なの魂(旧版)

振動が艦を揺さぶり、とめどなく轟音が響き続ける。
必死に船体を支える操舵手とAIの苦労もお構いなしに、暴力的な揺れはアースラを襲い続けていた。

「次元震発生……! 震度、徐々に増加しています!」

「この速度で震度が増加していくと、次元断層の発生予測値まで、あと三十分足らずです!」

『あの庭園の駆動炉もジュエルシードと同系のロストロギアです!
 それを暴走覚悟で発動させて、足りない出力を補っているんです』

発令所のオペレーターが、そして観測室のエイミィが報告を行う。
次元断層の発生が意味するところはつまり、世界の崩壊である。
状況は既に予断が許されないところまで来ているということは、誰の目から見ても明らかだった。

「……始めから、片道の予定なのね」

火の手が上がり、外壁が脆くも崩れ去っていく時の庭園の姿を見やりながら、リンディは思考を巡らせる。
既にジュエルシードが発動してしまった今、プレシアを捕らえたところでこの次元震を抑えることは出来ないだろう。
逆に言えば、例えプレシアを逃してしまっても、次元震さえ押さえれば当面の危機は回避できる。
ならば、自分のすべきことは決まっている。

「……私も出ます。庭園内でディストーションシールドを展開して、次元震を食い止めます!」

敵陣への単騎突入。
無謀にしか見えない行為だが、彼女にはそれを成し遂げるだけの自信も実力もあった。
何より今この場にいる人間で、それが出来るのは自分しかいない。
凛とした態度で告げたリンディは、艦長席を後にした。



なの魂 〜第二十四幕 友達はなるものじゃない気付いたらなってるものだ 前編〜



重たい金属が地面を踏みしめる音が響く。
それと同時に、僅かに揺れる足元。
庭園へと到達したなのは達の目の前には、まるでロールプレイングゲームのダンジョンのような光景が広がっていた。
立ち並ぶ鎧、鎧、鎧。
大中小、様々な大きさの西洋の鎧――傀儡兵が、なのは達の行く手を阻んでいたのだ。
それらは各々得物は違う物の、その全てが手に武器を取り、なのは達を威圧するように身構えていた。

「……いっぱいいるね……」

「まだ入り口だ、中にはもっといるはずさ」

ユーノとクロノもそれぞれ身構え、戦闘に備える。
だがなのはだけは、妙な汗を掻きながら口元に指を当て、ぽつりと呟いた。

「ガ……ガ○ダム?」

ロボットと見れば何でもかんでも○ンダムにしてしまうのは、最近の若者の悪いクセである。
なのはにしてみれば、連邦の白い悪魔が揃い踏みというこの状況は、恐怖以外の何物でもないだろう。多分。

「クロノ君、コレって……」

恐る恐る聞いてみる。
返ってきた答えは、あまりにもあっさりしたものだった。

「近くの相手を攻撃するだけの、ただの機械だよ」

「そっか……なら安心だ」

はたしてこの安心というのは、相手が白い悪魔でないということに対する安堵なのか、
それとも中の人などいないということに対してなのか。
そのことはなのは当人にしか分からない。
ともかく、クロノの答えに安心したなのははデバイスを構え、砲撃の準備に入る。
だが、クロノがそれを手で制した。

「この程度の相手に無駄弾は必要ないよ」

「え……」

クロノが愛用のデバイス――S2Uを敵へ向け、そして魔力を集中させる。
デバイスの先端へ蒼い魔力光が集まってゆき、拳二つ分ほどの光球を生成する。

『Stinger Snipe.』

音声と同時に、攻撃が放たれる。
蒼い光の矢となった魔力は、加速しながら手近な傀儡兵へと向かう。
ゆうに数十メートルはあったはずの距離が、一気に縮まり――着弾。
金属の軋む音と共に、傀儡兵が爆発を起こした。
しかし、それだけでは終わらない。
矢は傀儡兵を突きぬけ、次なる獲物に喰らいつく。
一機、二機、三機。
六機目の傀儡兵を撃ち抜いたところで、矢は急激な上昇を始めた。
そして虚空で螺旋を描き、その場に停滞する。

