なの魂(旧版)

廊下の中央では一組の男女が剣舞を繰り広げていた。
全身切り傷だらけになった侍。
それとは対照的に、美しい騎士服を翻し、西洋剣を振るう騎士。
一見すれば前者のほうが圧倒的不利に見えるこの状況。
しかし、シグナムはそのような状況にもかかわらず「焦っていた」。
当たらないのだ。
こちらの急所狙いの攻撃が、すべて寸でのところでかわされるのだ。
よくよく見れば土方についた傷は全てかすり傷。致命傷にはなりえないものばかりだった。
それどころか土方は、シグナムが本命の攻撃を行うたびに、待っていたと言わんばかりの強烈なカウンターを繰り出してくるのだ。
無論、シグナムも素人ではない。
そのカウンターも全て捌ききっていたのだが、土方の常識外れな反応速度と勘の良さの前に、一歩を踏み出すことが出来なかった。
下手に仕掛ければ殺られる。
しかしそれは相手も同じらしく、自らが積極的に攻撃を行う素振りは見せてこない。
一か八か。
目の前に突き出された日本刀を打ち払い、シグナムは土方との距離を大幅に開けた。
レヴァンテインを鞘に収め、宣言する。

「レヴァンテイン! カートリッジロード!」

それと同時に、レヴァンテインに据え付けられたボルトアクション式のカートリッジシステムが稼動し、空薬莢を排出した。
床に落ちた空薬莢が、小気味のいい音を鳴らす。

「飛竜・一閃!」

鞘内で圧縮した魔力を刃に乗せ、鞭状連結刃に可変させたレヴァンテインを撃ち出す大技「飛竜一閃」。
斬撃というよりは、むしろ砲撃に近いそれは一直線に土方へ向かい、そして巨大な爆発を起こした。
飛び散る壁の破片と、辺りに立ち込める白煙。
シグナムは警戒を怠ることなく、目の前で膨れ上がる煙を見据えた。



なの魂 〜第十九幕 類は友を呼ぶ〜



「あーあー。こないだ配備されたばっかだってのに……」

階下へ叩きつけられ、仰向けの状態になったまま沖田は呟いた。
彼が手にしているバズーカはヘの字に折れ曲がっており、最早使い物になりそうにない。
その折、天井から四つの鉄球が沖田目掛けて飛んできた。
バズーカを放り投げ、まるでバネの入った人形のように上体を起こしてその場から飛び退る。
僅かな遅れの後、床に四つの鉄球が突き刺さった。
あと少し反応が遅れていれば、顔を穴だらけにされていたかもしれない。
腰の刀に手を掛け、近くに立っていた巨大な柱を背に周囲への警戒を行う。

「こンのォォォォォ!」

怒鳴り声が聞こえてきた。
正面……いや、上か。
左前方に飛び込むように回避行動を行う。
予想通り、先程まで沖田がいたところに巨大な鉄槌が振り下ろされ、床を砕いた。
攻撃を外し見事に隙をさらけ出したヴィータに対し、沖田は凄んだ。

「……ウチに帰ってゲートボールでもしてな、ガキが」

片膝をつきながら鞘に納まった刀の柄を握る。
いわゆる居合いと言う奴だ。

『Pferde.』

電子音声と共にヴィータの足元が魔力の渦に包まれた。
次いでヴィータに襲い掛かる、目にも留まらぬ斬撃。
しかし、その斬撃がヴィータに届くことはなかった。
咄嗟に使用した緊急回避魔法で、瞬時に沖田の背後に回りこんだのだ。
ヴィータの目の前には、刀を振り抜き後頭部をさらけだす沖田の姿。
完全に後ろを取った。逃がしはしない。
脳天に一撃を叩き込むべく、グラーフアイゼンを構える。
一方の沖田は……あろう事か、手にした刀を鞘に収めた。
一体どういう意図があってそのような行動をしたのか、ヴィータには知る由もない。
だが例え罠であったとしても、やられる前にやってしまえば何の問題もない。
ヴィータはそのままアイゼンを高く掲げ……。

