なの魂(旧版)

日本時間の午前六時。

「……というわけで」

ブリーフィングルームの中央に設置された、細長い楕円形の机。
そこの席に腰かけ、リンディは言った。
机の周りには彼女と同じようにアースラのスタッフ達が腰かけている。
そしてその中には、なのはや銀時達の姿もあった。

「現時刻をもって、本艦全クルーの任務はロストロギア・ジュエルシードの捜索と回収に変更されます。
 また本件においては特例として、問題のロストロギアの発見者であり結界魔導師でもある、こちら……」

「はい、ユーノ・スクライアです」

立ち上がり、ほんの少しだけ緊張した面持ちでユーノは名乗る。

「それから、彼の協力者である現地の魔導師さん」

「あ……た、高町なのはです」

そしてなのはもユーノに倣い立ち上がるが、やはりそこは場慣れしていない九歳の少女。
ガチガチに緊張してしまっている。

「それと……」

意味深な表情をして視線を移動させる。
視線の先では、銀時が面倒くさそうに頭を掻きながらため息をついていた。

「どーもォ、坂田銀時でェす。キャプテン志望してます。趣味は糖分摂取。特技は目ェ開けたまま眠れることです」

「いや、自己紹介ぐらい真面目にやってくださいよ!」

「新八。何事も最初が肝心なんだから、ちょっとやり過ぎるくらいが丁度いいアルよ」

「ちょっとどころじゃねーよ! 皆さんドン引きじゃねーかァァァ!
 スンマッセン! ほんとスンマッセン!」

ヘコヘコと頭を下げる新八。
いつでもどこでも空気の読めない連中である。
さすがにアースラのスタッフ達も、乾いた笑いを禁じえなかった。

「え、えーと……色々と訳ありで私達に協力してくださることになった、し……じゃなかった。
 坂田銀時さんに、志村新八さん。そして神楽さん」

コホン、と咳払いをし、なんとかその場を取り繕う。
管理職は大変である。

「わんっ」

その折、神楽の席の後ろから、定春が「忘れるな」と言わんばかりに一吼えした。
パタパタと尻尾を振って愛嬌を振り撒く定春を見て、リンディは微笑む。

「あら、ごめんなさいね。それと定春くん。以上五名……と一匹が、臨時局員の扱いで事態に当たってくれます」

再びペコリと頭を下げるなのはとユーノ。
新八もそれに倣うが、両脇のバカ二人が頭を下げようとしないので、後頭部を掴んでテーブルに顔面を叩きつけてやった。
ガツンという音と同時に悶絶する銀時と神楽。
そんな彼らに対し、リンディ達(なのはとユーノも含む)は、ただただ苦笑を漏らすしかなかった。



なの魂 〜第十八幕 好きな人の昔話だけは絶対に聞くな〜



そんなこんなで何事もなく時間も経って、今はお昼時。
万事屋の三人となのは、ユーノは艦内の食堂で昼食を取っているところだった。

「スンマッセーン、カツ丼おかわりー」

「あ、俺もいちごパフェお願いしまーす」

揃って手を挙げる銀時と神楽の目の前には、空になった大量のパフェグラスと、山のように積み重ねられたドンブリが置かれていた。
どうやらこの二人の辞書には「遠慮」という文字は無いらしい。
テーブルを陣取る食器の山に、新八とユーノは辟易する。
しかし、彼らとは逆に銀時を興味深げに見る人物が一人。

「…………」

「……どした? なのは」

なのはからの熱い視線に気付いた銀時は、何気なしに空のグラスに入ったスプーンを弄る。
呆けた顔で銀時を見ていたなのはは、ガラスと金属の触れ合う音に、はっとした。

「あ、いえ……銀さんって、本当は凄かったんだなぁって……」

「あ?」

唐突な言葉に銀時は首を傾げる。
そんな彼の様子など気にも留めず、なのはは何の悪気も無く言葉を続けた。

「ほら、リンディさんが言ってたじゃないですか。銀さん、昔はすっごい有名なヒーローだったって」

直後、辺りの空気が変わった。
何故か銀時はなのはから目を逸らし、新八はそんな彼となのはを交互に見て冷や汗を垂らす。
神楽にいたっては「ヤバいネ。地雷踏んだネ。もうちょっと空気読めヨなのは」と呟きだす始末。
彼らの不可解な行動に、なのははユーノと顔を見合わせて首を傾げた。

