なの魂(旧版)

人というものは単純だ。
誰かの何気ない一言で心を動かされ、何気ない一言で頭を抱え、何気ない一言で決断をする。
人は言葉一つで、案外あっさり動くものなのだ。
遮二無二、がむしゃらに、脇目も振らずに。
彼女もまた、そんな一人である。



その日、ポカポカと暖かな日の光が差し込む八神家宅のリビングから、熱狂的な歓声が上がった。
ペタンと座布団の上に座り込んで、目を輝かせるはやてとヴィータの視線の先には、
サッカーの試合の中継が映し出された大型の液晶テレビ。
画面の先ではとある人気選手がハットトリックを決め、彼のファン達がスタンディングオベーションをしている真っ最中であった。
会場を覆う尋常でない熱気が、まるで部屋の中にまで伝わってくるようだ。
思わずはやてとヴィータは、そろって「おお〜……」と感嘆の声を漏らす。

「はやて、はやて! さっきのやつ! あの一回転してゴール決めたの、なんて言うんだ?」

瞳を爛々とさせ、興奮気味にヴィータが問いかける。
はやては画面に目を釘付けにされつつも、

「オーバーヘッドキックやな〜。あんな漫画みたいに綺麗に一回転してんのは見たことなかったけど……
 はぁ〜……カッコええなぁ〜……!」

ヴィータと同じく、興奮した様子でそう答えた。
そこで再び聞こえてくる大喝采。
目まぐるしく移り変わるフィールドの様相を、二人は食い入るように見つめる。

「ええな〜……楽しそうやな〜……」

そう言う自分も心底楽しそうに、しかしはやてはポツリと呟く。

「……私もあんな風に、飛んだり跳ねたりしてみたいなぁ……」

まるで冷水でもかけられたかのように、興奮しきった思考が急激に冷静になる。
ゆっくりと、恐れるようにヴィータは隣へと顔を向ける。
目の前の主の表情はとても楽しそうで、一切の陰りも見受けられなくて。
きっと、何の感慨も無く今の言葉を呟いたのだろうということはすぐに分かった。
それでも、はやての何気ない一言は、ヴィータの胸の奥底にずっと響き続けていた。



なの魂 〜第二十六幕 セクハラとスキンシップは紙一重〜



それからしばらく経った、ある日の昼下がり。
車椅子の上でつまらなさそうに口を尖らせ、自分の家の玄関先に居座るはやての姿があった。

「……遅いなぁ、銀ちゃん。今日は大事なお話があるって言うたのに……」

「また面倒事にでも巻き込まれてるんじゃないかしら? こっちはもう準備できたわよ」

ぷぅ、と頬を膨らませるはやての背後に、リビングからひょっこり顔を出したシャマルが声を投げかけた。
はやては少しの間だけ玄関を見つめ、そして名残惜しそうにリビングへと入る。
まず最初に彼女の視界に入ったものは、ドス黒い湯気だった。
特に臭いもしていないというのに、反射的にはやては自分の鼻を摘む。
妙な脂汗をかきながら視線を下へおろしていくと、煙の発生源に、カセットコンロに乗った鍋があるのが見えた。
銀時の家の新築祝いに用意した物だったのだが、一体どういう状況なのだこれは。
もう、すぐにでも逃げ出したい気分だったのだが、半ば義務感のようなものを感じてはやては鍋の中を覗き込む。

「……え〜っと……何入れたんかな? コレ……。
 なんや魔女がグルグル掻き回してる謎の液体みたいになっとるんやけど……」

はやての言うとおり、鍋の中はもはや混沌の極みと相成っていた。
これでもかというくらいの粘性をした、黒と紫のマーブル模様の液体。
にも関わらず、何故かプカプカと浮かぶ薬味の数々に、液体の中に見え隠れする、明らかに生な肉と野菜。
ワサビの入っているチュ−ブやガムシロップ、ミルクの容器も見えたような気がするが、それはおそらく気のせいだろう。
というか、気のせいだと思いたい。

「とりあえず、冷蔵庫にあるもの一通り入れたわねぇ」

「鍋は色々具材を入れたほうが美味いと聞き及んでいましたので」

しかし、そんな食えるかどうかも分からないリーサルウェポンを生み出した張本人たちは、揃いも揃って至極真面目に答えるのだった。
別の意味で料理に定評のあるシャマルはともかく、まさかシグナムまでもが道を踏み外すとは。
おお、食の神よ。あなたは我を見捨てたか。
額を押さえながら天井を仰ぎ見るはやて。
そんな彼女の心境など知る由もない至高の料理人(マッドサイエンティスト)達は、一体どういう神経をしているのか、
自信満々で被験者に感想を求めた。

「味の方はどうだ? ヴィータ」

「稽古帰りのシグナムみてーな味すんだけど」

軽い痙攣を起こし、口の端からコールタールのようにドス黒い液体を垂らしながらヴィータは即答した。

「ほとんど兵器ではないか」

顔を真っ青にして瞳を潤ませる彼女の姿を見やり、シグナムはバツが悪そうに呟く。
その折、彼女らが鍋を広げているテーブルの下から、呆れたようなため息が聞こえてきた。
今現在、この地獄のテーブルを囲んでいるのはシグナム、ヴィータ、シャマル、はやての四人。
となれば、ため息の主はおのずと見えてくる。