「スナイプ……ショット!」

宣言と共に、矢が再加速を行う。
目標は最奥に位置する、巨大な斧を手にした大型の傀儡兵。
寸分違わぬ射撃が、傀儡兵の脳天に直撃した。
だが、大きさ相応の装甲がその攻撃を阻む。
派手な轟音と煙が発生したものの、傀儡兵は無傷だった。
目にあたる部分を不気味に光らせ、両手にした斧をクロノ目掛けて振り下ろす。
が、その場に既に彼の姿は無かった。
巨斧が床を砕く音に混じり、金属を叩くような音が傀儡兵の首筋から聞こえた。

『Break Impulse.』

瞬間、傀儡兵の身体がバラバラに砕け散った。
目標の固有振動数を割り出し、対応した振動エネルギーを送り込むことで目標を破砕する接近戦用魔法――ブレイクインパルス。
一瞬の隙を突いて傀儡兵の背後に回りこんだクロノが、それを放ったのだ。

「ぼーっとしてないで、行くよ!」

立ち昇る砂煙と瓦礫の山の中からクロノが叫ぶ。
寸分の無駄も無い鮮やかな戦いぶりに見惚れていたなのはは、彼のその言葉で我に返る。
そうだ、まだ入り口も抜けてないじゃないか。
こんな所で立ち止まってる場合じゃない。
残骸の山を避け、三人は庭園の中へと入っていった。



庭園内部は、もはや建造物とは言えない位に酷い有様だった。
壁は落ち、天井も抜け、そして床が砕け、薄気味の悪い配色の空間――次元空間が、眼下に広がっていた。
紫を基調としたマーブル模様の中に、まるで獲物が来るのを待ち構えているかのように、黒い空間がぽっかりと口を開けている。

「その穴……黒い空間がある場所は気を付けて」

クロノが注意を促すが、要領を得ないなのはは首を傾げる。
そんな彼女に対し、クロノに代わってユーノが説明を行う。

「虚数空間……あらゆる魔法が一切発動しなくなる空間なんだ」

あらゆる魔法ということは、飛行魔法も例外ではないだろう。
つまり、あの空間へ落ちた場合、脱出は不可能になるということだ。
うっかり落っこちて行方不明に、などということになったら、笑い話にもならない。

「き、気を付ける!」

肝を冷やし、裏返った声で返答をして、なのはは顔を上げる。
正面には巨大な門。
いつの間にか、結構な距離を走っていたらしい。
間髪入れずに、クロノがその門を射撃魔法で吹き飛ばす。
爆煙に紛れて内部へ侵入。
そこでなのは達を待ち受けていたのは、先程よりは幾分か小型の傀儡兵の大群であった。

(……こんなところで時間を食っているわけには……!)

クロノは部屋を見渡す。
どこもかしこも鎧、鎧、鎧。
先程と全く同じ状況だ。

「……ここから二手に分かれる! 君達は最上階にある駆動炉の封印を!」

「クロノ君は……?」

「プレシアの元へ行く。それが僕の仕事だからね」

デバイスを構え、先端に魔力を集中。
砲撃の姿勢をとる。

「今道を作るから、そしたら!」

「うん……!」

視界の隅に映った階段に目配せをし、クロノは言う。
彼の考えはきちんとなのはに伝わったらしく、彼女はユーノの手を引いて飛行の準備に入る。

『Blaze Cannon.』

瞬間、強烈な蒼い閃光が迸る。
床を砕き、敵を砕き、そして向かいの壁をも砕き、クロノは言葉通りに一本の"道"を作り上げた。
階段までのルートに一切の敵が存在しないことを確認すると、なのはは急激に速度を上げて飛翔する。

「クロノくん! 気をつけてね!」

ユーノを連れ、一直線に階段へと向かうなのは。
部屋を後にする直前、ちらりと後ろを振り向いた彼女の目に映ったのは、
こちらを見て不敵な笑みを浮かべるクロノの姿だった。



アースラ艦内のとある個室で、アルフはなのは達の様子が映されたモニターをじっと見つめていた。
どうやら、二手に分かれて行動をするようだ。
傀儡兵の大群に立ち向かうクロノと、その隙間を縫って最上階へと向かうなのはとユーノ。
クロノはおそらく大丈夫だろう。
仮にも執務官だ。あの程度の人形に遅れはとらないだろう。
だが、なのは達は……。
アルフの脳裏に、今までのなのは達の姿が鮮明に照らし出される。
いつも危なっかしい戦い方ばかりして、毎度のようにフェイトに追い詰められそうになって、
そしていつも、あの妙な三人組に助けられて。
今だってそうだ。
飛行型の傀儡兵に追いかけられ、必死に応戦しながら先を急ぐなのはの姿は、危なっかしくてとても見ていられなかった。
アルフは傍のベッドに腰掛け、その上でまどろむフェイトの頭を、そっと撫ぜた。