ビキッ、という何かが砕ける音を聞き、思わず動きを止めた。

「え、えぇ!?」

驚きに目を見開くヴィータ。
老朽化した上、根元をぶった斬られて自重を支え切れなくなった柱が、ヴィータの方へ倒れこんできたのだ。
回避は不可能と判断し、正面にバリアを張るが如何せん質量差が大きすぎる。
柱は一瞬ヴィータの目の前で止まるが、結局はそのまま地面へ倒れこみ砕け、部屋中を膨大な粉塵で覆い尽くした。



「魔法も使わずに一閃するなんて……!」

咳き込みながらシャマルは呟く。
大人でも抱えれそうにない太さの円柱を、何の細工もされてないただの剣で真っ二つにする。
彼女が知りうる最強の剣士、シグナムでもそのような芸当は不可能である。
銀時といい、先程の目つきの悪い男といい、そして今の青年といい。
改めてこの世界の剣士の力に戦慄する。

「覚悟はいいかィ? 答えは聞いてやせんが」

背後から声が聞こえた。
いつの間にか、粉塵に紛れて沖田が背後に回りこんでいたのだ。
跳躍し刀を構える沖田の姿に、シャマルはうろたえる。

「っ!」

だが、沖田が今まさに刀を振り下ろそうとした瞬間、再び彼に向かって小型の鉄球が飛んできた。
刀を構えなおし、どうにかそれら全てを受け止めるが、その反動で沖田の身体は大きく弾き飛ばされる。

「野郎……っ?」

なんとかバランスを取って着地し、たった今自分に攻撃を加えた人物に向かって走りこもうとし……異変に気付いた。
右手が重い。いや、重いというより、動かないのだ。
目を向けてみると、彼が手にした刀に無数の光糸が絡み付いて、その動きを封じていた。

(バインド? いつの間に……!)

「ラケーテン……!」

「ヤベッ……」

煙の奥から聞こえてきた声に沖田は焦る。
何が来るのかは分からないが、とにかく大技が来るであろう事は彼にも容易に予想できた。
腰に差された予備の脇差を抜き、身構える。

「ハンマァァァァァ!!」

煙の中から現れたヴィータの手には、先端がスパイク状になったハンマーが握られていた。
こんなもん喰らったら顔面ドーナツにされるのは必至である。
驚異的な反射神経で、ハンマーの先端を脇差で受け止めるが、その衝撃までは受け止められない。
まるでゴムボールのように宙を舞った沖田の身体は、彼の後ろの壁に凄まじい勢いで叩きつけられた。



「あいてて……こりゃ始末書どころじゃ済みそうにねェな」

瓦礫の中からむくりと起き上がった沖田は、ど真ん中から圧し折れた脇差を見ながらぼやく。
まさか一度の戦闘で三つも武器をお釈迦にしてしまうとは。
屯所に帰ったら間違いなく勘定方にどやされるな。
そんなことを考えていると、目の前に金属製の何かが突きつけられた。

「武器を捨てて両手挙げろ。頭叩き割られたくなかったらな」

それは先程自分を吹き飛ばしたハンマーであった。
沖田を見下ろし、凄むヴィータの姿を見ていると、どっちが警察か分からなくなってくる。
沖田はため息をつきながら頭を振り、

「……やれやれ、俺もヤキが回ったみたいでさァ」

言われた通りに、ゆっくりと両手を挙げた。
と同時に、彼の服の袖から何かが転げ落ちた。
飲料を入れるスチール缶を二回りほど小さくしたそれは、カランと音を鳴らしてヴィータの足元まで転がっていく。

「っ!?」

身の危険を感じたヴィータがバリアを展開するのと、そのスチール缶が破裂したのはほぼ同時だった。
耳をつんざくような爆発音と、目を焼きかねないくらい凄まじい閃光。
思わずヴィータは腕で顔を覆う。
しかし、それだけだった。
閃光も爆発音もあった。しかし衝撃が無いのだ。
閃光が収まった頃合を見計らって、ゆっくりと目を開ける。
沖田の姿は、既にそこには無かった。
しまった、と思ったが時既に遅し。
辺りを見回すと、部屋の出口へ向かう沖田の後姿が見えた。

