なの魂(旧版)

物騒なテロリストを撃破し、銀時の記憶も戻り、これにて一件落着。
かと思われたが、人の世というのはそう上手くは作られていないらしい。

「……どーしたもんかね」

なのはの向かいの席で、スプーンに乗せたチョコパフェを口に運びながら銀時が言った。
なのはにチョコパフェを三つも奢ってもらいご機嫌かと思いきや、その表情はとても複雑そうだ。
彼の両隣に座る新八と神楽も、同じように眉をひそめている。

「さすがにあのまま放っておくのはちょっとね……。危なくて店も開けないし」

なのはの後ろに佇んでいた士郎が、そう言いつつ天井を仰ぐ。
その上には、隕石の直撃という冗談みたいな理由で崩壊した万事屋があった。
今のところ特に問題は起きていないが、もしかしたら翠屋店舗にも目に見えない部分で被害が及んでいるかもしれない。
もし営業中に天井が落ちてこようものなら大惨事だ。
その為、現在翠屋は営業を一時休業しているのだが、生活がかかっている以上いつまでも店を閉めておくわけにはいかない。
指し当たっては一番の不安要素、二階に山のように積もった瓦礫をどうにかしようというわけである。

「建て直すか取り壊すか……早く決めちゃってもらいたいんだけど?」

「んなもん……建て直すに決まってんじゃないスか。他に行くあてもねーし」

相変わらずチョコパフェを食しながら銀時は答えた。
なのはは内心ホッとする。
もしかしたらこのまま、どこか別の場所へ引っ越してしまうのではないかと薄々思っていたからだ。
騒がしいことこの上ない連中だが、いなくなったらそれはそれで寂しい。
士郎も同じことを考えていたらしく、ふっと小さく微笑みながら、どこからか小さな電卓を取り出した。

「なら建て直し費用は……締めてこれくらいだね」

……いや、微笑みというより、したり顔だった。
電卓を銀時に突きつけると同時に、カラン……と金属質な何かが床に落ちる音がした。
どうやら銀時が手にしたスプーンを落としてしまったらしい。
銀時は顔に脂汗を浮かべながら、ひのふの……と電卓に表示されたゼロの数を数えていく。

「……え? 俺持ちなの?」

顔を青ざめさせながら銀時が目線を上げると、士郎が「当然」と言わんばかりの顔で銀時を見返していた。
銀時はすがるように、両隣に座った新八と神楽に目線を向けていく。
が、二人とも冷や汗を流しながら目を背けてしまった。
そもそもそんな金があるならきちんと家賃は払えているはずである。

「ちなみに、取り壊しの場合だとこれくらいだね」

そう言って士郎は再び銀時達に電卓を向ける。
表示されている金額は減っていたが、それでも今の銀時達が払えるような額ではなかった。
さすが商売人。お金が絡むと容赦が無い。
口端を引きつらせる銀時を見て、なのははため息をついた。
……そういえば、こういった"物を直す"という行為は、魔法で行えるんだろうか?
ふとそんなことを思いつき、ユーノに念話で話しかけようとした矢先、突然ユーノの方から念話が送られてきた。

「……あっ……」

不意に声を上げてしまったことに気付き、慌てて口を塞ぐ。
バツが悪そうに後ろを振り向くと、父が不思議そうな目でこちらを覗きこんでいた。

「どうしたんだい? なのは」

「あ……その、ちょっと用事思い出しちゃって。少し出掛けてきまーす!」

ぴょん、と跳ねる様に椅子から降り、なのはは慌てて店を出て行った。



(なのは、こっちこっち!)

声につられて店の脇、銀時が車庫代わりにしている大き目の路地へ入り込む。
ユーノが真剣な面持ちでなのはを待っていた。

「はぁ……最近出番なかったから、本筋の話忘れるところだったよ……」

肩を竦めながらそんなことを呟くなのは。
だが、すぐに彼女も真剣な表情になる。
先の念話で、ジュエルシードの反応を感知したという連絡を受けたからだ。

「……とにかく急ごう!」

ユーノがその場から駆け出す。
本当なら転送魔法を使って即座に駆けつけたいところなのだが、不用意な転送は危険を伴う。
現場に付いた途端、いきなり目の前に致死性の砲撃が迫ってきたという状況も充分に有り得る。
なのはもユーノを追い、その場から駆け出そうとする。

「オウオウ、お嬢さん達。そんなに急いでどこに行く気だい?」

「へ……?」

不意にかけられた声に、なのはとユーノは足を止め振り向いた。
視線の先には、愛車のキーを手で弄ぶ銀時。壁にもたれかかってこちらを見ている新八。
そして定春に乗って急かすような目でこちらに視線を送る神楽の姿があった。

「ぎ、銀さん? あの、お家のお話はもういいんですか?」

さっきまで青い顔をしながらチョコパフェを食っていた男が、何故こんな所に?
なのはは疑問に思うが、銀時はそんな彼女を一瞥した後、ユーノを見下ろした。

「そのことなんだがなァ。ユーノ」

「は、はい?」

突然話を振られ戸惑うユーノだが、銀時はそんなことを気にせずに話を続ける。

「お前、初めて会ったときに『手伝ってくれたら礼は必ずする』って言ってたよなァ?」

「……まぁ確かに言ってましたけど……っていうか、なんで今さら……」

「……あの、銀さん。もしかして……」

なのはの問いかけに応えるように、銀時はニヤリと口の端を上げた。



なの魂 〜第十七幕 なりふり構っていられない時でも一度冷静になってみよう〜



結界が張られ、外界から隔離された臨海公園では既に戦闘が始まっていた。
フェイトがマントを翻し、空中から眼下の敵――ジュエルシードにより異形と化した、巨大な蛸のような生物――に無数の魔力弾を撃ち込む。
だがそのことごとくが、巨大蛸に当たる前に見えない障壁のようなものに弾かれ、掻き消えていく。