「自分の体臭だろうに。……どうするつもりだ?」

そう、ザフィーラだ。
蒼き狼の姿となった彼は、無駄に発達した嗅覚から来る苦痛を押さえるために、前足で鼻の頭を押さえつけ、
ジト目でシグナム達をローアングルから見上げていた。
彼の視界には、フリーのカメラマンが夢中でフラッシュを焚きそうな光景が広がっているはずなのだが、犬科の彼にとっては
もう臭いがとんでもないことになっているので、『見えそうで見えない』とかそんなことにかまけている精神的余裕はもう全然無かったりする。
いや、本当に。
ともかく、彼の言葉に思うところがあったのか、シグナムは顎に手をやり神妙な顔つきをする。
暫しの黙考。
そして妙案。

「ふむ……土方殿に頼んで、着替えを置かせてもらうか……」

「誰がお前の体臭の話をした! 鍋だ鍋!」

思わずガバッと立ち上がるザフィーラ。
そして盛大な音を立てながらテーブルにぶつかる彼の頭。
うずくまる盾の守護獣。
そんなこんなで無駄に時間だけが過ぎてゆき、そして運命の瞬間が訪れる。

「う〜っす、銀さんがやってきたよ〜っと」

途端に凍りつく部屋の空気。
鍋の煮える音だけが部屋の中を支配し、妙に居た堪れない雰囲気を醸し出す。

「オオオイ! どーすんだよ銀時来ちゃったぞ!!」

そんな空気を打ち破って、新たに切迫した雰囲気を打ち出すヴィータ。
違う意味で顔を真っ青にする彼女に釣られるように、はやてもまた目を泳がせながら慌てふためく。

「何か! 何かこの状況を打破する具材は!?」

「申し訳ありません。冷蔵庫に入っていたものは全て……」

一応、ヴィータの反応を経て自分の作った料理の出来を自覚したのだろう。
混乱する二人を宥め、申し訳なさそうにシグナムは頭を下げる。
しかし、謝ったところで事態は好転しない。
助けを求めようと、シグナムはシャマルへ視線を向ける。

……彼女の視線の先では、我らが湖の騎士が、なにか赤黒っぽい固形物を笑顔で鍋に投入している真っ最中であった。

「……もしも〜し、シャマルさ〜ん? 何を入れてはるんですか〜?」

実際問題、質問するのもはばかれるような状況なのだが、聞かずにはいられない。
まるで爆発物を取り扱うかのように、恐る恐るはやてはシャマルに問いかける。

「あずきバーよ。ほら、銀時さんって甘いものが好きでしょう? きっと喜んでくれると……」

「それは好きなものをドブに捨てているようなものだぞ」

もう彼女は"風の癒し手"の二つ名を、さっさと返上するべきかもしれない。
明らかに場が荒んでる。
それも半端ない荒みっぷりだ。
今度から"吹き荒ぶ風のシャマル"と名乗ってみてはどうだろうか。

「片付けよ! こんなん無い方がええ! 絶対無い方がええよ!」

……それはともかくとして、だ。
こんな未知の物体Xが部屋のど真ん中に鎮座していたら、間違いなく銀時達はドン引きである。
下手をすれば、部屋に入った直後に回れ右して直帰するかもしれない。
なんとかしてそれは阻止しなければ、とはやてはカセットコンロごと鍋を台所まで持っていこうと試みるが、

「どーしてよー! 諦めたらそこで試合終了! 何事もチャレンジ精神よっ!」

自覚が無いというのは恐ろしいものである。
ヴィータが体を張ってこの物体の危険性を示したというのに、自分の料理の腕に余程自信があるのか、
シャマルはこれを銀時達にも食させるつもりのようだ。
確かに諦めないことは大切だ。
しかし、世の中にはこういう言葉もある。
『粘り強さとしつこさは紙一重』。

「履き違えるな! 勇気と無謀は全くの別物だぞ!」

カセットコンロの端を掴み、はやてと決死の引っ張り合いをおっ始めるシャマルに見かねたのか、
シグナムもその場に割って入ってコンロの強奪を行おうとする。
しかし、時間は待ってはくれない。
玄関先から近づいてくる複数の足音に、八神家一同は身を固くする。
マズい。来た。
本当にもう時間がない。

「この際だからもうあずきバーでごまかそう! とりあえず早く出さねーと! おたまおたま!」

「無理無理! もう溶けとるよ!」

窮地に立たされ、最早正常な思考が出来なくなったヴィータとはやてが、ああでもないこうでもないと手足をジタバタさせながら喚く。
するとシャマルが何かを思いついたらしく、突然胸の前で手を打ったかと思うと、ビシッとシグナムを指差して、