「テメーとはいずれ決着つけてやる。覚えてろゲボ子」

まるで人をおちょくっているかのような態度でヴィータを指差し、そのまま部屋を去っていく沖田。
ちなみにゲボ子とは「外道でボンクラなお子様」の略である。
決して「ゲートボールやってそうなお子様」の略ではない。

「ゲボ子って誰!? もしかしてアタシか!?」

そんな彼の態度の憤慨するヴィータ。
しかし、沖田からの返答は無く、自分の叫びが空しく室内に響くだけだった。

「あンの野郎、なめやがって……!」

眉をひくつかせながらグラーフアイゼンを握り締めるヴィータ。
シャマルは完全に殺る気マンマンな彼女の肩を掴んで引き止める。

「待って、ヴィータちゃん! 今はシグナムを助けるのが先よ!」

苦戦を強いられているであろう烈火の騎士の身を案じ、シャマルは天井を見上げた。



立ち込める白煙と、壁面から転がり落ちる瓦礫の音だけが廊下を支配していた。
渾身の一撃を叩き込んでから、既に一分は経過している。

(……さすがにあの一撃を受けては、無事では済まんか)

ほんの僅かに、シグナムは安堵の吐息を漏らす。
魔法も使わずに自分をここまで追い詰めたことは、驚嘆に値する。
今まで銀時だけが異常な実力を持っていたのだとばかり思っていたが、どうやらこの世界の剣士は、
総じてかなりの実力を持っているようだ。

(だが、ベルカの騎士にはまだ及ばないな)

その証拠が、目の前の状況だ。
男が生きているかどうかは分からない。
だが例え生きていたとしても、魔力を持たない人間が、正面からあの威力の魔法を受けてしまっては、
おそらく四肢のいずれかは使い物にならなくなるだろう。

(……しかし、惜しい兵(つわもの)を無くしたな……)

感傷に浸りながら、シグナムはレヴァンテインを鞘へ収めた。
辺りには瓦礫の転がる音だけが空しく響いていた。

瓦礫の転がる音が、響き続けていた。

「……オイ」

「…………」

何の前触れも無く聞こえてきた声。
それは確かに、真正面の白煙の中から聞こえてきた。
額から嫌な汗が流れているのが分かった。
胸の鼓動が高鳴っていくのが分かった。

「火ィ借りたぜ」

そう言って半分灰になった煙草を咥えながら煙の中から現れたのは、紛れも無く土方十四郎その人であった。

(初見で……あれを見切ったとでもいうのか……!?)

四肢を失うどころか、むしろ余裕を見せ付けてくる土方の姿に、シグナムは内心穏やかではなかった。
……いや。
これはただの虚勢だ。
急所こそ免れたものの、全身に刀傷を付けられ、肩からは煙が上がり、頭から血を滴らせるこの男に
余裕などあるはずが無いのだ。

「……死合の合間に一服とは、随分と余裕だな」

平静を努めながら、シグナムは再びレヴェンテインの柄に手をかける。
土方はシグナムを睨みつけ、煙を吹きながら、

「うっせーな。俺ァ煙草吸ってねェと本調子出ねーんだよ。それに……」

刀を構え、不敵な笑みを浮かべた。

「アンタほどの手練相手に本気出さねー方が、余程失礼ってもんだろうが」

右肩をこちらへ向けて刀を水平に持ち、刀身にそっと左手を添える。
今までに見たことも無いその奇妙な構えは、シグナムに得体の知れない威圧感を与えた。
しかし、それは不快な物ではなかった。
この世界へ来てから、しばし忘れていた戦いの記憶。
いつ死ぬとも知れない、極限の緊張感。
先程の胸の高鳴りは、恐怖でも焦りでもなかった。
純粋に、嬉しかったのだ。
自分と渡り合える剣士と、このようなところで巡り合えた事に。
この時既に、シグナムの頭からは「距離を取って戦う」といった考えは完全に欠落していた。
効率的な戦い方? そんな無粋な物、知ったことか。
正面から、全身全霊をかけて勝負だ。
レヴァンテインから空薬莢が一つ排出される。

「……紫電……」

二人は同時に駆け出す。

「一閃!」

炎を纏った刃が抜き放たれ、二つの影が交錯した。
少し遅れて漂ってくる、焼け焦げた匂いと、パラパラと何かが地面に落ちる音。
土方が手に持つ、虫に喰われたような歪な形になった刀から、熔解した刀身が地面に落ちる音だった。
シグナムは笑みを浮かべた。
勝利を確信していたわけではなかった。

(……まさかここまでやるとはな……!)