「おー。生意気にバリアなんか張っちゃって」

「……今までのものより強い……!」

アルフが感心したように言う隣で、フェイトはバルディッシュを構えなおす。
手加減をしたつもりは無かったのだが、まさか全ての攻撃が弾かれるとは。
やはり連射が効いても一撃が軽い技より、多少隙があっても一撃が重い技を放つべきか。
今までの交戦で相手が射撃系の技を使ってきていないところを見ると、その八本の触手を使った
直接的な攻撃以外の攻撃方法は持ち合わせていないと見ていいだろう。
ならば相手に射程外から、一方的に攻撃を加えればよいだけだ。

「……早く終わらせよう」

「よっしゃ! アタシがかく乱するから、その隙にお願い!」

アルフが敵のバリアを少しでも弱体化させるべく突っ込み、その後方ではフェイトが砲撃の準備を行う。
巨大蛸はその八本の触手でアルフを捕らえようとするが、彼女は寸でのところでその全てを避け、蛸の顔面に鉄拳を叩き込もうと拳を振り上げる。
同時に、彼女の後方から轟音が聞こえた。

「……えっ……!?」

最初に驚きの声を上げたのはフェイトだった。
巨大蛸から伸びた八本の触手から、鉄砲水のように魔力弾が発射されたのだ。
アルフではなく、こちらの方へ。
まさかこちらの隙を作るために、あえて今まで射撃を行わなかったというのか?
咄嗟に砲撃を中止して腕を突き出し、目の前に防御障壁を張る。
だがしかし、直接ダメージは受けなかったものの衝撃までは緩和することが出来なかった。
腕から体、そして脳へ衝撃が伝わる。
一瞬目の前が真っ白になったかと思うと、身体を奇妙な浮遊感が包み込んだ。

「っ! フェイト!?」

聞こえてくるアルフの叫び。
そこでようやく自分が地面に向かって落下しているのだということに気付いた。
なんとか体勢を立て直そうとするが、身体が言うことを聞かない。
視線の先では、こちらに気を取られていたアルフが巨大蛸に捕まり、必死に抵抗する姿が映し出されていた。

(……助けなきゃ……)

朦朧とした意識の中そう思うが、やはり身体が言うことを聞いてくれそうに無い。
地面ももうすぐそこまで迫ってきている。
こんな所で、自分達は終わるのか……。

「落ちる落ちる落ちる! 銀時さんちょっとスピード落としてェェェ!」

「うるせェェェ! 死にたくねーならしっかりつかまってやがれェェェ!!」

自身の不甲斐なさに涙しそうになったフェイトの耳に、怒鳴り声とエンジンの爆音が聞こえてきた。
フェイトははっとしたように目を見開いた。
聞き覚えのある声。
迫り来るエンジン音。
まさか、これは……。

「どーもォ、万事屋でーす!」

大声と共に地面を何かが削り取るような音が聞こえ、目の前を無人のバイクが走り去っていた。
そして自分の身体が重力に逆らうように突然制止した直後、巨大蛸の方から爆発が起こった。
先程のバイクが巨大蛸にぶつかり、爆発したのだ。

「よォ、怪我ねーか?」

呆けたように爆発を眺めていたフェイトは、その声を聞いてようやく自分を抱き止めた人物の顔を見た。
肩に息も絶え絶えなフェレットを乗せ、こちらへ笑みを投げかけてくるその男は……。
あろうことか、あの記憶喪失だった銀髪の男だった。
お姫様抱っこをされたまま、フェイトは再び呆けた顔をする。

「どォりゃァァァァァ!!」

突如聞こえてきた、気合の入ったかけ声。
視線を向けると、一人の青年が果敢にも巨大蛸に木刀を振り下ろしているところだった。
しかし木刀は眼前に発生した障壁であえなく弾かれ、青年も体勢を崩す。
そしてそこへ四本の触手が襲い掛かってきた。

「……って何で僕だけェェェ!」

眼鏡をかけたその青年はすぐさま踵を返し、蛸の攻撃を避けながらこちらへ向かって走ってきた。

「ちょっとアンタ何しに来たのさ!」

「うっせーわァァァ! いきなり捕まってるアンタに言われたくねーよ!」

途中で蛸に捕まって宙ぶらりんにされたアルフに罵声を浴びせられるが、反論もそこそこに逃走を継続する。
しかし彼のすぐ側には、既に怪物の魔の手が迫っていた。

「うわばばば! マジでヤバいってコレ!」

振り向き、眼前に迫るおどろおどろしい触手に恐怖する青年。
そんな彼の前に、白い何かが乱入した。
……犬だ。
巨大な犬が彼に迫っていた触手を食い千切りながら現れ、アルフを捕らえていた触手をも引き千切り、彼女を救出した。
そしてその犬のすぐ横を、赤い服を着た少女が駆け抜けていく。

「飛べコラァァァァァ!」

少女は叫び、仰向けになって巨大蛸の下に潜り込んだ。
そして器用に身体を捻り、両足を使って蛸を蹴り上げる。
まるでゴムボールのようにその巨体は空高く舞い上がった。
そして上空では、杖を構えた白衣の魔導少女が一人。

「これがホントの……!」

魔導師の持つ杖に魔力が収束されていく。
その真下では、先程アクロバティックな動きを見せた少女が空に向かって番傘を掲げていた。
その傘の先端には、同じように巨大な光球が生成されていく。

「十字砲火じゃァァァ!」

怒鳴り声と共に、二本の光柱が巨大蛸に撃ち込まれた。
二つの光の奔流に巻き込まれた蛸の身体は、見る見るうちに削り取られ……。
カラン、と音を立てて、青い宝石が地面に零れ落ちた。



怪物を完全に消滅させたことに安堵しながら、なのははゆっくりと地面に降り立った。
ふわっ、と魔力で生成された羽が辺りに舞い上がる。
ふと神楽の方へ目を向けると、彼女は親指を立てながらこちらへ向かってウインクを投げかけていた。
自分も同じように右手の親指を立て、笑みを投げかける。

(……そういえば、フェイトちゃんはどうなったのかな……?)