「出番よシグナム! あなたこういうの得意でしょう!? 炎熱系なだけに!」

どうやら素手であずきバーをすくい上げろと言いたいらしい。
とはいうものの、そんな熱湯コマーシャルみたいなマネをシグナムが快諾するはずもなく、

「ふざけるな! 何故私がお前の尻拭いを……!」

「いいからやれって」

しかしヴィータが強引にシグナムの左手を鍋に突っ込む。
ジュゥ、という何かが焼けるような音と共に、まるで化学反応でも起こしたかのように、
手首まで液体に浸かったシグナムの腕の周りから、大量の気泡がブクブクと浮かぶ。
しかし、烈火の将とまで言われた彼女だ。
この程度の熱量など……。

「あづァ!!」

やっぱり無理だった。
真っ赤に腫れ上がった左手を凄まじい勢いで鍋の中から引き抜く。
それと同時に彼女の左手に引っ掛かった赤黒い固形物が、リビングの扉に向かって吹っ飛んだ。
そして間の悪いことに、リビングの扉が勢いよく開き……。

「……あ」

涙目で左手に息を吹きかけるシグナムの視線の先には、顔面あずきバーまみれになり、
沸々と殺気を沸きたてる神楽の姿があった。



「いらっしゃいませェ」

とあるコンビニのレジにて元気良く愛嬌を振り撒いていた店員は、しかし突然目の前に現れた女性客の姿に思わず絶句した。

「……酢昆布百個下さい」

不機嫌そうにそう言う女性客――シグナムは、ポニーテールに結えた桃色の髪からプスプスと湯気を上げ、
その顔のいたるところに絆創膏が貼り付けられていた。
よく見てみると、左手にはこれでもかというくらいにグルグルと包帯を巻きつけられ、まるで手袋のようになっている。
はっきり言ってかなり怪しい風体だ。

「……お客サン。言っとくけど酢昆布百個集めても、別に願いとか叶わないよ」

「いいから酢昆布を百個よこせと言っている」

かなりドスの効いた声を上げ、こめかみに青筋を浮かべながらレヴァンテインの柄頭を店員の喉に突きつけるシグナムの姿は、
まさにコンビニ強盗のそれだったという。



先程まで広がっていた地獄絵図が嘘の様に、八神家の食卓は普段の平穏を取り戻していた。
魔女の鍋の代わりにテーブルに置かれたホットプレートの上では、香ばしい香りと音を立てながら
沢山のお好み焼きの生地が焼き上げられる。
そしてその上に黙々と豚肉を乗せてゆき、それらを次々にひっくり返しながら形を整えていくヴィータ。
意外と器用なものである。

「ごめんな、銀ちゃん。ホンマは新築祝いに、お鍋ご馳走してあげよーと思っててんけど……」

見ているだけで気の毒に思えるくらいしょぼくれた様子で、はやてはペコリと頭を下げた。
彼女自身も、銀時達と鍋を囲むのを楽しみにしていたのだろう。
まるで打ち捨てられた子犬のような目で、テーブルの向かいに座る銀時達をちらりと見やる。
視線の先に映ったものは、特に何の感慨も持たずに勝手にお好み焼きを食す銀時と、背後にぷんぷんという擬音を背負いながら
顔に付いたアツアツのアイスを拭き取る神楽、そして困ったように笑みを漏らす新八の姿だった。

「私は散々止めたんですけどね。……本当、仕様の無い人……」

そんな彼らの隣で、シャマルが頬に手を添えながら鬱屈そうにため息を漏らした。
途端にはやてが表情を引きつらせ、眉を吊り上げながら無言のプレッシャーをシャマルに送り込む。
さらにそこへヴィータが「九割お前のせいだろ……」という呟きで援護射撃。
さすがのシャマルもこの二面攻撃には耐えられず、バツが悪そうに咳払いをして、それっきり黙りこんでしまった。

「……で、何? なんか大事な話があんだろ?」

はやて達の漫才を充分に堪能した銀時は、相変わらずお好み焼きを咀嚼しながらそう問いかける。
そもそもはやての本来の用事は銀時への相談事であって、食事会などではなかったのだ。

「あ〜……うん、そのことなんやけど……」

口元に手を置き、チラチラと銀時から視線を逸らしながら、はやてはポツリと呟いた。



『インチキ宗教?』

あまりにも予想外な相談事に、万事屋三人は思わず目を丸くしてはやてに問い返した。

「そやねん、エラいもんにひっかかってしもて……」

居心地悪そうに膝の上で手を組んで、はやては盛大にため息を漏らす。
ここまで深刻そうな表情をするということは、どうやら冗談の類ではないらしい。

「私のお父さんとお母さん、私が物心付いた頃にお空の向こうに行ってしもたってのは、みんな知ってるやろ?」

唐突にそんなことを問いただすはやてに、銀時達は首を傾げて顔を見合わせ、そして頷き肯定する。

「で、お父さんとお母さんの残してくれた遺産、今は親戚のおじさんが管理してくれてて、
 毎月生活費送ってきてくれてんねんけど……それのせいで今月の生活費、ほとんど無くなってしもて……」

再びため息をつき、はやては俯いたまま黙り込んでしまう。
しん、と静まり返った部屋に油の跳ねる音だけが響き、どうにも居た堪れない雰囲気が漂ってくる。
それにしても。と、新八は思う。
確かにはやては、優しいを通り越してどこか人が良すぎる所もある。
しかし、だからといってそう簡単にインチキ宗教などに騙されるものだろうか?
まだ九歳とはいえ、隣にいるグータラ侍よりは余程賢いし、気配りも出来る彼女が?