「……そんな良いモンじゃねェよ」

「え……?」

不意に聞こえてきた言葉に、思わずなのはは問い返す。

「お前が思ってるほど、俺ァ綺麗な人間じゃねーってこった」

何か気に障ることでもしてしまったのだろうか。
目を逸らしたままそう答える銀時の姿に、なのはは思わずうろたえる。
国のために戦って、仲間のために戦って。
一体何が綺麗じゃないというのか。
……ああ、でも普段の彼は、確かに立派とは言い難い人間かもしれない。

「……た、確かに家賃も払わないし、いつもやる気なさそうな顔してグータラしてたりしてますけど、でも……」

しどろもどろになりながらそこまで言ったところで、ようやく銀時がこちらを向いてくれた。
どさくさに紛れて酷い暴言を吐いてしまったにもかかわらず、彼の顔には僅かな笑みが浮かんでいた。
……気のせいだろうか。
彼の笑みに、ほんの僅かに憂いようなものが含まれているように……なのはには、そう見えた。

「分からねーならそれでいい。……分からねー方がいいんだよ……あんなことは」

「銀さん……?」

今まで見たことも無かった彼の表情に、なのはは戸惑いを隠せなかった。
何故彼がこんなことを言ったのか。
「あんなこと」とは、一体どういうことなのか。
彼の詳しい過去など知らないなのはには、理解のしようが……。
……いや。
ここまできて、なのはは自分の失言に気付いた。
知っていたはずだ。彼の過去を。
初めて彼に会った時、彼がどんな格好だったのかを。
ボロボロになった着物。埃まみれになった体。
そして……血に染まった白髪。
今の今まで、あれは彼自身の傷によって付いた血だと思い込んでいた。
いや、そう思いたかっただけだった。
彼がそんなことをするはずが無いと。彼はそんな人間ではないと、自分に言い聞かせたかったのだ。
だが、それは彼自身の言葉によって否定された。

(お前が思ってるほど、俺ァ綺麗な人間じゃねーってこった)

さきほどの言葉が、痛いくらいに胸に響いてくる。
漫画やアニメとは訳が違う、本物の戦場。
年端もいかない少女には想像も付かない壮絶な世界に、彼はいたのだ。
居た堪れない気持ちになりながら、なのはは銀時を見た。
彼の顔からは笑みも憂いも消え、普段通りのやる気のなさそうな表情に戻っていた。



「すごいや。どっちもAAAクラスの魔導師だよ〜!」

発令所の中央モニターを使用して、なのは達の映像資料を見ていたエイミィ・リミエッタは感心の声を漏らした。
いつの間に撮っていたのか、画面には先日の臨海公園での一部始終が映し出されていた。
エイミィの隣で同じ映像を見ていたクロノは、「ああ……」と、どこか上の空な様子で返事を返す。

「魔力の平均値を見ても、なのはちゃんで百二十七万。黒い服の子で、百四十三万。最大発揮時は、その三倍以上!
 クロノくんより、魔力の量だけなら上回っちゃってるかもね〜」

含み笑いをしながら、そんなことを言ってクロノをからかう。
いい大人なら鼻で笑って受け流す所なのだが、真面目すぎるクロノは少々気分を害してしまったようだ。

「魔法は魔力値の大きさだけじゃない。状況に応じた応用力と、的確に使用出来る判断力だろう」

「それはもちろん! 信頼してるよ。アースラの切り札だもん、クロノくんは」

むすっとした表情で、いかにもな模範解答を出すクロノに対し、エイミィは笑いながらそんな事を言う。
……まったく。どこまでが本気で、どこからが冗談なんだか。
そんなことを思いつつ、ジト目でエイミィを見るクロノの後ろで、発令所の入り口が開く音が聞こえた。