疑問に思い辺りを見回すと、少し離れたところで銀時に抱えられたフェイトの姿を見つけた。
その顔は怖さ半分恥ずかしさ半分といった、なんとも複雑そうな表情だった。
思わずあはは、と苦笑を漏らしてしまう。
銀時はフェイトを抱えたまま、呆けた様子で佇むアルフの前へと歩み寄っていった。

「オラ、ガキの面倒くらいテメーで見やがれ」

面倒くさそうにフェイトを降ろす銀時。
フェイトはしばらく銀時を見ていたが、煙たがられるように手を振られ、少し消沈した様子でアルフの側へ寄り添っていった。

「アンタら……なんで……」

フェイトの身体を抱きしめながら問いかけるアルフに対し、銀時は苦笑しながら答える。

「文字通り身ィ砕いてまで助けたガキに、目の前で死なれちゃ後味悪ィだろ」

「別にオメーが死のうが関係ねーけどな。なのはがどうしてもって言うから」

そんな事を言いながら神楽がフェイトに詰め寄っていった。
なのはは大慌てで神楽の元へ行き、どうにか彼女をなだめる。
そして冷や汗を拭い、ため息を一つついたところで改めてフェイトと向き合った。

「……また会ったね」

声をかけた直後から、フェイトの表情が見る見る沈んでいくのが分かった。
彼女は顔を俯け、そのまま押し黙ってしまう。
辺りを沈黙が包み込み、だんだん居た堪れない気持ちになってくる。

「どうして……」

不意にフェイトが声を震わせながら呟いた。

「もう私の前に現れないでって……言ったのに……」

消え入りそうな、悲哀を帯びた声。
俯く彼女の表情は、こちらからでは窺えなかった。

「……まだ、聞いてなかったから」

なのはは静かに言う。

「フェイトちゃんがジュエルシードを集めてる理由。まだ聞いてなかったから」

……そうだ。
ジュエルシードを集めることは大事だ。
でも、今の自分には……同じくらい大事な事がある。

「前にも言ったよね。私、フェイトちゃんのこと放っておけない……もっとフェイトちゃんのこと知りたいって」

だから、自分はここにきた。
だから、こうして彼女を助けにきた。
だから、自分は彼女と……。

「……お話し、したいんだ」

ゆっくりと顔を上げたフェイトの顔には、戸惑いの表情が浮かんでいた。
今まで幾度と無く否定されてきた、話し合いという手段。
このような場所に着てまでそんなことを言い出すなのはに呆れているのか。
それとも……。

「もしかしたら私達にも、何か手伝えることがあるかもしれないし……ね?」

微笑み、なのはは周りを見渡す。
興味なさげに頭を掻く銀時。
思いっきり敵意剥き出しの神楽。
息も絶え絶えな新八。
……むしろ前途多難である。
なのはは一度咳払いをし、バツが悪そうに愛想笑いをした。
そんな彼女らを見てフェイトは僅かに目を細め……ほんの少しだけ、笑ったような気がした。
その直後、彼女らの後ろから轟音が聞こえてきた。
その場にいた全員が、一様に音のした方を見やる。
回収を行っていなかったジュエルシードから光が放たれ、辺りの地面に亀裂が走っていた。
暴走? それとも、先程の怪物を再生させるつもりか。
各人はそれぞれ得物を手に身構える。
同時に、ジュエルシードから一際眩い光が放たれ……すぐに消えた。
なのは達は目を疑った。
光の残照から、紺の魔導衣を纏った見たことも無い少年が現れたからだ。



「……現地の公共機関に気付かれなかったのが、不幸中の幸いか……」

聞いたことも無い声であり、ましてや見覚えなどまったく無い姿。
だが銀時はその少年の立ち振る舞いを見て、直感的に悟った。

(あのガキ……ただの三下じゃなさそうだな)

居合いの構えを取る銀時の視線の先で、少年が無造作にジュエルシードを拾い上げた。
ガントレット越しに拾われたそれは暴走することもなく、淡い光を放ちながら少年の持つ杖――おそらくデバイスだ――に溶け込むように消えていった。
ジュエルシードを完全に確保したことを確認した少年は不意にこちらを向き、そして杖を向けてきた。

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。詳しい事情を聞こうか」

神楽と同い年くらいだろうか。
クロノと名乗ったその少年は、高圧的な目でこちらを睨みつけてくる。
だが武器を向けられたくらいで従順になるような銀時ではない。
薄笑いを浮かべながら、銀時はゆっくりと木刀を引き抜き、一歩前へ出る。

「……こりゃまた大物が出たなオイ。局のお偉いさんが、地球くんだりに何の御用で?」

「君達がそれを知る必要は無い。……抵抗するようなら、力ずくで……」

そこまで言ったところで、クロノが突然目の前に防御魔法を展開した。
直後、彼の眼前で小規模な爆発が連続して起こる。

「フェイト! 逃げるよ!」

そう叫んだのはアルフだった。
彼女は自身の周りに発生させた魔力弾を次々とクロノへ撃ち込んでいった。
しかし、そのどれもが決定打とならず、障壁によって弾かれる。
だがこれでいい。足止めさえ出来ればそれで充分だ。
アルフはフェイトの手を取り、その場から飛び去ろうとする。
その瞬間だった。

「え……」

アルフとフェイトの周りを四つの人影が取り囲み、まるで彼女らを守るかのようにクロノの前に立ち塞がった。

「……行け」

その場で立ち尽くすアルフ達に目配せしながら、銀時は呟いた。

「いまいち事情が飲み込めないけど……時間稼ぎくらいならしてみせるよ」

「クソガキィ! これで貸し一つだかんな! 覚えてろよ!」

新八と神楽も、それぞれの武器を構え口々に言う。
アルフは少しだけ逡巡したが、小さく頷き、フェイトを抱えてその場から飛び立った。
抱えられたフェイトは心配そうな表情で銀時達を見つめる。

