なの魂(旧版)

江戸の外れにある、稼動してるんだかしてないんだかよく分からない工場。
そこの一室で、無精髭を生やした白髪混じりの男――工場長が、煙草の煙を吐きながら手元の履歴書を見た。

「え〜と、山崎……ん? コレ何て読むんだ」

そう言って眉をひそめる。
彼の向かいで、ボトルコンテナを椅子代わりにして座っていた青年が答えた。

「『さがる』です。山崎退」

そう、彼の名は山崎退。
泣く子も黙る、武装警察真選組の監察である。
そんな彼が、何故このようなくたびれた工場に面接に来ているのかというと……。

「あ、そっ。おたくもリストラ? 最近は職にあぶれた侍で町あふれ返ってるもんな〜。
 かくいう俺も昔は腰に刀さしてたんだがね、今はコレさ」

そう言って工場長は山崎に工場の案内をする。
しかし勿論、彼は真選組をリストラされたわけではない。
彼のような監察・密偵が動く時。それは事件の匂いをかぎつけた時だけだ。

「まァここはアンタみたいな落ち武者が沢山いる。似た者同士、仲良くやってくれ。
 おーい、みーんな。新入りだぞ」

作業場まで山崎を案内した工場長は、従業員達に声をかける。
その場にいた者はみんな、好奇の目で工場長と山崎を見た。
なるほど。確かにみんなどこか人生にくたびれた様な顔つきをしている。
侍崩ればかりが集まっているというのは、あながち間違いではなさそうだ。

「うぃーす」

一人の従業員が元気よく返事を返した。
肩にかけた手ぬぐいで顔を拭くその男は、この場に似つかわしくないくらい若かった。
天然パーマの白髪。年齢は、まだ二十代前半くらいだろうか?
とてもリストラされて、ここに流れ着いたようには見えない。
山崎が疑念の目でその男を見ていると、ひとしきり汗を拭った彼が手ぬぐいを下げた。

――その男は、このような場所にいて良い人間ではなかった。



なの魂 〜第十六幕 一番似合う話が出る頃にはOP曲が変わってる〜



「いいいいい!! 万事屋の旦那!? アンタなんでこんな所に!?」

山崎は思わず大声を上げてしまった。
それはそうだ。
あのお騒がせ男が、なんでこんな場末の工場に?
山崎は銀時のそばまで寄り、コソコソと耳打ちをする。

「俺ですよ俺。真選組の山崎です。実は訳あって潜入捜査でここに潜り込んだんですがね……」

「オイ、言っとくけどそいつ記憶喪失で、昔のことなんも覚えてねーぞ」

「記憶喪失!?」

工場長の言葉に、山崎は再び大声を上げた。
銀時は申し訳なさそうな顔をし、山崎を見る。

「そういうことなんでスイマセン。旧知のようですが僕は覚えてないんで。
 えーと真選組の何? 真ちゃんとか呼べばいいかな?」

「ちょっとォォ!! 潜入捜査って言ってるでしょ!」

と銀時の頭を引っぱたく山崎。
直後に「あっ! 言っちゃった!」と言いながら口を押さえ、辺りを見回す。
他の従業員達は何事も無かったかのように作業を続けている。
どうやら、運のいいことに誰にも聞こえなかったらしい。
改めて銀時の顔を見直す。
彼は少しだけ不機嫌そうな顔をしていた。

「なんですかアナタ。人の頭パンパンパンパン、タンバリン奏者気取りですか。
 じゃあ潜入捜査の潜ちゃんとかどうですか」

「嫌がらせ? 山崎って言ってるでしょ」

「いや、覚えてないんでタンバラーで」

「覚えてないっつーか覚える気ねーじゃねーか!」

そこまで会話を続けたところで、山崎は違和感に気付いた。
……目が死んでいない。
目の前にいる男は、どこからどう見ても万事屋のあの男だ。
だが普段は死んだ魚のような目をしている彼の目には、いつもと違い光が灯っていた。
そういえば口調もいつもと違うし、一人称も『俺』ではなく『僕』だった。
だが、今の彼にはふざけている様子など微塵も無い。
どうやら記憶喪失というのは本当らしい。

「え? でも万事屋は? 他の連中はどうしたんですか?」

山崎が問いかける。
すぐには返事は返ってこなかった。
辺りをベルトコンベアーが流れる音だけが支配する。

「万事屋は……」

重たげに銀時は口を開いた。



シグナムは思わずため息をついた。
というのも、玄関先にずっと居座り続ける主の後ろ姿を見つけたからだ。
銀時が姿を消してから四日。
はやては食事や就寝などの時以外、ずっとこの場所に居続ける様になってしまった。
シグナムは静かにはやての後ろへ歩み寄る。

「主。いつまでもここにいては風邪をひいてしまいます。居間へ戻りましょう」

春先とはいえ、まだまだ気温は低い。
そんな時期に防寒も何もない玄関にずっと居ては、体に障ってしまう。
だがはやてはシグナムの言葉に対し、首を横に振った。

「……もうちょっとだけ……」

そう言って玄関の扉を見続けるはやての身体は、小刻みに震えていた。
やはり寒いのを我慢して、ずっとこうしていたのだろう。
シグナムは困った。
主の身を考えるなら、無理やりにでも居間へ連れて行くべきだ。
しかし主はそのことを許さないだろう。
実際に昨日、ヴィータが居間へ連れ戻そうとした時などは、凄い剣幕で怒られてしまった。
どうしたものかと首を捻るシグナム。
そんな彼女の視界の片隅で、何かが動いた。

(シグナム)

(ん?)

念話が聞こえてきた。
辺りを見回し、そして目線を下にやる。

(これを使え)

綺麗に折り畳まれた毛布を背負った蒼い狼――ザフィーラがいた。
彼の妙に空気を呼んだ気遣いに若干驚きつつ、シグナムは毛布を手に取った。
そしてそれを広げ、はやての両肩から彼女を包み込むように掛ける。
掛けられた毛布を胸元へ手繰り寄せながら、はやては呟いた。

「なぁ、シグナム……」

「……なんでしょうか」

はやては、すぐには続きを言わなかった。
まるでその言葉を口に出すのを恐れているようだった。
シグナムは静かに主の言葉を待つ。
しばらくの間をおいて、ようやくはやての口から次の言葉が紡ぎ出された。

「……銀ちゃん、もう戻ってこーへんのかな……」

彼女の声は震えていた。
シグナムはすぐに答えることが出来なかった。
こういう時、一体どういう言葉をかけてあげればいいのか。
彼女にはそれが分からなかった。
長い沈黙。
ようやくシグナムは口を開く。

「……分かりません。ですが、いざとなれば、我々が草の根を分けてでも探して……」

「……違うんよ……」

はやては首を横に振り、言った。
ひどく寂しげな声だった。

「今の銀ちゃんは、銀ちゃんやない……私はな……」

ふっと目を閉じ、肩の毛布を掛け直す。
再び開かれたはやての目は、遠い昔を懐かしむかのような、寂しい目だった。

「いっつもやる気なさそーな顔して、子供みたいなことばっかして、周りの人困らせて……。
 でも、すっごい優しくて……いっつも、私の傍にいてくれる……。
 そういう、いつもの銀ちゃんに戻ってきてほしいんや」