「ああ……二人のデータね」

そう言いながら、エイミィが操作するコンソールへ近寄ってきたのはリンディだった。
彼女は食い入るように中央モニターを見つめ、そして顔を険しくする。

「確かに……凄い子達ね」

「これだけの魔力がロストロギアに注ぎ込まれれば、次元震が起きるのも頷ける」

真剣な面持ちで、表示されてゆくデータに目を通していく三人。

「あの子達……なのはさん達がジュエルシードを集めている理由は分かったけど……こっちの黒い服の子は、何でなのかしらね?」

再生されている映像の残り時間が、全体の四分の一くらいになったところでリンディが呟いた。
しかし他の二人にもそのことは分からないらしく、揃って首を横に振る。

「随分と、必死な様子だった。……何か余程強い目的があるのか……」

目的。
一体何が、この幼い少女をここまで駆り立てるのか。

「……まだ小さな子よね。普通に育ってれば、まだ母親に甘えていたい年頃でしょうに……」

物憂げな表情で、リンディはそう呟いた。



青い空。
不毛の大地。
巨大な丸テーブルのようなパラボラアンテナが立ち並ぶその光景を見ていると、まるで
喫茶店のテラスに迷い込んだ野良猫になった気分になる。
キィィ……ン、という甲高い音と共に、一機のロボットがパラボラの林を飛び抜けていった。
地を這うように飛ぶその機体は、お世辞にもカッコいいとは言えないものだった。
まるで昆虫のような気味の悪い四つの足と、人を模した上半身。
その両腕には巨大な筒が据え付けられており、そして両肩にはこれまた巨大な樽のような物が装着されていた。

「考えられへんわ、ホンマに!」

その薄気味悪い外見とは裏腹に、聞こえてきたのは可愛らしい少女の声。
何故か少々ご立腹の様子である。
少女が操る四脚の機体はパラボラの林を縫うように這い、そして目標を捕捉する。
――深紅のペイントが施された、ずんぐりむっくりな人型の機体。

「心配かけるわ約束やぶるわ! どうしたろーかあの天パ!」

怒りに任せながら、少女は機体に据え付けられた二本の筒――グレネードランチャーから二発の砲弾を発射した。
同時に、機体の後方から膨大な光が発せられる。
オーバードブーストと呼ばれるそれは、自機を包むバリアを犠牲に、己を音速の世界へいざなう超高速移動装置だ。
グレネード弾が着弾し、巨大な砂煙が上がると同時にブーストが起動し、少女は機体を敵機へ突っ込ませた。
泡を食った敵機はでたらめにバズーカとミサイルを乱射してくるが、まともにロックオンもせずに
音速で移動する機体に当たるはずも無い。
弾は全て四脚機のすぐそばをかすめ、空しい爆発を起こす。

「あーもうドメスティックバイオレンスゥゥゥ!!」

少女の叫びと共に、機体の両肩に乗せられた樽――通称"核"と呼ばれる超大型ミサイルが二発敵機に向かって放たれた。
遅れて聞こえてくる爆発音。
画面には、この世の物とは思えない巨大な爆炎だけが映し出されていた。



「……また負けた……」

大きなウサギのぬいぐるみを抱いたヴィータは、心底悔しそうにそう呟いて手にしたゲームのコントローラーを床に落とした。
隣では男らし過ぎる特攻を決めたはやてが、勝ったにも関わらず何故か不機嫌そうな顔をしていた。
これというのもせっかく記憶が戻ったのに、仕事ほったらかして何処かへ出稼ぎに行ってしまった銀時のせいである。
「毎日来てくれるって言ってたのにー!」と叫びながら戦闘不能になったヴィータの機体にグレネードをブチ込みまくるその姿は、
まさしくじゃじゃ馬姫と呼ぶに相応しかった。
その隣ではヴィータが半泣きでテレビの画面を見つめている。

「諦めろヴィータ。戦いの年季が違いすぎる」

半ば呆れつつもシグナムは言った。
かれこれ五戦以上は戦ってるのだが、今のところヴィータが勝ち星を上げる気配は微塵も無かった。
ゲームに不慣れということもあるのだろうが、さすがにここまで来るともう才能の問題かもしれない。
だがヴィータは決して諦めることなく、

「も、もう一回っ!」

床に落としたコントローラーを拾い上げ、○ボタンを押した。

――ドォンッ!