「……フェイトちゃん!」

眼下の五人が豆粒くらいの大きさに見える距離まで来た時、地上から声が響いてきた。
純白の魔導衣を身に纏った少女が、ずっとこちらを見続けていた。

「今度会った時は……ちゃんとお話ししようね!」

フェイトは頷くことも答えることもせず、ただ彼女の姿を見続けていた。



「……捜索者の一方は逃走!」

次元空間に停泊していたアースラの発令所では、オペレーター達の報告が飛び交っていた。
中央スクリーンの隅には、様々な情報が表示されたウィンドウが次々に映し出されては消えてゆく。

「追跡は?」

「多重転移で逃走しています。……追いきれませんね」

「そう……」

艦長席に腰掛けたリンディはスクリーンを見つめ、そっと目を細める。

「まぁ、戦闘の被害も最小限。ロストロギアの確保も終了。……良しとしましょう。
 事情も色々聞けそうだしね」

中央スクリーンに映し出される我が息子。
そして彼と対峙する少女らを見……僅かに身を乗り出した。
黒い服の上から、白い着物を右肩をはだけさせて着流す男。
息子と何か口論を繰り広げている、木刀を持ったその男にリンディは見覚えがあった。

(……あの銀髪の人……もしかして……)



しばらく口論を続けていた銀時とクロノであったが、なのはとユーノが仲裁に入ったことで、結局事情聴取を受けてしまうこととなった。
今現在、彼らはクロノの後に付き従う形でアースラの艦内を歩いているところだ。
さすがに商店街の通りほどではないが、どうやら居住性にもかなり配慮がなされているらしく
その通路は人が四人並んでもなお余裕があった。

(……オイオイ、こんなモン単騎で墜としたってのかよ……マジでバケモンだな、あのオカマ)

ふと知り合いのオカマバーの店主を思い出して銀時は冷や汗を流す。
一応、自分の大先輩に当たる人物なのだが……絶対に尊敬だけはしたくないな。
そんなことを考えていると、不意にクロノがこちらを向いた。
……いや、その視線は銀時ではなく、なのはに向けられていた。

「……ああ、いつまでもその格好だと窮屈だろう。バリアジャケットとデバイスは解除していいから」

「え……あ、はい。そうですね」

先程の戦闘からずっと魔導衣を纏っていたなのはは、言葉に従って装備を解いた。
この格好だと極僅かとはいえ魔力を消耗してしまうため、多少なり身体に負担をかけてしまうのだ。
そのことを考慮した、クロノなりの気遣いだったのだろう。
なのはの周りを淡い光が包んだかと思うと、次の瞬間には彼女はいつもの普段着姿になっていた。
続けてクロノは、なのはの側を歩くユーノにも声をかける。

「君も、元の姿に戻ってもいいんじゃないか」

「ああ、そういえばそうですね。ずっとこの姿のままでいたから、忘れてました」

『……は?』

素っ頓狂な声を上げる、クロノとユーノを除く四人。
そんな彼らにはお構いなしに、ユーノの周りを光が包み込んでいく。
その光はどんどん膨張していき、やがてなのはと同じくらいの大きさにまでなった。
そして……。
光の中から、一人の少年が現れた。

「……ふぅ。なのはと銀時さんにこの姿を見せるのは、久しぶりかな」

薄い黄土色の髪と、女の子のような顔つきをしたその少年は銀時達を見ながらそう言った。
一方の銀時達はというと、まるで珍獣でも見たかのような目で少年を見つめ、口をあんぐり開けている。
そんな彼らを、少年は不思議そうな目で見つめた。

「「「「ななななんですとォォォォォ!!?」」」」

少年――もとい、ユーノを指差して銀時達は絶叫する。
思わずたじろぐユーノ。

「……あの、四人とも……?」

「ユ、ユーノくんって、ユーノくんって! え、その、ウソォ!?」

慌てふためくなのは。
すがるような目で銀時に視線を向けるが、彼もまた開いた口が塞がらないといった状態に陥っていた。

「……君達の間で、何か見解の相違が……?」

「えーと……僕達が最初に会った時って、この姿じゃ……」

今ひとつ状況が把握できないクロノが言い、現状を整理すべくユーノが問いかける。
しかしユーノに返された答えは、彼が予想していたものとはまったく真逆のものだった。

「待てwait。お前最初からフェレットだったぞ」

銀時の言葉に、ユーノは目を閉じ額に握り拳を当てる。
そしてきっかり五秒後。

「ああああああああああ!!」

今度はユーノが大声を上げた。
そういえばそうだったような気がしないでもない。
それならば、自分がいるのにお構いなしに着替えたり、温泉で女湯に強制連行したりといった
なのはの行動も理解できる。
何しろ自分のことを人間だと思っていなかったのだから。
……じゃあ人間だと知った今は?
はっとした表情でユーノは銀時達を見る。
冷めた表情でこちらを見る万事屋の姿がそこにあった。

「そーかァ……つまりお前、あのカッコを利用して、なのはの着替えとか風呂とか平然と覗いてたわけだな」

「人として軸がブレてますね。もう居直るっきゃねーよ」

「マジキモいアル。しばらく私に近寄らないで」

「違いますからねェェェ!! 他意はありませんからね! 不可抗力と言うか何と言うか……!」

口々に呟く万事屋に、必死の弁解を行うユーノ。
しかし万事屋は馬耳東風といった様子でユーノに詰め寄ってきた。

「鯛も海老もねーよ。とりあえずアレだな。旦那に代わってヤキいれとくか」

「女の敵ネ。覚悟するヨロシ、淫獣」

指の関節を鳴らしながらユーノの前に立つ銀時と神楽。
彼らの身体から、威圧感を具現化したかのようなオーラが漂っているように見えるのは、おそらく目の錯覚ではないだろう。
あっという間にユーノは壁際まで追いやられてしまった。

