なの魂(旧版)

なのは達がアースラに乗り込んでから早一週間。
彼女らの活躍には目覚しい物があった。
例えば五日前、ジュエルシードが熊に取り付いた時。

「無理無理無理無理ぃ! こんなの一分どころか十秒持ちませんって!」

乱立する木々の間を縫うように逃げながら、なのはが叫ぶ。
後ろから轟音と共に飛んでくるのは、巨大な岩石と魔力砲撃。
岩石は木々を薙ぎ倒しながらなのはの目の前に落着し、その後ろからなのは目掛けて魔力の塊が飛んでくる。

「しっかりしろォ! 成せば為る! お前だって主人公だろーが!」

しかしその砲撃は、なのはに当たる前に銀時によって斬り捨てられる。
同時に、砲撃の飛んできた方向から爆発音が聞こえてくる。
神楽が死角から撃ち込んだ砲撃が、熊に直撃したのだ。
熊の身体は粒子状に分解されていき、淡い光のカーテンの中から、一つの蒼い宝石が姿を現した。

ジュエルシード、シリアルVIII――捕獲成功。



例えば二日前、ジュエルシードが鷲に取り付いた時。

「ちょ、タンマ! 一旦タンマ! 下りるわ! 俺もう下ります! 認識が甘かった!」

広大な草原のど真ん中を疾走しながら、銀時が叫ぶ。
上空から飛んでくるのは、仮借ない魔力弾の嵐。
魔力弾は銀時の周囲に小さなクレーターを作りながら、徐々に彼に迫っていく。

「しっかりしてください銀さん! 成せば為ります! 一応主人公でしょう!?」

だがその魔力弾は、間に割って入ってきたなのはの防御魔法によって全て掻き消された。
同時に、大空を悠然と飛んでいた巨大な鷲の身体に、幾つもの光の鎖が絡みついた。
ユーノの放ったバインドが命中したのだ。
なのははここぞとばかりに、最大出力のディバインバスターを鷲に向かって撃ち込んだ。

ジュエルシード、シリアルIX――捕獲成功。



改めて見てみると、結構情けない言動が多いが、なんやかんやでチームワークは抜群に良いようだ。
現に彼女らが来たことで、捕獲任務が思いのほか順調に進んでいる。

「なかなか良いチームね。このままうちに欲しいくらいだわ」

艦長席に腰掛けたリンディの手元に浮かぶ空間モニター。
そこに映し出されるなのは達の活躍ぶりを見ながら、彼女はそんなことを呟くのであった。



なの魂 〜第二十幕 結局自分のために頑張ってる時が一番力を発揮できる〜



「この黒い服の子、フェイトって言ったっけ」

薄暗い通信室の中央。
モニターに映し出されたフェイトのデータを見てエイミィは呟き、それに答えるようにクロノが頷く。

「フェイト・テスタロッサ……かつての大魔導師と、同じファミリーネームだ」

「へぇー、そうなの?」

「大分前の話だよ。ミッドチルダの中央都市で、魔法実験の最中に次元干渉事故を起こし、追放されてしまった大魔導師」

「その人の関係者?」

「さぁね。本名とも限らない」

かぶりを振るクロノの下で、カタカタとキーボードを叩く音が聞こえてくる。
それと共に移り変わるモニターの情報。
しばらくの間の後、小さな警告音と共に、モニターに『Not Found.』の文字が表示された。

「あ〜、ダメだ。やっぱり見つからない。フェイトちゃんってば、よっぽど高性能なジャマー結界を使ってるみたい」

「使い魔の犬……多分、コイツがサポートしてるんだ」

モニターの隅に映された、赤い毛並みの大型犬を見てクロノは呟く。

「おかげで、こっちが発見したジュエルシードを、もう二個も奪われちゃってるよ」

ため息をつきながらこちらを見上げるエイミィを見て、クロノは同じようにため息をついた。

「しっかり探して捕捉してくれ。頼りにしてるんだから」

「はいは〜い」



同時刻。
崩壊した遺跡が浮かぶ湖の畔に、フェイト達は佇んでいた。
目の前に浮かぶ光景は、ここが日本だということを忘れさせてくれるくらい幻想的だった。
どちらかというと、彼女らの故郷であるミッドチルダを思い出させる雰囲気である。

「……フェイト、ダメだ。空振りみたいだ」

しかし、彼女らにはその風景に風情を感じる余裕は無かった。
アルフはため息をついて辺りを見回す。
ジュエルシードらしき反応を感知してここまで来たのだが、どうやらただの勘違いだったらしい。
隣では、フェイトが残念そうな顔をしながら、水面に映る自身の顔を見つめていた。

