってるのに……」

やんわりとシグナムの願いを却下しつつ、はやてはヘアバンドを装着した。
大きな獣耳を揺らし、にぱーっと笑顔を向けるはやての姿は、とても愛くるしかった。