「え、あの、ちょ……アッ――!!」

仮借ない打撃音と共に、通路内に悲痛な断末魔の叫びが響き渡った。

(……緊張感ってものが無いのかな……この人達は)

ため息をつきながら頭を抱えるクロノ。
彼の隣では、なのはが冷や汗をかきながら胸の前で手を合わせ「南無……」と呟いていた。



日本の茶室を模された部屋に通され、銀時達はリンディと対面した。
今までの事の成り行きをユーノが説明し、リンディが要所要所で頷く。

「そうだったの……ジュエルシードを発掘したのは、あなただったんですね」

「はい……それで、僕が回収しようと……」

「そんな大怪我までして……立派だわ」

顔面絆創膏だらけのユーノを見て、リンディは呟いた。
しかしユーノは何故かバツが悪そうな表情をする。

「あ、いえ……これはちょっとドーナツ作りに失敗しまして……」

そう言ってなのはに目配せをすると、彼女は恥ずかしそうに俯いてしまった。
同時に、背後から刺さるような視線を感じる。
恐る恐る振り向いてみると、万事屋の三人が恐ろしい表情でユーノを睨みつけていた。
思わず乾いた笑いを漏らすユーノ。

「だけど同時に無謀でもある! おまけに、民間人まで巻き込んでしまって……」

彼の笑いを咎めるように、クロノが怒鳴る。
ユーノは再びバツが悪そうな顔をし、そのまま黙りこくってしまった。
その隣で、なのはがおずおずと手を挙げ質問を投げかける。

「あの……ジュエルシードって、一体……」

「…………」

その質問と同時に、クロノが急になりを潜めた。
まるで、聞かれたくなかったことを聞かれてしまったかのような、そんな表情だ。
その隣ではリンディが困ったような表情を浮かべながら、角砂糖の入った小瓶を手に取り
緑茶の入った茶碗に角砂糖を一個投入した。

「んー……教えてあげたいのは山々なんだけど、色々と複雑な事情がありますから……」

そう言ってリンディは美味しそうに茶をすする。
それを見て「え?」という顔をしたのはユーノだけだった。
緑茶に砂糖を投入するなどという暴挙を見れば、普通はユーノのような反応をするべきだろう。
だがしかし、なのは達はごくごく自然にその光景を眺めていた。
何故か。
理由は簡単。同じくらいぶっ飛んでる人がすぐ側にいるから。

「そう言われると余計に知りたくなるのが人間の性ってモンだ。いいじゃねーか。減るモンでもねーんだしよ」

そんな事を言いつつ、銀時は小瓶を手元に取り寄せる。
そして自分に用意された茶碗を持ち……小瓶の中に茶を注ぎこんだ。
もう一度言う。
砂糖を、茶に入れたのではない。
角砂糖の山に、茶を注ぎ込んだのだ。
小瓶の中では溶けきれなかった砂糖が粒状になって渦を巻いている。

「……あの、銀さん。一体何やってんですか?」

思わず尋ねる新八。
銀時は何食わぬ顔で新八の前に小瓶を突きつけた。

「緑茶銀時スペシャルだ。飲むか?」

「いらねーよ、ンなモン!」

そんなやり取りを見て、何故かリンディはムッとした顔をする。
そしてポツリと一言。

「……クロノ、お砂糖のおかわりを……」

「対抗しなくていいです、艦長」

即、止められた。
まあ当然といえば当然である。
リンディは一つ咳払いをし、平静を務めながら銀時達を見やる。

「……ともかく、これ以上この件に関わってもロクな目には遭いませんよ。
 ここから先は私達の領分……ジュエルシード捜索は、これより時空管理局が全権を持ちます」

「君達も今回のことは忘れて、それぞれの世界に戻って元通りの生活に戻るといい」

リンディとクロノは揃ってそう言う。
要するに、これ以上関わるな。ということだ。
軍人が秘密にしたがる懸案が、ろくな物であるわけが無い。
普通なら言われる通りに身を引くべきである。

「元通りねぇ……それが出来りゃ苦労はねーよ」

しかし銀時は何故か引こうとはしなかった。
小瓶に入った茶と砂糖を一気に飲み干し、言葉を続ける。

「こっちは訳のわかんねー間に記憶失ってよォ。ようやく戻ったと思ったら今度は家が吹き飛んでんだよ。
 主人公から浮浪者だぞ? 北極から南極だよオイ」

「最高の酒の肴じゃないか」

「デカ過ぎて胃がもたれるわボケ」

先程の臨海公園の時のように、再び睨みあう銀時とクロノ。
どうもこの二人、思想や思考がどうこう以前に生理的に相性が悪いようである。

「まぁ……随分と波乱万丈な人生を送っているんですね。さすがというか、なんというか……」

そんな二人を見て、リンディは苦笑いをする。
新八は、彼女のまるで銀時を知っているかのような物言いに首を傾げた。
それとなく銀時に疑問をぶつける。

「……あの、銀さん。もしかして知り合いなんですか?」

「いや、むしろこんな別嬪さんならお知り合いになりてーよ」

鼻で笑いながら、しれっとそんな事を言ってのける。
隣ではなのはが意外そうな顔をしていた。
――え? この人でも女を見る目はあるんだ。
そんな顔だ。

「あらあら、おだてても何も出ませんよ。白夜叉さん」

口元に手を当てながらリンディは笑った。
ごく自然に口を付いて出てきたその言葉には、なんの悪意も込められていなかった。

「…………」

しかし。
銀時はその言葉を聞くと同時に顔から笑みを消した。
自然と自分の目つきが悪くなっていっているのが分かる。

「白……夜叉……?」

すぐ隣では、聞いたことも無い単語になのはが首を傾げていた。
リンディはそっと目を伏せながら、懐かしむように語り出す。

「一年戦争……こちらでは攘夷戦争と言った方が分かりやすいわね。
 その折に、鬼神の如き働きをやってのけ……敵はおろか、味方からも恐れられた武神。
 戦争終結後に幕府によって粛清されたと聞き及んでいましたが……やはり捏造だったようですね」