「やっぱ、向こうに見つからないように隠れて探すのは、なかなか難しいよ。
 おまけに、あの子達も助けなきゃいけないなんて……」

そこまで言ったところで、アルフはあることに気が付いた。

「そういえばフェイト。助けるって言っても、何か手はあるの?
 まさか馬鹿正直に、連中の本拠地に乗り込むわけにもいかないし……」

その言葉を聞いて、何故か肩をビクリとさせるフェイト。
不審に思ったアルフがフェイトの顔を覗き込もうとするが、フェイトは冷や汗を垂らしながらそっぽを向いてしまった。

「と、とにかく……今はジュエルシードのことを優先しよう。
 あれを集めて、母さんの願いが叶ったら、きっと何とかしてくれるから」

どもりながらそう言うフェイトの姿を見て、アルフは確信した。
――あ、何も考えてなかったな。

(ま……たまにはこういうのもいいか)

「べ、別に何も考えてなかったわけじゃないからね!」と必死に言い訳するフェイトを見て、
アルフは思わず笑みを零した。



そしてなのは達がアースラに乗り込んでから十日目のこと。
艦内食堂で昼食をとっていたなのはが、不意にポツリと呟いた。

「あと六つ……中々見つからないね……」

この十日間で見つけたジュエルシードは三つ。
今は探索範囲を広げて捜索を行っているのだが、それでも新たな収穫を得ることは出来なかった。

「うん……もしかしたら、結構長くかかるかもね」

向かいで座っていたユーノが、申し訳なさそうに言った。
そんな彼に対し、なのはは、

「大丈夫だよ。みんないるから、寂しくないし」

と言うのだが、その表情はどこか寂しげだった。
大人びているとはいえ、まだ九歳の少女。
見知った人物が近くにいるといっても、やはり家族に会えないのは精神的につらいものがあるのだろう。

「オイオイ、もうホームシックか? 寂しくて一人じゃ寝れない年頃か?」

「そ、そんなのじゃありませんっ!」

それを茶化すように銀時が笑いながら言うと、なのはは立ち上がって否定の言葉を述べた。
が、微妙に顔が赤くなっている辺り、あながち間違いでもなかったのだろう。

「よーしよし。それじゃなのは、今日は私の部屋でお泊りアルね」

などと、神楽がニヤニヤ笑いながらなのはの頭を撫でると、

「か、神楽ちゃんまで子供扱いしてー! ……えっと、鍵は開けておいてね?」

「行く気満々かい!」

新八の鋭いツッコミが冴える。
しかしなのは、スルースキルは一線級のようだ。
プロ級のツッコミを華麗に受け流し、はぁ、とため息をついてポツリと呟く。

「……まあ、確かにお父さん達のことは心配ですけど……」

ふと、何かに気が付いたようになのはが顔を上げた。

「そういえば私、ユーノ君の家族の事とかあまり知らないね」

「ああ、僕は元々一人だったから」

極々普通にそう答えるユーノ。
あまりにもあっけらかんとした答え方だったので、なのははその言葉の意味を理解するのに、数秒を要した。
元々一人……つまり、両親共に不在ということだ。

「あ……そうなの?」

なのはは信じられない様子で、ほうけた表情でユーノを見つめる。
ユーノは微笑みながら、

「両親はいなかったんだけど、部族のみんなに育ててもらったから……。
 だから、スクライアの一族みんなが僕の家族」

「そっか……」

「…………」

そのまま押し黙る二人。
申し訳ないというか、気恥ずかしいというか。
なんとも表現しがたい感情が、二人の中で渦巻いていた。
そしてこういう時に限って、何故か周りの万事屋三人衆まで一緒になって黙ってしまう。
なんとも空気が重たい。

「……ユーノ君。色々片付けたらもっとたくさん、いろんなお話をしようね」

少しだけ考え込むようにして、そしてようやくなのはの口から出てきた言葉は、それだった。

「うん……色々片付いたらね」

ユーノはそう言って微笑んできた。
なのはも、それにつられて微笑み返す。
でも、それは表面上だけ。
内心では、とても笑える気持ちではなかった。

(色々片付いたら……ジュエルシードの問題が片付いたら……)

「おーい、ラブコメはその辺で終いにしてくれや。俺と新八はともかく、神楽が対応しきれねェよ」

「オイ、それどーいう意味アルか?」

不意にそんな言葉が聞こえてきた。
顔を上げると、左隣に座っていた神楽が、向かいに座る銀時の胸倉を掴もうと、テーブルの上に飛び乗っている真っ最中だった。

「ラ、ラブ……」

右隣では、ユーノが顔を赤くしながらうろたえていた。
その様子があまりにも可笑しかったので、つい口元を緩めてしまう。
そんななのはの様子に気付いたユーノは、ますます顔を赤らめて俯く。
……彼のこんな表情を見ることが出来るのも、きっと今だけ。
もし、この問題が全て片付いたら……。