主の言葉に、シグナムは聞きとれてしまっていた。
考えてみれば、自分達は銀時達と会ってそれほど日も経っていない。
本人には失礼だが、彼女は銀時のことを『腕は立つがちゃらんぽらんな男』としてしか認識していなかった。
それでも最低限の礼儀として、今まで敬語を使ってきていたが。
だが、主は違った。
いつも傍にいてくれる、優しい人、と。主はそう言った。
言われてみればそうだ。
今までの主よりもお人好しとはいえ、本当にどうしようもない男を、この少女がいつまでも家においておくわけがないのだ。
こうして、いつまでも帰りを待ち続けるわけがないのだ。
そこまで考えて、シグナムは気付いた。
主が力を求めなかった理由。
優しい人。
いつも傍にいてくれる人。
主が求めているのは絶対的な力などではなく……そういった『温もり』のようなものなのではないか?
……そうだとすれば、自分達に出来ることは……。
シグナムは、そっとはやての両肩に手を乗せた。

「……銀時殿は幸せ者ですね。主に、これだけ慕われているのですから」

はやては小さく頷き、じっと目の前を見続けた。
シグナムは主の姿を見る。
少しでも力を入れてしまえば、すぐに崩れ去ってしまいそうな小さな身体。
……歴史の闇に長く身を置いていた自分達では、役者不足かもしれない。
だが、あの人達なら。
主が心から信頼しているあの男達なら、『温もり』になれるかもしれない。
ならば待とう。
主の信じる、あの男を。



もはや瓦礫の山と化した翠屋の二階。
そこからキィキィと椅子を揺らす音が聞こえてきた。

「神楽ちゃん」

玄関があった場所から、奇跡的に残っていた事務デスクへ向かって声がかけられた。
若い青年の声だ。
玄関に背を向け、酢昆布をかじりながら椅子に座っていた神楽は何も言わなかった。
返事代わりにキィキィと椅子を鳴らし、ポリポリと酢昆布をかじり続ける。

「……また、ここに来てたの?」

今度は幼い少女の声が聞こえた。
そして同時に、二つの足音が神楽に近づいてきた。
足音は事務デスクの前で止まる。
神楽は振り向かなかった。
だが、今自分に声をかけたのが誰なのかは分かった。
新八となのはだ。

「ここ、いつ崩れるかわからないから危ないって言ったろ」

「早くうちに戻ろう。定春も心配してるよ」

新八となのはは言う。
神楽は何も言わず、ただ無心に酢昆布をかじり続けるだけだった。
ポリポリと歯応えのありそうな音だけが辺りに響く。
そしてそのまま、時間だけが空しく過ぎてゆき……。

「いい加減にしろォォォ!! ポリポリポリポリポリポリぃぃぃ!! 掘さんかお前はァ!!
 こんなに酢昆布買い込んで何するつもりだ!?」

新八がキレた。
彼は激昂し、事務デスクの上を指差す。
そこには、山のように積み上げられた酢昆布の箱があった。
しかもそのうち半分……とまではいかないが、相当数の箱が既に開封されていた。

「……ひょっとして、神楽ちゃん……」

新八の脳裏に、一つの考えが過ぎる。

「銀さんが帰ってくるまで、ここで待ってるつもりなの?」

そう問いかけるが、神楽からの返答は無かった。
先程と変わらず、ポリポリと咀嚼する音だけが聞こえてくる。

「……お医者さんが言ってたよね。人の記憶は木の枝のように複雑に入り組んでるって。
 だから、木の枝一本でもざわめかせれば、他の枝も動く始めるかもしれないって……」

俯き、静かに語る新八。

「でも……もし木そのものが枯れてしまっていたら……もう……枝なんて、落ちてなくなってしまっているかもしれない。
 僕らみたいな小枝なんて……銀さんは、もう……」

「枯れてないヨ」

不意に声が聞こえた。
新八は顔を上げた。
酢昆布を咀嚼する音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。

「枯れさせないヨ。私達、小枝かもしれない……でも枝が折れてしまったら、ホントに木も枯れちゃうヨ」

そう言う神楽の表情は、新八達からは見えなかった。
だがその言葉には、確かな意思が込められていた。

「だから私、折れないネ。冬が来て葉が落ちても、風が吹いて枝がみんな落ちても……私は最後の一本になっても折れないネ」

それは新八に向けての言葉なのか、それとも自分自身に言い聞かせるための言葉なのか。
それは分からない。
ただ、一つだけ言える事がある。

「最後まで、木と一緒にいるネ」

彼女は、銀時を信じている。
信じているから、こうしてずっと待っている。
……そうだ。まだ木は枯れていない。
その証拠に、自分達小枝はまだこうして生きているじゃないか。

『……ハァー……』

ため息が二つ聞こえてきた。
次いで、ゴソゴソと何かを開けるような音。
神楽は後ろを振り向いた。
新八となのはが事務デスクの上に座り、手にした酢昆布の箱を開けていた。

「……ホントに戻ってくるのかな……あのマダオ」

「早くしないと僕ら、緑色のウンコ出るようになっちゃうよ」

そう言いながら二人は酢昆布をかじりだす。
神楽はしばらくの間、呆けたように二人の姿を見ていた。
が……。

「てめェらァァァァァ! 何勝手に食ってんだァァァ!」

『ぎゃあああ!!』

自腹切って買ってきた酢昆布に勝手に手を出され、少々ご立腹になった様子だ。
問答無用で二人に鉄拳制裁を食らわす。
しんみりした雰囲気から一転、阿鼻叫喚な場面が展開された。

「おやおや、随分騒がしいと思ったら……」

玄関先から声が聞こえてきた。
三人は一様にそちらを向く。

「……困るんだけどねぇ。こうなった以上、早く二階取り潰さないと危なくて営業再会できないんだけどね」

「お父さん……」

立っていたのは士郎だった。
彼の言葉に、三人は抗議の目を向ける。
神楽は一歩前へ踏み出し言う。

「待ってヨ。私達、必ず銀ちゃん連れ戻してくるから」

「連れ戻すって、彼の居場所も知らないのにかい?」

途端に三人の顔が暗くなる。
あの日以降、銀時の行方は全く分からなかった。
既に日も経っている。
もしかしたらもう、江戸にはいないかもしれない。
悪い想像は、悪い想像を誘発させるものである。
だんだん新八達の顔から生気が無くなり、不安に押しつぶされようとしているのが手に取るように分かった。
そんな彼らの前に、唐突に一枚の紙切れがヒラヒラと落ちてきた。
拾い上げ、目を通してみる。
そこには一つの地図のような物と、細かい文字が書き込まれていた。

「そこの住所にある工場で、最近白髪頭の男が住み込みで働いているらしい」

士郎はそう言い、新八達に背を向けた。
新八達の表情が明るくなる。

「……たまった家賃、早く払ってもらわないといけないからね」

士郎は笑いながらそう言い残し、その場を立ち去った。
新八と神楽、そしてなのはは互いの顔を見合わせ、頷きあう。
地図を手にした彼らは、足取り軽く万事屋を後にした。



駅前のネット喫茶で、フェイトは難しい顔をして目の前のモニターと睨めっこをしていた。
慣れない手つきで、手元のキーボードをカタカタと叩いていく。
検索用のテキストボックスに打ち込まれた文字は「記憶喪失の治し方」。
エンターキーを押し、検索結果をまじまじと見つめるフェイト。
しばらくの間マウスをカチカチと鳴らしていた彼女だったが、とあるサイトを見た途端、彼女の動きが止まった。