そう言い、リンディは銀時を見る。
その目には畏怖や敬意の念は込められていなかった。
ただ本当に、珍しい物を見ただけといった目だ。
銀時にとっては、それが逆に不愉快だったのだが。

「……過激派の陸士一個中隊が、たった二人の魔力も持たない人間に壊滅させられたって報告を聞いたときは……さすがに耳を疑いましたよ。
 まぁ、おかげでこちらも余計な被害を出さずに済みましたけれどもね」

一個中隊。
二人の人間。
あの時のことか、と銀時は漠然とその時の状況を思い出す。



吹き荒れる風と降り止まぬ雨。
自分達を取り囲む無数とも思える異人。
仲間を失い、重傷を負い、そして退路も無し。
まさに絶体絶命の危機だった。

(もはやこれまでか……)

くずおれる様に跪いていた自分の後ろから、声が聞こえた。
刀を杖代わりに、何とか片膝で姿勢を整えている桂の声だった。

(敵の手にかかるより、最期は武士らしく潔く腹を切ろう)

――……武士らしく……か。

銀時はくぐもった笑いを上げた。

(……バカ言ってんじゃねーよ。立て)

――お膳立てされた武士道貫いて、後に何が残るってんだよ。

血に染まった刀を手にゆっくりと立ち上がり、夜叉の如き表情で眼前の敵を睨む。
敵も身構えるが、その気迫に押され、一歩を踏み出せない状態にあった。

――俺は俺の武士道を貫く。俺の美しいと思った生き方をし、護りてェモンを護る。……そんだけだ。

(美しく最期を飾りつける暇があるなら、最期まで美しく生きようじゃねーか)



飛び交う光弾を避け、斬り裂き、二人の男が荒野を駆ける。
『狂乱の貴公子』、桂小太郎。
そして『白夜叉』、坂田銀時。
銀の煌きと共に血飛沫が舞い、獣のような叫びと共に幾つもの命の灯が消える。
眩い光弾は空を切り、打ち合った杖は白刃の前に斬り捨てられる。
降りしきる雨と断末魔の叫びが、狂った協奏曲を奏で続けていた。



雨が止み、緋の花が咲いた荒野の真ん中に佇むのは、たった二人の侍だけだった。



「……昔話はこの辺で終いにしよーや。それより、艦長さんよォ」

不機嫌そうにする銀時の目の前では、リンディが先程から表情一つ変えずにこちらを見ていた。
離反したとはいえ、元仲間を斬り殺した男が目の前にいるというのにこの態度。
そういう性格なのか、それとも割り切って考えているだけなのか。
どちらにしろ、神経の太い女だ。
そんなことを考えながら銀時は言葉を続けた。

「さっきも言った通り、俺には帰る家がねェ。……それで、なんだ。ちィと相談してーことがあるんだが……」

銀時の言葉を聞いて、ようやくリンディは表情を変えた。



突然けたたましく鳴り響いた電話の呼び出し音に、シグナムは思わず身を竦めた。
次いで、辺りを見回す。
現在、電話が置いてあるリビングに居るのは自分一人。
これは少々厄介なことになった。
というのも、今までシグナムは電話の応対などしたことがなかったのだ。
焦るシグナムに拍車をかけるように、電話は相変わらず鳴り続ける。
落ち着け、為せば為る、だ。
意を決してシグナムは受話器を手に取った。

「もしもし、八神ですが」

若干声が裏返ったような気がしないでもない。
受話器の向こうからは、何処かで聞いたような声の男が何か独り言を呟いていた。

『お、繋がった繋がった。最近の携帯はスゲーなオイ』

シグナムは耳を疑った。
この声、そしてこの口調。
だが、あの男は記憶喪失で行方不明のはず……。
半信半疑で彼女は受話器に向かって叫ぶ。

「銀時殿……? 銀時殿か!?」

『どーもォ、銀さんでーす』

「どーもォ、ではない! 一体どこをふらついているのですか!? 主が心配して……」

『アレだ、今戦艦』

「は!?」

久しぶりに声を聞いたかと思えば、いきなり突拍子も無い返答である。
せんかん? 千巻? 選管?
選挙管理委員会がどうかしたのか?
常人とは少しズレた思考を巡らすシグナム。
そんな彼女に構うことなく銀時は一方的に話を続ける。

『いや、ちょいと早急に金が要りようになってな』

「あの、話が全く見えないのですが……」

直後、電話の向こうから聞き慣れない女性の声が聞こえてきた。
その声はあまりにも小さすぎて、シグナムにはよく聞こえなかった。
女性はどうやら銀時に声をかけていたらしく、銀時が面倒くさそうに「分かった分かった」と言っているのが聞こえた。

『……そーいうわけだ、姐さん。しばらくそっちには行けそうにねェ。
 今度なんか奢ってやるからそれで許せ。ってお姫さんに伝えといてくれ。じゃ、そーいうことで』

プツッ、という音と共に一方的に電話が切られる。

「ちょ、待……おい白髪! 話を聞けェ!」

あまりにも勝手な振る舞いに思わず怒鳴るシグナム。
返ってきたのは空しい沈黙だけであった。
受話器を置き、深くため息をつく。
そんな彼女の後ろから、遠慮がちに声がかけられた。

「シグナム。電話、誰からやったん?」

リビングの入り口からひょっこり顔を出したはやてが、心配そうにこちらを見ていた。

(……まったく、あの男は……)