突然外から壮大なクラッシュ音が聞こえ、家が小刻みに震えた。
シグナム達守護騎士は、とっさにはやてを護る様に囲み、そして身構える。
しかし音も振動もそれっきりであった。

「……なんや? 今の音……」

小首を傾げながら、はやてはシグナム達と共に玄関先へ向かった。



玄関を出て真っ先に目に入ったのは、大破したバイクと辺りに散らばる大量の紙切れだった。
次いで目に入った向かいの塀。
その近くにそびえ立つ電柱には巨大な亀裂が入っており、そのすぐ下で一人の男が倒れていた。
おそらく、うっかりハンドルをきり損なって電柱に激突したのだろう。

「まあ、大変……!」

慌ててシャマルが倒れている男に駆け寄る。
脈はある。呼吸もある。外傷も大したことは無い。
しかしあれだけ派手なクラッシュ音を鳴らしておいて、全く無事なわけがない。
その証拠に、男の目は今にも気を失ってしまいそうなほどに虚ろになっていた。

「ヴィータ、早く救急車呼んで!」

さすがに二回目ともなると慣れたものである。
男を助けるべく、はやてはヴィータに指示を飛ばす。
すると何を思ったかヴィータ、その場で大きく深呼吸をし、

「救急車ァァァァァ!!」

「……ごめん。やっぱ私が呼んでくるわ」

そういえば百十番や百十九番のことを教えてなかった。
自分の手際の悪さに呆れつつ、はやては玄関へ車椅子を戻そうとする。

「こ……これ……」

消え入りそうな男の声が聞こえた。
振り向くと、男が紙に包まれた長方形の何かを差し出していた。

「これを……俺の代わりに、届けてください……お願いします……」

届けるという言葉に疑問を抱き、はやては辺りを見回す。
よく見ると辺りに散らばっている紙片は、全て葉書だった。
さらには大破しているバイクの後部に、大きな赤い箱が付いていた。
どうやらこの男、郵便配達を生業としているらしい。

「なんか大事な届け物らしくて……届け損なったら、俺……クビになっちゃうかも……」

苦しげに呻く男の手から、シャマルが荷物を受け取る。

「お願いしまっ……」

そのことに安堵したのか、男は遂に気を失ってしまった。
シャマルが慌てて男の身体を揺するが、男は身動ぎ一つしなかった。
なんとなく気まずい空気が漂ってくる。
シャマル達はお互いの顔を見合わせ……ひとまず救急車を呼ぶことにした。



「……なーんでアタシ達がこんなことしなきゃならねーんだ?」

むっつりとした顔でヴィータがぼやく。
というのも、先程の男の荷物を運ぶ羽目になってしまったからだ。

「主からの頼みでもある。無下に断るわけにはいかんだろう」

そう言ってヴィータを宥めるシグナムの隣で、シャマルが石壁の奥にそびえ立つ巨大な建造物を見上げた。

「ここ……大使館ってやつよね……こんなところに届け物なんて、一体どんな荷物なのかしら?」

抱えた荷物に目をやりながら、彼女は呟く。
そんな彼女らの元の近づく男が一人。

「オイ、お前らこんなトコで何やってる」

その男は黒いスーツに黒いサングラスという出で立ちで、肩には自動小銃を担いでいた。
おそらく警備の人間だろう。

「いえ、その……私達、届け物を頼まれただけで……」

敵意剥き出しの警備員にたじろぐシャマル。
ヴィータは面倒くさそうに彼女から荷物をひったくり、警備員の前に差し出した。

「ほら。届けにきてやったんだから、ありがたく思えよ」

しかし警備員は怪訝そうな顔をしてヴィータを見下ろす。

「届け物がくるなんて話聞いてねーな。最近はただでさえ爆弾テロとか不審船とか、物騒な話のせいで厳戒態勢なんだ。帰れ」

「なんか美味いモン入ってるかもしれないじゃんか。貰っとけって」

「いるか」

差し出された荷物を手で払いのける警備員。
しかし、いささか払う力を入れすぎたようだ。
荷物がヴィータの手を離れ、空高く舞った。
荷物は空中で弧を描き、石壁を飛び越え、大使館の敷地内に落ちた。