(ショック療法……)

そのサイトには、人為的に脳に刺激を与えて記憶を呼び戻すという療法が記されていた。
例えば、冷水を思いっきりぶっかけるとか。
例えば、死なない程度に脳天を金槌で殴りつけるとか。
そして例えば……電気ショックで脳に刺激を与えるとか。
電気ショック。
この一文を見たフェイトの脳内で、豆電球に灯りが点るイメージが映し出された。
自分が最も得意としている魔法は、雷撃を纏うものだ。
ということは、威力を限界ギリギリまで落として当てれば、もしかすればもしかすると、である。
少々荒っぽいが、やってみる価値はあるかもしれない。
早速実行に移そうと席を立つフェイト。
が、すぐに重大なことに気付く。
そういえば、あの白髪の男の居場所が分からないのだ。
先日こっそり病院へ様子を見に行った時には、既に病室はもぬけの殻だったのだ。
一瞬記憶が戻って退院したのかと思ったが、近くにいた看護士に聞いてみたところ、
記憶を失ったまま姿を消してしまったらしいという答えが返ってきたのだ。
その時に彼の住所も聞こうとしたのだが、個人情報やらなんやらの都合で、ついには教えてもらうことが出来なかった。
結局また振り出しに戻るのか。
フェイトは思わずため息をもらした。

「こーんなところで何やってんの?」

そんな彼女の後ろから、女性の陽気な声が聞こえてきた。
フェイトが振り向くとそこには、黒い大きなハンチング帽で犬耳を隠したアルフの姿があった。
ジュエルシードの探索を任せていた彼女がここにいるということは、何か情報でも手に入れたのだろうか。
しかし、それなら念話を送ればいいだけのはずである。

「アルフ……」

しかしフェイトには、そんなことを不審に思う余裕は無かった。
五日前のあの日から、自分を助けてくれたあの男の事が気になって仕方ないのである。
容態は悪化して無いだろうか。ちゃんとご飯は食べているだろうか。とにかく無事でいるだろうか。
もうほとんど我が子を心配するお母さん状態である。
不安げな目をしてアルフの顔を覗き込むフェイト。
そんな彼女の姿を見て、アルフは苦笑した。

「あーあー、言わなくてもいいって。分かってるからさ」

そう言ってアルフはズボンのポケットから小さな紙片を取り出した。

「ほら、調べておいたよ。あの人の居場所」

フェイトに手渡し、ニッと笑顔を向ける。
やはり持つべきものは相棒だ。
フェイトはパアっと表情を明るくし、アルフを見た。
アルフは頬を掻き、照れくさそうな顔をしていた。

「ご主人様のお役に立つのが使い魔の本懐! ……ってね」



「オイぃぃぃ! テメっ何やってんだ!? こういう流れ作業は一人がミスったらラインが全部止まっちまうんだよ!」

「ス……スイマセン」

工場長の怒声が作業場に響いた。
向かいでは山崎が理不尽そうな顔をして頭を下げている。
何か失敗でもやらかしたのだろう。
だがその程度の謝罪では工場長の怒りを納めることは出来なかったようだ。

「スイマセンじゃねーよ! テメーよォ、何度も同じこと言わせやがって!」

そう怒鳴りながら工場長はベルトコンベアの前へ立つ。
そして流れてくる部品を手に取り、せっせと何かを組み上げていった。

「簡単だろーがこんなモンよォォ! コレをここに乗せ、コイツを立てればいいだけだろーが!」

ドンッ! と言う音と共に山崎の目の前に珍妙な物体が突き出された。
いや、珍妙というかシンプルというか……なんとも形容に困る物体である。
それは上部に半円型の突起が付いた円柱で、両サイドに棒が一本ずつ生えており、突起には物憂げな目と口が描かれた人形のような物であった。
山崎はそれを手に取り、冷や汗をかきながら工場長に尋ねた。

「……っていうか、コレ何作ってるんですか? この工場何を生産してるんですか?」

「アレだよお前、ジャスタウェイに決まってんだろーが!」

力強く言う工場長。
しかしそんな説明で理解できるはずも無い。

「だからジャスタウェイって何だって聞いてんだろーがァ!」

「ジャスタウェイはジャスタウェイ以外の何物でもない! それ以上でもそれ以下でもない!」

「ただのガラクタじゃないかァ! 労働意欲が失せるんだよ! なんかコレ見てると!!」

叫ぶ山崎。
そんな彼を工場長は「お前は何も分かっちゃいないな」と言いたげな表情で見つめる。

「てめーらは無心にただひたすら手ェ動かしてればいいんだよ。見ろォ、坂田を」

ため息をつきながら工場長は銀時の方を見た。
山崎と、彼の近くにいた従業員達もそれに倣う。

「うおおおおお! スゲェ速ェェェ!!」

「さすが坂田サンだ! ものスゴイ勢いでジャスタウェイが量産されてゆく!」

どよめく従業員達。
彼らの視線の先では、銀時がビデオの早回しの如きスピードでジャスタウェイを作り上げていっていた。
しかも妙に上手い。
両サイドに付いた棒の手などコンマ一度の狂いも無く、全く同じ角度で同じ場所に付けられている。
工場長は感心した様子で銀時を見て言った。

「次期工場長は奴しかいねーな。みんなも負けないように頑張れ!」

「そんなんで工場長決まるの!? おしまいだ! ココおしまいだよ!」

ツッコむ山崎。
だがしかし、彼に反応する者は誰一人としていなかった。



「ハイ……いや、こっちはまだ何もつかめてませんが、ハイ……。いっ!? マジすか!?」

昼休み。
工場の外れで銀時と昼食を取っていた山崎は、携帯電話片手に一人焦ったような様子をしていた。

「分かりました、すぐ戻りますんで」

会話も終わり携帯電話を閉じる。
山崎の顔には、明らかに焦燥の色が浮かんでいた。

「旦那ァ、俺もうココひきあげます。意識不明で入院してた局長が、なんか行方不明になってるらしくて」

急き切った様子でそう言う山崎。
そんな彼に銀時は真摯な態度でこう言い返した。

「ジミー、アレくらいでへこたれるなよ。誰だって最初は上手くいかない。人間なんでも慣れさ」

「ジミーって誰!? それはもしかして地味から来てるのか!? それから俺は密偵で来てるだけだから!」

やはり彼も新八と同類の人間なのだろうか。
とりあえずツッコみを入れてすくっと立ち上がる。
そして少しだけ逡巡し、銀時を心配そうな目で見た。

「旦那も早いとこ引き払った方がいいと思いますよ。ここの工場長、何かと黒い噂の絶えない野郎でね」

そこで言葉を区切った後、山崎は言葉を続けた。

「巷じゃ職にあぶれた浪人を雇ってくれる人情派通ってるらしいが、その実は攘夷浪士を囲い幕府を転覆せんと企てる
 過激テロリストと噂されてるんです。他にもこの工場で、裏じゃ攘夷浪士の武器を製造してるとか、
 近く大量殺戮兵器を用いて大きなテロを起こそうとしているとか、ロクな噂がない」