「でも、なんだってそんなものに?」

腑に落ちないものを感じ、新八は僅かに机から身を乗り出し、改めてはやてに問いかける。

「それは……」

言い難そうに口をモゴモゴさせ、上目遣いではやては新八を見やる。
どうやら事情を話すには、少しばかり憚る様子だ。
しかし、真摯な表情で耳を傾ける新八の姿に遂に観念したのか、ポツリポツリとはやては事の顛末を語るのであった。



「ドリームキャッチャー?」

それはとある平日のお昼過ぎ。
空いた小腹を満たすために、とある喫茶店に立ち寄ろうとした時だ。
初夏の日差しから逃れるため、冷房の効いた店内へ入ろうとしたところ、突然一組の男女に
『あなたは夢を追っていますか?』などと声をかけられ、あれよあれよと言う間に、喫茶店の一角、
窓際の客席へと連れやられてしまったのだ。
彼らの言う『ドリームキャッチャー』とは、一体何なのか?
興味を持ち、そして彼らにそのことを尋ねてしまったのが運の尽きであった。

「そォ、ドリームキャッチャーよ。志は夢を掴むための力なんていうけどね、そんなもので夢が掴めるなら
 世の中パイロットと野球選手だらけになってしまうわ」

「志は夢を追う力。夢を得るにはコレにもう一つ、夢を掴む力が必要ってこと。それがドリームキャッチャーなのさ」

「ふーん……」

痩せこけた、顔色の悪い男女が熱く語るその姿に、思わず半信半疑ながらも耳を傾けてしまう。
思えば、この時さっさと逃げ出してしまっておけば、このような事にはならなかったのかもしれない。

「しかしこの力は、残念ながら後天的に身につくものではなく、生まれながらに持つ人持たざる人がいるワケ」

「我々"夢幻教"は、その生まれ持ったハンディキャップを克服する術を皆に伝授して、
 みんなで幸せになっちゃおうって、そーゆう教えなんだ」

「へぇ〜」と、感心したように相槌を打つと、目の前の男女は満足そうな笑みを浮かべ、
そして身を乗り出しながら問いかけてくる。

「君は知ってる? 世の中で夢を掴んだ成功者達が皆持っている一つの共通点を」

もちろん、そんなもの知るはずも無い。
正直にぶんぶんと首を左右に振ると、女性が大仰に両手を振り上げ、

「かの家康公も豊臣秀吉も、サッカーのカスも野球のイジローも、みんな生まれながらコレをもっていたワケ。
 そして我々は人工的にコレを作り出すことに成功したワケ」

先程にも劣らぬくらいの熱を込めて語りだしたかと思うと、

「それがコレさ!」

その女性の隣に座っていた男性が、負けず劣らずの大声で、テーブルの上にドンと"それ"を置いたのであった。



「……何? ソレ」

真剣に話に聞き入っていた新八は、顔のデッサンを激しく崩しながらそう問いかけた。
銀時と神楽も、まるで珍獣でも見るかのような顔をして、目の前にいる人物を見やる。
それもそのはずだ。

彼らの目の前には。
おでこに、毛の生えた付けボクロをつけたヴィータがいたのだから。

「いや、なんか夢を叶えた人は身体のどっかに毛の生えたホクロがあったって話でさー。
 高いカネ出して付けボクロ買ったってのに、何にも起きなくて。いやー騙された騙された」

間髪入れずに勢いよく肉の焼ける音が部屋中に響く。
こんがり香ばしい香りと狼煙のような白煙が、鉄板に押さえつけられたヴィータの顔面からもくもくと立ち昇った。

「あづァぱァァァァァ!!!」

「バカですかお前はァァァ! 俺ァてっきりはやてが騙されたのかと思ってたのになんだこのオチ!? ふざけてんのか!?」

「死ぬ死ぬ! 割とマジで死ぬってこれ!」

情け無用、容赦無用でグリグリと鉄板にヴィータを押し付け怒鳴る銀時。
良い子は真似しちゃいけません。
悪い子もです。
いかに守護騎士といえど、痛覚は普通の人間のそれより僅かに鈍感な程度だ。
チャーミングな顔を熱々のレアにされてはひとたまりもない。
助けを求めるように首から下をジタバタと動かし、そして右手を神楽へ、左手をはやての方へ必死に伸ばす。
が、しかし。
神楽もはやても助けに入るどころか、ため息をつきながら「お手上げ」ポーズを取るだけだった。
なんという薄情者。
神楽にいたっては、もう蔑むような目でヴィータを見下ろし、