落ちた、その瞬間。
彼女らの目の前で、轟音と共に巨大な紅蓮が生まれた。
吹き飛ぶ石壁。ひん曲がる鉄門。
強烈な爆風は、彼女らの髪を盛大に乱す。
ヴィータはなんとなくその光景にデジャブを感じた。
どこだろう。
凄く最近、似たようなことがあった気が……。

(あ、さっきやってたゲームじゃん)

爆炎に飲み込まれる自機を思い出し、ヴィータはそんなことを考えた。



さて、先程の爆発からどれだけの時間が経っただろうか。
デッサンの狂った顔でもうもうと立ち昇る黒煙を見つめていた一同だったが、ここにきてようやくシグナムが正気を取り戻した。

「……何が起こったのかはよく分からんが……するべき事はよく理解した」

つられて、ヴィータとシャマルも正気に戻る。
三人揃って一歩、二歩と後ずさり、

「「「逃げろォォォォォ!!」」」

踵を返して脱兎の如く駆け出す。

「待てェェェテロリストォォォ!!」

しかしそうは問屋が卸さない。
警備員が最後列を走るヴィータの腕を掴んだのだ。
そしてヴィータは目の前を走るシグナムを腕を掴み、シグナムは最前列を全力疾走するシャマルの腕を掴む。
俗に言う数珠繋ぎというやつである。

「待てヴィータァァァ! 『ここは私に構わず先に……』とか、そういうことは言えないのかお前は!?」

振り返ろうともせず必死にシグナムは叫ぶ。
後ろからは彼女以上に必死な声が返ってきた。

「一人だけ捕まるなんて絶対ゴメンだ! アタシら、三人揃って守護騎士だろ!? 死ぬも生きるも一緒だ!」

「おい、ザフィーラが数に入ってないぞ!」

主の護衛兼留守番を務める盾の守護獣は、仲間内でもこんな扱いらしい。
理不尽にも程がある。
……と言いたい所だったが、少々事情が変わった。
ヴィータ以上に理不尽な女が現れたからだ。

「私に構わず逝って、二人とも!」

「あっさり仲間切り捨てたよコイツ! 今のアタシの台詞全部パーだよ!」

普段の温厚な姿からは想像も出来ないような形相でシャマルが叫んだのだ。
さすがにこれは、新八でなくともツッコまざるをえない。
そんな彼女らに更なる不運が襲い掛かる。

「うぉぉ!? なんか一杯来たァァァ!!」

彼女らの後ろから、銃を手にした警備員が大量にやってきたのだ。
これは非常にマズイ。
何しろ戦闘要員二人の両手が塞がれているのだ。
これでは満足に魔法を扱えない。迎撃もへったくれもないのである。
転送などはもってのほかだ。
おそらくシャマルの準備が整う前に、自分達に銃弾の嵐が降り注ぐことになる。

「……まったく、手間のかかる連中だ」

なんとか脱出の手立てを考えようとするシグナムの耳に不意に聞こえてきた言葉。
ひどく聞き覚えがあるその声に、シグナムは思わず振り向く。
同時に聞こえてくる打撃音。

「あ……」

目の前には、後頭部を殴られて気を失いその場にくずおれる警備員と、笠を目深にかぶった長髪の侍の姿があった。

「逃げるぞ、諸君」

「か……桂殿!?」



「フン……金髪の嬢ちゃんを追ってたつもりが、大物を釣り上げちまったな」

大使館から少し離れたビルの一室。
物騒な警備員達から逃げる四人の男女の姿を、双眼鏡越しに見ながら呟く土方。
彼の後ろから、呑気ないびきが聞こえてきた。
振り向くと、沖田が部屋の真ん中で、大きな目玉が描かれたアイマスクを付けて眠りこけている。