「……あの子達が心配だから、アタシもちょっと手伝ってくるね。……すぐ帰って来るよ」

返事は返ってこない。
眠っているのだから、当然といえば当然だ。
フェイトを起こさないようにそっと立ち上がり、アルフは部屋の扉の前へ立つ。

「そんで、全部終わったら……ゆっくりでいいから、アタシの大好きな、ホントのフェイトに戻ってね……」

これから自分が為そうとしていることが何を意味するのか、理解はしている。
なのは達に手を貸すということは、プレシアの逮捕の手助けをするということだ。
あんな女でも、フェイトにとっては大事な母親だ。
それを捕まえるということは、フェイトに対する裏切りでもある。
でも、そうすればきっと、フェイトを縛るものは何も無くなる。
フェイトも、自分の意思で生きていくことが出来る。

「これからは……フェイトの時間は、全部フェイトが自由に使っていいんだから」

そのためなら、いくらでも泥を被っても構わない。
決意を胸に秘め、アルフは部屋を後にした。



不意に名前を呼ばれた気がして、フェイトは目を覚ました。
一体どれだけの時間、眠っていたのだろうか。
辺りを見回してみるが、時間を推し量れそうな物は何一つ見当たらない。
代わりに目に入ったのは、壁に表示される一つの映像。
なのは、そしてユーノと共に、傀儡兵達を打ち倒すアルフの姿だった。
彼女らが為さんとしていることは、容易に想像がついた。
……このまま放っておけば、じきに母は逮捕されてしまうだろう。

(……母さん……)

あの時、発令所で聞いた母の言葉が脳裏に蘇る。

――あなたを創り出してから、ずっとね……私はあなたが……大嫌いだったのよ!!

結局、母は最後まで自分に対して微笑んではくれなかった。
どんなに足りないといわれても、どんなに酷いことをされても、それでも生きていたいと思い続けることが出来たのは、
ひとえに母に笑ってもらいたいという一心からであった。
そして、その思いは今も変わらない。
あれだけはっきりと捨てられた今でも、自分はまだ母にすがりついている。
掴むことの出来ない虚像を、未練がましく追い続けている。
惨めな気分だった。
いっそ捨ててしまえば楽になるのかもしれないが、そんなことは出来そうにも無い。
フェイトは項垂れ、自分の手元に目を落とす。

「よお……目ェ覚めたか」

唐突に扉の開く音と共に、男の声が聞こえた。
顔を上げ、声のした方を向こうとする。
だがそれよりも先に、フェイトの手元に長方形の何かが飛んできた。
ポフッ、という音と共にベッドの上に落ちたそれは、『いちご牛乳』と表面に印刷された紙パック飲料だった。

「何はなくともカルシウムだ。カルシウムさえ取っときゃ全てうまくいくんだよ」

再び顔を上げ、扉の方へ視線をやる。
そこに立っていたのは、あの三人――新八と、神楽と、そして銀時だった。

「受験戦争、親との確執、気になるあの子。とりあえずカルシウム取っときゃ全てうまく……」

「問題だらけの人が何言ってんですか」

パックのいちご牛乳を片手に熱弁を始める銀時を、新八がジト目でいなす。
銀時は特に気分を害した様子も無く、一息にいちご牛乳を飲み干すとパックをグシャリと握りつぶし、ゴミ箱へと放り投げた。
壁に背をもたれかけさせ、ポリポリと頭を掻きながら銀時は言う。