「いっぺん死んでこいヨ。バカは死ぬまで治らないネ」

腕を組んでそう言い切る始末。
そしてはやてはそれに対して、

「はぁ……その声で髪の毛二つ括りにしてる人は、ツッコミに容赦あらへんな」

「うるさいうるさいうるさい! ハヤテのくせに生意気アル!」

「何段構えだオイ!?」

と、新八がツッコんだ頃には、もう肉を焼く音は収まっていた。
どうやらヴィータの調理が程なく終了したらしい。
視線を戻してみると、泣きそうになりながら顔を真っ赤に腫らしたヴィータと、
あぐらをかいて心底うんざりした様子で鼻をほじる銀時の姿があった。

「……とにかく、そーいうことなんや。力になってくれへんかな? 銀ちゃん」

銀時のその態度に一抹の不安を覚えたのか、はやてが遠慮がちに頼み込む。
しかし、やはりと言うかなんと言うか、銀時は面倒くさそうにボリボリと頭を掻き、

「やなこった。俺ァ宗教だのなんだの、面倒なのは御免なの。だいたいお前、金がねーなら報酬だって用意できねーだろ」

ある意味、予想通りの言葉を返すのであった。
はやては困り果て、顎に手を置いてウンウン唸りながら考えを巡らせる。
銀時が面倒くさがりなのは、今に始まったことではない。
しかし、なんやかんやと文句を言いつつも、いつもしっかり助けてくれる。
きっと今回も、諦めずに何度も頼めば力を貸してくれるはずだ。
……金さえあれば、だが。
そう一番の問題は金なのだ。
逆に言えば、金さえ工面できれば銀時の協力を取り付けるのはそう難しいことではない。
だが先ほど言ったとおり、インチキ宗教に金を騙し取られてしまったせいで、今月の生活費すら危ういほどに
金銭的な余裕がないのだ。
銀時に報酬を支払う余裕など、あるはずもない。
ならば、この前のように現物支給というのはどうだろうか?
何か報酬代わりになりそうなものは無いかと、少ない知恵を必死に搾り出す。
しばらくの間唸り続けていたはやてだったが、何を思いついたのか、急に顔を紅潮させたかと思うと、
意を決したような険しい顔をし、真摯な眼差しで銀時を見つめだした。

「こーなったら身体で払うしかあらへんな……シャマルが」

「払いません!」

「つーかどこで覚えたそんな言葉!?」

刹那と経たずに、シャマルと新八が顔を真っ赤にしてテーブルを叩いた。
そりゃそうだ。
とてもじゃないが、九歳の少女の口から出る言葉ではない。
一体何の悪影響だ?
漫画か? ドラマか? 小説か?
割と真剣にそんなことを考える二人だったが、銀時が続けて発したとんでもない一言に、
思考の中断を余儀無くさてしまった。

「とりあえず何? ケツとか触ってもいーの?」

「フンっ!」

気合一発。
シャマルの右手から放たれた、ジャイロ回転の加わった茶碗が銀時の鼻っ面に勢い良く炸裂した。
仰向けに倒れそうになるのを必死に堪え、どうにか持ちこたえた銀時は、血がダラダラと流れ出る鼻を押さえながら、

「じ、冗談に決まってんだろ……テメーの貧相なケツ触るくらいなら、小麦粉にっちゃにっちゃ練ってる方がマシだっての……」

ブツブツとそんな事を言いながらシャマルを睨みつけた。
一方のシャマルはというと、「……あの目は本気でした……!」と羞恥に染まった瞳で銀時を睨み返す。
バチバチと散る火花。
まさに一触即発である。
そんな状況に水を差すように、新八が乾いた笑いを漏らし、そして思案に暮れた様子ではやての方を見やった。

「……まあ、あまり気が進まないってのは事実だけどね。
 "無幻教"の創始者、斗夢……奴はタチが悪いって有名なんだよ。
 夢を叶えるって謳い文句で、最近急速に信者を増やしてるんだけどね」

ずれたメガネを掛けなおし、難しそうな面持ちをして彼は話を続ける。

「その実体は胡散臭い神通力とやらをちらつかせて人心を惑わし、お布施と称して信者から金を巻き上げ、
 私腹を肥やすただのサギ師だよ。一度入ったらなかなか抜けられないらしくて、総本山に行ったきり戻ってこない人も
 たくさんいるとか……」

万事屋などという如何わしい商売をやっていると、色々と社会の裏の部分も見えてくる。
今語った話も、そうして手に入れてきたものだ。
新八は大きくため息をつき、苦笑しながら、しょんぼりと落ち込むヴィータを見つめて、

「騙されたって気付けただけ、ヴィータちゃんはマシな方だよ」

「そーそー、高い授業料だと思いねェ」

励ました直後に、銀時が肩を竦めながら横槍を入れてきた。
「け、けどよー……!」と反論しようとするヴィータだが、しかし銀時は彼女のおでこに一発デコピンを入れて即座に黙らせる。

「大体なァ、万事屋だって慈善事業じゃねーっつーの。出すモン出してもらわにゃ、こっちも商売上がったりなんだよ」

腕を組み、有無を言わさぬ様子で銀時はそう言い放つ。
何か言い返そうと身を乗り出すヴィータだが、そもそも事の発端は、自分が詐欺師に騙されてしまったことにある。
そう強く反論することも出来ない。
結局は「うー……」と唸りながら、俯いて黙り込んでしまった。