寂しさに打ち震える少女の姿を見、そしてその少女が慕う男の姿を思い出し、シグナムは再びため息をついた。

「やれやれ……やはりあの人に主の側近は任せておけんな」

呟きながら苦笑するシグナムを見て、はやては不思議そうな顔をしていた。



「……ご家族の方?」

肩越しに銀時の持つ携帯電話を覗き込みながらリンディは聞いた。
銀時は首を横に振り、意味深な笑みを浮かべながら呟く。

「うちのマスコットだ」

理解しがたい返答にリンディは頭上に疑問符を浮かべる。
が、すぐに彼女は表情を変えた。
心配そうな顔で銀時を見つめる。

「それにしても……本当に良かったのですか? 上には最大限の口利きをするつもりですが、もしかしたら色々と厄介事に……」

「既に厄介なことになってるっての。大丈夫だって。こーいうのは慣れっこだから」

そう言って銀時は笑って見せた。
それでも腑に落ちない様子でリンディはため息を漏らす。
というのも、銀時がとんでもない相談を持ちかけてきたからだ。
端的に言うと、「仕事手伝うから金くれない?」である。
もちろん最初は突っ撥ねるつもりだった。
なにしろ、一般人が首を突っ込んでいい事件ではない。
が、しかし。
最初は横暴な態度だった銀時がだんだん下手になっていき、最終的に土下座までして頼み込んでくるのを見て折れてしまったのだ。
我ながらお人好し過ぎるな。とリンディは思う。

「あなたは大丈夫かもしれませんけど……」

呟きながら、銀時の連れに視線を向ける。
まだ若い男女と巨大な犬に、幼い少女。そして少女の肩に乗るフェレット。
彼らの身を案じて散々止めたのだが、結局は彼らも銀時と行動を共にすることになってしまったのだ。

「私達三人揃って万事屋ネ。銀ちゃんが行くって言うなら、例え火の中でも水の中でもついていくヨ」

「あなた達にそのバカを制御できるとは思えませんからね。まあ、保護者同伴ってことで一つ」

「銀さんの手綱を握れるのは、私と新八さんくらいですから。……それに、私もやりたいことがありますし」

「……そう」

口々に言う神楽達を見て、リンディはそっと笑った。
これはもう止めようが無いな。という意味が半分。
もう半分は、彼女らにここまで慕われている銀時を微笑ましく思っての笑みだ。

(……歴戦の戦士がようやく見つけた安住の地……ってところね)

そんなことを思いながら、リンディはなのはの側に歩み寄った。

「それじゃあ、行きましょうか」

「あ、はい」

リンディに連れられ、なのはとユーノは彼女と共に部屋を出る。
今回の件、短期間とはいえ自宅を離れなければならない。
何も言わずに姿を消してしまっては両親に心配をかけてしまう。
ということで、これからなのはの両親に対して事情の説明を行わなければならないのだ。
無論事実を全て話すわけにはいかないので、九割嘘のカバーストーリーをでっち上げるつもりだが。



部屋からなのは達が出て行ったのを確認し、銀時はため息をついた。
そしてそのまますぐ近くにいたクロノに声をかける。

「……で、あのジュエルシードってのは一体何なんだ?」

一時的とはいえ共闘する以上、情報の共有は必要だ。
クロノも同じ事を考えていたらしく、最初とはうって変わって簡単に口を開いた。

「……彼女が戻ってきてから話そうと思っていたんだが……まあいいだろう」



クロノの話では、ジュエルシードはロストロギアと呼ばれる古代遺失物――過去に滅んだ超高度文明の遺産の一つであるとのことだった。
なのは達が今まで探していたジュエルシードの正体は、次元干渉型のエネルギー結晶体。
特定の方法で起動させることで次元震を引き起こし、世界を滅ぼすどころか次元断層さえ引き起こす危険な代物。
それが複数個存在するというのだ。
危ないなんていうレベルではない。
そしてクロノ達が所属する時空管理局では、それらの危険な遺失物を管理・保管することで
次元世界の安定を守っているとのことだ。

(……なんでそんな立派なことしてるのに秘密にしてたんだろう……)

話を聞いていた新八は首を傾げた。
少なくとも、他人に知られて困るようなことは何一つしていないはずだ。
むしろ彼らのおかげで世界の平和が保たれているのなら感謝すべきではないか?
だがしかし、そんな彼とは対照的に、銀時は呆れたような声で言い放った。

「……よーするに、ただの墓荒らしじゃねーか」

当然であるが、身も蓋も無いその発言にクロノは声を荒げて反論した。

「失敬な! ロストロギアは然るべき場所で厳重な保管をされなければ、重大な次元災害を引き起こす。
 それを防ぐために、僕達はこうして戦っている! 墓荒らしなどという低俗な行為では断じて……」

「然るべきって何か? そのロストロギアってのは、全部が全部テメーらのご先祖さんが作ったモンだってのか?
 テメーらが自分の身内の墓掘り起こすのは勝手だ。けどよォ、他人の墓まで掘り起こすのは、
 ちょいとお門違いってモンじゃねーのかい?」

「隣の墓に時限爆弾が埋まっていると知っていても……それを掘り起こすのは間違いだと?」

「掘り起こしてぶっ壊すんならともかく、導火線の火だけ消して持ち帰るのが問題だってんだよ」

激しく口論しあう二人を前に新八はうろたえる。
一方神楽はそんなことには興味が無い様子で窓から次元の海を眺めて感嘆の声を漏らしていた。
「私、死んだら次元葬にしてもらうネ」などと、お気楽極楽能天気な発言すら飛び出す始末だ。
そんな彼女らを尻目に、銀時達の口論は続いていく。

「おまけにその爆弾が墓どころか町一つ消し飛ばせる代物で……それを掘り起こした奴が、
 似たような物騒なモンをいくつも家に保管してるなんて周りが知りゃァ……近いうちに警察呼ばれんぞ」