「……イマイチ事情が飲めねェし、オメーの母ちゃんが何考えてんのかも、よく分からねーけどよ……」

フェイトではなく、その隣に浮かぶモニターを眺めながら、彼は呟いた。

「……お前は、これでいいのか?」

質問の意図が分からず、フェイトはぼぉっと銀時の顔を見つめる。
銀時は呆れた様子でため息をつきながら、フェイトの傍まで歩み寄って、そして再び問いかける。

「このまま終わっちまっていいのかって聞いてんだよ」

ようやく意味を理解し、しかしフェイトはそのまま押し黙る。
終わっていいはずがない。
終わって欲しくない。
だが、一体自分に何が出来ようか。
面と向かって母に捨てられた自分が、今更自分が何を言えるというのか。

「……でも、母さんは……」

――私を捨てた。
その言葉が出る前に、銀時が先に言葉を紡ぎ出す。
憮然として、フェイトの言葉を遮るように紡ぎ出す。

「事あるごとに母ちゃん母ちゃん。オメーは母ちゃんの操り人形かってんだよ」

そう言って銀時はフェイトの頭を小突き……そっと、彼女の頭を撫ぜた。
小さく声を漏らし、フェイトはその場に俯く。
――人形。
その言葉はフェイトの心の奥に突き刺さり、無慈悲に抉る。
だが続けて聞こえた言葉は、その全てを否定するものだった。

「違うだろーがよ。お前はお前だ。やりてーようにやりゃぁいい」

その言葉にはっとし、フェイトは顔を上げようとする。
しかし、銀時が急に乱暴にわしゃわしゃと髪の毛を掻き乱してきたせいで、それは叶わなかった。
くすぐったそうな顔で俯きながら、フェイトは彼の言葉の意味を噛み締める。
――人形、身代わり。
母の言ったそれらの言葉を、真っ向から否定するその言葉。
――お前はお前だ。
"アリシア・テスタロッサの身代わり"としてではなく、"フェイト・テスタロッサ"として、自分のことを認めてくれた言葉。
純粋に嬉しかった。しかし、同時に不安も感じた。
この人にとっては、自分は自分なのかもしれない。
だが母にしてみれば、自分はやはりただの人形に過ぎない。
そして自分自身も、そう思っている。
人形が何を言ったところで、母に伝わるわけが……。
そこまで思ったところで、不意に頭に触れていた感触が消えた。

「人が動くのに、理屈なんざ必要ねーさ。そこに護りてェもんがあるなら、護りにいきゃいい」

全てを見透かしたような、そんな言葉。
――護りたいモノ。
私が本当に護りたかったモノは、一体なんだったのだろうか。
母の夢? 母の幸せ? 母の笑顔?
……違う、そんなものじゃない。
私が本当に護りたかったのは……"絆"。
認めてもらいたかった。
傍に居て欲しかった。
唯一の拠り所である、親子の絆を護りたかった。
でも、認めたくなかった。
そうやって必死になって護らなければならないほど、自分と母との間にある絆が脆いものであるという事を認めたくなかった。
だからこそ、私は自分の心を偽った。
夢のため、幸せのため、笑顔のため。
そうやって一方的に母を見るだけで、母と向かい合ったことは、一度たりともなかった。
――そこに護りてェもんがあるなら、護りにいきゃいい。
今からでも、間に合うだろうか。
言葉は交わせなくとも、今からでも母と向き合うことは出来るだろうか。
……今からでも、絆を取り戻すことは出来るだろうか。

「……母ちゃんは好きか?」

不意に聞こえた問いかけに対し、フェイトは自然に首を縦に振っていた。
頬を涙が流れ、シーツに小さな染みを作る。

「友達の悲しむ姿なんて、見てて気分がいいモンじゃないアル」

扉の方から聞こえた声に、フェイトは泣き顔を隠そうともせず顔を上げた。
視線の先には、番傘を肩に担ぎ、こちらへ背を向ける神楽の姿。

「オメーが悲しむと、なのはも悲しむネ。だから、今日だけは肩持ってやるヨ」

一切の表情を見せず、彼女はそうとだけ言い残して部屋を去っていった。

――どうして……。

「僕達はねェ……正義の味方でも、管理局の味方でもない」

後に残った新八もまた、神楽と同じようにこちらへ背を向けたまま、静かに告げる。

「君の味方だ」

腰の木刀を差し直し、彼もまた、こちらを向くことなく部屋を後にした。

――どうしてこの人達は、私のことを……。

「……行くか」

着流した着物を翻し、部屋の扉へと銀時は向かう。
分からない。理解できない。
彼らの行動の意図を計り兼ね、フェイトはただその場で銀時の後姿を眺めているだけだった。

「好きなんだろ。母ちゃんのこと」

まるでこちらの姿が見えているかのように、銀時が言う。
一切の逡巡もなくフェイトは頷いた。
先程よりも、ずっと力強く。

「だったら……取り戻しに行こーや。オメーの大好きな母ちゃんをよ」

振り向き、こちらを見やる銀時の顔には、微かに笑みが浮かんでいた。
泥だらけになって逆上がりの練習をする子供を、遠くから見守る父親のような。
そんな、優しい笑みだった。