「……分かった! 銀ちゃんがお金取り返して来てくれたら、その半分を銀ちゃんにあげる! これでどや?」

そんなヴィータの姿に見かねたのか、はやてが突然テーブルを叩いて、高らかにそう宣言した。
「これで文句はあるまい!」と言わんばかりに、ビシッと人差し指を銀時に突きつけ、
刺すような瞳で銀時をじぃっと見つめる。
そのあまりの迫力に思わず銀時はあとずさる。

「……バ、バカ言っちゃいかんよ、なァ新八君? そんなはした金で俺達がなァ?」

だが、ここで素直に首を縦に振らないのは、やはり大人の意地というものなのであろう。
あるいは、ただ単にへそ曲がりなだけなのかもしれない。
微妙に心揺さぶられながら新八に同意を求める彼に、しかしトドメを刺すべく神楽がヴィータに耳打ちをする。

「ヴィータ、幾ら取られたか教えてやるヨロシ」

叱られた子犬のように黙り込んでいたヴィータであったが、その言葉に背中を押されたのか、
遠慮がちにボソッと短く金額だけを告げた。
途端、その場の空気が凍りつく。

「……え、マジ?」

予想をはるかに上回るその金額に、銀時は思わず目を丸くしてそう聞き返すのであった。



「みなさ〜ん! 夢見てますかァ!!」

『見まくってまーす!!』

呆れるほど巨大な面積を持つ、寺院のような施設。
その敷地の中心の広場に、これまた呆れるほどの数の人間が、びっしりと整列していた。
人々は一様に真っ白い作務衣を身に着けており、全く同じ服装の人間が蠢くその様は、気味の悪さすら覚える。

「夢に向かって走り続けてますかァ!!」

『走りまくってまーす!!』

その広場のさらに中心に建てられた、物見櫓を巨大にして豪華にしたような建造物。
そこから一人の男――豪華というよりは、むしろ悪趣味な僧服を身に纏ったメタボ体型な大男が、
眼下に集う群衆へ向かって問いかける。
ここ"夢幻教"の創始者であり、百人を超す信者を束ねる男。
名は斗夢といった。

「ハイ、みなさん今日も夢一杯、元気一杯で私も嬉しいです。その調子で夢を追いかければ
 明日辺り掴めんじゃないかな、うん」

諸手を上げ、歓喜に似た声を上げる人々を見下ろし、斗夢は満足そうな表情を浮かべる。
信者達の歓声を充分に堪能した彼がすっと右手を挙げると、途端に信者達のざわめきが消える。

「えーと今日はね、こないだ入信してくれた、新人のヴィータちゃんが新しい夢追い人を連れてきてくれました。
 みんなに紹介します」

そう言い、斗夢が後ろを向くと、櫓の奥から五つの人影が歩み出てきた。
その人物達は広場に敷き詰められた信者達と同じく、真っ白な作務衣を身に纏っていた。

「ハイ! みなさ〜ん! 夢見てますかァァァ!!」

『見まくってまーす』

えらく高いテンションで右の手を天へと突き出す斗夢。
そんな彼とは対照的に、集まった五人はなんとも言えない無気力感を醸し出しつつ、
仕方なさそうに斗夢と同じく右の手を挙げる。

「……オイ、なんだよこの面子。なんかすっげー違和感あるんですけど」

集団の先頭に立つ白髪の男、つまり銀時は自身の背後へ目配せをしながら、小さな声で言う。

「主の命令だ。仕方あるまい」

「一番の違和感はアンタですけどね。キャラ弱いからって、無理にボケたりツッコんだりしないで下さいよ、ホント」

銀時の背後に立つ一人の亜人、すなわちザフィーラが小声で言い返し、それに対して新八がツッコミを返す。
こういった雰囲気に慣れていないザフィーラは、新八の言葉に気を悪くしたのか、頭部から生える獣耳をピクピク動かし
ぶすっとした表情でそのまま黙り込んでしまった。
そして彼の足元で、同じく黙り込み俯く赤毛の少女が一人。
心なしか二つくくりにした三つ編みも、しょんぼりと項垂れているように見える。

「心配しなくてもいいネ。ヴィータの仇は、絶対私達が取ってあげるヨ」

そんな彼女に神楽はそっと耳打ちをしてニッっと笑いかける。
神楽の気遣いが嬉しくもあり、同時にどことなく気恥ずかしい気分になる。
「べ、別に心配してるわけじゃ……」と頬を赤らめながら、ヴィータはぷいっとそっぽを向いた。

「ヴィータちゃん、君の夢は言わずと知れた?」

何の突拍子も無く、突然斗夢から声がかけられる。
予想外の事態に慌てふためき、あわあわと両手を振りながら、

「イ、インチキ宗教団体からカネをとりもど……」

銀時の平手打ちがヴィータの脳天に直撃した。
居た堪れない沈黙。
その場を取り繕うように、神楽が斗夢の前へ飛び出し大きな声を張り上げる。

「私の夢はァ、ご飯一膳に『ご飯ですよ』全部丸々かけて食べることです!
 でもォ、夢は叶うとさびしいからずっと胸にしまっておこうと思います!」

なんとも安上がりな夢を語る神楽に「ハイそーですか」と投げやりな受け答えをし、斗夢は銀時達のほうへ視線を向ける。
まるで値踏みするかのように新八とザフィーラをじっと見つめ、