銀時の発言に、一瞬クロノは押し黙った。
確かに、何も知らない人間達から見れば自分達のやっていることは墓荒らしに変わりない。
そもそも、その気になればいくつもの次元空間をたやすく崩壊させることが可能なロストロギアを回収しているという行為自体、
ひねくれた人間から見れば世界平和を名目にした過度な軍備増強に映ってしまうのだ。
そして今回の舞台は第97管理外世界……過去に衝突した、あの第107管理外世界の支配下の世界なのだ。
幸いにも、あちらの世界は管理局の遺失物管理行為には気付いていないようだが、ただでさえ関係が冷え切って一触即発状態に
なっているところに、管理局が軍備増強紛いの行為を行っているということが知れてしまっては、間違いなくろくな事は起こらない。
それこそ、下手を打てば戦争が勃発する恐れすらある。

「……どうやら、君とは反りが合いそうに無いね」

クロノは歯噛みしてそう言い残し、部屋から去っていってしまった。
銀時はため息をつく。
銀時自身、管理局のことはあまり信用していないのだが、だからといって彼らがやっていることに全く理解を示せないわけではなかった。
ただ、そう思う人間達もいるということを忘れないで欲しいと忠告したかっただけなのだが……。
普段の口の悪さに相性の悪さも加わり、結局ただの口論になってしまったわけである。

「……銀さん。もしかして僕ら、想像以上にヤバいことになってるんじゃ……」

新八が冷や汗を垂らしながら問いかけるが、銀時はいつもの調子で言い返す。

「ヤベェ仕事なんざいつものことだろ」

そう、ここまではいつも通り。
いつも通りヤバいことに巻き込まれて。
いつも通りバカ騒ぎを起こして。
そしていつも通り万事解決。
それがいつもの万事屋だ。
しかし……。
今回は、一つだけ違うことがあった。

「ま……せいぜい旦那に怒鳴られねーように頑張るかね」

白い魔導衣を身に纏った少女を思い浮かべ、銀時はそう呟いた。



フェイトは自室の窓にかけられたブラインドの隙間から、夜空を見上げていた。
雲一つ無い月夜。瞬く星達。
澄んだ夜空とは対照的に、フェイトの心は曇っていた。

「……あの人達……どうなったのかな……」

後ろに佇む相棒に問いかける。
アルフは少し迷ってから、答えた。

「断言はできないけど……多分、管理局の連中に……」

そこまで言って、アルフは黙る。
彼女の言わんとすることは理解できた。
おそらく、みんな管理局に捕らえられてしまっただろう。
それも、自分達を逃がすために……。

(どうして……)

分からなかった。
何故あの人達は、危険を顧みずに自分を助けたのか。
何故あの少女は、自分の事にここまでこだわるのか。

……何故自分は、あの人達のことをここまで気に掛けているのか。

「……本格的に時空管理局が介入してきたんじゃ、アタシ達も時間の問題だよ……。
 逃げようよ、どっかに二人でさ……!」

声を震わせながらアルフが言った。
管理局の操作網を持ってすれば、自分達の居場所などすぐに知られてしまうだろう。
だが、そう簡単に逃げ出すわけにもいかなかった。

「駄目だよ……母さんが待ってるから……」

「あんな奴の言うことなんか聞く必要ないよ! ワケわかんない事ばっか言うし、フェイトに酷い事ばっかするし……!」

「……母さんの事、悪く言わないで」

優しくアルフを宥めるが、彼女は構わずに言葉を続けた。

「……言うよ! だってアタシ、フェイトの事が心配だ……! フェイトが悲しんでると、アタシの胸もちぎれそうに痛いんだ……。
 フェイトが泣いてると、アタシも目と鼻の奥がツンとして、どうしようもなくなるんだ……。
 フェイトが泣くのも悲しむのも、アタシ、イヤなんだよ!!」

ついには涙を流しながらアルフは叫んだ。

「アタシは……!フェイトに笑って、幸せになってほしいだけなんだ……!」

フェイトは戸惑いながらも、アルフの頭をそっと撫ぜる。

「……ありがとう、アルフ……でも……」

ほんの少しの逡巡。
笑って、幸せになってもらいたい。か……。
それなら……。

「……それなら、なおさら逃げられないよ……」

悲哀を帯びた目でアルフがこちらを見た。
何故分かってくれないんだ、と。そう言いたげな目だった。
フェイトは普段のように笑みを作ったりはせず、何かを決意したような表情でアルフを見つめ返した。

「自分でもよく分からないんだ……けど、あの人達を放っておいたら、ずっと笑えない気がする」

今までに起こった、彼女らとの出来事を思い返す。
何も知らない無垢な親友を護るために、自分に立ち向かってきた少女。
頼りない少女を護るために、棒切れ一つで立ち向かってきた二人の男。
自分と真っ向から向き合い、自分のことを知りたいと言ってくれた、あの少女。

「……母さんのことは大事だし、願いを叶えてあげたい」

そして……。
あの日、夕焼けに浮かんだ四つの仲睦まじい影。

「……けど、あの人達も助けてあげたいの」

……ああ、そうか。
壊したくないんだ。あの人達の絆を。
見続けていたいんだ。
あの穏やかな光景を。
守りたいんだ。
あのかけがえの無い温もりを。
他の誰にも、自分のような寂しい思いをさせたくないんだ。

「わがままな主人でゴメンね……でも、もう少しだけ一緒に頑張って欲しいんだ」

思えば、初めてかもしれない。
誰に言われるわけでもなく、自らの意思で何かを決意したのは。

「……わがままなんかじゃないよ……大丈夫、フェイトは私が守るから……!」

フェイトを抱きしめるアルフの声には、もう悲壮感は込められていなかった。
ただ、守りたいと。
目の前の大事な人を守りたいという、その思いだけが強く込められていた。