「オイ、起きろ総悟。お前よくあの爆音の中寝てられるな」

脇腹を蹴って、沖田を叩き起こす。
安眠を妨害された沖田は、鬱陶しそうにアイマスクを取り、寝ぼけ眼で土方を睨みつけた。

「爆音って……またテロ防げなかったんですかィ? 何やってんでィ土方さん。真面目に仕事しろよ」

「もう一回眠るかコラ」

腰の刀に手を掛ける土方。
その顔には心底楽しそうな、不敵な笑みが浮かべられていた。

「天人の館がいくら吹っ飛ぼうが知ったこっちゃねーよ……久しぶりの大捕り物だ。楽しくなりそうだぜ」



『――幸い死傷者は出ていませんが……え……あっ、新しい情報が入りました!
 監視カメラにテロリストと思われる一味が映っているとの……あ〜、バッチリ映ってますね』

どうにか追っ手を振り切り、町の外れの無人ビルに身を隠したシグナム達は、
先日入手したワンセグ機能つきの携帯電話でニュースを見ていた。
画面に鮮明に映し出された、激しくデッサンの狂った自分達の顔を見てシャマルはうろたえる。

「バッチリ映っちゃってるわよ……どうしよう、はやてちゃんに叱られる……!」

「桂殿……まさかとは思いますが、これはあなたの仕業なのでしょうか……?」

「馬鹿な事を言うな。侍は二度も同じ手は使わん。
 ……最近、俺達の名を騙ったテロが頻発しているという話を同志から聞いてな。その調査を行っていたのだ。
 まさか君達が巻き込まれるとは、予想もしていなかったが」

部屋の片隅に陣取り、周囲への警戒に余念の無い桂に対しシグナムは問いかけたが、返ってきたのは否定の答えだった。
二度、ということは、過去に同じ方法で誰かを巻き込んだことがあるのか? とシグナムは疑問に思うが、
それを言葉にする前に桂が口を開いた。

「……ともかく、ここまで来れば邪魔も入らないだろう。シャマル殿、転送は行えるか?」

「そ、それが……さっきから何度か試してるんですけど、上手く発動しなくて……」

そう言ってシャマルは薄い緑色の魔法陣を展開する。
正三角形の頂点に円がついたそれは、ノイズ混じりのおぼろげな形を保っていた。
まさか、と桂の脳裏に予感が過ぎる。
このノイズは、外部から転送妨害を受けた時に発生する特有の物だ。
そんなものが発生するということは……。

直後、桂達のいる部屋のドアが勢いよく吹き飛ばされた。
同時に、黒い服を身に纏い、大小拵えの刀とバズーカを持った男達が部屋に踏み込んできた。
その数、ざっと二十。

「御用改めである! 神妙にしろテロリストどもォ!」

黒服集団の先頭に立つ、瞳孔開き気味の男は刀を抜き、そう言い放つ。
よく見るとその男だけはバズーカを持たず、また腰に差した刀も打刀と脇差の組ではなく、二本の打刀であった。

「既に包囲されていたというのか……! 来い、三人とも!」

桂は男達が突入してきた方とは逆の方の扉を蹴破り、そして三人をいざない部屋から飛び出していった。



殺気立つ男達を背後に、長い廊下を全力疾走する桂達。
先程の警備員とは服飾も武装も違う男達に疑問を抱き、シグナムは桂に問いかけた。

「桂殿、あの者達は……?」

「武装警察真選組。反乱分子を即時処分する対テロ特殊部隊だ」

「ああ、よーするに管理局の物騒な部分だけ抽出したような連中ってことか」

ボソっと呟くヴィータに対し「そういうことだ」とだけ答え、桂はシグナムに向き直る。

「厄介な連中に捕まったな。どうしますボス?」

「ボスって誰ですか!? まさか私ですか!?」

「しんがりは任せるぜ、ボス」

「骨は拾ってあげるわ、ボス」

「叩き斬られたいのか貴様らは!」

何故か便乗して親指を立てるヴィータとシャマルに憤慨するシグナム。
家に帰ったら尻叩き百回だな。
そんな事を考えるシグナムの後方から突如声がかけられる。

「オイ」

「っ……!?」

明確な殺意。
咄嗟にデバイスを起動させ、背後へ向かってレヴァンテインを薙ぎ払う。
ギィ……ン、という鋭い金属音と共に、レヴァンテインの剣身に、鈍く輝く銀色の切っ先が突き刺さった。
遅れて、シグナムの身体を淡い光が包む。
突きつけられた刃を打ち払い、後ろに飛び退いたシグナムの身体は騎士甲冑に包まれていた。
白を基調とした、甲冑というよりはむしろ服に近いその装甲は、少し前にはやてにデザインしてもらったものだ。
どうやら猫耳は免れたらしい。