そう言ってため息をつく山崎。
彼は懐に手をいれ、先程のジャスタウェイを手に取った。

「まァ、結果こんなモンしか出てきませんでしたがね。火のない所に煙はたたないというし……」

そこまで言った時だ。
銀時が突然立ち上がり、怒気をこもらせながら大声を上げた。

「おやっさんがエロリストだと! 言いがかりは止めろ! おやっさんは僕を拾ってくれた恩人だぞ!」

声を荒げる銀時。
山崎は「それを言うならテロリストね」と銀時を宥める。
銀時はしばらく肩で息をしていたが、呼吸を整え、静かに語った。

「それに僕は、以前の堕落した自分は受け入れられない。生き直そうと心に決めたんだ」

その目は確かに、一つのことを決心した目であった。
山崎はそんな彼をじっと見る。
何か思うところがあったのだろうか。
だが山崎はすぐに苦笑しながら銀時に背を向けた。

「そうですか。ちょっと残念な気もしますが……。
 アンタ、確かに一見ただのチャランポランでしたがね、局長も沖田隊長も一目置いてるようだったので」

彼はこんなところでくすぶっていていい男ではない。
漠然と山崎はそう思ったのだろう。
だが本人がこう言っている以上、無理やりシャバに戻すわけにもいかないし、そこまでする義理もない。

「坂田さーん、仕事始まりますよ」

「おっといけねェ。じゃ、俺はこれで……」

そんな物思いに耽っていると、工場の奥から従業員の声が聞こえてきた。
どうやら昼休憩はもう終わりのようだ。
厄介事に巻き込まれる間に退散しようと山崎は立ち上がり、そして何気なく声のした方を見た。

「坂田さん、ちょっと僕のジャスタウェイ見てくれませんか? どうですかコレ」

「そうだね。もうちょっとここ、気持ち上の方がいいかな、ゴリさん」

銀時と共に、手にしたジャスタウェイの感想を述べ合うその男は……紛れも無く真選組局長、近藤勲その人であった。

「お前何してんのォォォ!!」

思わず近藤の顔面に右ストレートを叩き込む山崎。
近藤はもんどりうって地面にぶつかり、鼻から血をだらだらと流し始めた。

「ゴリさァァァん!!」

「もしもーし、バカ発見しました。……ええ、スグ連れて帰りますんで」

大慌てで近藤に駆け寄る銀時を尻目に、山崎は携帯を開く。
青筋を浮かべて仲間と通話する今の彼は、普段の温厚な彼からは想像も出来ない姿であった。

「ゴリさん、しっかりしろ! ジミー、なんて真似するんだ!」

白目をむいて鼻血を垂らす近藤を支え、銀時は激昂した。

「ゴリさんはなァ! 僕と同じように記憶を失っていて、頭はデリケートに扱ってやらないとスグ飛ぶんだ!
 初期のファミコン並みなんだぞ!」

バキン、という音と共に山崎の握った携帯が二つにへし折れた。
山崎はまるでこの世の終わりを目の当たりにしたかのような表情で近藤に詰め寄る。

「記憶喪失ぅ!? マジですか局長ォ!! アンタバカのくせに何ややこしい症状に見舞われてんのォ! バカのくせに!」

「言いすぎだぞジミー! バカはバカなりにバカな悩み抱えてんだ!」

「うるせーよ! もうダリーよ! めんどくせーよ! おめーら!」

頭を抱える山崎だったが、すぐに思い直し近藤の襟首を握った。
そうだ、今はこんなことをしている場合ではない。
もしこの工場が情報通りテロリストの巣だったとしたら、近藤の命が危ない。

「とにかく! 一緒に帰りますよ局長!!」

そう言って近藤を無理やり引きずり帰ろうとする山崎だったが、近藤は両手に一杯のジャスタウェイを抱え
子供のように駄々をこね始めてしまった。

「やめろぅ! 僕は江戸一番のジャスタウェイ職人になるって決めたんだ! 何でもいいから一番になるって
 おやっさんと約束したんだ!」

「だったら安心しろ、お前は世界一のバカだ。さっ、早く!」

近藤の身体を思いっきり山崎が引っ張る。
その拍子に近藤の手にしたジャスタウェイがすっぽ抜け、空高く舞い上がってしまった。

「あっ!」

思わず声を上げる近藤。
飛び上がったジャスタウェイは空中で綺麗な弧を描き、そして……。

地面にぶつかると同時に、巨大な轟音と爆炎を撒き散らした。



「うおわァァ! 爆発だァァァァァ!!」

銀時達のいる場所から少し離れた広場で従業員が絶叫した。
彼らの視線の先では、嘘みたいに巨大な爆発が次々と巻き起こり、工場のありとあらゆる施設を飲み込んでいった。

「工場長ォ! こいつはジャスタウェイが暴発したんじゃ……」

「やばいぜ、倉庫で次々とジャスタウェイが誘爆してる!」

口々に叫ぶ従業員達。
工場長は驚愕した面持ちで、顔面を蒼白にしながら怒鳴りたてた。

「誰だァァァこんなマネした奴ァ!!」



「「「ぎゃああああああああああ!!!」」」

こいつらです。
銀時、近藤、山崎は絶叫しながら、後ろから迫り来る爆発の渦から逃げ惑っていた。

「ウソォォォ!? ジャスタウェイが!?」

「そんなァァァ! 僕ら爆弾を作らされていたってのか!?」

信じられないといった様子で山崎と近藤が叫ぶ。
彼らと並んで走る銀時もまた、沈痛な面持ちでぼそりと呟いた。

「なんてこった……まさかホントにおやっさんが……。
 確かに上の連中のせいでリストラされたとか、あいつら皆殺しにしてやるとかグチってたけど……まさかおやっさんが」

「まさかじゃねーよ! 超一流の食材が揃ってるじゃないスかァァ! 豪華ディナーが出来上がるよ!」

怒鳴りたてる山崎。
しかし彼の仕事(ツッコミ)はこれで終わりではない。
なにしろ重度のバカがもう一人いるのだから。

「悪いのはジャスタウェイではない! 悪いのはおやっさんであってジャスタウェイに罪は無い!」

そう叫ぶ近藤の手には、まだ多数のジャスタウェイが抱えられていた。
それを見て山崎は顔を青ざめさせる。

「局長ォォォォォ! まだ持ってたんスか!? 早く捨ててェェェ!!!」

などと馬鹿げたやり取りを繰り広げている間にも、爆発は徐々にこちらへ近づいてくる。
……いや、近づいてきているのは爆発だけではなかった。

「てめーらかァァァァァ!! よくも俺の計画を台無しにしてくれたなァァァ!
 スパイどもが、血祭りじゃああ!!」

怒声とともに工場長が、刀片手にこちらへ向かってきたのだ。
しかもその後ろには多数の従業員達を従えている。
どうやら山崎の掴んでいた情報は真実だったようだ。
怒り狂う暴徒達の姿を見、思わず狼狽する山崎。

「ジミー、こっちだ」

そんな彼にどこからともなく声がかけられる。
辺りを見回してみると、いつの間にか銀時達が工場の屋根に登っているのが見えた。
山崎も彼らの下まで駆け寄り、壁に張り出したパイプをよじ登る。