「操り人形は今日で終いだ。……始めようじゃねーか。本当の自分をよ」



誰も居なくなった部屋の中、フェイトは呆然と開け放たれた扉を眺めていた。
静寂だけが辺りを支配し、身動ぎするたびに衣擦れの音が部屋に響く。

――操り人形は今日で終いだ。……始めようじゃねーか。本当の自分をよ。

脳裏で彼の言葉を何度も反芻する。
確かに、自分はただの操り人形だったのかもしれない。
自分の本当の意思を隠し、母の言うがままに動き、そして自身の意思で動いているのだと、そう自分に言い聞かせていた。
結局、自分の意思など、どこにも無かった。

……本当の自分など、どこにも存在していなかった。

「……私……まだ、始まってもいなかったんだ……」

視界の片隅で、何かが光った。
机の上に無造作に置かれていた愛機だった。
手に取り、そして慈しむように両の手で包み込む。
長年連れ添った相棒は、大破しヒビだらけになった惨めな姿と成り果てていた。

「……今からでも、間に合うかな……今からでも……始められるのかな……」

誰に問いかけるでもなく、フェイトは呟く。
返事など返ってくるはずも無い。
……そう、思っていた。

『……Get Set.』

不意に聞こえた言葉に驚き、閉じていた手を開く。
機能を停止していたはずのバルディッシュが再び起動を初め、そしてあろうことか、
自己修復すらも試みていたのだ。
淡い光を放ち、じっと主人の言葉を待ち続ける相棒を見、フェイトは確信する。
――この子はまだ、諦めていない。

「……そうだよね。バルディッシュも、ずっと私の傍にいてくれたんだもんね……。
 お前も……このまま終わるのなんて、嫌だよね……」

バルディッシュを握り締め、フェイトは呟く。
終わりたくない。終わらせたくない。
まだ何も始まっていないのに終わるなんて……そんなのは、嫌だ。

『Recovery Complete.』

返事代わりに聞こえてきた言葉通り、手の中の愛機は元の姿を取り戻していた。
まるで新品のように輝きを放つバルディッシュは、無言でフェイトに決断を迫っているようだった
それに応えるように、フェイトは小さく頷く。

「……上手く出来るかわからないけど、一緒に頑張ろう」

『Yes Sir.』

金色の光が、フェイトを包む。
漆黒の法衣が、戦斧が、彼女を彩る。

――私達の全ては、まだ始まってもいない。

――だから……本当の自分を始めるために。

――今までの自分を……終わらせよう。



天井が見えなくなるほど高大な部屋に、爆発音が断続的に響き渡る。
襲い来る傀儡兵達を、片っ端から撃つ、打つ、討つ。
十何機目かになる傀儡兵を殴り砕いたところで、アルフがうんざりとした様子で呟いた。

「……クッ! 数が多い!」

「だけならいいんだけど……!」

円形の部屋に沿うように巡らされた螺旋階段の上から敵を撃ち落すなのはは、若干の焦燥に駆られていた。
数が多いだけでなく、個々の戦闘力も高い。
このままこの場所に居続ければ、間違いなくジリ貧だろう。
なんとかして早急に敵を倒し、先へ進まなければ。

「何とかしないと……!」

吹き抜けの中心で傀儡兵の足止めをしていたユーノが、なのはへ視線をやる。
一瞬の隙。
さらには、蓄積していた疲労が、彼の魔法の精度を鈍らせた。
鎖状のバインドで動きを封じられていた傀儡兵の一機が、僅かな隙を突いてバインドを破ったのだ。
即座に再捕縛を試みるユーノだが、間に合わない。
枷を失った破壊者は、己が得物を振りかざしなのはに襲い掛かる。
死角からの攻撃に虚を突かれ、なのはは呆然と眼前に迫る白刃を見る。