「逃げるこたァねーだろ。せっかくの喧嘩だ。楽しもうや」

そう言い、目の前の男――土方は刀を腰溜めに構え、再びシグナムに斬りかかる。
凄まじい力で振り抜かれる、横への一閃。
シグナムはそれを直上へ飛んでかわし、土方の脳天目掛けてレヴァンテインを振り下ろす。
しかし、その刃が土方の頭骨を裂く事はなかった。
大技を繰り出したことで、一見隙だらけになったかのように見えた土方から、痛烈な突きが繰り出されたのだ。
二つの刃がぶつかり、甲高い音が廊下に響く。
土方は不敵な笑みを浮かべながら刀を薙ぎ、シグナムの身体ごとレヴァンテインを打ち払う。

「シグナムッ!?」

T字になった通路の分岐点まで来て、ヴィータ達はシグナムの不利を悟った。
彼女が最も得意とするのは、近距離での機動戦。
しかしこの狭い屋内では、彼女の持ち前の速さを生かすことが出来ない。
加えて、相手の男の剣速と反応速度。
剣速に関して言えば、シグナムより若干上といったところだ。
これだけなら問題にはならない。技量差でどうにでもなる。
問題は反応速度だ。
大技の後で隙をさらけ出した状態で、さらに死角から放たれた必殺の一撃を、あの男は苦もなく受け止めたのだ。
近接戦でシグナムが遅れを取るとは思えない。
だがしかし、今の彼女では相手に決定打を与えることが出来るかどうかは分からなかった。
援護に向かおうと、ヴィータとシャマルは足を止めデバイスを手にする。
その足を止めてしまった一瞬が命取りだった。

「おーい、余所見してると危ないですぜ」

「ッ!?」

右の通路から声がしたかと思うと、火薬が炸裂したかのような音が廊下に響いた。
そして襲い掛かる衝撃。
二人の身体は爆炎と黒煙の中に飲まれていった。

「コイツらは俺達で片付ける。オメーらは桂を追え!」

シグナムと斬り結ぶ土方は隊士に向かって指示を飛ばす。
隊士達は身動きの取れないシグナムの横を抜け、黒煙を避け、向かって右の通路へと殺到した。
彼らの目的は桂の確保、もしくは抹殺。
他の連中は足止めさえ出来ればそれで充分ということだ。

「これで終いじゃねーだろ? 来いよ、もっとすげェモンぶち込んでやらァ」

バズーカを肩に担ぎ、蔑んだ目で黒煙を見やりながら沖田は挑発する。
その瞬間、彼の足元が僅かに振動した。
咄嗟に身をかわした直後、先程まで彼がいた床から二本の光糸が飛び出してきた。
シャマルの愛用デバイス、クラールヴィントだ。
二対の振り子を模したそのデバイスは、まるで生きているかのように方向転換し沖田に向かう。
だが、沖田もそう簡単に捉えられるほど、のろまではない。
クラールヴィントの猛攻を避け、黒煙にバズーカの砲口を向ける。
デバイスの操作に気をやっている今、防御のほうは疎かになっているだろうと判断しての行動だ。
だがしかし、沖田は一つだけ失念していた。
爆炎に飲まれたのは、一人ではないということだ。

「だァらァァァァァ!!」

黒煙の中から、赤い騎士服を纏ったヴィータが飛び出してきた。
沖田の頭上を取り、力一杯グラーフアイゼンを振り下ろす。
この近距離では回避など間に合うはずもない。

「……チッ!」

反射的にバズーカを構え、盾代わりにする。
同時に、沖田は重力が何十倍にもなったかのような感覚を覚えた。
なんとか踏ん張ろうとするも、目の前の少女とその得物からは想像も付かないほどの重量が絶え間なく襲い掛かる。
遂には彼の足元に無数の亀裂が入り、轟音と共に沖田は床ごと階下へ叩き落されてしまった。
さらなる追撃を加えるべく、ヴィータは自らが開けた大穴へ飛び込んでいき、シャマルも後を追って階下へと降りていった。