「おやっさんとはやり合えん。なんやかんや言っても恩がある」

屋根のすぐ近くまで登ってきた山崎に手を貸す銀時。
だが、そう簡単には逃がしてもらえないようだ。

「逃がすかァァァ!」

刀を振りかざしながら工場長が跳躍してきたのだ。
いつの間にこんなに近くまで来ていたのだろうか。
そのまま振り下ろせば、間違いなく山崎を背中から真っ二つに出来るという距離だ。
もはや絶体絶命かと思われた、まさにその時。
ゴンッ。と鈍い音がした。
山崎は後ろを見た。
……工場長の顔面に、大人一人半ほどはありそうな巨大なドラム缶がめり込んでいた。
ドラム缶と工場長は、そのまま重力に引かれて真っ逆さま。
壮絶な音をたてて地面に激突した。
そして追い討ちをかけるように、近藤が手にしたジャスタウェイを地面に放った。
同時に発せられる衝撃波と黒煙。

「おいィィィィィ! やり合えないんじゃなかったのかァァ!? おもっクソ殺っちゃったじゃないか!」

どうにか屋根の上に登りきった山崎は、開口一番そう叫んだ。
銀時と近藤は白々しくお互いの顔を見合わせる。

「そんな事言ったか? ゴリさん」

「ダメだ、思い出せない。記憶喪失だから」

「便利な記憶喪失だなオイ!」

その山崎の叫びとともに、彼の喉元に白刃が突きつけられた。

「ククク、動くんじゃねーぞ」

驚く彼らの耳に入ってきたのは、あろうことか工場長の声だった。
まさかあの爆発の中で生き残るとは。
銀時達は戦慄し、冷や汗を垂らす。

「残念だったな。こう見えても、かつては同心として悪党を追い回し、マムシの蛮蔵と呼ばれていたのさ。
 しつこさには定評があってね」

徐々に煙が晴れ、工場長の姿が明確になってくる。
なるほど、確かに今の彼の目は、獲物に喰らいついたマムシを連想させる凶暴な目だった。

「やってくれたじゃねーか……まさかてめーらが幕府の犬だったとはな。
 てめーらのおかげで、俺が長年かけて練ってきた計画も水の泡だ」

そう言って辺りを見回してみる。
周辺の爆発はようやく収まり始めてきたようだが、それでもまだ他の場所では爆発音と共に火の手が上がっているようだ。
先ほど銀時達がいた場所などは、無残にも黒焦げになった瓦礫が山のように積み重ねられている。

「もう少しで幕府に目にもの見せることが出来たのに……だが、こうなったらもう後へは引けねェ。
 準備万端とは言えねーが、やってやるぜ。腐った世の中ひっくり返してやらァ」

工場長は不敵な笑みを浮かべて、そう呟いた。



工場の外には多数のパトカーと野次馬達が並んでいた。
ひっきりなしに起こる爆音と共に、工場に大きな火柱が発生する。
野次馬達はそれ見てどよめき、真選組隊士達は表情をこわばらせる。
そして今また、彼らに程近い倉庫で一際大きな爆発が起こった。
爆発は暴力的な黒煙と破片を周囲に撒き散らす。
ガン、と不意に鈍い音がした。

「は〜い、危ないから下がりなさ〜い。この人のようになるよ〜。
 ポーカーフェイスを気取ってるが、ものっそい痛いんだよ〜。恥ずかしいんだよ〜」

そう言って沖田は野次馬達を現場から離れるように促す。
彼の隣には、飛んできた破片を脳天にぶつけ血をダラダラ流している土方の姿があった。

「エライ事になってるな」

血濡れの煙草に火をつける土方。
冷静を努めてはいるが、内心穏やかではないだろう。
その証拠に、流れる血の量が今さっきとは比べ物にならないくらい増えている。

「土方さんもエライ事になってますぜ」

「コレ山崎の野郎死んだんじゃねーのか」

「土方さんも死ぬんじゃないですか」

彼らがそんなやり取りを続けている間にも爆発はどんどん広がっていく。
工場は文字通りの火の海と化していた。
状況は悪いな……。
そう思いながら顔をしかめ煙草の煙を吐き出す土方の元に、十番隊隊長・原田右之助が駆け寄ってきた。

「副長、今情報が入りまして。山崎と一緒に局長もこの中にいます」

原田の報告に、土方はさらに顔をしかめた。
面倒くさそうに頭を掻き、ため息をつく。

「あんだと? ……オイオイ、山崎一人なら見捨てようかとも思ったが、局長がいたんじゃそうもいかねーな」

同意を求めるように隣に目を向ける。
だが、そこにいるはずの人物は忽然と姿を消していた。
不審に思い土方は辺りを見回す。
彼の探し人は彼らのすぐ後ろ、野次馬と隊士達の間を隔てるように駐車されたパトカーのすぐ傍にいた。

「土方さん、俺笛家に忘れてきたんでちょっと取りに帰ってきまさァ」

「ああ、二度と戻ってくるな」

今まさにパトカーで戦線離脱を図ろうとしていた沖田に言葉を投げつける土方。
彼はくわえていた煙草をその場に落とし、踏みにじってから工場へと歩き出した。

「情けねェ、もういい。俺一人で行ってくるから、てめーらここで待ってろ」

そう言い、土方が工場の敷地内へ足を踏み入れたまさにその時。
隊士の一人が驚愕した声を上げた。

「おい、アレ見ろォ!」

隊士が指差した先。
工場の二階部分から、機械音と共に巨大な物体がせり出してきたのだ。
その姿は煙に隠れており、ここからではよく見えない。

「何か出てきたぞ! なんだアリャ!?」

じっと目を凝らして見続ける。
しばらくして煙が晴れ、ようやくその物体の全貌が明らかとなる。
それを見た隊士達の顔には、明らかに困惑と焦りの色が浮かび上がっていた。

「大砲!? バカでけー大砲が出てきやがった!」

「ア……アレが……連中が秘密裏に作っていた兵器……」

狼狽し、その場に立ち竦む隊士達。
土方は正面に鎮座する超大型の大砲を見据え、静かに呟いた。

「総悟、俺分度器家に忘れたからちょっと取りに帰ってくる」

「土方さん大丈夫でさァ。分度器ならここにあります」

沖田は手にした分度器を土方の目の前でちらつかせた。



○月△日
 今日、生まれて初めて親父に殴られた。
 重い拳だった。それは己の背中一つで、俺達家族や様々な重責を背負って生きてきた男の拳だった。
 自分の拳が酷く小さく見えた。仕事をやめ二年と三ヶ月、ゲーム機のコントローラーしか握ってこなかった負け犬の拳だ。
 「別になァ、上手に生きなくたっていいんだよ。恥をかこうが泥にまみれようがいいじゃねーか。最高の酒の肴だバカヤロー」
 そう吐き捨てて仕事に出かけた親父の背中は、いつもより大きく見えた。
 今からでも親父のようになれるだろうか……初めて親父に興味を持った。
 二年ぶりに外へ出た。自然と親父を追う俺の足。
 マムシの蛮蔵。それが親父のもう一つの名前。
 悪党どもをふるえあがらせる同心マムシ……。
 親父の顔が見たかった。働くということがどういうことなのか、彼を通して知ろうと思った。



 ――マムシは、ワンカップ片手に一日中公園でうなだれていた……。



 マムシは一ヶ月前にリストラされ「いやああああああああ!!!!」

そこまで呼んだところで、工場長――蛮蔵は手に持ったノートをビリビリと引き裂いた。
ノートの表紙には「太助日記帳」という文字。
蛮蔵は泣きながら怒鳴り声を上げる。

「お前らにわかるかァァマムシの気持ちがァァァ!!
 息子の日記にこんなこと書かれた、かわいそうなマムシの気持ちがァァァ!!
 もう少しだ! あとちょっとで息子も更生できたのにリストラはねーだろ!
 おかげでお前、息子は引きこもりからヤーさんに転職だよ! 北極から南極だよ!」