「ッ!? なのはーーーー!」

ユーノの叫びが木霊した、まさにその瞬間だ。

『Thunder Rage. Get Set.』

電子音声。機械の駆動音。
遥か上空で起こった一瞬の明滅の直後、突如として複数の雷が室内に降り注いだ。
荒れ狂う雷は部屋を縦横無尽に駆け、一切の破壊者たちを喰らい尽くす。

「……フェイト?」

上空を仰ぎ、アルフが呟く。
眩く輝く、金色の魔法陣。
その中心で杖を構える、漆黒の魔導師。
僅かにスパークを纏いながら地面へ降り立つその人物は……見紛うはずも無い。
紛れも無く、フェイト・テスタロッサであった。
思わぬ援軍の登場に、なのはもアルフも顔を綻ばせる。
一方のフェイトは、なのはのすぐ傍に降り立つも、すぐにばつが悪そうに顔を背けてしまう。
瞬間、地響きと共に壁面が音を立てて砕けた。
砂煙と共に現れたのは、なのは達の十倍ほどはありそうな巨体の傀儡兵だった。
なのはとフェイトはすぐさまデバイスを構え直し、敵と対峙する。

「……大型だ。バリアが厚い」

「うん……それにあの背中の……」

傀儡兵の背中を見やる。
背部にマウントされた、二門の大型砲。
大きさ相応の威力だとすれば、直撃すれば間違いなくただでは済まないだろう。
だが、フェイトは物怖じ一つせず、目の前を見据える。

「だけど……二人でなら……!」

――二人で。
その言葉の意味するところを理解し、なのはは嬉しそうに頷く。

「いくよ、バルディッシュ」

『Get Set.』

「こっちもだよ、レイジングハート!」

『Stanby Ready.』

まばゆい金色の光が迸り、美麗な桜花色の光が二人を包む。
二人から発せられる余剰魔力が部屋を満たす。
空気が揺れ、瓦礫が舞い上がり、そして荒々しく風が舞う。

「サンダー……!」

「ディバイン……!」

二人のデバイスの先端に生み出される、己の魔力光と同じ色の光球。
それらはその場で炸裂してしまうのではないかと思わせる勢いで膨張していき、
数秒と立たないうちにバスケットボール程の大きさにまで膨れ上がった。
目配せをし、タイミングを合わせて同時にデバイスを掲げるなのは、そしてフェイト。
迷いも、わだかまりも、全てを吹き飛ばすかのように二人はデバイスを振り下ろした。

『……バスタァァァァァ!!』

二つの光柱が重なり合うように傀儡兵にぶつかる。
発光。
二本の砲撃を受け止めた魔力障壁が、波打つように光を放った。
だが、それも一瞬のことだった。
超高出力の砲撃を前に、障壁は悲鳴を上げて砕け、そして傀儡兵の装甲はいとも容易く貫かれる。
だが砲撃の勢いは依然として止まらない。
壁を砕き、床を撃ち抜き、派手な轟音と振動が部屋を満たす。
爆音と共に濃密な煙が立ち昇り、視界を遮った。



ようやく光の奔流が収まり、薄くなってきた煙の中に広がる光景を見て、なのはは心の中で反省をした。
薄煙の中心に穿たれた、常識外れの大穴。
階下どころか、庭園を真っ直ぐにブチ抜いた穴の連続は、彼女達の砲撃の荒々しさを雄弁と物語っていた。
少しやりすぎたかな、と思いながら、ふと隣を見やると、こちらの様子を窺っていたらしいフェイトと目が合ってしまった。
目一杯の笑みを投げかけると、フェイトは恥ずかしそうになのはから顔を背ける。
その様子が可笑しくて、つい小さく声を出して笑ってしまう。
それに気付いたのか、フェイトが抗議するかのような視線をこちらへ向けてきた。
まさにその時だ。
突如として二人に巨大な影が覆いかぶさった。
はっとし、後ろを振り向く。
いつの間に現れたのか、目の前では巨大な斧を掲げた傀儡兵がこちらを見据えていた。