(そうだね、きっと私達は……)



なのはが顔を俯けるのと、艦内に警告音が鳴り響くのは、ほぼ同時だった。
天井に据え付けられたモニターに『CAUTION.』の文字が表示され、部屋中の照明が赤く明滅する。

『エマージェンシー! 捜索域の海上にて、大型の魔力反応を感知!』

部屋中、いや、艦内中に響く切迫した声。
それと同時に、部屋のモニターに映像が映し出される。
暗雲に包まれた空。吹き荒ぶ雨。そして荒れ狂う高波。
一目見ただけで、予断を許されない切迫した状況だと分かった。
なのはとユーノは立ち上がり、すぐさま発令所へ向かおうとし……。
新たにモニターに映し出された映像を見て、絶句した。
狂ったようにうねりを上げる海の上に、突如として巨大な魔法陣が展開された。
同時に、その魔法陣を取り囲むように、金色の光球が次々と宙に浮かぶ。
円状に並んだ光球の中心。
そこに、フェイト・テスタロッサがいた。




轟音と共に、数多の雷が海へと落下した。
雷は海面を走り、そして海を覆いつくしていった。
そして僅かな間の後、突如として海中から六つの竜巻のような物が立ち昇った。
まるで巨大な龍のようにも見えるそれを、フェイトは見据える。
彼女の隣では、アルフが不安の色を隠しきれない様子でフェイトを見つめていた。

(ジュエルシードは、多分海の中……だから、海に電気の魔力流を叩き込んで、強制発動させて位置を特定する。
 そのプランは間違ってないけど……でも……フェイト!)

「……見つけた……残り六つ!」

バルディッシュを構えたフェイトは、息も絶え絶えだった。
天候操作魔法、サンダーフォール。
ただでさえ消耗が激しい儀式魔法を、この悪天候の中で放ったのだ。
普通なら気を失っていてもおかしくないくらい、フェイトの身体は疲弊しきっていた。

(こんだけの魔力を撃ち込んで、さらに全てを封印して……こんなの、フェイトの魔力でも絶対に限界を超えた……!)

それでも、フェイトは自分の身体に鞭打って、ジュエルシードに立ち向かおうとする。
はたしてそれは、自身が慕う母のためか。
それとも、自分達を助けてくれた、あの人物達のためか。

「アルフ。空間結界とサポートをお願い」

「ああ、任せといて!」

推し量る術は無い。
いや……推し量る必要もない。
自分は、もう決めたのだから。
何が起きようと、誰が来ようと、絶対にフェイトを守ると。
理由も理屈も無い。
ただ、自分の大事な人を守る。
そう決めたんだ。

「……行くよ、バルディッシュ。頑張ろう」

横に視線をやる。
自分と同じく、瞳に確かな信念を宿したフェイトが愛機と共に竜巻へと向かっていくのが見えた。



「なんとも呆れた無茶をする子だわ」

中央モニターの先、豪雨の中で果敢に戦う少女の姿を見て、リンディは開いた口が塞がらなかった。
少女の体力がもう持たないだろうというのは、この発令所にいる全ての人から見ても明らかだった。
だというのに、彼女はそのままジュエルシードの封印を敢行しようとしているのだ。

「無謀ですね……間違いなく自滅します。あれは、個人が出せる魔力の限界を超えている」

クロノが呆れた様子でそう呟いた時、発令所の扉が開いた。
慌てた様子でなのはとユーノが発令所へ駆け込み、次いで銀時達も入ってくる。

「フェイトちゃん! ……あの! 私、急いで現場に……!」

息を切らして言うなのはだが、クロノはそれを手で制し、首を横に振った。

「その必要は無いよ。放っておけば、あの子は自滅する」

冷酷にも思える言葉。
なのはは反論しようとするが、それよりも先にクロノが口を開いた。

「仮に自滅しなかったとしても、力を使い果たしたところで叩けばいい」

「でも……!」

「今のうちに捕獲の準備を」

淡々と指示を出すクロノの正面のモニター。
そこで異変が起こった。



モニターの中では、フェイトが荒波と強風にあおられ、もはやその場に留まることすら困難な状況に陥っていた。
体力だけでなく、魔力も底を尽きたらしい。
彼女が手にするデバイスから発せられる光の刃が、小さく明滅しながら、ふっと消えていった。
そして彼女の相棒も、竜巻から発せられた雷のような光糸で、身体の自由を封じられている。
これでフェイトは、ジュエルシードに対抗する手段を完全に失ってしまったことになる。

(……こりゃ放っておけば死ぬな……)