「君達は……眼がよくなりたいとかもっと出番が欲しいとかそんなんだろどうせ、いいや」

『オイ、ちゃんときけェェェ!!』

二人揃って激昂する。
まともに取り合ってもらえなかったという事実もそうだが、むしろ初見で図星を指されてしまったことの方が
余程頭にきたらしい。
しかし、そんな二人の抗議を物ともせず、斗夢は銀時へ問いかける。

「君の夢は?」

すると銀時は何処か寂しげな表情をし、遠くの景色を見やりながら、手すりにもたれかかり小さく息を吐いた。

「夢? そんなもん遠い昔に落っことしてきちまったぜ」

「お前何しに来たんだァァァ!!」

「んなこと言われても、ねーもんはねーんだって」

思わず大声で叫ぶ斗夢だが、しかし銀時は相変わらずのマイペースで応対する。
そのやりとりを見兼ねたのか、新八が銀時にボソボソと耳打ちで進言する。

「なんかサラサラヘアーになりたいとか、そんなんでいいんじゃないスか」

「じゃ、サラサラヘアーで」

「帰れェェェ!!」

当然怒られた。
しかし当人達はいたって真面目だったらしく、お互いに顔を見合わせて
「おい、なんで怒ってんの? アレなんで怒ってんの?」などと言い合いながら斗夢を指差す。

「……君たち、ロクな夢も持たずにここへ入信してくるとは……
 どーいうつもりだ? ホントに信者か?」

さすがに不信感を抱いたのだろう。
その小さい目を細め、斗夢は銀時達に刺すような視線を送る。
しかし銀時は向けられる威圧感を意にも介さずに、不敵な笑みを浮かべ、

「そいつァこれから決める。なんでもアンタ、夢を叶える神通力が使えるらしいじゃねーか。
 そいつをこの眼で一度、おがんでみたくてなァ」

その一言に広場全体がどよめき始め、そして無数の敵意が銀時達へと向けられた。

「なんだァァァお前らァァァ!」

「斗夢様を愚弄する奴は許さんぞォ!!」

敵意どころか、殺意すらもはらんだ野次、罵詈雑言。
さすがにこの状況はマズイ。
まだ行動も起こしていないのに、こんなところで目を付けられてしまってはたまったものではない。
大慌てで新八は銀時に詰め寄る。

「銀さん! ちょっと目的忘れてんじゃないスか」

だが銀時は、ニヤリと悪戯好きな子供のような笑みを浮かべ、

「まァ待てよ。金取り返す前に、コイツの化けの皮剥がすのも一興だろ?」

目の前の自称教祖様を顎で指し、鼻で笑ってのけたのだ。
敵の本拠地で殺意を向けられてすら、それを楽しむかのような態度。
なんとも破天荒で大胆不敵な男だ。

「……ククク、面白い。私の力が見たいと」

だが、しかし。
斗夢は全く動じることも無く、むしろその言葉を待っていたと言わんばかりの様子で、
薄気味の悪い笑いを上げていた。

「ここは夢を叶えることの出来る理想郷。ここで修練を積めば、
 私のように夢を叶える力を得ることが出来ることを教えてあげよう」

斗夢は身構える。
両の手を大きく開き、左手を自分の頬の横へ、そして右手を目の前に突き出し、ゆっくりと目を閉じた。
その場に、ピリピリするほどの緊張感が漂い始めた。
その、瞬間だ。

「ドッリーム! キャッチャアー!」

突如、斗夢が目をクワッと見開き、大声で呪文のような言葉を叫んだのだ。
静まり返る広場。
空しく吹く風。
しかし、これといって周囲の空間には何の変哲も無い。
一体何が起こったのかと訝しげに斗夢を睨みつけると、

「君……ものっそいサラサラヘアーになりたいって言ってたよね?
 ……頭をごらんよ」

ニヤリと笑いながら、彼は銀時の頭部を指差した。

「オッ……オイ! アレを見ろォォォ!!」

群衆の中から声が上がり、再びどよめきが起こる。
だがそれは先程とは違い、驚愕と崇敬の念に満ち溢れるものであった。
釣られて銀時と斗夢を除いた櫓上のメンバーも銀時の頭部に視線を向ける。

「バッ……バカな!? 銀時の髪が……」

これは悪い夢ではないのか?
唖然とした表情でそんなことを考えながら、ザフィーラは唸る。

「サラッサラヘアーに……!」

同じく新八もまた、驚愕をあらわに銀時の頭を見、そして、

「っていうか髪形変わってんじゃねーかァァァ!!」

その髪型に盛大にツッコんだ。
ありえないくらいのキューティクル。
女性のようにしなやかな白銀の髪。
あろうことか、銀時の髪は確かにサラッサラの美髪へと変質していた。
手入れもしていないモジャモジャの天然パーマも見事に――