「ふえぇ!? さ、さすがにこれはKYって奴なんじゃないでしょうかぁ!?」

完全に油断をしていたなのはは、狼狽をあらわにあとずさる。
だが心無き機械に、彼女の声が届くはずも無い。
無慈悲な凶刃が、彼女らの頭上に振り下ろされ……。
衝突音。
脇から凄まじい勢いで飛んできた別の傀儡兵が、眼前の巨人にぶつかった。
頭はひしゃげ、装甲が凹み、二機はもつれ合うように壁に衝突し、爆発する。
唐突に目の前で起こった光景に唖然とするなのは。

「どーもォ! 万事屋銀ちゃんは全世界の頑張る魔法少女を応援してまーす!」

そんな彼女の耳に飛び込んできたのは、ひどく聞き覚えのある声。
驚きと期待の入り混じった眼差しで、なのはは声のした方を見やる。
薄く舞い上がる砂煙の向こう。
そこに、彼らはいた。
真白の着物と藍の袴を纏い、手にした木刀を腰溜めに構える青年――志村新八。
歳に不相応な艶やかなチャイナドレスを着込み、番傘を広げ優美に佇む少女――神楽。
そして……。

「ぎ……銀さん!」

白銀の髪と純白の着物をなびかせ、木刀を肩に担ぎながら不敵な笑みを見せる男――坂田銀時。

「随分派手に暴れたじゃねーか。……ったく、末恐ろしいガキ共だぜ」

なのはの傍まで歩み寄りながら、穿たれた大穴を見て銀時は呟き、そして身構える。
同時に彼らの周辺の空間から、大量に光が漏れ出す。
地面に、中空に、壁に。
所構わず、大量の魔法陣が展開された。
そして個々の陣の中心から傀儡兵が飛び出し、銀時達を取り囲む。
七人の魔導師と侍は互いに背中を預け、眼前の敵たちに対し身構える。

「オイ。俺達が引きつけといてやるから、お前ら先に行け」

なのはの肩を小突き、銀時は先の通路を顎で指す。
彼の両脇では既に新八と神楽が、敵に対して飛び掛らんばかりの眼光を浴びせていた。

「でも、銀さん……!」

三人を置いていくことなんて出来ない。
そう言葉を続けようとするなのはに対し、銀時は意味深に笑みを投げかけた。

「前にも言っただろーが。……ガキが気ィ廻すなんざ、十年早ェんだよ」



「これはまた……常識外れだね……」

観測室からなのは達の様子をモニターしていたエイミィは、愕然とした様子で声を漏らした。
高出力の魔力により発せられた砲撃と、それにより庭園下部に穿たれた大穴。
これらを見るだけで、なのは達が規格外の魔力を持っているということが分かる。
データ上ではAAAランク相当となっていたが、きちんと訓練を受ければ、近いうちにクロノすら追い越してしまうかもしれない。
そんな事を考えていると、スピーカーを通じて、発令所から切迫した声が聞こえてきた。

『魔力反応多数! ……マズい! なのはちゃん達、完全に囲まれて……』

言葉が途切れる。
続いて聞こえてくる爆発音。

「な、なになに!? 何が起こったの!?」

目の前の画面では、なのは達が居る辺りから多大な砂煙が巻き上がる様子が映し出されていた。
庭園の壁面が音を立てて吹き飛び、瓦礫の山が次元空間に落下していく。
いや、瓦礫だけではなかった。
粉々になった建材に紛れて落下する鎧兜の数々。
それは紛れも無く、なのは達を取り囲んでいた傀儡兵"だった"ものであった。



「はィィィィィ!! 次ィィィィィ!!」

怒鳴り声と共に、銀時の手にした木刀が振るわれる。
渾身の力を込めたその一撃は傀儡兵の脇腹を正確無比に捕らえた。
勢いを付けて蹴り飛ばされたサッカーボールのように傀儡兵の身体は宙を舞い、射線上に並ぶ他の傀儡兵を巻き込んで吹き飛ぶ。
その勢いは留まるところを知らない。
縺れ合った物言わぬ鎧達は、壁をぶち抜き、バラバラに砕け、一瞬にして鉄屑と化す。
銀時と程離れた場所では、新八が比較的小型な傀儡兵相手に奮戦している。
とは言うものの、銀時達と比べると、さほどの力を持たない彼には少々荷が重かったようだ。
すぐに劣勢に追い込まれ、壁際まで追い詰められてしまう。
対峙する傀儡兵は、長剣を握った手を掲げ――。
その腕が、音と共に吹き飛んだ。
宙を舞う腕を見送る傀儡兵の眼前に、自身の腕を吹き飛ばした張本人――神楽が躍り出る。
傀儡兵は残った腕で神楽に殴りかかる。
床が割れる。
金属を叩く音。
床にめり込んだ拳の上で、神楽が不敵に笑う。
振り払おうと、傀儡兵が腕を振るう。
だが、既に拳の上に神楽の姿は無い。
再び金属を叩く音。
続いて、鉄板のひしゃげる様な音が傀儡兵の頭上から発せられた。
神楽が傀儡兵の脳天に番傘を突き刺し、そして――。
爆音。
内部から強烈な砲撃を叩き込まれ、甲冑を模した自動人形は真っ二つに割れた。