敷地内に木霊するマムシの悲痛な叫び。
土方は冷めた目つきで蛮蔵の見ながら呟く。

「最高の酒の肴じゃねーか」

「飲み込めるかァ! デカ過ぎて胃がもたれるわァ!」

返ってきた叫び声からは、何故か哀愁のような物を感じずにはいられなかった。
蛮蔵は大業に腕を振るい叫び続ける。

「こちとら三十年も幕府のために滅私奉公してきたってのに、幕府も家族もあっさり俺をポイ捨てだぜェ!
 間違ってる!! こんな世の中間違ってる!
 だから俺が変える! この秘密兵器"蝮Z"で、腐った国をぶっ壊して革命起こしてやるのよ!」

大砲に手を乗せる蛮蔵。
果たしてこの秘密兵器とやらがどれほどの威力を持っているのか。
それは真選組達の知るところではない。
もしかしたら、ただの張子の虎という可能性もある。
だが、下手に撃たれて周りに被害が出たらたまったものではない。
土方は一歩前へ出、蛮蔵に語りかける。

「腐った国だろうが、そこに暮らしてる連中がいるのを忘れてもらっちゃ困る。
 革命なら、国に起こす前に自分に起こしたらどうだ? その方が安上がりだぜ」

「うるせェェェ! てめーらに俺の気持ちが分かってたまるかァァァ!!」

蛮蔵はすでに聞く耳を持たないほどに頭に血が上っていた。
土方もこれ以上の話し合いは無意味と判断し、ため息をつきながら隊士に命令を下す。

「大砲用意」

命令と共に、大砲に備え付けられた車輪がゴロゴロ回る音が聞こえてくる。
その音は土方のすぐ背後まで迫り……土方の後頭部に、何かがコツンと当たった。
訝しげに土方は後ろを振り返る。

「……いや、そこじゃなくて」

眼前に迫った大砲に冷や汗を垂らし、土方は呟いた。
土方の声は砲口へ飛び込み、中で小さく木霊を繰り返す。
圧倒的な存在感を示す円柱の向こうでは、沖田が驚愕の表情でこちらを見ていた。

「何びっくりしてんだァァ! こっちがびっくりだわァァ!!」

「副長ォ! ア、アレ……!」

土方が沖田を掴みかかろうとしたその時、彼らの隣にいた原田が沖田以上の驚愕の表情で工場を指差した。
砂煙に包まれた蝮Zの基部。
そこにうっすらと映し出された三つの人影を見て、土方は目を大きく見開いた。
間違いない、その三人とは近藤と山崎。そして……。

「……アレ!? なんでアイツもいんだ!?」

あの万事屋の銀髪の侍だった。
彼らは一様に縄でぐるぐる巻きにされ、屋根に据え付けられた看板に張り付けられていた。

「クク……こいつらがてめーらの仲間だってのは分かってる。
 俺達を止めたくば撃つがいい。こいつらも木っ端微塵だがな。クックックッ」

蛮蔵は不敵な笑みを漏らす。
と同時に、近藤達を包み込む巨大な爆発が起こった。
爆風にあおられ、蛮蔵と従業員達は工場の奥へ吹き飛ばされる。
唖然とした表情でその光景を見つめる土方。
彼の中で嫌な予感が走る。
その予感を確かめるべく、彼は後ろを振り向いた。
案の定、先程土方に向けられていた砲口から白い煙が立ち昇っていた。
沖田は感嘆の声を上げながら着弾点を仰ぎ見ている。

「総悟ォォォォォ!!」

怒鳴る土方を横目で見ながら、沖田は愁いを帯びた声でポツポツと語り始める。

「昔近藤さんがねェ、もし俺が敵に捕まることがあったら迷わず俺を撃てって。
 ……言ってたような言わなかったような」

「そんなアバウトな理由で撃ったんかィ!!」



「撃ったァァァァァ! 撃ちやがったよアイツらァ!」

一方屋根の上では、山崎が怒りと恐れの混じった叫びを上げていた。
銀時も同じように、顔を青ざめさせながら叫ぶ。

「なんですかあの人達!? ホントにあなた達の仲間なんですかァ!?」

「仲間じゃねーよあんなん! 局長! 俺もう真選組やめますから! ……アレ? 局長は?」

ふと辺りを見回してみると、近藤の姿が見当たらない。
まさか爆風で吹き飛ばされてしまったのか?
その折、不意に彼らの後ろから声が聞こえてきた。

「オウ、ここだ。みんなケガはないか、大丈夫か?」

「局長ォォォォォ! アンタが大丈夫ですかァァァ!?」

振り向いた山崎の目に入ったのは、体中すすだらけになり、脳天に木片が突き刺さった近藤の姿だった。
どうやら爆発をモロに浴びたらしい。
だが、悪いことだけではなかった。
爆発の衝撃で近藤を縛っていたロープが解けていたのだ。

「まるで長い夢でも見ていたようだ」

近藤は頭から噴水のように血を流しながら語る。

「局長、まさか記憶が……ていうか、頭……」

「ああ、まるで心の霧が晴れたような、すがすがしい気分だよ。山崎、色々迷惑かけたみたいだな」

「いえ……ていうか、局長……頭……」

心配する山崎だったが、近藤はそんな彼をよそにさっさと屋根を降りようとする。

「とにもかくにも、今は逃げるのが先決だ。行くぞ」

「局長、待ってください! まだ旦那が!」

近藤はロープが解け、山崎も爆発のおかげで、彼を張り付けていた看板が屋根から剥がれていた。
おかげで移動することに関してはなんら支障は無い。
だが銀時は違った。
あれだけの爆発が近くで起こったにもかかわらず、彼のロープは解けていないし、看板も全くの無傷だったのだ。
これでは身動きが取れない。
しかし銀時はそんな状況にもかかわらず、近藤達に向かって言った。

「いい、行ってくれ。ジミー、ゴリさん。早くしないと連中が来るぞ」

真剣な眼差しで近藤達を見る銀時。
自分のことを犠牲にしてまで、他者を助けようというのか?
銀時のその真摯な態度を目の当たりにした近藤は、僅かに逡巡した後舌打ちをした。

「クソッたれ!! 普段のお前なら放っておくところだが、坂田サンに罪はない!
 記憶が戻ったら何か奢れよテメー!」

銀時の背負った看板に手をかけ、力を込める。
だがしかし、看板は微動だにしない。
このままではテロリスト達が戻ってきてしまう。
もし今見つかれば、その時は……。

「ふんごぉぉぉぉ!!」

近藤は唸った。
するとどうだろうか。
先程までビクともしなかった看板から、ミシミシと何かが引き千切れていくかのような音が聞こえてきたのだ。
あと少しだ。近藤は渾身の力を込め看板を引っ張った。
同時に屋根板ごと看板が外れ、その反動で近藤と銀時は真っ逆さまに地面へ墜落していった。
それを見た山崎も、慌てて二人の後を追って屋根から飛び降りる。

「今だ! 撃てェェェ!!」

これを好機と見た土方は即座に隊士に発砲命令を下した。
配備された大砲から連続して砲弾が撃ち出され、工場に大穴を開けていった。

「工場長ォ!」

従業員が叫ぶ。
工場内はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
各所で爆発と振動が巻き起こり、壁から天井から破片が舞い飛ぶ。
逃げ惑う従業員達の悲鳴が、その混沌に拍車をかけていた。
そんな中、蛮蔵は意を決し爆発にも負けない大声で怒鳴った。