――漫画みたいに綺麗なおかっぱ頭へと変質していた。

「見たことあるよコレ! 最近BLE○CHで見たよコレ!!」

何故か興奮気味に銀時を指差すヴィータ。
仮面の軍勢か!? と新八のツッコミが飛んできたが、そんなものは華麗にスルーした。
いまいち事態が飲み込めない銀時は、自身を指差し辺りを見回す。

「……ウソ? ウソでしょ? ちょっと……」

そんな彼の目の前に、ヴィータは何も言わずに持っていたコンパクトを差し出した。
ナリは小さいくせに意外と大人びている。
まあそれはともかくとして。
彼女が差し出したコンパクトの鏡に映った自分の姿を見て、思わず銀時は自分の髪の毛を弄り回す。

「うおおおおお!? サラッサラじゃねーか!! ベタつかないパサつかないじゃねーかァァァ!!」

ねんがんの さらさらヘアーを てにいれたぞ!
そんなナレーションが聞こえてきそうなくらいに銀時は舞い上がる。
子供のように諸手を挙げて大はしゃぎしながら、

「ヤッホーイ! これで雨の日もクリンクリンにならなくてすむぜ!!」

「喜ぶ前にヘアースタイルを嘆け!!」

新八が怒鳴りつけるが、銀時の耳には入っていないようだ。
頭のコンプレックスは相当深刻だったらしい。

「アッハッハッハー! 見たかい、これがドリームキャッチャーだ!!
 夢幻教を信じる者はこの力が手に入るんだよ! みんな夢が叶うんだよ!!」

大喜びの銀時を満足そうに見やり、そして群集を見下ろしながら斗夢は言い放つ。
奇蹟だ、いや神の所業だと、眼下からは彼を讃える言葉が止まることなく湧き上がった。
しかし、目の前の結果に納得のいかない人物が三人。
ヴィータとザフィーラ、そして新八だ。
特にザフィーラと新八は露骨に疑いの眼差しを斗夢に向け、二人で小さく言葉を交し合う。

「……一体どういうことだ? これは」

「何か絶対種があるはず……まさかと思いますけど、これって魔法の一種じゃ……」

「いくらなんでも、こんな下らん魔法など無い。……多分」

脂汗を垂らしながら、自信無さげにザフィーラは呟く。
実際にあったとしても、こんな魔法認めたくない。
少なくともベルカ式ではあってほしくない。
そんなことを考えていると、突然銀時が斗夢の目の前へと歩み寄り、

「何か御用があればなんなりとお申し付けください、ハム様」

「いやハムじゃないから、トムだから」

「おいィィィ!!」

まるで騎士のように跪き、忠誠の言葉を述べたのだった。
なんで我々と全く同じポーズなのだ、とはザフィーラの弁。
だが、そんな銀時の姿に嘆き悲しむ少女が一人。
神楽だ。

「あんな銀ちゃん私やーヨ! しっかりしてヨ銀ちゃん!」

そう言いながら彼女は銀時の背に歩み寄る。

「お前! 元の銀ちゃんを返すネ!!」

キッと斗夢を睨みつけ怒鳴る神楽だが、しかし銀時はそんな彼女を宥めるように、

「何言ってんだ。これが本当の姿だよ。悪い坊主の呪いで醜い天パに変えられていたのさ」

「そんなこと言うなァ! 自分に自信を持てェ! お前から天然パーマをとったら何が残るんだ!?」

多分何も残らないと思うが、そんなことは口が裂けても言えない。銀時の名誉のためにも。
ともかく、斗夢に対して明確な敵意を向ける神楽なのだが、しかしそれでも斗夢は余裕の構えを崩さない。

「ムフフ、お嬢さん。君の夢はご飯一膳丸々『ごはんですよ』だったね。
 オーケーオーケー! ドリぃぃぃムキャッチャー!!」

先程と同じように、右手を突き出し、左手を頬へ添え、独特のポーズで斗夢は叫ぶ。
吹き抜ける風とどよめく群集。
そして瞬きする暇も無いほどの刹那、間抜け面を晒していた神楽の頭に、突如として音も無くそれは現れた。
熱々のご飯を山盛りよそわれた茶碗。
そしてその上に一瓶丸々乗せられた『ごはんですよ』。
そう。それは紛れも無く、先程神楽が語った"夢"であった。

「うおっ、マジ出たァァァ!!」

思わず驚愕の声を上げる新八。
さすがのザフィーラもこれには目を丸くする。
一体全体、どういったカラクリなのだろうか。
歴戦の騎士ですら見抜けないその奇術に、そして再び犠牲者が生み出される。

「何か御用があれば何なりとお申し付けくださいハムの人」

「何、ハムの人って。トムって言ったじゃん」

モゴモゴと口を動かし、空になった茶碗を大事そうに持ちながら跪く神楽の姿が、そこにあった。

「やられたァァァ! 簡単にやられたァァァ!!」

「一瞬でもお前に期待したアタシがバカだったよ!!」

新八は頭を抱えてグワッと空を仰ぎ見、ヴィータは地団太を踏みながら怒鳴り散らす。
ザフィーラはただ一人、額に手を置いて「……転職するか」と呟くのであった。