「で、でたらめだけど……」

「強い……」

銀時達の大立ち回りを、呆けた表情で眺めていたアルフとフェイトは呟く。

「……行こう、フェイトちゃん!」

その二人の手を引き、なのははユーノと共に通路へ駆ける。
背後から聞こえる剣戟の音に何度か身を竦めるが、彼女が後ろを振り向くことは、決してなかった



床が抜ける。天井が崩れる。
崩壊までのカウントダウンを開始した庭園内を、なのは達は疾走する。

「な、なのは! 本当に大丈夫なの!?」

「何が!?」

息を切らしながらユーノが問いかける。

「銀時さんだよ! いくらなんでも、あの数は……」

圧倒的な物量差。
先程まで自分達が戦っていた時の倍以上の数の敵を相手にしては、さしもの彼らでも苦戦をするはずだ。
だが、なのはは首を横に振り、

「大丈夫! 銀さん達は絶対戻ってくるよ!」

そう言って、笑ってみせた。
絶対的な信頼を寄せて、確かな確信を持って、彼女は声を大にして言う。

「だって、銀さん達は……侍だから!」

『あああああ!!!』

直後に聞こえてくる壮絶な絶叫。
何事かと四人は一斉に後ろを振り向く。
彼女らの視界には、死に物狂いの形相で、こちらへ猛然と突っ込んでくる万事屋の姿が映っていた。

「ホントに戻ってきた!?」

「キツかったんだ! 思ったよりキツかったんだ!!」

あんぐりと口を開けるアルフに対し、必死に訴えかける銀時。
彼の後ろで散発的に発光が起こる。
続けて巻き起こる爆発音。
遥か後方から銀時達に追いすがる、傀儡兵の大群から発せられた魔力弾が
銀時達の背後の床を撃ち砕いた。

「ちょっとしっかりしてくださいよ! まだ五十行も持ってないじゃないですかっ!」

「うるせェェェ! 五十行も文章書くのは意外と大変なんだぞ!」

呆れ返った様子で傀儡兵の集団に砲撃を叩き込み、なのははぼやく。
少女相手に必死に弁明を試みる銀時の姿は、先程まで無双を演じていた豪傑とは思えないくらいに情けない。
B級のアクション映画のように、派手な爆発を背景になのは達は逃走を続ける。
そんな彼女達の目に飛び込んできたのは、箱型の鉄製の巨大な機械。

「あそこのエレベーターから、駆動炉へ向かえる」

それを指差し、フェイトが言う。
すぐさまエレベーターの方へ進路を向けるなのは達だが、フェイトとアルフは彼女らについていこうとせず、
そのまま直進を続ける。
立ち止まり、なのはが問いかける。

「……フェイトちゃんは、お母さんのところに?」

「うん……」

小さく頷くフェイトの表情からは、言いようの無い不安を募らせているということが
手に取るように分かる。
なのはは少しの間押し黙り、そして遠慮がちに、

「……私、その……上手く言えないけど……がんばって……」

そう言って、微笑みかける。

「……ありがとう」

なのはの言葉に多少気を楽にしたのか、フェイトも凝り固まった表情を僅かに緩めた。
エレベーターの方から、なのはを呼ぶ声が聞こえる。
応答代わりに、迫る敵の集団に向けて砲撃を一発。
フェイトに目配せをし、なのははエレベーターへ向かって走り出す。
手にした愛機を握りなおし、フェイトもまたアルフを伴って通路の奥へと消えていった。