「撃てェェェ!! 蝮Zだァァァ!!」

叫びと共に工場に据え付けられた巨大な大砲が起動した。
禍々しい音と共に、砲口の奥に赤紫の光が充填されていく。
マズい。嫌な予感がする。
本能的に危険を察知した銀時達は、工場へ背を向け土方達の方へ一斉に駆け出した。
……が、時既に遅し。
彼らが駆け出したと同時に、砲口から巨大な光が放たれたのだ。

「「「うおわァァァァァ!!!」」」

三人は必死の形相で逃げ回る。
しかし、明らかに向こうの弾速の方が上だ。
このままでは三人とも消し炭になってしまう。
最早万事休すか。
山崎の脳裏にそんな考えが過ぎった、まさにその時だった。
彼と銀時の身体が突然何者かに押し出され、射線の外へと突き飛ばされた。
山崎は自分達が元いた場所に視線を向け、目を見開く。

「局長ォォォ!!!」

彼の叫びと共に、近藤の姿は膨大な光と砂煙の中に飲まれていった。



「おーい、みんな生きてるか?」

横倒しになったドラム缶から顔を覗かせ、土方は辺りを見回した。
彼の声に反応するように、辺りに散らばった瓦礫の影から隊士達が顔を覗かせる。

「こいつァとんでもねェ。本当に国ぐらい消しちまいそうな威力だ」

土方の隣から顔を出した沖田はそう呟いた。
目の前に広がる光景は、まさに焼け野原であった。
砲撃の後、巨大な半円型に抉れた地面からは白い煙が立ち昇っており、射線上にあった障害物は破片すら残っていなかった。

「局長ォォ! 局長、しっかりしてください!!」

煙の中から山崎の悲痛な叫びが聞こえてきた。
彼の傍らでは、近藤が仰向けになったまま意識を失っている。
直撃こそ免れたが、どうやら衝撃波でかなりのダメージを負ってしまったらしい。
山崎は近藤を呼び続けるが、彼が目を覚ます気配は一向に無かった。

――……なんでだ。

山崎の遥か後ろ。突き飛ばされ地面に倒れた銀時は、信じられない様子で目の前の光景を見やる。

――何で彼は、身を挺してまで僕のことを……!

「見たか蝮Zの威力を! これがあれば、江戸なんぞあっという間に焦土と化す!
 止められるものなら止めてみろォォォ!! 時代に迎合したお前ら軟弱な侍に止められるものならよォ!」

蛮蔵が怒鳴る。
もはや正気を失ってるとしか思えない彼の言葉は、まるで悪魔の叫びのように聞こえた。
真選組は動こうとしない。
いや、動くことが出来なかった。
再射までにかかる時間が分からない以上、下手に動けば隊の全滅を招く恐れがあるからだ。
土方は歯噛みし、蛮蔵を睨みつける。

「さァ来いよ! 早くしないと次撃っちまうよ、みんなの江戸が焼け野原だ!」

狂気をはらんだ蛮蔵の大声が辺りに響いた。
今度こそ万事休すか。
工場を見上げ、銀時は思う。
ああ、目の前も暗くなってきた。
どうやら僕の短い人生は、ここで終わりらしい。

「どうぞ撃ちたきゃ撃ってください」

……いや。
目の前が暗くなったのは、彼が絶望に打ちひしがれたからではなかった。
聞き覚えのある青年の声と共に、彼の影が銀時に覆いかぶさったのだ。

「江戸が焼けようが煮られようが知ったこっちゃないネ」

別の声が聞こえる。
今度は女の子の声だ。
その子の影もまた銀時に覆いかぶさり、まるで銀時を護るかのように蛮蔵との間に立ちふさがる。
そして……。

「でも、この人だけは撃ってもらったら困ります!」

最後に聞こえてきた、年端も行かない少女の声。
彼女の影は、先の二人の間に入るように銀時に覆いかぶさった。

「なっ……なんだてめーらァァ!? ここはガキの来る所じゃねェ、帰れ! 灰にされてーのか!?」

あまりにも場違いな乱入者達に、蛮蔵は困惑をあらわにする。
だが三人は彼の言葉に耳を貸さず、その場に立ち塞がり続けた。

「な……なんで……なんでこんな所に」

別れを告げたはずの人物達の突然の介入に、銀時は困惑する。

――なんでだ。

――なんで彼らは、こんな所まで……。

「僕のことはもういいって……もう好きに生きていこうって言ったじゃないか。なんでこんな所まで……」

銀時が言葉を言い終える前に、彼の顔が地面にめり込んだ。
最初に言葉を発した二人が、銀時の頭を思いっきり踏みつけたのだ。

「そんなこと、言われなくても……!」

最後に言葉を発した少女――なのはが言う。

「こちとらなァ、とっくに好きに生きてんだヨ」

ぶっきらぼうにそう言うのは、二番目に言葉を発した女の子――神楽だ。

「好きでここに来てんだよ」

そして、最初に言葉を発した、木刀を手にした青年――新八が語気を強めていった。
三人は銀時の方を見ようともせず……しかし、絶対に銀時を撃たせまいと互いの体を寄せ合い、叫んだ。



「好きでアンタと一緒にいんだよ!」
「好きでオメーと一緒にいんだヨ!」
「好きであなたの傍にいるんです!」



――なんで……どうしてだ。

空。
空が真っ白だった。
いや。
白いのは空だけではなかった。
辺りに広がる草原も。
目の前にそびえ立つ、丸裸になった大木も。
全てが白と黒だけで彩られていた。

――ちゃらんぽらんと呼ばれていながら、なんで僕は……。

ひゅう、と一陣の風が吹いた。
足元に生える芝生は、そよそよと風に揺られ音を立てた。
大木は全く揺れなかった。
張り巡らされた小枝も、全く動こうとはしなかった。

――なんでみんな……。

不思議だ。
なぜこの木は、風に吹かれても動こうとしないのだ。
試しに手で木を揺すってみた。
やはり大木はビクともしなかった。
ひゅう、と再び一陣の風が吹いた。

――なんで……

……動いた。
それは酷く微弱で……目を凝らさなければ分からないほどだったが。
確かに、小枝が音を立てて動いた。



「ガキ共はすっこんでな。死にてーのか」

「あんだと、てめーもガキだろ」

「人を見かけで判断しないでください!」

「なんなんスか、一体」

「不本意だが仕事の都合上、一般市民は護らなきゃいかんのでね」

……今のは、全て幻想だったのだろうか。
気が付けば目の前では、先程の三人が黒い服を着た男達と口論を繰り広げていた。
……いや。
黒いのは彼らの服だけではなかった。
先の三人も、周りの景色も、先と違わずみんな白と黒の二色で彩られていた。
不意に三人がこちらを振り向いた。
周りの景色も変わった。
焼け野原などではなく、先程自分が見ていた、大木のそびえる草原に。
白黒に彩られた映像の中で、三人が微笑んだ。
……揺れた。
葉も落ち、丸裸になった枝が。
ざわざわと大きな音を立てながら……揺れた。
幻想的な光景だった。
枝が揺れるごとに、大木に木の葉が生い茂っていった。
同時に、周りの風景も少しずつ彩られていく。
目の前の彼らもだ。
枝は揺れ続けた。
やがて大木は、緑の生い茂る立派な木となった。
視界一杯に広がる草原も、かつての緑を取り戻し、風に吹かれそよそよと揺れていた。
目の前の少年少女達は、笑顔のままずっとこちらを見続けていた。