『カートリッジシステムに異常発生! カートリッジロード不能!』

レヴァンテインから警告が発せられる。
愛機の排莢口からは、断続的に火花が散っていた。
度重なる苛烈な斬撃を受け止め、そしてたった今、渾身の一撃と打ち合ったことで
ついにデバイスの内部機構が悲鳴を上げたのだ。
ここから先は純粋な剣の勝負。
シグナムは即座に後方へレヴァンテインを薙ぎ払う。
金属音と共に虫食いになった刀が弾き飛ばされ、その向こうからは、腰に差したもう一本の刀を手にした土方が
こちらへ走りこんできていた。

「もう後手には回らねェ!!」

振り下ろされた一撃は、今までのものよりずっと重かった。
土方の攻撃はそれだけでは終わらない。
刀を引き、脇腹に横薙ぎの一撃を叩き込でくる。
これも寸での所で受け止める。
再び刀を引かれる。
好機とばかりに、シグナムは横薙ぎを返す。
その斬撃は土方に届く前に、彼の繰り出した斬り上げで弾き飛ばされる。
どうにか武器を手放すことは免れたが、そのせいでシグナムは大きな隙を作り出してしまった。
攻撃ごと飲み込む強烈な斬撃。
攻撃は最大の防御。
まさにそれを体現するかのような猛攻。
これこそが、土方の本来の戦闘スタイルなのだ。
土方は不敵に笑みを見せ、返す刃でシグナムに唐竹割りを叩き込む。
切っ先を地面に向け、なんとかその一撃も凌いだシグナムの顔には、土方と同じく笑みが浮かべられていた。

「……へェ……」

少々驚いた様子で、そして嬉しそうな様子で土方は呟いた。

「良い目してんじゃねーかアンタ。テロリストにしておくにゃ、もったいねーぜ」

「それは光栄だな。……ですが、一つだけ言わせていただきたい」

シグナムも同じように笑い、そして叫ぶ。

「私はテロリストではない。……騎士だ!」

「ヘッ……! おもしれェ。だったらアンタの騎士道と俺の武士道、どっちが上か勝負といこうじゃねーか」

心底楽しそうに土方は言いながら、シグナムとの距離を取った。
先程と同じ独特の構えを取り、彼女と向き合う。
シグナムもまたレヴァンテインを構え、目の前の男を見据える。

「ヴォルケンリッター、烈火の騎士シグナム……参る!」

「真選組副長、土方十四郎……推して参る!」

再び二人が交錯しようとしたその瞬間。
彼女らの足元から巨大な爆発が起こった。
予想外の場所からの攻撃に、二人の身体はあえなく宙を舞う。
なんとかバランスを取り、着地に成功したシグナムは、咳き込みながらもくもくと上がる煙を見据えた。

「逃げるぞっ、シグナム!」

声が聞こえたかと思うと、煙の中からヴィータが現れ、次いでシャマルもやってくる。

「ヴィータ!? ち、ちょっと待て、今は……」

「いいから早く!」

困惑するシグナムの手を引き、ヴィータとシャマルはその場を脱兎の如く逃げ去っていった。



そんなこんなで、逃げる途中で桂とも合流を果たしたシグナム達なのだったが、ここからが問題だった。
階段を上ろうとすれば先回りされ、廊下を曲がろうとすれば先回りされ、
そして床をブチ抜いて逃げようとしても先回りされ。
まるで完全にこっちの行動を読んでいるかのように、真選組が待ち構えていたのだ。
今は真選組に追いやられ、ビルの中央にある小部屋に篭っている真っ最中だ。