銀時は漠然とそんなことを考える。
彼の考えを見透かしたかのように、リンディが重たげに口を開いた。

「私達は、常に最善の選択をしないといけないわ。残酷に見えるかもしれないけれど、これが現実」

「でも……」

なのはが一歩前へ踏み出そうとする。
それよりも先に銀時が動いた。
モニターの先で、苦しげに荒い呼吸をするフェイトを見ながら、ポツリと呟く。

「……ジュエルシード捕るために、あの嬢ちゃんエサにするってのか。
 どーやらテメーら、本気で腐っちまってるらしいな」

この一言が、クロノの心の琴線に触れてしまったらしい。
彼は忌々しげに銀時を睨みつけた後、一語一句を強調するように呟く。

「……口が過ぎるぞ。落ち武者風情が」

「あなたも人の事言えた義理じゃないでしょう、クロノ」

そんな彼を、リンディはたしなめる。

「ですが、艦長!」

不満げに異論を唱えるクロノをよそに、リンディは銀時に向き直った。
その顔には、悲痛な表情が浮かんでいた

「……一番現実を見てきたあなたの口から、そんな言葉が出るとは思ってもみませんでしたよ」

リンディがそう言う間にも、後ろのモニターの状況は刻々と変わっていく。
果敢な少女の顔色は嘘みたいに青白くなっており、もはや一刻の猶予も無いことを物語っていた。

「国のために、仲間を犠牲にしてまで戦い抜いたあなたになら分かるはずです。
 ……私達には、他の何を犠牲にしてでも、護らなければいけないものがあるのです」

自分と銀時は同種の人間なのだと思って発した、その言葉。
しかし銀時は、それを鼻で笑って言葉を返した。

「……その護らなきゃならねーもんってのは……アンタ自身が護りてェモンなのか?」

一瞬だけ、リンディの顔に逡巡の表情が浮かんだ。
全ての世界に住まう人々の平和。
それが自分達に課せられた使命。自分達が護らなければならない物。
そう、"護らなければならない物"は、いつだって理解していた。
だが……。
――護りたい物……。
ふと、リンディはモニターに目を向ける。
今にも海面へ落下してしまいそうなほど、不安定な飛行を続ける少女。
……護らなくてもいい、とは思っていない。
だが、今のこの状況では、彼女の命を天秤にかけるほかない。
それほど、自分達の背負ってる物は重い。

「お膳立てされた正義貫いてどーすんだよ。俺ァそんなくだらねーもんのために命かけるつもりは無ェ。
 自分のも、他人のもだ」

だが、銀時は……いや、銀時達は違った。
銀時と新八は木刀を手に、そして神楽は番傘を肩に担ぎ、なのはとリンディ達の前に立った。

「俺ァ俺の美しいと思った生き方をし、俺の護りてェもんを護る。
 俺達ゃ自分の肉体(からだ)が滅ぶまで、背筋伸ばして生きてくだけだ」

誰に言うでもない、まるで自分自身に言い聞かせるような物言い。
銀時達の目には、確かな信念の光が宿っていた。

「俺……"達"?」

言葉の意味に気付き、リンディは銀時達の後ろへ目をやる。
そこには、転送の準備を整えるユーノと、緑色の魔力光に包まれるなのはの姿があった。

「君達は……!」

彼らが何をしようとしているのか、いち早く察知したクロノが止めに行こうとする。
が、その前に銀時達が無言で立ち塞がった。
どうあっても、クロノ達に邪魔をさせないつもりだ。

「ごめんなさい! 高町なのは、指示を無視して勝手な行動をとります!!」

その声を合図に、なのはの身体を包む光が、一層明るく輝いた。
その光はやがて、粒子状になってその場から弾ける。
なのはの姿は、既に発令所のどこにも無かった。



「……国を憂い戦った戦士が、今度は世界を滅ぼそうというのですか……?」

半ば呆れた様子でリンディは銀時に問いかけた。
もし仮に、手違いでジュエルシードが暴発してしまったら、間違いなくこの世界は終わる。
その事が理解できないほど、銀時も馬鹿ではないはずだ。
むしろ、理解した上でこの行動を取ったと見える。

「何を勘違いしてやがる。俺ァ安い国なんぞのために刀抜いたことは一度たりとも無ェ。
 国が滅ぼうが世界が滅ぼうが、どうでもいいんだよ、俺ァ昔っから」

理解に苦しむリンディを見て、銀時は小さく笑いながら木刀を腰に差した。
そして、中央モニターに映し出された新たな映像を、じっと眺める。

「今も昔も、俺の護るもんは何一つ変わっちゃいねェ」

雲の合間を飛び交う白衣の魔導師の姿を見ながら、銀時は周りに聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いた。

「……行ってこい、じゃじゃ馬娘」