「そういうことだ。撃ちたきゃ俺達撃て。
 チン砲だかマン砲だか知らねーが、毛ほどもきかねーよ!」

隊士達を従え、銀時の前に立ちふさがった土方はそう怒鳴った。
新八達もそれに倣い、口々に怒鳴り始める。

「そうだ撃ってみろコラァ!」

「このリストラ侍が!」

「ハゲ! リストラハゲ!」

仮借ない口撃の連続。
蛮蔵は口の端を引きつらせ激昂する。

「俺がいつハゲたァァァ!! 上等だ、江戸を消す前にてめーらから消してやるよ!」

しかし、今の新八達がそのような脅しに怯むはずも無かった。
各々の得物を構え、工場を見据える新八達。

「私達消す前にお前消してやるネ!」

「いけェェェ!!」

真選組、そして新八と神楽は一斉に工場へなだれ込む。
この人の波を止められる者など、おそらくこの世界にはいないだろう。
そう思わせるくらいの苛烈な勢いだった。

「こうなったら、私も……!」

一人銀時の前に佇んでいたなのはも、待機中のデバイスを握り締める。
さすがに軽率すぎる行動だとは思ったが、ここで一人指をくわえて見ているわけにもいかなかったからだ。
レイジングハートを掲げ、戦闘態勢を……。

「オイオイ……切り札は最後まで取っておくモンだぜ?」

……取ろうとしたその瞬間、彼女の後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。



「ぐっ……蝮Zは!?」

「ま、まだチャージが……!」

予想外の事態に蛮蔵は狼狽した。
震える声で切り札を発射を命じるが、まだチャージが完了していない。
このままでは、チャージを終える前に連中が工場内に入り込んでしまう。
そうなればこちらの敗北は確実だ。

「ジャスタウェイだ! あいつらを工場に近づけさせるな!」

怒声と共に、従業員達がジャスタウェイを抱え屋根の上に登った。
ここから爆弾を投擲し、内部への侵入を阻むつもりだ。
敵を射程内に捕らえ、従業員達は次々とジャスタウェイを掲げる。
そして彼らの手からジャスタウェイが離れようとしたその瞬間だ。

「な……!?」

屋根が爆発した。
遥か彼方から"黄色い光弾"が屋根に降り注ぎ、辺りを飲み込んだのだ。
屋根に乗っていた従業員達は全て、爆発の反動で工場内に吹き飛ばされる。

「土方さん、今のって……」

訝しげに爆発を眺める沖田。
彼とは対照的に、土方は不敵な笑みを浮かべながら刀を鞘から抜き放った。

「へっ……意外と義理堅い嬢ちゃんじゃねーか!」

そのままの勢いで工場へ突っ込もうとする。
彼の後ろでは、新八が肩で息をしながら土方の後に追いすがっていた。

「オイ新八、木刀持ってきたろうな?」

そんな彼の後ろから、男の声が聞こえてくる。

「え? あ、ハイ……」

思わず返事をする新八。
刹那、彼の手に握られた木刀が姿を消した。
そしてその代わり……。
土方達のいる遥か向こう、工場の入り口が眼前に迫るその場所を、木刀片手に疾走する銀髪の男の姿があった。

「工場長! すんませーん今日で仕事辞めさせてもらいまーす!」

叫び、木刀を構えるその男は。
……見紛うはずも無い。
坂田銀時、その人だった。

「ワリーが俺ァやっぱり……」

銀時は跳躍した。
屋根よりも、そして大砲よりも高く。

「自由(こいつ)の方が……向いてるらしい!」

常人では考えられない高度で木刀を掲げ、険しい弧を描きながら一気に加速をつけ落下する。

「死ねェェェェェ坂田ァァァ!!」

蛮蔵が叫び、チャージの完了した蝮Zの砲口が銀時へ向けられる。
獲物を捕らえる蝮の如く口を開く砲口内では、膨大な量の光が蓄えられていた。
その光の塊が、一層大きな光を放つ。
しかし銀時は臆することも無く、手にした木刀を振り下ろした。

「お世話になりました!」

渾身の一撃を受け、砲身が木っ端微塵に砕けた。
雨霰の様な砲撃にも、嵐のような魔力弾にも耐え切った砲身が、一際派手な音と共に砕け散った。
発射口を砕かれ、行き場を失った光はその場で膨張し……。
本日最大の、猛烈な爆発が工場を包み込んだ。



爆発の余波に身体をあおられながらも、何とかその場に立ち留まった新八は工場のあった場所へ目をやった。
神楽となのはも新八の元へ駆け寄りながら、彼と同じように心配そうな顔つきで同じ場所へ視線をやった。
立ち昇る黒煙。
無残にも瓦礫の山となった工場。
……足音が聞こえてきた。
新八達は目を凝らす。
瓦礫の中心から、一人の男がこちらへ向かってきているのが見えた。
……銀時だ。
彼は俯き加減のまま新八達の目の前まで歩み寄り……そのまま通り過ぎていった。
彼の表情は見えなかった。
もしかして、また記憶を失ってしまったのだろうか。
一抹の不安が新八達の脳裏を支配する。
不意に銀時が足を止めた。
顔を上げ、振り返ろうともせずその場に佇む。

「……帰るぞ」

呟き声と共に、銀時が再び歩き始めた。
……「帰るぞ」。
その言葉の意味は、咀嚼する必要も無かった。
新八達は駆け出した。
彼の傍へ行くために。
彼らのいるべき場所へ"帰る"ために。



「ハハ、やっぱアイツらはアレじゃないと。ねっ、局長」

万事屋達の後姿を眺め、山崎は言う。

「君は誰だ?」

彼の傍で倒れ込んでいた近藤が、不思議そうな表情でそう言った。



「……やれやれ、アタシ達が出向く必要もなかったかもしれないねぇ」

銀時達から少し離れた上空。
アルフが頭の後ろで手を組みながらそんな事を言った。

「そうだね……」

風に髪をなびかせ、並んで歩く四つの人影を見守っていたフェイトも、アルフに同意して呟く。
四つの人影のうち、一番小さな人物が不意に空を見上げた。
フェイトは内心どきりとする。
そんなはずは無いのに、何故か一瞬目が合ったような気がしたからだ。
その人影は、こちらへ向かって何かを言っているようだった。
もちろん、この距離では聞こえるはずも無い。
だが、今のフェイトには……彼女が言った言葉が、なんとなく分かるような気がした。

――"ありがとう"

「……いい家族だね」

不意にそんな言葉が口をついて出た。
……家族。
いつかは自分も、あんな風になれるのだろうか。
フェイトは眼下の四人をじっと見続ける。
胸の奥を締め付けられるような……それでいて、暖かい。
そんな不思議な感情が、彼女の中を満たしていった。
ふと、隣に目を向ける。
アルフが哀感を帯びた目で不安げにこちらを見ていた。
フェイトは微笑みながらアルフの頬に手を添える。

「帰ろっか、アルフ」

そう言ってアルフに向けられた笑顔は、普段の作られた笑顔よりもずっと柔らかかった。