「無駄な抵抗はやめて大人しく出て来い!」

「逃げ場なんてもうどこにもないんだよ!」

部屋の外から隊士達の怒号が聞こえてくる。
どうやら完全に包囲されたらしい。
シグナムは感嘆のため息を漏らした。

「予想以上の練度だな……武装警察の名は伊達ではないということか」

「どーすんだよ!? 完全に追い詰められたぞ!」

一方のヴィータは完全に取り乱し、桂の胸元を掴み上げてゆっさゆっさと揺さぶる。
桂はそんな彼女をどうどう、となだめて、

「落ち着け。焦りは死に直結する。まずは冷静に現状を見つめ直し、打開策を検討するのが……」

――ゴトッ。

そこまで言ったところで、桂の懐から何かが転げ落ちた。
野球のボールより一回りほど大きい鉄製のそれは、ころころとシャマルの足元まで転がっていき、動きを止めた。
なんとなくそれを拾い上げてみる。
そのボールにはデジタル時計のようなものが付いており、モニターに表示されている数字は
ピッピッと音を立てながらカウントダウンを開始していた。

「……なんですかコレ?」

恐る恐る尋ねるシャマル。
桂はこともなげにこう言い放った。

「時限爆弾だ。もしもの時のために携行していたのだが……」



「……出てきませんね」

隊士の一人が腕を組んでそう呟く。
まさか逃げられたのか? いや、転送は完全に妨害しているはずだ。
逃げるためには自分達を突破するか、それこそ壁でもブチ抜いて脱出するしかない。
不安に駆られつつも、隊士は隣にいる十番隊隊長、原田に目配せをする。

「やむをえんな……五秒後に一斉射撃。次いで強行突入だ」

合図と共に、部屋を包囲する隊士達が一斉にバズーカを構えた。

「五、四、三、二、一……」

刻一刻と迫る発射の時間。
そして引き金が引かれようとした、まさにその瞬間。

「「「とあァァァァ!!」」」

部屋の扉が勢いよく開いた。
いや、吹き飛んだ。
シグナムとヴィータとシャマルが、鬼のような形相で部屋から飛び出してきたのだ。

「な、何をやっている! 早く止めろ!」

慌てふためく隊士達。
しかし彼ら以上に慌てた様子で、シグナムは手にした鉄製のボールを掲げた。

「止めるならこの爆弾止めてくれ! 爆弾処理班とか……そういう人はいないのか!?」

同時に隊士達の顔色が変わった。

「おわァァァ! アイツ爆弾持ってんぞ!」

「総員退避ィィィ!」

叫びながら脱兎の如く逃げ出す真選組。
しかも明らかにシグナム達より速い。
火事場の底力という奴だろうか。

「ちょっと待てェェェェェ!!」

待てと言われて待つ奴などいない。
誰だって自分の命は惜しいのだから。

「シグナム! 窓、窓!」

息を切らしながら、シャマルが正面のガラス張りの壁を指差す。
しかし……。

「無理だ、間に合わん!」

爆弾に表示されている時間は、残り六秒。
いくらなんでもこの距離では間に合わない。
絶体絶命か?

「シグナム! ちょっと歯ァ食いしばってろ!」

そう思われたその時、シグナムの後ろからヴィータの声が聞こえた。
振り向くと彼女は、何故かこちらを見据えながらグラーフアイゼンを振りかぶっていた。

「待てヴィータ、お前一体何を……」

物凄い悪寒を感じたシグナムはヴィータを止めようとする。
が、しかし。このおてんば娘がそう簡単に止まるはずもなく……。

「わたァァァァァ!」

思いっきり。
シグナムの顔を。
アイゼンで。
殴り飛ばした。

「後で覚えていろ貴様ァァァ!!」

空しい叫びを残しながら、シグナムはガラスの壁を突き破った。
爆弾のタイマーを見る。
残り……二秒!
こうなったら破れかぶれだ。

「ふんぬっ!」

空中で身体を捻り、爆弾を力一杯大空へ投げつけた。
残り一……〇。

ビルの屋上のさらに上で、民家二、三軒くらいなら簡単に飲み込みそうな爆発が巻き起こった。



「土方さん。このシチュエーション、どっかで見た気がするんですが……気のせいですかね」

「奇遇だな。俺も同じ事思った」

ヴィータ達がいる階の一つ上。
そこの窓から大空を見渡し、沖田と土方は呟いた。
二人の着ている服は無残なまでにボロボロになっており、戦いの凄まじさを語っているようだった。

「副長! 申し訳ありません、桂を見失いました」

彼らの後ろから、一人の隊士が報告を行った。
どうやら本命を取り逃がしてしまったらしい。

「そうか……まだ遠くには行ってねェはずだ。四番隊と山崎を捜索に回せ。他の隊は……」

言いながら、窓から下を眺める。
先程死合った女性が、宙に浮きながら呆気に取られた顔でこちらを見ていた。

「……連中の確保だ。何か情報を引き出せるかもしれねェ」

どことなく釈然としない様子で言う土方。
やはりケリをつけられなかったのが残念でならないのだろうか。
そんな事は知らない沖田が、呆れた様子で土方に声をかける。

「逃げられるなんざ、いつものことじゃねーですか。残念がってる暇なんかありやせんぜ」

「……そんなんじゃねーよ」

呟き、煙草を咥えて火をつける。

「トシィィィィィ!」

不意に下から聞こえてくる声。
何事かと、土方は沖田から双眼鏡を受け取り、窓から道路を見下ろした。

「ありゃァ……近藤さんじゃねーか。どうしたんだ?」

慌てた様子でパトカーから出てきた近藤は、辺りに響き渡るほどの大声で土方に向かって叫んだ。

「違うからァァァ! その人達テロリストじゃないからァァァ!!」



「あの、その……ご迷惑おかけして、すんませんでした……」

と、屯所前で土方に向かってペコペコ頭を下げるはやて。
彼女の後ろには、頭に大きなたんこぶを作ったシグナム、ヴィータ、シャマルと、
彼女らをジト目で見つめるザフィーラの姿があった。
何故このようなことになっているかというと、偶然シグナム達が映っているニュースをはやてが見て、
大慌てで警察に電話し、近藤に取り次いでもらい、事情を説明して何とか無実を潔白したというわけである。
ちなみにシグナム達に爆弾を渡した配達員は、既に真選組の別働隊が逮捕しており、桂に関しても
偶然助けてもらったということで、何とか一応の納得はしてもらえた。
もちろん、その後に簡単な事情聴取は受けたのだが。

「ったく……はた迷惑な話だぜ……結局、骨折り損のくたびれ儲けかよ」

額に包帯を巻いた土方は、ため息をつきながら煙草をくゆらせた。
こういう場合、近寄りがたい不機嫌オーラを放つのが普段の彼なのだが、何故か今日に限っては
困ったように苦笑を漏らすだけに留まっていた。

「さっさと帰んな。いつまでもンなとこにいると、周りに勘違いされんぞ」

そう言ってはやて達に背を向け、屯所内へ入っていく土方。
その後ろから、彼に向かって声がかけられた。

「……土方殿っ!」

「……あァ?」

怪訝そうに振り向くと、シグナムが意を決したような表情でこちらを見ていた。
なんとなくだが、自分と彼女は同質の人間のような気がする。
だから、彼女が次に言おうとしたことも、なんとなく予想が出来た。

「ご迷惑でなければですが……その……是非ともまた、手合わせを願いたいのですが……」

あまりにも予想通り過ぎる言葉。
土方は鼻で笑いながらシグナムに背を向け、

「勝手にしろ」

そう言い残し、屯所の奥へと姿を消した。

「……ありがとうございますっ!」

思わず顔を綻ばせ、その場でペコリと頭を下げるシグナム。
そんな彼女を見て、はやてとヴィータ、そしてシャマルは顔をにやつかせながら口元に手を置いた。

「……逆ナン?」

「へェー……ああいうのがいいのか……」

「あらあら、うふふ」

「なんだその含み笑いは! というか、違いますからね主!
 私はただ本当に、純粋に剣士として彼に興味を持っただけで……!」

「はいはい、続きは家帰ってから聞こうな〜」

「だから違います!」

必死に否定するシグナムをよそに、はやては一人「今日はお赤飯やな〜」などと嬉しそうに呟くのであった。

この後、シグナムが毎日のように屯所に入り浸ったり、それと一緒にはやてやシャマルが差し入れを持ってきたり、
ヴィータと沖田が喧嘩して、屯所を半壊させかけたりするのだがそれはまた別のお話である。